上 下
28 / 41

28酔客

しおりを挟む
「まあ、行ってみれば分かるわい。……どうやら見えてきたぞ」

 何千回目か分からない丘越えを果たすと、遠くに城壁が列をなしているのが見えた。俺の出身地であるゴルサ村が、いかにちっぽけな存在か教えてくれるようだ。

「あれが王都ルバディか……でかいな」

 メイナが馬をきながら感慨深げに語った。

「懐かしいわね。みんなであそこを旅立ってからまだ数ヶ月なのに、2、3年ぐらい過ぎたような気分だわ」

 その足取りも自然と軽くなる。一方俺としては、俺が父ガランを殺めた人間だと知っているものに出くわすのではないか、という不安があった。まああの王都で、10年以上前の俺――しかも地方のゴルサ村にいた――を覚えている奴など、一人もいないとは思うが。

 やがてルバディの門まで辿り着く。座長が漂白の民たちを代表して門番と会話した。

「お前、鑑札はあるか?」

「はい、これです」

 別の兵士たちが、荷車に乗っている人々を、いかにも仕事ですといった感じで確かめる。そこで旅芸人に見えない服装の魔法使いゴルドンや僧侶メイナが質問された。俺とピューロはそもそも旅芸人のような私服なので、周囲にとけ込んでおり、無視される。

「お前らは?」

 ゴルドンは『魔法使いの腕輪』のはまった右腕を見せびらかした。微笑を傾ける。

「わしらは勇者一行じゃ。この芸人一座の護衛を務めてきた」

 門番は胡散うさんくさそうに彼の全身をじろじろ眺めた。

「証拠は?」

「ほれ」

 ゴルドンが手の平を真上に向ける。そこに炎の球が発生した。兵士たちは驚嘆して後ずさりする。

「こ、これが魔法……!」

 メイナが新『僧侶の杖』を軽く振ってみせた。たちまち白光がその赤い宝石からほとばしる。

「あたしのも見てよ。今じゃ何の役にも立たなくなったけれど……」

「ま、まぶしい……! こ、これはすみませんでした、勇者一行さま! どうぞお通りください!」

 旅芸人一座にも通行許可が下りて、俺たちは全員落とし格子の先へと進んだ。



 王都ルバディは活気に満ちていた。魔物の脅威や戦争の影におびえる人は一人もいない。俺たちは旅芸人一座と別れ、天守閣への道に足跡をつけていった。

 井戸端会議に励んでいる婦人たちがいる。男たちが売り物にするのか、子羊を荷台に乗せて市場を目指していた。警備兵を従えた商人が、競りにでも行くのか、中央広場のほうへ歩いている。若い客引きが、通りかかる人々にやたらめったら声がけしていた。遠くで鐘の音が鳴り響き、それを聴いた市民が大慌てで駆け去っていく。

 パンの焼ける香ばしい匂いが、店先から流れて鼻孔をくすぐった。建築途中の石造りの家は、ちょうど大工が切妻きりつま屋根を取り付けるところだ。子供たちが鬼ごっこで走り回り、一人が転んで泣き出していた。ドアの開閉音や、馬がひづめで土を蹴る音が、ひっきりなしに聞こえてくる。

 ピューロが嬉しげだ。市民の熱で精神がかっかと燃えているのだろう。

「いやあ、何度来てもこの街の大きさには圧倒されますね!」

 しかし老人は感応しなかった。そう、これからピューロ、メイナ、ゴルドンの3人は、天守閣に行かなければならないのだ。魔王ウォルグを討ち漏らしたことを、国王ロブロス2世に報告するために……

「まずは王様に挨拶あいさつじゃ。旅の不首尾を告げるのは辛いがのう」

 気分がいいはずもない。するとピューロもその寒風を受け、元気をなくした。

「勇者ライデンさん、戻ってきてるといいんですけど」

 メイナが首元をぽりぽりといて、自分の要求を述べる。

「あたし、その前にお風呂に入りたい。いい加減このあかまみれの体をすっきりさせたいのよね。確か今の時間帯なら女の入浴の番だし」

 俺は背負い袋を下ろし、そこから貨幣の詰まった袋を取り出した。まだ残金は十分だ。

「これを分けよう。俺はそこの居酒屋で一杯引っかけるから、その間にお前らは用事を済ませてこい」

「決まりね。あたしたちは風呂と謁見。あんたはその間に酒びたり。じゃ、別れましょ」

 3人は国王からの叱責覚悟で歩き去っていった。俺は久しぶりに一人になる。

「さてと。金はあるし、チップをはずめば長時間飲んでても許してくれるだろ」

 そう口の中でつぶやきつつ、酒場の扉を開けた。昼ということもあって、酒を片手に食事をしているものが多い。やたらがたいのいい店主が、俺の鼓膜を破りたいのか、大声を張り上げた。

「いらっしゃい! ご注文は?」

「エール一つ」

「ビールより苦いよ。それでもいいのかい?」

「ああ。それが好きなんだ」

「あいよ!」

 カウンターで酒代と交換に、なみなみと注がれた杯を受け取る。

「空いてる席は、と……ん?」

 奇妙な男がいた。カウンターに突っ伏して何やらくだを巻いているのはいいとして、問題は外見だ。上半身裸で、腰から下はボロボロのズボン。両足は素足で、一見してどこぞの物乞いである。

 しかしベルトから垂れ下がっている剣は、その見事な紋様が施されたさやといい、長い柄の意匠いしょうといい、男の姿でそこだけ場違いに立派だった。

 はて、この柄はどこかで見たような……。男が何やらぶつぶつ言っている。

「馬鹿野郎、僕は勇者さまだぞ……僕を敬え……僕に感謝しろ……。親父、もう一杯頼む」

 店主は顔を歪め、酔客をたしなめた。

「まだ飲む気か? 残念だけどな、いくら相手が勇者ライデンでも、これ以上は飲み代としてその剣までいただくしかないぞ」

「そ……そいつぁ勘弁だ……」

 俺は目と耳を疑った。勇者……ライデン……? そういえばこの黒い短髪、隆々とした筋肉、そして『勇者の剣』。身なりは汚いが、確かにこの青年はライデンだ。

 彼はおもてを上げた。感情をうかがい知ることのできない細い目。高い鼻梁に引き締まった唇。それが悔しそうに引きつる。

「ちっ、けちな野郎だ……。おっ、そこの青年。もしよければ僕の飲み代を……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【R18 】必ずイカせる! 異世界性活

飼猫タマ
ファンタジー
ネットサーフィン中に新しいオンラインゲームを見つけた俺ゴトウ・サイトが、ゲーム設定の途中寝落すると、目が覚めたら廃墟の中の魔方陣の中心に寝ていた。 偶然、奴隷商人が襲われている所に居合わせ、助けた奴隷の元漆黒の森の姫であるダークエルフの幼女ガブリエルと、その近衛騎士だった猫耳族のブリトニーを、助ける代わりに俺の性奴隷なる契約をする。 ダークエルフの美幼女と、エロい猫耳少女とSEXしたり、魔王を倒したり、ダンジョンを攻略したりするエロエロファンタジー。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

処理中です...