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28酔客
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「まあ、行ってみれば分かるわい。……どうやら見えてきたぞ」
何千回目か分からない丘越えを果たすと、遠くに城壁が列をなしているのが見えた。俺の出身地であるゴルサ村が、いかにちっぽけな存在か教えてくれるようだ。
「あれが王都ルバディか……でかいな」
メイナが馬を曳きながら感慨深げに語った。
「懐かしいわね。みんなであそこを旅立ってからまだ数ヶ月なのに、2、3年ぐらい過ぎたような気分だわ」
その足取りも自然と軽くなる。一方俺としては、俺が父ガランを殺めた人間だと知っているものに出くわすのではないか、という不安があった。まああの王都で、10年以上前の俺――しかも地方のゴルサ村にいた――を覚えている奴など、一人もいないとは思うが。
やがてルバディの門まで辿り着く。座長が漂白の民たちを代表して門番と会話した。
「お前、鑑札はあるか?」
「はい、これです」
別の兵士たちが、荷車に乗っている人々を、いかにも仕事ですといった感じで確かめる。そこで旅芸人に見えない服装の魔法使いゴルドンや僧侶メイナが質問された。俺とピューロはそもそも旅芸人のような私服なので、周囲にとけ込んでおり、無視される。
「お前らは?」
ゴルドンは『魔法使いの腕輪』のはまった右腕を見せびらかした。微笑を傾ける。
「わしらは勇者一行じゃ。この芸人一座の護衛を務めてきた」
門番は胡散くさそうに彼の全身をじろじろ眺めた。
「証拠は?」
「ほれ」
ゴルドンが手の平を真上に向ける。そこに炎の球が発生した。兵士たちは驚嘆して後ずさりする。
「こ、これが魔法……!」
メイナが新『僧侶の杖』を軽く振ってみせた。たちまち白光がその赤い宝石からほとばしる。
「あたしのも見てよ。今じゃ何の役にも立たなくなったけれど……」
「ま、まぶしい……! こ、これはすみませんでした、勇者一行さま! どうぞお通りください!」
旅芸人一座にも通行許可が下りて、俺たちは全員落とし格子の先へと進んだ。
王都ルバディは活気に満ちていた。魔物の脅威や戦争の影に怯える人は一人もいない。俺たちは旅芸人一座と別れ、天守閣への道に足跡をつけていった。
井戸端会議に励んでいる婦人たちがいる。男たちが売り物にするのか、子羊を荷台に乗せて市場を目指していた。警備兵を従えた商人が、競りにでも行くのか、中央広場のほうへ歩いている。若い客引きが、通りかかる人々にやたらめったら声がけしていた。遠くで鐘の音が鳴り響き、それを聴いた市民が大慌てで駆け去っていく。
パンの焼ける香ばしい匂いが、店先から流れて鼻孔をくすぐった。建築途中の石造りの家は、ちょうど大工が切妻屋根を取り付けるところだ。子供たちが鬼ごっこで走り回り、一人が転んで泣き出していた。ドアの開閉音や、馬がひづめで土を蹴る音が、ひっきりなしに聞こえてくる。
ピューロが嬉しげだ。市民の熱で精神がかっかと燃えているのだろう。
「いやあ、何度来てもこの街の大きさには圧倒されますね!」
しかし老人は感応しなかった。そう、これからピューロ、メイナ、ゴルドンの3人は、天守閣に行かなければならないのだ。魔王ウォルグを討ち漏らしたことを、国王ロブロス2世に報告するために……
「まずは王様に挨拶じゃ。旅の不首尾を告げるのは辛いがのう」
気分がいいはずもない。するとピューロもその寒風を受け、元気をなくした。
「勇者ライデンさん、戻ってきてるといいんですけど」
メイナが首元をぽりぽりと掻いて、自分の要求を述べる。
「あたし、その前にお風呂に入りたい。いい加減この垢まみれの体をすっきりさせたいのよね。確か今の時間帯なら女の入浴の番だし」
俺は背負い袋を下ろし、そこから貨幣の詰まった袋を取り出した。まだ残金は十分だ。
「これを分けよう。俺はそこの居酒屋で一杯引っかけるから、その間にお前らは用事を済ませてこい」
「決まりね。あたしたちは風呂と謁見。あんたはその間に酒びたり。じゃ、別れましょ」
3人は国王からの叱責覚悟で歩き去っていった。俺は久しぶりに一人になる。
「さてと。金はあるし、チップをはずめば長時間飲んでても許してくれるだろ」
そう口の中でつぶやきつつ、酒場の扉を開けた。昼ということもあって、酒を片手に食事をしているものが多い。やたらがたいのいい店主が、俺の鼓膜を破りたいのか、大声を張り上げた。
「いらっしゃい! ご注文は?」
「エール一つ」
「ビールより苦いよ。それでもいいのかい?」
「ああ。それが好きなんだ」
「あいよ!」
カウンターで酒代と交換に、なみなみと注がれた杯を受け取る。
「空いてる席は、と……ん?」
奇妙な男がいた。カウンターに突っ伏して何やらくだを巻いているのはいいとして、問題は外見だ。上半身裸で、腰から下はボロボロのズボン。両足は素足で、一見してどこぞの物乞いである。
しかしベルトから垂れ下がっている剣は、その見事な紋様が施された鞘といい、長い柄の意匠といい、男の姿でそこだけ場違いに立派だった。
はて、この柄はどこかで見たような……。男が何やらぶつぶつ言っている。
「馬鹿野郎、僕は勇者さまだぞ……僕を敬え……僕に感謝しろ……。親父、もう一杯頼む」
店主は顔を歪め、酔客をたしなめた。
「まだ飲む気か? 残念だけどな、いくら相手が勇者ライデンでも、これ以上は飲み代としてその剣までいただくしかないぞ」
「そ……そいつぁ勘弁だ……」
俺は目と耳を疑った。勇者……ライデン……? そういえばこの黒い短髪、隆々とした筋肉、そして『勇者の剣』。身なりは汚いが、確かにこの青年はライデンだ。
彼は面を上げた。感情をうかがい知ることのできない細い目。高い鼻梁に引き締まった唇。それが悔しそうに引きつる。
「ちっ、けちな野郎だ……。おっ、そこの青年。もしよければ僕の飲み代を……」
何千回目か分からない丘越えを果たすと、遠くに城壁が列をなしているのが見えた。俺の出身地であるゴルサ村が、いかにちっぽけな存在か教えてくれるようだ。
「あれが王都ルバディか……でかいな」
メイナが馬を曳きながら感慨深げに語った。
「懐かしいわね。みんなであそこを旅立ってからまだ数ヶ月なのに、2、3年ぐらい過ぎたような気分だわ」
その足取りも自然と軽くなる。一方俺としては、俺が父ガランを殺めた人間だと知っているものに出くわすのではないか、という不安があった。まああの王都で、10年以上前の俺――しかも地方のゴルサ村にいた――を覚えている奴など、一人もいないとは思うが。
やがてルバディの門まで辿り着く。座長が漂白の民たちを代表して門番と会話した。
「お前、鑑札はあるか?」
「はい、これです」
別の兵士たちが、荷車に乗っている人々を、いかにも仕事ですといった感じで確かめる。そこで旅芸人に見えない服装の魔法使いゴルドンや僧侶メイナが質問された。俺とピューロはそもそも旅芸人のような私服なので、周囲にとけ込んでおり、無視される。
「お前らは?」
ゴルドンは『魔法使いの腕輪』のはまった右腕を見せびらかした。微笑を傾ける。
「わしらは勇者一行じゃ。この芸人一座の護衛を務めてきた」
門番は胡散くさそうに彼の全身をじろじろ眺めた。
「証拠は?」
「ほれ」
ゴルドンが手の平を真上に向ける。そこに炎の球が発生した。兵士たちは驚嘆して後ずさりする。
「こ、これが魔法……!」
メイナが新『僧侶の杖』を軽く振ってみせた。たちまち白光がその赤い宝石からほとばしる。
「あたしのも見てよ。今じゃ何の役にも立たなくなったけれど……」
「ま、まぶしい……! こ、これはすみませんでした、勇者一行さま! どうぞお通りください!」
旅芸人一座にも通行許可が下りて、俺たちは全員落とし格子の先へと進んだ。
王都ルバディは活気に満ちていた。魔物の脅威や戦争の影に怯える人は一人もいない。俺たちは旅芸人一座と別れ、天守閣への道に足跡をつけていった。
井戸端会議に励んでいる婦人たちがいる。男たちが売り物にするのか、子羊を荷台に乗せて市場を目指していた。警備兵を従えた商人が、競りにでも行くのか、中央広場のほうへ歩いている。若い客引きが、通りかかる人々にやたらめったら声がけしていた。遠くで鐘の音が鳴り響き、それを聴いた市民が大慌てで駆け去っていく。
パンの焼ける香ばしい匂いが、店先から流れて鼻孔をくすぐった。建築途中の石造りの家は、ちょうど大工が切妻屋根を取り付けるところだ。子供たちが鬼ごっこで走り回り、一人が転んで泣き出していた。ドアの開閉音や、馬がひづめで土を蹴る音が、ひっきりなしに聞こえてくる。
ピューロが嬉しげだ。市民の熱で精神がかっかと燃えているのだろう。
「いやあ、何度来てもこの街の大きさには圧倒されますね!」
しかし老人は感応しなかった。そう、これからピューロ、メイナ、ゴルドンの3人は、天守閣に行かなければならないのだ。魔王ウォルグを討ち漏らしたことを、国王ロブロス2世に報告するために……
「まずは王様に挨拶じゃ。旅の不首尾を告げるのは辛いがのう」
気分がいいはずもない。するとピューロもその寒風を受け、元気をなくした。
「勇者ライデンさん、戻ってきてるといいんですけど」
メイナが首元をぽりぽりと掻いて、自分の要求を述べる。
「あたし、その前にお風呂に入りたい。いい加減この垢まみれの体をすっきりさせたいのよね。確か今の時間帯なら女の入浴の番だし」
俺は背負い袋を下ろし、そこから貨幣の詰まった袋を取り出した。まだ残金は十分だ。
「これを分けよう。俺はそこの居酒屋で一杯引っかけるから、その間にお前らは用事を済ませてこい」
「決まりね。あたしたちは風呂と謁見。あんたはその間に酒びたり。じゃ、別れましょ」
3人は国王からの叱責覚悟で歩き去っていった。俺は久しぶりに一人になる。
「さてと。金はあるし、チップをはずめば長時間飲んでても許してくれるだろ」
そう口の中でつぶやきつつ、酒場の扉を開けた。昼ということもあって、酒を片手に食事をしているものが多い。やたらがたいのいい店主が、俺の鼓膜を破りたいのか、大声を張り上げた。
「いらっしゃい! ご注文は?」
「エール一つ」
「ビールより苦いよ。それでもいいのかい?」
「ああ。それが好きなんだ」
「あいよ!」
カウンターで酒代と交換に、なみなみと注がれた杯を受け取る。
「空いてる席は、と……ん?」
奇妙な男がいた。カウンターに突っ伏して何やらくだを巻いているのはいいとして、問題は外見だ。上半身裸で、腰から下はボロボロのズボン。両足は素足で、一見してどこぞの物乞いである。
しかしベルトから垂れ下がっている剣は、その見事な紋様が施された鞘といい、長い柄の意匠といい、男の姿でそこだけ場違いに立派だった。
はて、この柄はどこかで見たような……。男が何やらぶつぶつ言っている。
「馬鹿野郎、僕は勇者さまだぞ……僕を敬え……僕に感謝しろ……。親父、もう一杯頼む」
店主は顔を歪め、酔客をたしなめた。
「まだ飲む気か? 残念だけどな、いくら相手が勇者ライデンでも、これ以上は飲み代としてその剣までいただくしかないぞ」
「そ……そいつぁ勘弁だ……」
俺は目と耳を疑った。勇者……ライデン……? そういえばこの黒い短髪、隆々とした筋肉、そして『勇者の剣』。身なりは汚いが、確かにこの青年はライデンだ。
彼は面を上げた。感情をうかがい知ることのできない細い目。高い鼻梁に引き締まった唇。それが悔しそうに引きつる。
「ちっ、けちな野郎だ……。おっ、そこの青年。もしよければ僕の飲み代を……」
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