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08シモーヌの謎
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世界が闇の侵食に白旗をあげた頃、隊商はようやく宿場街『ピークス』に辿り着いた。雲が大空を横切り、月光の邪魔をして去っていく。その下で、ピークスの客人たちは酒を飲みに繰り出したり、噂話をささやき合ったりしていた。
隊商の頭領・ヒギンスが、俺とシモーヌに礼を述べる。結構髭が濃かった。
「ありがとうな、盗賊の魔の手から助けてくれて。俺たちはここで後続を待ち、再編成の上で西に向かう予定だ」
俺たちの目的地・ジティス王国は北にある。どうやらここで彼らとはお別れらしい。俺はヒギンスと握手をかわした。火を分けてもらって街路に出ると、さて文無しでどうやって宿泊するか、今後のことを考え始める。
と、そのときだった。
「ムンチさん! シモーヌ!」
俺の目に意外な人物の姿が映った。武闘家ピューロだ。幼さの残る顔立ち、弁髪、異国情緒あふれる服。そのどれよりもまぶしく映るのは、左右の大きな耳飾り――『武闘家のピアス』だった。懐かしさに感激するには、まだあまりに時日が早過ぎる。
ピューロは常人の2倍のスピードで駆けてきた。伝説の武具の効果だ。俺たちに息せき切って尋ねてくる。
「あなたたちは魔王の玄室にいた方たちですね! 教えてください、ライデンさんやメイナさんにゴルドンさんはどうなってしまったのですか?」
そのあまりの必死さが俺の同情を誘う。彼も俺同様、転移させられたのだろうか。それならまあ混乱するし驚愕するしで、急に現れた情報源にすがりたくなる気持ちも分かろうというものだ。彼は早とちりしたか、真っ青な顔をした。
「まさか、3人とも魔王ウォルグに残らず殺されてしまったんですか……?」
俺はやんわり首を振った。できる限りの優しい声でなだめにかかる。
「いや、俺もよく分からないんだ。このシモーヌが光ったかと思うと、気がついたらギシュリー王国にいた。シモーヌ本人とともにな。何が起きたのかはさっぱりだ。……お前は?」
明らかな落胆を浮かべつつ、ピューロは少し脇腹を気にした。そういえば魔王ウォルグの『万物意操』で、飛翔する瓦礫をもろに受けてたっけ。
「いたた……。ボクも似たようなものです。一瞬意識が飛んだと思ったら、この宿場街の店先に倒れてました。以来、旅の資金を稼ぐためにここの宿で働いてます」
「そうか……大変だったんだな。旅の資金を稼ぐってことは、やっぱりジティス王国に戻りたいのか?」
少年はきりりと表情を引き締めた。一切の曇りなき真情を吐露する。
「はい、もちろんです!」
俺は考え考え言った。
「まあそうだろうな。……多分、このシモーヌの持つ不思議な力が、全滅寸前だった勇者一行を地上のどこかに飛ばしたんだ。俺と自分自身もひっくるめてな。どうやら各自ばらばらに移動させられたみたいだな――俺はたまたまシモーヌと一緒だったが」
「なるほど……。ということは、みんな魔王ウォルグから逃れられた可能性があるってことですね。一応はぐれたときのために、勇者一行のみんなはジティス王国王都ルバディを再結集地点と定めています。こうなると是が非でもジティス王国に戻らなきゃ……!」
最後のほうは独語に近かった。俺はシモーヌと目を見交わし、また目の前の武闘家に視線を戻す。
「ふうん。大した熱意だな……」
ピューロは話題を切り替えた。俺を検分するように見上げる。
「……ところでムンチさん。あなたはいったい何者なんですか? 魔王モーグと話して泣いていたようですが、正義の使者――というわけではなさそうですね」
またアホな言葉を……
「正義の使者? くだらないことを抜かすなよ。この世に正義なんて、あったためしがないんだからな」
「じゃあ何なんですか?」
俺は渋った。この世界における自分の立ち位置に思いを馳せると、どうしても気分が塞ぐ。
「別にお前に話すことでもない」
俺が扉を閉めたと感じたらしいピューロは、深入りする愚を避けた。
「ああ、そうですね。……で、どうです? 路銀は足りてますか?」
これにはシモーヌが答えた。人差し指を突き合わせて、決まり悪そうに。
「私もムンチさんもすっからかんです。困ったことに……」
俺は今の会話に違和感を感じた。その引っ掛かりを頭の中で転がしつつ、疑問を言語化する。
「おいシモーヌ、お前よく『路銀』の意味が分かったな。確か5年前から地下迷宮で、先代魔王のモーグと一緒に暮らしていたのに……。今のお前、どう見ても15歳くらいだろ。てことは10歳で世間一般と隔離されたわけだ。魔王モーグは『路銀』とかの言葉をお前に教育してくれたってのか?」
シモーヌは俺の意外な質問に、はっとして口を押さえた。その指をゆっくり折り曲げて、拳になったところで返してくる。
「いいえ。実はどういうわけだか、私の成長は他の人間よりかなり遅いらしいんです。モーグおじさまが拾ってくださったときから5年の月日が流れても、私はほとんど見た目が成長しなかったんです。不思議なことに……」
今度は俺とピューロが顔を見合わせた。シモーヌは聞いたこともない病気にかかっているのだろうか? ピューロが推察を並べてみせる。
「じゃあひょっとしたらシモーヌ、今の君は15歳くらいに見えるけど、実際には何十年と生きてきたかもしれないわけだね。だから『路銀』の意味が分かった。それはモーグに拾われる前の、どこだか知らないところでの生活で教えられていたからだ――そんなところだね」
「多分……」
「多分?」
「モーグおじさまが私を拾うまで、私は山の中をさ迷っていたんです。それ以前の記憶を失ったまま……」
俺は手の平を拳で叩いた。思い当たるところがあったのだ。
「ああ、そういえば魔王モーグをかばったときに言っていたな。『5年前に、記憶喪失の私を拾ってくださいました。命の恩人なんです』と。記憶喪失の私? そうなんだな?」
隊商の頭領・ヒギンスが、俺とシモーヌに礼を述べる。結構髭が濃かった。
「ありがとうな、盗賊の魔の手から助けてくれて。俺たちはここで後続を待ち、再編成の上で西に向かう予定だ」
俺たちの目的地・ジティス王国は北にある。どうやらここで彼らとはお別れらしい。俺はヒギンスと握手をかわした。火を分けてもらって街路に出ると、さて文無しでどうやって宿泊するか、今後のことを考え始める。
と、そのときだった。
「ムンチさん! シモーヌ!」
俺の目に意外な人物の姿が映った。武闘家ピューロだ。幼さの残る顔立ち、弁髪、異国情緒あふれる服。そのどれよりもまぶしく映るのは、左右の大きな耳飾り――『武闘家のピアス』だった。懐かしさに感激するには、まだあまりに時日が早過ぎる。
ピューロは常人の2倍のスピードで駆けてきた。伝説の武具の効果だ。俺たちに息せき切って尋ねてくる。
「あなたたちは魔王の玄室にいた方たちですね! 教えてください、ライデンさんやメイナさんにゴルドンさんはどうなってしまったのですか?」
そのあまりの必死さが俺の同情を誘う。彼も俺同様、転移させられたのだろうか。それならまあ混乱するし驚愕するしで、急に現れた情報源にすがりたくなる気持ちも分かろうというものだ。彼は早とちりしたか、真っ青な顔をした。
「まさか、3人とも魔王ウォルグに残らず殺されてしまったんですか……?」
俺はやんわり首を振った。できる限りの優しい声でなだめにかかる。
「いや、俺もよく分からないんだ。このシモーヌが光ったかと思うと、気がついたらギシュリー王国にいた。シモーヌ本人とともにな。何が起きたのかはさっぱりだ。……お前は?」
明らかな落胆を浮かべつつ、ピューロは少し脇腹を気にした。そういえば魔王ウォルグの『万物意操』で、飛翔する瓦礫をもろに受けてたっけ。
「いたた……。ボクも似たようなものです。一瞬意識が飛んだと思ったら、この宿場街の店先に倒れてました。以来、旅の資金を稼ぐためにここの宿で働いてます」
「そうか……大変だったんだな。旅の資金を稼ぐってことは、やっぱりジティス王国に戻りたいのか?」
少年はきりりと表情を引き締めた。一切の曇りなき真情を吐露する。
「はい、もちろんです!」
俺は考え考え言った。
「まあそうだろうな。……多分、このシモーヌの持つ不思議な力が、全滅寸前だった勇者一行を地上のどこかに飛ばしたんだ。俺と自分自身もひっくるめてな。どうやら各自ばらばらに移動させられたみたいだな――俺はたまたまシモーヌと一緒だったが」
「なるほど……。ということは、みんな魔王ウォルグから逃れられた可能性があるってことですね。一応はぐれたときのために、勇者一行のみんなはジティス王国王都ルバディを再結集地点と定めています。こうなると是が非でもジティス王国に戻らなきゃ……!」
最後のほうは独語に近かった。俺はシモーヌと目を見交わし、また目の前の武闘家に視線を戻す。
「ふうん。大した熱意だな……」
ピューロは話題を切り替えた。俺を検分するように見上げる。
「……ところでムンチさん。あなたはいったい何者なんですか? 魔王モーグと話して泣いていたようですが、正義の使者――というわけではなさそうですね」
またアホな言葉を……
「正義の使者? くだらないことを抜かすなよ。この世に正義なんて、あったためしがないんだからな」
「じゃあ何なんですか?」
俺は渋った。この世界における自分の立ち位置に思いを馳せると、どうしても気分が塞ぐ。
「別にお前に話すことでもない」
俺が扉を閉めたと感じたらしいピューロは、深入りする愚を避けた。
「ああ、そうですね。……で、どうです? 路銀は足りてますか?」
これにはシモーヌが答えた。人差し指を突き合わせて、決まり悪そうに。
「私もムンチさんもすっからかんです。困ったことに……」
俺は今の会話に違和感を感じた。その引っ掛かりを頭の中で転がしつつ、疑問を言語化する。
「おいシモーヌ、お前よく『路銀』の意味が分かったな。確か5年前から地下迷宮で、先代魔王のモーグと一緒に暮らしていたのに……。今のお前、どう見ても15歳くらいだろ。てことは10歳で世間一般と隔離されたわけだ。魔王モーグは『路銀』とかの言葉をお前に教育してくれたってのか?」
シモーヌは俺の意外な質問に、はっとして口を押さえた。その指をゆっくり折り曲げて、拳になったところで返してくる。
「いいえ。実はどういうわけだか、私の成長は他の人間よりかなり遅いらしいんです。モーグおじさまが拾ってくださったときから5年の月日が流れても、私はほとんど見た目が成長しなかったんです。不思議なことに……」
今度は俺とピューロが顔を見合わせた。シモーヌは聞いたこともない病気にかかっているのだろうか? ピューロが推察を並べてみせる。
「じゃあひょっとしたらシモーヌ、今の君は15歳くらいに見えるけど、実際には何十年と生きてきたかもしれないわけだね。だから『路銀』の意味が分かった。それはモーグに拾われる前の、どこだか知らないところでの生活で教えられていたからだ――そんなところだね」
「多分……」
「多分?」
「モーグおじさまが私を拾うまで、私は山の中をさ迷っていたんです。それ以前の記憶を失ったまま……」
俺は手の平を拳で叩いた。思い当たるところがあったのだ。
「ああ、そういえば魔王モーグをかばったときに言っていたな。『5年前に、記憶喪失の私を拾ってくださいました。命の恩人なんです』と。記憶喪失の私? そうなんだな?」
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