27 / 53
0027(四)02
しおりを挟む
風林先輩がコップを両手で挟み、その温もりを皮膚に伝達させる。
「誰か、駄ゲー部を代表して美夏の自宅にうかがうのがよかろう。ともかくご両親の決意の程を確認しなくてはな」
ボーイッシュな由紀先輩が何度も大きく首肯した。
「それがいいもん! で、誰が行くもん?」
室内はしんとなった。重大かつ嫌な役目を、誰も引き受けようとはしない。もし何かしくじってしまったらと思うと、二の足を踏んでしまうのだろう。
「俺が行きます」
挙手したのは若干の後悔があってのことだった。昨日、美夏先輩の苦悩について、もっと突っ込んだ話をしてあげられたら。部室全員を巻き込んで、対策を練ってあげられたら。今日のこの窮状は避けられたかもしれないのだ。そんな気まずさが、俺の腕を持ち上げさせた。
「私も行きます」
驚いたことに、楓も垂直に立てた平手を肩に並べていた。
「美夏先輩には駄ゲーのいろはを学ばせてもらうつもりだったんです。それがこんなことに……。詳しい話、私も聞きたいと思います」
俺は釘を刺した。
「おいおい水仙、遊びじゃないんだぞ」
「分かってる。私は真面目よ」
黙って話を聞いていた真樹部長は、長々と息を吐いた。
「その意気やよし。では二人に命じる。一条美夏邸に赴き、敵情を視察してこい!」
「はいっ!」
かくして俺と楓は美夏先輩の住所を教えてもらい、勇躍部室を後にした。
ぽかぽかと暖かい午後だった。俺は不安と緊張にがんじがらめになりながら、それでもぎこちなく両手足を動かし、楓に先導される形で目的地へと急いだ。
駅から徒歩三分ぐらいだろう、偉く立地条件のいい古めのマンションに美夏先輩の自宅はあった。エレベータで8階へ向かう。その5号室が彼女の一家の暮らす部屋だ。インターホンを鳴らすと、40代とおぼしき婦人の声が返ってきた。
「どちら様です?」
楓は度胸があるのか、肝が据わっているのか、堂々受け答える。
「一条美夏先輩の後輩です。部活の件でお話をうかがいたくて、代表として来ました。あの、いま美夏先輩は?」
返事は歓迎からは程遠い音色だった。
「娘は塾に出かけてはります。……でも、せっかくいらっしゃっていただいたのですし、どうぞお上がりくださいな」
やがて解錠の音と共にドアが開いた。まだまだ若い、美しい母親が顔を出した。落ち着いた服装だ。
「美夏の母です。あなた方、お名前は?」
「翡翠中学1年の水仙楓です」
「同じく、高松豊です」
「どうぞ」
こうして俺たちは居間に通された。そこには黄土色のソファがL字型に配置され、50インチはあるであろう液晶テレビが隅に設置されていた。テーブルの上にはせんべいが入った器。白いカーテンを透過して灰色の光線が斜めに差し込んでいる。美夏先輩の母親は熱い煎茶を振る舞ってくれた。
「娘のことなんやろね?」
しかし飲料の温度と比較して、その作り手の口調は冷めたものだった。俺たちと同じようにソファに座ると、まずは深々と息を吸い、吐く。
「あなたたちは『駄目ゲーム部』の後輩さんってことでいいのやろ?」
楓はさすがにかしこまって答える。
「はい、そうです」
「私から助言しとくわ。いいからそんな部活、今すぐお辞めなはれ」
「はい?」
これには俺も楓も意表を突かれた。
「どういうことでしょう?」
「娘の成績が全てを物語っとるわ。直接は見せられないけど、酷いんやで」
お茶を一口喉に流し込む。
「1年生の一年間で、学年順で100番も落としてるんや。100番よ、100番。あんまりむごいと思わん?」
俺は絶句していた。確かにそれが事実なら、美夏先輩の成績の急落は恐るべきものがある。
楓は確認した。
「それが駄ゲー部で活動していたためだとおっしゃるのですか?」
「それ以外考えられないやない!」
美夏先輩の母親は突如ヒステリックに叫んだ。束縛していたたがが外れた感じだった。
「家や学校でテレビゲームにうつつを抜かして、学業がおろそかになったから、あの子は成績を落としたんや! そうに決まっとるわ! それ以外何があるっていうんや?」
楓は腰を浮かして両手を伸ばし、興奮する婦人をなだめた。
「落ち着いてください。まずは深呼吸しましょう」
俺は反論しようとしてしゃがれた声を出し、慌てて咳払いした。
「テレビゲームが勉強を妨げるというのは暴論かと思います。他に理由があるとは考えられませんか?」
先輩の母は額に落ちたほつれ毛をかきあげた。
「ないやろ。だいたい、テレビゲームを遊んで勉学がはかどったなんて話、あるわけがないわ」
そう言われると、まあ確かに。楓が必死に抵抗する。
「でも、美夏先輩をいきなり退部させるなんて論外です。まずはゲームの分量を減らして、徐々に勉強の時間を増やす、というやり方もあったはずです」
「誰か、駄ゲー部を代表して美夏の自宅にうかがうのがよかろう。ともかくご両親の決意の程を確認しなくてはな」
ボーイッシュな由紀先輩が何度も大きく首肯した。
「それがいいもん! で、誰が行くもん?」
室内はしんとなった。重大かつ嫌な役目を、誰も引き受けようとはしない。もし何かしくじってしまったらと思うと、二の足を踏んでしまうのだろう。
「俺が行きます」
挙手したのは若干の後悔があってのことだった。昨日、美夏先輩の苦悩について、もっと突っ込んだ話をしてあげられたら。部室全員を巻き込んで、対策を練ってあげられたら。今日のこの窮状は避けられたかもしれないのだ。そんな気まずさが、俺の腕を持ち上げさせた。
「私も行きます」
驚いたことに、楓も垂直に立てた平手を肩に並べていた。
「美夏先輩には駄ゲーのいろはを学ばせてもらうつもりだったんです。それがこんなことに……。詳しい話、私も聞きたいと思います」
俺は釘を刺した。
「おいおい水仙、遊びじゃないんだぞ」
「分かってる。私は真面目よ」
黙って話を聞いていた真樹部長は、長々と息を吐いた。
「その意気やよし。では二人に命じる。一条美夏邸に赴き、敵情を視察してこい!」
「はいっ!」
かくして俺と楓は美夏先輩の住所を教えてもらい、勇躍部室を後にした。
ぽかぽかと暖かい午後だった。俺は不安と緊張にがんじがらめになりながら、それでもぎこちなく両手足を動かし、楓に先導される形で目的地へと急いだ。
駅から徒歩三分ぐらいだろう、偉く立地条件のいい古めのマンションに美夏先輩の自宅はあった。エレベータで8階へ向かう。その5号室が彼女の一家の暮らす部屋だ。インターホンを鳴らすと、40代とおぼしき婦人の声が返ってきた。
「どちら様です?」
楓は度胸があるのか、肝が据わっているのか、堂々受け答える。
「一条美夏先輩の後輩です。部活の件でお話をうかがいたくて、代表として来ました。あの、いま美夏先輩は?」
返事は歓迎からは程遠い音色だった。
「娘は塾に出かけてはります。……でも、せっかくいらっしゃっていただいたのですし、どうぞお上がりくださいな」
やがて解錠の音と共にドアが開いた。まだまだ若い、美しい母親が顔を出した。落ち着いた服装だ。
「美夏の母です。あなた方、お名前は?」
「翡翠中学1年の水仙楓です」
「同じく、高松豊です」
「どうぞ」
こうして俺たちは居間に通された。そこには黄土色のソファがL字型に配置され、50インチはあるであろう液晶テレビが隅に設置されていた。テーブルの上にはせんべいが入った器。白いカーテンを透過して灰色の光線が斜めに差し込んでいる。美夏先輩の母親は熱い煎茶を振る舞ってくれた。
「娘のことなんやろね?」
しかし飲料の温度と比較して、その作り手の口調は冷めたものだった。俺たちと同じようにソファに座ると、まずは深々と息を吸い、吐く。
「あなたたちは『駄目ゲーム部』の後輩さんってことでいいのやろ?」
楓はさすがにかしこまって答える。
「はい、そうです」
「私から助言しとくわ。いいからそんな部活、今すぐお辞めなはれ」
「はい?」
これには俺も楓も意表を突かれた。
「どういうことでしょう?」
「娘の成績が全てを物語っとるわ。直接は見せられないけど、酷いんやで」
お茶を一口喉に流し込む。
「1年生の一年間で、学年順で100番も落としてるんや。100番よ、100番。あんまりむごいと思わん?」
俺は絶句していた。確かにそれが事実なら、美夏先輩の成績の急落は恐るべきものがある。
楓は確認した。
「それが駄ゲー部で活動していたためだとおっしゃるのですか?」
「それ以外考えられないやない!」
美夏先輩の母親は突如ヒステリックに叫んだ。束縛していたたがが外れた感じだった。
「家や学校でテレビゲームにうつつを抜かして、学業がおろそかになったから、あの子は成績を落としたんや! そうに決まっとるわ! それ以外何があるっていうんや?」
楓は腰を浮かして両手を伸ばし、興奮する婦人をなだめた。
「落ち着いてください。まずは深呼吸しましょう」
俺は反論しようとしてしゃがれた声を出し、慌てて咳払いした。
「テレビゲームが勉強を妨げるというのは暴論かと思います。他に理由があるとは考えられませんか?」
先輩の母は額に落ちたほつれ毛をかきあげた。
「ないやろ。だいたい、テレビゲームを遊んで勉学がはかどったなんて話、あるわけがないわ」
そう言われると、まあ確かに。楓が必死に抵抗する。
「でも、美夏先輩をいきなり退部させるなんて論外です。まずはゲームの分量を減らして、徐々に勉強の時間を増やす、というやり方もあったはずです」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
天才たちとお嬢様
釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。
なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。
最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。
様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~
トベ・イツキ
キャラ文芸
三国志×学園群像劇!
平凡な少年・リュービは高校に入学する。
彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。
しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。
妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。
学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!
このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。
今後の予定
第一章 黄巾の乱編
第二章 反トータク連合編
第三章 群雄割拠編
第四章 カント決戦編
第五章 赤壁大戦編
第六章 西校舎攻略編←今ココ
第七章 リュービ会長編
第八章 最終章
作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~
阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
「アタシをボランチしてくれ!」
突如として現れた謎のヤンキー系美少女、龍波竜乃から意味不明なお願いをされた、お団子頭がトレードマークのごくごく普通の少女、丸井桃。彼女の高校ライフは波乱の幕開け!
揃ってサッカー部に入部した桃と竜乃。しかし、彼女たちが通う仙台和泉高校は、学食のメニューが異様に充実していることを除けば、これまたごくごく普通の私立高校。チームの強さも至って平凡。しかし、ある人物の粗相が原因で、チームは近年稀にみる好成績を残さなければならなくなってしまった!
桃たちは難敵相手に『絶対に負けられない戦い』に挑む!
一風変わった女の子たちによる「燃え」と「百合」の融合。ハイテンションかつエキセントリックなJKサッカーライトノベル、ここにキックオフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる