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0018(二)04
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俺が熱心に聞き入っているのを嬉しそうに、風林先輩は続ける。
「駄ゲーはプレイヤーを突き放す。無慈悲なぐらいにな。じゃがその感覚が逆に心地よいのじゃ。長ったらしいチュートリアルで学習して、マニュアルどおりに攻略していく最近のゲームより、よっぽど遊び手との勝負に徹している。それが拙者の心の琴線に触れたのじゃ。帰り道、拙者はレトロゲームショップで買ってもらったファミコン本体と『アトランチスの謎』のカセットが入った紙袋を、大事に握り締めていた……」
「その兜は、どういう……?」
「これか? これは戦国武将が大好きな母上がくれたものじゃ。今では形見となってしまったがの。拙者はこれを被ると集中力が増して、駄ゲーの厳しさにも真剣に立ち向かえるのじゃ」
そうか、風林先輩のお母さんは亡くなってしまっていたのか。
「前置きが長くなったな。拙者がお主にお願いしたいのは、弟の火山噴火(かざん・ふんか)の遊び相手になってほしい、ということなんじゃ」
「弟さんがいたんですか」
この姉だ、弟も刀や脇差を佩(は)いてそうで怖いな。
風林先輩は再びしわぶきを一つした。
「そうじゃ。噴火は何というか、ちょっと……友達が作りにくい性格でな。友人がおらんのじゃ。父上は多忙で今日も管理職に忙しい。母上は世を去った。家政婦は家の仕事をしておる。そして拙者は駄ゲー道に邁進(まいしん)している。学校でもこの家でも、誰も噴火の遊び相手をしてやらんのじゃ。困ったことにな」
駄ゲーをやめて弟と遊んであげる、という選択肢はないのか、この人……。
「そこで先ほども申したが、お主には噴火の暇潰しの相手になってほしいのじゃ。今は帰宅している頃じゃろう。家政婦の富田氏に案内させるから、奴の部屋に行ってもらいたい」
俺はこの依頼に困惑を隠せなかった。
「なぜ俺なんです? 美夏先輩とか雲雀先輩とか、適任者は他にもいるじゃないですか。何なら皆で遊んだらいい」
「お主!」
風林先輩は弾けるようにベッドから下りたかと思うと、俺の胸倉を掴んで怒りに両目を燃え立たせた。
「これと決めた駄ゲーに取り組んでいる仲間たちに、こんなこと頼めると思うたか! 恥を知れ、恥を!」
いや、俺も一応駄ゲー部の一員なんですけど……。まあ特定のゲームを一心不乱に遊んでいたわけでもないが。俺はなだめるように返事した。
「わ、分かりましたよ。噴火君と遊べばいいんですね?」
何といっても相手は病人、風邪引きである。刺激するのは体によくない。風林先輩は兜の影から煮えたぎった瞳を向けていた。だがやがて手を離しベッドに戻る。仰臥して毛布を引き被った。
「すまんな。よろしく頼む」
そこでタイミングよく家政婦がお粥を持ってきた。
「風林様、お客様方は無事帰られましたよ。お食事の時間です。冷めないうちにお上がりください」
風林先輩は上半身を起こした。家政婦の手でベッドに橋が渡され、その上にお盆が載せられる。だが風林先輩はそのくだりを見ていなかった。
「ちょうどいい。では高松、富田氏に案内してもらえ」
「分かりました」
かくして俺は噴火の部屋へ向かうこととなった。
「こちらにございます」
家政婦は徒歩1分ほど、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような入り組んだ城内を迷わず進み、一つの扉の前で立ち止まった。『噴火』と掛札が垂れている。
「ではどうぞ、ごゆっくり」
家政婦は帰ってしまった。まずいな、俺一人で帰り道ちゃんと引き返せるだろうか。大いなる不安を胸に、俺は控えめにドアをノックした。
「誰?」
抗議するような、若い少年らしき声が響く。俺はやや声量を大きくして名乗った。
「風林先輩の後輩、翡翠中学駄ゲー部のもんだ。ちょっと話があるんだけどいいかな?」
たっぷり5秒ほど間が空いてから、
「どうぞ」
歓迎する心は僅かしか感じられない。俺はドアを開ける。
中は小ぢんまりとした部屋で、丸まったティッシュや少年漫画誌、空いたお菓子の袋に飲みかけのペットボトルと、ゴミ屋敷もかくやというありさまだった。
その中で黒いベッドに腰掛け、サッカーボールを磨いている少年が、くだんの弟なのだろう。こちらに姉と同じ赤茶色で、しかしやや細めの目を向ける。
「あんた誰?」
年下に無礼な調子で問われ、俺は少しいらっとした。
「俺の名前は高松豊。中学1年生だ。君が噴火君だね。何歳?」
「8歳。小学3年」
さて、どうしよう。風林先輩は噴火と遊んでくれと言っていた。しかしサッカーボールを手入れしている辺り、俺とは違って彼はアウトドア派なのかもしれない。運動音痴の俺としては、さて相手してあげられるかどうか。
まあいいや。とりあえず何をしたいか聞いてみよう。
「駄ゲーはプレイヤーを突き放す。無慈悲なぐらいにな。じゃがその感覚が逆に心地よいのじゃ。長ったらしいチュートリアルで学習して、マニュアルどおりに攻略していく最近のゲームより、よっぽど遊び手との勝負に徹している。それが拙者の心の琴線に触れたのじゃ。帰り道、拙者はレトロゲームショップで買ってもらったファミコン本体と『アトランチスの謎』のカセットが入った紙袋を、大事に握り締めていた……」
「その兜は、どういう……?」
「これか? これは戦国武将が大好きな母上がくれたものじゃ。今では形見となってしまったがの。拙者はこれを被ると集中力が増して、駄ゲーの厳しさにも真剣に立ち向かえるのじゃ」
そうか、風林先輩のお母さんは亡くなってしまっていたのか。
「前置きが長くなったな。拙者がお主にお願いしたいのは、弟の火山噴火(かざん・ふんか)の遊び相手になってほしい、ということなんじゃ」
「弟さんがいたんですか」
この姉だ、弟も刀や脇差を佩(は)いてそうで怖いな。
風林先輩は再びしわぶきを一つした。
「そうじゃ。噴火は何というか、ちょっと……友達が作りにくい性格でな。友人がおらんのじゃ。父上は多忙で今日も管理職に忙しい。母上は世を去った。家政婦は家の仕事をしておる。そして拙者は駄ゲー道に邁進(まいしん)している。学校でもこの家でも、誰も噴火の遊び相手をしてやらんのじゃ。困ったことにな」
駄ゲーをやめて弟と遊んであげる、という選択肢はないのか、この人……。
「そこで先ほども申したが、お主には噴火の暇潰しの相手になってほしいのじゃ。今は帰宅している頃じゃろう。家政婦の富田氏に案内させるから、奴の部屋に行ってもらいたい」
俺はこの依頼に困惑を隠せなかった。
「なぜ俺なんです? 美夏先輩とか雲雀先輩とか、適任者は他にもいるじゃないですか。何なら皆で遊んだらいい」
「お主!」
風林先輩は弾けるようにベッドから下りたかと思うと、俺の胸倉を掴んで怒りに両目を燃え立たせた。
「これと決めた駄ゲーに取り組んでいる仲間たちに、こんなこと頼めると思うたか! 恥を知れ、恥を!」
いや、俺も一応駄ゲー部の一員なんですけど……。まあ特定のゲームを一心不乱に遊んでいたわけでもないが。俺はなだめるように返事した。
「わ、分かりましたよ。噴火君と遊べばいいんですね?」
何といっても相手は病人、風邪引きである。刺激するのは体によくない。風林先輩は兜の影から煮えたぎった瞳を向けていた。だがやがて手を離しベッドに戻る。仰臥して毛布を引き被った。
「すまんな。よろしく頼む」
そこでタイミングよく家政婦がお粥を持ってきた。
「風林様、お客様方は無事帰られましたよ。お食事の時間です。冷めないうちにお上がりください」
風林先輩は上半身を起こした。家政婦の手でベッドに橋が渡され、その上にお盆が載せられる。だが風林先輩はそのくだりを見ていなかった。
「ちょうどいい。では高松、富田氏に案内してもらえ」
「分かりました」
かくして俺は噴火の部屋へ向かうこととなった。
「こちらにございます」
家政婦は徒歩1分ほど、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような入り組んだ城内を迷わず進み、一つの扉の前で立ち止まった。『噴火』と掛札が垂れている。
「ではどうぞ、ごゆっくり」
家政婦は帰ってしまった。まずいな、俺一人で帰り道ちゃんと引き返せるだろうか。大いなる不安を胸に、俺は控えめにドアをノックした。
「誰?」
抗議するような、若い少年らしき声が響く。俺はやや声量を大きくして名乗った。
「風林先輩の後輩、翡翠中学駄ゲー部のもんだ。ちょっと話があるんだけどいいかな?」
たっぷり5秒ほど間が空いてから、
「どうぞ」
歓迎する心は僅かしか感じられない。俺はドアを開ける。
中は小ぢんまりとした部屋で、丸まったティッシュや少年漫画誌、空いたお菓子の袋に飲みかけのペットボトルと、ゴミ屋敷もかくやというありさまだった。
その中で黒いベッドに腰掛け、サッカーボールを磨いている少年が、くだんの弟なのだろう。こちらに姉と同じ赤茶色で、しかしやや細めの目を向ける。
「あんた誰?」
年下に無礼な調子で問われ、俺は少しいらっとした。
「俺の名前は高松豊。中学1年生だ。君が噴火君だね。何歳?」
「8歳。小学3年」
さて、どうしよう。風林先輩は噴火と遊んでくれと言っていた。しかしサッカーボールを手入れしている辺り、俺とは違って彼はアウトドア派なのかもしれない。運動音痴の俺としては、さて相手してあげられるかどうか。
まあいいや。とりあえず何をしたいか聞いてみよう。
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