駄目ゲーム部活動記録!

よなぷー

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 由紀先輩はこちらの言い分も聞かずに激昂している。俺は助けを求めて雲雀先輩を振り返ったが、彼女より早く救いの手を伸ばす人がいた。

「まあまあ、由紀先輩。落ち着きいな」

 黒いポニーテールの先輩だ。青みがかった真摯な眼差しに、絶妙な稜線の鼻、神秘的な口元と、顔のパーツは申し分ない。

「確かにこの男の子、由紀先輩を男みたいだなと思ったかも知れへん。でもそれは一瞬のことで、彼はすぐその考えを打ち消したで。うちには分かる」

「でも、美夏ちゃん……」

「でももへちまもないわ、由紀先輩。『ガル』をやってたんでしょ? さあさあ、続き続き」

「うぅ……」

 由紀先輩は俺を一睨みすると、不承不承テレビゲームに戻った。助かった。

「ありがとうございます、ええと……」

「2年C組の一条美夏(いちじょう・みか)や。君、名前は?」

「高松豊です」

「見学やろ? まあ変わり者揃いでびっくりしたやろうが、すぐ慣れるからびびらんといてな……」

 喋り方といい物腰といい、実に洗練されていてクールだ。物事に対して一歩引いて見定めようとする姿勢が感じられる。格好いいといえばそうだ。

 そのとき天井からだろう、糸に垂れ下がった蜘蛛が目の前に降下してきた。

 途端に美夏先輩が平静さを吹き飛ばし、ムンクの『叫び』のように顔を捻じ曲げる。

「く、蜘蛛ーっ!」

 あらん限りの肺活量で叫び散らした美夏先輩は、俺の顎を下から豪快に蹴り上げていた。俺はそのダンプカーに衝突されたかのような強い衝撃に、目を剥いて宙を半回転する。激痛にまみれながら、次の瞬間には背中から床に激突していた。

「蜘蛛! 蜘蛛! 蜘蛛っ!」

 美夏先輩が狂ったように泣き喚き、辺り構わず蹴り付けている。それをさっき紹介された由紀先輩――男の子っぽい彼女だ――が羽交い絞めにし、取り押さえようとしていた。

 俺は痛みにうずく顎を押さえながら、真樹先輩の手で蜘蛛が駆除されるのを視界の片隅に捉えた。

「大丈夫か、新米」

 真樹先輩が俺を助け起こす。俺は腰を浮かしながらどうにか答えた。

「あいたたた……。はい、何とか……」

 真樹先輩はヘルメットを摘んだ。

「美夏は蜘蛛が大の苦手でな。あれを見ると見境なく暴れてしまうのだ。まあ許せ」

「はあ……」

 俺は患部を撫でさすりながら気丈に振る舞った。つまり、俺はとばっちりを食ったわけか。蜘蛛と美夏先輩、両方を恨みたい気分だった。

 その美夏先輩は、蜘蛛が排除されたと知ってようやく落ち着いたらしい。真っ赤に泣き腫らした目を擦りながら、俺に向かって頭を下げる。

「ほんまごめんな。うち、あれだけはどうしても苦手やねん。堪忍してや」

 俺はその美貌に少しドキリとしながら、真摯な謝罪に怒りをやわらげた。クール失格の押印を心中の判断書に押し付ける。

「いえいえ、気にしないでください。誰にでも弱点はありますから」

「ほんま、すまん」

 美夏先輩は照れ笑いを浮かべた。

「部員紹介がまだ途中やったな。雲雀、頼むで」

 騒動の中、真樹先輩のサポートをしていた雲雀先輩はうなずいた。

「任せなさいなので。高松君、最後は2年D組の火山風林(かざん・ふうりん)ちゃんなので」

 戦国時代っぽい兜を着用している人だ。俺はおっかなびっくり近づいた。また真樹先輩のように、いきなり武器を突きつけられるのではなかろうか。不安の雲が心の平野に深い影を落とす。

 が、それは杞憂という名の陽光でかき消された。

「さっきから聞いておったぞ」

 風林先輩は兜の位置を直しながら身を起こした。赤茶色の瞳はその半ばが兜に隠れている。やや大きめの唇で、ポテトチップスを豪快に食べていた。ティッシュペーパーで汚れを拭き取る。

 雲雀先輩が苦情を申し立てた。

「またポテチを食べながら……。汚れるからやめてって言ってるので」

 風林先輩は一瞬の間をおいて哄笑した。

「つまらぬことを申すな。拙者の得意技が『兵糧攻め』と知っておろうに」

 兵糧攻め? 頭にクエスチョンマークを浮かべた俺に、そうと悟った雲雀先輩が耳打ちした。

「食糧を用意して時間をかけて駄ゲーを攻略する必殺技なので」

 それ、本来の意味とは根本から間違っているような……。

「ともかく高松よ、お主は今日ここへ来た。それは運命の成せる業じゃ。ならその運命に逆らわず、この部活に入部するべきではないか?」

 風林先輩は俺より5センチほど高い。見下ろす目に慈愛の光彩がまたたいた。俺の沈黙を好機と捉えたか、口説(くぜつ)を燃焼させる。

「駄目ゲームより得られるものは少なくないんじゃ。まずは忍耐。全く面白くないゲームを延々とプレイすると自然に忍耐力がつく。これは分かるじゃろ?」

 それには覚えがあった。駄目ゲームは苦行なのだ。もっとも俺はつまらないソフトを手に入れた場合、長く遊ばずすぐ売ったり捨てたりするため、あまり忍耐力は向上していない。どうもこの駄ゲー部、そんな生温い逃げ道は用意されていないらしい。
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