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(一)
入学式とその直後から始まった人語を絶する慌ただしさは、一週間ほど経過してようやく落ち着いた。桜が散る頃、俺は少数の友人を得て、まず順当な中学生生活に乗り出すに至った。黒い学ラン、茶色のセーラー服が初々しさを失うまで、そう時間はかからなかった。
そんなある日のことだ。白い雲がのんびり大空を航行する、穏やかな午前だった。
「おい高松、お前部活どうすんだ?」
テニス部に入部した堀田(ほった)が、休み時間に気さくに話しかけてくる。日直の男女が協力して黒板を消し、生徒たちは雑談に興じて暇を潰していた。俺は筆記用具を整えながら答える。
「まだ決めてないんだ。何かいい部活あるか? 文科系で」
俺はどうせ部活に入るなら文科系の、体を酷使しないゆったりしたものがいいと心に決めていた。というのも、この高松豊(たかまつ・ゆたか)、運動神経のなさでは右に出るものがいない。小学生時代にやった野球では、簡単なフライすらろくに取れず失笑を買ったものだ。
別に太って鈍重というわけでも、がりがりに痩せて筋力が常人以下というわけでもない。ただ生まれもっての素質として、肉体機能方面が壊滅状態にあったというだけだ。それは血のにじむような努力をもってしても覆しがたく、俺は早々に諦めて、できるなら筋肉を必要としない方面へ自分の人生の舵を切ったというわけだ。
堀田は俺の興味を惹くように単語を並べた。
「じゃあ漫画部はどうだ? それとも茶道部? 書道部もあるし手芸部もあるぞ。パソコン部は? 吹奏楽部は? なんなら小説部に入るか? 将棋部や囲碁部は渋すぎるかな?」
色々あるな、と俺が思っていると、友人の脇澤(わきさわ)が入ってきた。
「高松、お前テレビゲーム好きか?」
唐突な質問が俺の脳味噌を叩いて落ちる。
「好きなんだけどな。小学校では色々遊んでたよ。ニンテンドー3DSで、モンスターハンターやポケットモンスターとかな。でも親の方針で、中学からは勉強に専念するようにって決まってな。ゲームは一切禁止になっちまったんだ」
「そいつはお気の毒だ」
脇澤は十字を切ったが、もちろんクリスチャンでもなければ敬虔(けいけん)でもない。
「そんな高松に朗報だ。この翡翠(ひすい)中学校には、テレビゲームで遊ぶことを目的とした部活があるんだ」
俺は吃驚(きっきょう)して眉毛を跳ね上げた。
「本当か? そんな夢みたいなもんがあるってのか?」
脇澤は偉そうに胸を張った。
「あるともさ。その名は『ダゲー部』! 3年前に設立された新造の部活動さ」
ダゲー部? 俺は脳裏にその言葉を描いた。どんな漢字だろう? 脇澤は言いにくそうに真相を告げた。
「俺、そのダゲー部に所属する2年の新川雲雀(あらかわ・ひばり)先輩に頼まれててさ。新入部員が未だゼロだから、どうにかして新入生を引っ張ってきてくれ、ってお願いされてんだ。高松が見学だけでもしてくれりゃ、俺の立つ瀬もあるってもんなんだけど。どうかな?」
俺は当然の疑問を口にした。
「その新川雲雀先輩とお前の関係って何なんだ?」
「家が近所だったんで、小学校時代に一緒に遊んでたんだ。可愛い先輩でさ、困ってるのを見捨てておくわけにはいかないんだ。頼むよ、高松」
俺は興味を惹かれていたこともあり、すぐさま踏ん切りをつけた。
「じゃあ見学だけな。放課後に部室へ行くから、場所を教えてくれよ」
脇澤は羽が生えたように浮き立った。
「さすが高松! 部室は旧部室棟の3号室だ。昼休み、俺が新川先輩に話をつけておくよ。いや、助かったぜ」
そこでチャイムが鳴って先生が入って来た。
本格的に中学の授業が始まって、早幾日かが過ぎている。俺は遅れを取らないように必死についていっていた。その日は特に何事もなく全ての時間を消費し、放課後となった。帰宅に部活に、慌ただしく生徒たちが動き始める。俺はその流れに浸された笹舟のように、するすると廊下を歩いていった。
ダゲー部。いったいどんな部活なんだろう?
「旧部室棟の3号室、だっけな」
2階建てで真新しい鉄筋コンクリートの新部室棟と比べると、旧部室棟は平屋の木造建築で、見劣りすることはなはだしい。まだここを使っている部活があるというのが驚きなぐらいだ。
俺はまだ高い太陽の光に濃い影を描きながら、3号室の前に立った。白画用紙の室名札をよく見ると、筆書きで『駄目ゲーム部』とある。駄目ゲーム部? 略すと確かにダゲー部――駄ゲー部となるが、この名前は一体どういうことだろう?
俺は恐る恐るドアをノックした。
「見学の一年生・高松豊です。どなたかいらっしゃいますか?」
「はぁい」
扉がゆっくり開いた。そこに立っていたかなりの美少女に、俺は一瞬呼吸を止めた。赤い髪をツインテールにし、深い夜色の大きな瞳がきららかに輝いている。造作の良い鼻、唇は何時間でも見とれてしまいそうだ。
入学式とその直後から始まった人語を絶する慌ただしさは、一週間ほど経過してようやく落ち着いた。桜が散る頃、俺は少数の友人を得て、まず順当な中学生生活に乗り出すに至った。黒い学ラン、茶色のセーラー服が初々しさを失うまで、そう時間はかからなかった。
そんなある日のことだ。白い雲がのんびり大空を航行する、穏やかな午前だった。
「おい高松、お前部活どうすんだ?」
テニス部に入部した堀田(ほった)が、休み時間に気さくに話しかけてくる。日直の男女が協力して黒板を消し、生徒たちは雑談に興じて暇を潰していた。俺は筆記用具を整えながら答える。
「まだ決めてないんだ。何かいい部活あるか? 文科系で」
俺はどうせ部活に入るなら文科系の、体を酷使しないゆったりしたものがいいと心に決めていた。というのも、この高松豊(たかまつ・ゆたか)、運動神経のなさでは右に出るものがいない。小学生時代にやった野球では、簡単なフライすらろくに取れず失笑を買ったものだ。
別に太って鈍重というわけでも、がりがりに痩せて筋力が常人以下というわけでもない。ただ生まれもっての素質として、肉体機能方面が壊滅状態にあったというだけだ。それは血のにじむような努力をもってしても覆しがたく、俺は早々に諦めて、できるなら筋肉を必要としない方面へ自分の人生の舵を切ったというわけだ。
堀田は俺の興味を惹くように単語を並べた。
「じゃあ漫画部はどうだ? それとも茶道部? 書道部もあるし手芸部もあるぞ。パソコン部は? 吹奏楽部は? なんなら小説部に入るか? 将棋部や囲碁部は渋すぎるかな?」
色々あるな、と俺が思っていると、友人の脇澤(わきさわ)が入ってきた。
「高松、お前テレビゲーム好きか?」
唐突な質問が俺の脳味噌を叩いて落ちる。
「好きなんだけどな。小学校では色々遊んでたよ。ニンテンドー3DSで、モンスターハンターやポケットモンスターとかな。でも親の方針で、中学からは勉強に専念するようにって決まってな。ゲームは一切禁止になっちまったんだ」
「そいつはお気の毒だ」
脇澤は十字を切ったが、もちろんクリスチャンでもなければ敬虔(けいけん)でもない。
「そんな高松に朗報だ。この翡翠(ひすい)中学校には、テレビゲームで遊ぶことを目的とした部活があるんだ」
俺は吃驚(きっきょう)して眉毛を跳ね上げた。
「本当か? そんな夢みたいなもんがあるってのか?」
脇澤は偉そうに胸を張った。
「あるともさ。その名は『ダゲー部』! 3年前に設立された新造の部活動さ」
ダゲー部? 俺は脳裏にその言葉を描いた。どんな漢字だろう? 脇澤は言いにくそうに真相を告げた。
「俺、そのダゲー部に所属する2年の新川雲雀(あらかわ・ひばり)先輩に頼まれててさ。新入部員が未だゼロだから、どうにかして新入生を引っ張ってきてくれ、ってお願いされてんだ。高松が見学だけでもしてくれりゃ、俺の立つ瀬もあるってもんなんだけど。どうかな?」
俺は当然の疑問を口にした。
「その新川雲雀先輩とお前の関係って何なんだ?」
「家が近所だったんで、小学校時代に一緒に遊んでたんだ。可愛い先輩でさ、困ってるのを見捨てておくわけにはいかないんだ。頼むよ、高松」
俺は興味を惹かれていたこともあり、すぐさま踏ん切りをつけた。
「じゃあ見学だけな。放課後に部室へ行くから、場所を教えてくれよ」
脇澤は羽が生えたように浮き立った。
「さすが高松! 部室は旧部室棟の3号室だ。昼休み、俺が新川先輩に話をつけておくよ。いや、助かったぜ」
そこでチャイムが鳴って先生が入って来た。
本格的に中学の授業が始まって、早幾日かが過ぎている。俺は遅れを取らないように必死についていっていた。その日は特に何事もなく全ての時間を消費し、放課後となった。帰宅に部活に、慌ただしく生徒たちが動き始める。俺はその流れに浸された笹舟のように、するすると廊下を歩いていった。
ダゲー部。いったいどんな部活なんだろう?
「旧部室棟の3号室、だっけな」
2階建てで真新しい鉄筋コンクリートの新部室棟と比べると、旧部室棟は平屋の木造建築で、見劣りすることはなはだしい。まだここを使っている部活があるというのが驚きなぐらいだ。
俺はまだ高い太陽の光に濃い影を描きながら、3号室の前に立った。白画用紙の室名札をよく見ると、筆書きで『駄目ゲーム部』とある。駄目ゲーム部? 略すと確かにダゲー部――駄ゲー部となるが、この名前は一体どういうことだろう?
俺は恐る恐るドアをノックした。
「見学の一年生・高松豊です。どなたかいらっしゃいますか?」
「はぁい」
扉がゆっくり開いた。そこに立っていたかなりの美少女に、俺は一瞬呼吸を止めた。赤い髪をツインテールにし、深い夜色の大きな瞳がきららかに輝いている。造作の良い鼻、唇は何時間でも見とれてしまいそうだ。
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