上 下
35 / 39

35

しおりを挟む
「ここで休んでろ、京。今から写の奴をぶん殴りに行く」

「ああ……。頑張ってくれ、研磨君」

 どうやら意識ははっきりしているようだ。死ぬようなことはないだろう。俺は安心すると、外界と隔絶された神殿内を、奥の間目指して歩いていった。『境界認識』がはっきり写の存在を捉えている。いる、ここに。俺の弟にして、両親と神族の仇が――

 俺は背の高い部屋に入った。ロウソクの明かりに照らされ、黒マントがうずくまっている。そのすぐ前方に、ミイラのような骸骨のような、肉のない死体が転がっていた。髪の毛が長いことから、女の子らしいと分かる。

 黒マントは――写は泣いていた。その背中は小さく、親父やお袋、ハンシャを殺した人物とは思えないほどはかなげだった。俺は嗚咽おえつを漏らす弟に声をかける。

「その子が美羅ちゃんか」

 中学3年の少年は、肩を震わせて独語した。

「何で……何で術が失敗したんだ。美羅……僕の美羅……」

 俺の中で復讐の炎が乏しくなっていく。やはり京が睨んだとおり、写が『大統一』を起こしてまで手に入れようとしたのは、最愛の少女・光美羅の復活だったのだ。こんなときだというのに、こんな場面だというのに、何だか弟があわれに思えてくる。

「おい、写……」

 写がゆっくりこちらへ振り向いた。マッシュルームのような茶髪で子供っぽさが残る顔。それが頬を伝う涙で濡れている。俺を殺しかけた相手と同一人物とは思えないほど、もろそうで弱々しかった。

「研磨……」

 殺したはずなのに、という驚きがその顔をかすめる。彼は手首で目元をぬぐった。ふう、と溜め息をついて立ち上がる。ようやく王者然とした態度が復活してきた。

「あの状態から良く復活したね。そしてアシュレを突破したんだね、研磨。ふふ……はははは」

 写は今度は笑い出した。おかしくておかしくてたまらない、と言いたげに。情緒じょうちょ不安定という奴だ。俺は腹が立ってきた。

「親父とお袋をアシュレに殺させ、神界の女王ハンシャと神族の命を絶って……おめえは何が面白いんだ」

「だって、おかしいじゃないか」

 弟は腹を抱えて爆笑する。

「そうさ、僕は両親を見捨て、兄貴を見捨て、神族も見捨てた。狙い通りに『大統一』まで起こし、神の力を授かろうとした。その挙句あげくがこのざまさ。こんな笑い話があるかい? 散々準備して、綿密に計画して、正確に実行して、美羅の命一つ復活させられない。おかしくておかしくて、自分の馬鹿さや愚かさに呆れ果てるよ」

 俺は笑い続ける写をなじった。

「それで話が済むと思うのか? 表へ出ろ、写。俺と喧嘩だ。最後の勝負だ」

 少年はようやく笑いをおさめた。その目にたかのような光が宿る。

「まったく研磨はそれしかないのかね。まあいいよ。そこまで言うならやろうじゃないか。僕に殺されかけたというのに、まだりないみたいだからね」

 俺が先に部屋を出た。写が後に続く。そのとき、『境界認識』が異常を検出した。入り口に寝かせておいたはずの京が、その場から消えていたのだ。

「京……?」

 俺は確かめるべく、駆け足で出入り口に向かった。そして柱の向こうに、信じられないものを見た。

「ドラゴン……?」

 結界のすぐ外で、白い龍が長い体躯たいくを宙に浮かせている。そのそばに、火傷がすっかり治った京がいた。

「研磨君! どうやらまだ戦っていなかったようだな」

 写が金切り声を上げ、俺のすぐそばに飛行してくる。着地して外の景色に愕然となった。

「白龍? まさか……ハンシャ! ……それに、この世界のいびつさは何だ? 『大統一』が成っていない?」

 何だ何だ、どういうことだ。俺はこれから殴り合う予定の相手に説明を求めた。

「写、あれはハンシャなのか? 女王はおめえに首を斬られて殺されたんだろう?」

 写は悔しげに唇を噛んだ。握った拳を震わせる。

「そうさ。だから死んだ。でも一時的だったんだ。帝王マーレイが黒龍に変じたのと同じく、女王には死んでもなおその命を繋ぐ変化へんげの力があったんだ。そうか、だから『大統一』は不完全に終わったんだ。ハンシャ女王の復活によって……」

 弟の相貌そうぼうが怒りに引きゆがむ。反対に俺は小躍りしそうな気分だった。

「ハンシャ! 消えた神族たちは無事なのか?」

 頭に直接彼女の声が聞こえてきた。

『ええ。みな、一時的にわたくしの持つ亜空間に保存してあります。ミズタやマリもそこで眠っていますよ。命は大丈夫です』

 俺は随喜ずいきの涙が込み上がってくるのを感じる。一方写は結界の外に飛び出した。

「お前さえ復活しなければ、『大統一』も完全に成し遂げられ、僕も完璧な神の力を得ていたのに……! 蘇生術が失敗したなら、『大統一』が不完全ならやり直すまでだ。死んでもらうぞ、ハンシャ!」

 俺はその後頭部に思い切り両拳を叩き付けた。写が真下にぶっ飛び、岩肌に激突する寸前で静止する。

「研磨ぁ!」

 完全に頭にきてやがる弟に、俺は飛び掛かっていった。

「写っ!」

 右手を差し出し『無効化波動』を叩きつけようとする。だが奴が俺を睨んだ――と見た途端、俺の鼻っ柱に強烈な打撃が炸裂した。鼻血が飛び散り、俺は苦痛にうめきながら弾き飛ばされる。これは帝王マーレイの技だ。

 よくもやりやがったな。俺もエンジンに火が点いた。素早く手刀衝撃波を――特大の力で――相手目掛けて放っていった。

「うぐっ!」

 写の右足が裂断された。血が噴き出す――かと思ったら、すぐさま爪先まで生えてくる。俺と同様の自己修復能力ということか。

「これでも……」

 相手の手に透明な塊が現れたと見るや、それはすぐさま2メートル近い槍に成長する。

「食らえっ!」

 大投手の投球よろしく、弟はそれをぶん投げてきた。だが直線的な動きだ。簡単にかわせる――と思っていたら、目の前で分裂して散弾銃のように殺到してきた。破片が俺の体の各所に突き刺さり、神経が痛みで埋め尽くされる。これは氷の槍――凍氷魔人ブラングウェンの技だ。

「落ちろ研磨っ!」

 今度は火炎魔人アシュレの技、炎の鞭を振るってくる。それはほむらの弾丸となって俺を襲った。俺は『無効化波動』でそれらを相殺そうさいする。そして一気に下降した。

 接近戦で『無効化波動』を撃ち込んで無力化する。それがお互いの狙っているところであり、警戒しているところでもあった。しかしアシュレとの戦いで消耗しきっている俺は、長期戦は避けたかった。一か八か、自分の実力を信じて飛び込んでみるしかない――まあ、この前はそれでやられたんだけど……

 写は眼力で俺を迎撃した。石つぶてを当てられたような痛みが右肩に生じる。だが俺は構わず突っ込み、左の手刀衝撃波を投じた。弟は飛びすさり、元いた岩盤に鋭い亀裂が入る。俺は着地し、左へ跳躍しつつ右手を向けて青い光弾を発射した。それは素早い相手にかすりもせず、岸壁に当たって砕け散る。一方、俺がすぐさま離れた場所は、写の手刀衝撃波で丸太のように輪切りにされた。

 弟が両の手の平をこちらに突き出す。俺は瞬間、野生の本能から警告を受けて大地から飛び上がった。俺の立っていた岩山が、周りの草むらや木々が、刹那せつなの間さえ置かずに泥沼に変貌する。泥土魔人ウォルシュの技だ。俺がいた場所を中心として半径30メートルが、はまったら抜け出せない底なし沼となって、万物をその体内に飲み込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...