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「そいつは怖いな」
俺は2人の体温に分かれ難く思ったが、こうしている間にもアシュレと帝王の前進は続いていた。時間がない。俺は彼女らと別れると、「行ってくる」とだけ言い残し、天と地を結ぶ分厚い竜巻へと飛翔していった。
「研磨! 死んだら承知しないから!」
「鏡さん! お気をつけて!」
俺は振り返ることなく前を進んだ。何だかもう一度2人の――特にミズタの――顔を見たら、せっかくの意気が挫けそうだったから……
雲が漏斗状になって大地と繋がっている。その暴風に負けじと、俺は不透明な輪を背中に生やし、斜め上から突っ込んでいった。
「くっ!」
すげえ風だ。ともすれば吹っ飛ばされそうになる体を気力で叱咤し、俺は更に近づいていく。そのときだった。
「ぐあっ!」
土砂の塊が俺を襲った。竜巻で舞い上げられたものが、偶然衝突してきたのだ。俺は右腕を骨折し、凄まじい激痛でたちまち強風に負けてしまう。巨木や岩、レンガや砂塵、木の葉や枝などと共に、俺は突風の波に翻弄された。息も出来ずただただ宙を舞い、飛来物に叩きのめされる。
「ちくしょうっ!」
俺は全能力を背中に集中させ、激しい風圧に抵抗した。こんな、帝王が無意識に起こしている大気現象ごときで死んでいたら、アホみたいで嫌だ。負けてたまるかっての。
俺はどうにかこうにか体勢を立て直した。右腕の骨折はもう治っている。強力な治癒能力が俺の負けん気を後押ししてくれた。俺は両腕で顔面をかばいながら、とうとう風の壁を突っ切って渦の中に出た。途端に強風が収まる。
「何者だ、貴様」
背筋がゾクリとするような、野太い威圧的な声。それが俺の頭の中に直接響いてきた。何だこりゃ? テレパシーって奴か? 俺は真下の、渦が巻き上がる中で仁王立ちしている人物を『境界認識』で観察した。
赤や緑の宝石が光る金色の王冠を被っている。髪の毛はないが灰色の髭があり、その顔は猛るイノシシに似ていた。錫杖を手にし、上半身のみきらびやかな鎧をまとっている。黒いマントをなびかせて、紺の下穿きに獣皮のブーツを身に着けていた。身長は220センチ前後か。
「おめえが魔界の帝王、マーレイか!」
竜巻の巨大な騒音にもかかわらず、奴は俺の声を不思議と聞き取っていた。
「その通りだ。貴様はどうやら、わしの直上にしゃしゃり出てきたことを無礼とは感じておらぬようだな。名を名乗れ」
「……鏡研磨。神族側の超人類だ」
俺はゆっくり降下する。まだ俺の衝撃波や『無効化波動』の射程圏内ではなかったからだ。それでも会話が成立していることに、たまらない違和感を感じる。
帝王は、さすがに魔族の頂点に立つ者らしく、冷徹たる視線をもって俺を串刺しにした。
「超人類、鏡研磨か。わしとやり合う前に少し話さぬか」
俺は停止した。少し興味を惹かれたからだ。
「話? 魔界を征服した自慢話でもしようってか?」
マーレイは首を振って笑殺した。灰色の髭が揺れる。
「違う。わしも元はただの人間だった、という話だ」
「何……?」
彼は俺を見上げたまま喋り出した。
「わしは人間界で一老人として暮らしていた。会社勤めを終え、のんびりとした余生を過ごしていたのだ。だが1年前、突如超人類の力に目覚めた。驚異的な拳打の力、切れ味鋭い手刀、他人の傷への治癒能力、対象を無力化する青い波動の放射、などが徐々に使えるようになった。ただし貴様や神族のような空飛ぶ力は今もなお発現していない――実に残念だがな。……ともかく、そんなわしの元に魔族から使いが来た。ハンシャ女王やその部下である神族たちよりも早く、な。使いの口上はこうだった――『その力で魔界の帝王の座を継ぎ、魔界を統一していただけませんか』。魔界は帝王がいるにもかかわらず、多くの魔族たちが群雄割拠しており、手がつけられない状況だったのだ。わしは人間界の研究者たちにモルモットにされる未来より、魔界に渡って覇者となる将来を選んだ」
俺は無言で聞き入ってしまう。
「前の代の帝王は、空中大神殿でわしを待っていた。そいつは奇怪な怪物で、腕が6本、足が4本生えていた。病で床に伏せっていた奴は、しかしわしに帝王の座を譲渡すべく、わしに儀式用の長剣を手渡してきた。それで自分の心臓を刺せ、と命令してきてな。どうやらそれが帝王の座の引き継ぎ式であるらしい。わしはもちろん怪物を剣で貫き、至高の――そのときははりぼて同然だったが――地位に就いた」
帝王は唇を舌で舐めて潤した。
「わしは魔界でもどんどん進化していき、とある能力に目覚めた。それが『魔人の創造』だ。稀少な宝石からしか生み出せぬが、わしはその力で3魔人を創造した。火炎魔人アシュレ、凍氷魔人ブラングウェン、泥土魔人ウォルシュ。皆、わしに決して逆らえない烙印を押された状態で、わしの指示に従い、魔界での戦争において獅子奮迅の活躍を見せてくれた。そしてとうとう、わしは魔界を統一したのだ。それがつい一ヶ月前のことだった。わしは魔界の帝王として権勢に酔いしれた」
だが、と彼は続ける。
「それでわしの権力欲が絶えるということはなかった。魔界の裏には神界が存在するという。さらに言い伝えでは、神界の現女王を滅ぼすことによって、神界と魔界が人間界のような完全な世界にまとまるらしい。『大統一』というようだがな。わしは次なる目標が出来て喜んだ。わしが世界を完全に統べる。神族に恨みはないが、抵抗するなら死んでもらう。わしはそうして、3魔人を先頭に立たせ、この神界に攻め込ませたのだ。意外と苦戦してしまったがな」
マーレイは両手を広げた。威厳と余裕に満ちている。
「……以上がわしの話だ。どうだ、冥土の土産としては悪くなかっただろう」
うーん、神族の昔の賢者サイードは、結構馬鹿だったって事か。サイードは数万年後のこれあるを予言して、人間界に『進化の粒』を撒いた。神界の助っ人として、超人類がちょうど生まれてくるように。だが彼女の思惑とは違い、いち早く超人類として生まれたマーレイは、魔界の統一を果たして帝王の座を確固たるものにした。そうして神界に攻め込んできたのだ。
京も写も魔族側についたし――京は寝返ったけど――、『進化の粒』など撒かなければ良かったのだ。
それはともかく、俺は帝王の話の不備を突いた。
「魔族はどうやって生まれてくるんだ? どうやらあんたの爪は剥がれてねえようだが」
「魔族は魔界の各所にある『戦士の泉』から霊魂として生まれてくる。それに強力な魔族が自分たちの利用しやすい体を与え、部下として使役するのだ。3魔人で見てみれば、泥土魔人は人形、凍氷魔人は雪だるま、火炎魔人は火の玉となる。分かったかな?」
俺は最後に質問する。
「現帝王であるおめえを倒せば魔族は全滅するのか?」
帝王は苦笑した。錫杖を構える。
俺は2人の体温に分かれ難く思ったが、こうしている間にもアシュレと帝王の前進は続いていた。時間がない。俺は彼女らと別れると、「行ってくる」とだけ言い残し、天と地を結ぶ分厚い竜巻へと飛翔していった。
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「鏡さん! お気をつけて!」
俺は振り返ることなく前を進んだ。何だかもう一度2人の――特にミズタの――顔を見たら、せっかくの意気が挫けそうだったから……
雲が漏斗状になって大地と繋がっている。その暴風に負けじと、俺は不透明な輪を背中に生やし、斜め上から突っ込んでいった。
「くっ!」
すげえ風だ。ともすれば吹っ飛ばされそうになる体を気力で叱咤し、俺は更に近づいていく。そのときだった。
「ぐあっ!」
土砂の塊が俺を襲った。竜巻で舞い上げられたものが、偶然衝突してきたのだ。俺は右腕を骨折し、凄まじい激痛でたちまち強風に負けてしまう。巨木や岩、レンガや砂塵、木の葉や枝などと共に、俺は突風の波に翻弄された。息も出来ずただただ宙を舞い、飛来物に叩きのめされる。
「ちくしょうっ!」
俺は全能力を背中に集中させ、激しい風圧に抵抗した。こんな、帝王が無意識に起こしている大気現象ごときで死んでいたら、アホみたいで嫌だ。負けてたまるかっての。
俺はどうにかこうにか体勢を立て直した。右腕の骨折はもう治っている。強力な治癒能力が俺の負けん気を後押ししてくれた。俺は両腕で顔面をかばいながら、とうとう風の壁を突っ切って渦の中に出た。途端に強風が収まる。
「何者だ、貴様」
背筋がゾクリとするような、野太い威圧的な声。それが俺の頭の中に直接響いてきた。何だこりゃ? テレパシーって奴か? 俺は真下の、渦が巻き上がる中で仁王立ちしている人物を『境界認識』で観察した。
赤や緑の宝石が光る金色の王冠を被っている。髪の毛はないが灰色の髭があり、その顔は猛るイノシシに似ていた。錫杖を手にし、上半身のみきらびやかな鎧をまとっている。黒いマントをなびかせて、紺の下穿きに獣皮のブーツを身に着けていた。身長は220センチ前後か。
「おめえが魔界の帝王、マーレイか!」
竜巻の巨大な騒音にもかかわらず、奴は俺の声を不思議と聞き取っていた。
「その通りだ。貴様はどうやら、わしの直上にしゃしゃり出てきたことを無礼とは感じておらぬようだな。名を名乗れ」
「……鏡研磨。神族側の超人類だ」
俺はゆっくり降下する。まだ俺の衝撃波や『無効化波動』の射程圏内ではなかったからだ。それでも会話が成立していることに、たまらない違和感を感じる。
帝王は、さすがに魔族の頂点に立つ者らしく、冷徹たる視線をもって俺を串刺しにした。
「超人類、鏡研磨か。わしとやり合う前に少し話さぬか」
俺は停止した。少し興味を惹かれたからだ。
「話? 魔界を征服した自慢話でもしようってか?」
マーレイは首を振って笑殺した。灰色の髭が揺れる。
「違う。わしも元はただの人間だった、という話だ」
「何……?」
彼は俺を見上げたまま喋り出した。
「わしは人間界で一老人として暮らしていた。会社勤めを終え、のんびりとした余生を過ごしていたのだ。だが1年前、突如超人類の力に目覚めた。驚異的な拳打の力、切れ味鋭い手刀、他人の傷への治癒能力、対象を無力化する青い波動の放射、などが徐々に使えるようになった。ただし貴様や神族のような空飛ぶ力は今もなお発現していない――実に残念だがな。……ともかく、そんなわしの元に魔族から使いが来た。ハンシャ女王やその部下である神族たちよりも早く、な。使いの口上はこうだった――『その力で魔界の帝王の座を継ぎ、魔界を統一していただけませんか』。魔界は帝王がいるにもかかわらず、多くの魔族たちが群雄割拠しており、手がつけられない状況だったのだ。わしは人間界の研究者たちにモルモットにされる未来より、魔界に渡って覇者となる将来を選んだ」
俺は無言で聞き入ってしまう。
「前の代の帝王は、空中大神殿でわしを待っていた。そいつは奇怪な怪物で、腕が6本、足が4本生えていた。病で床に伏せっていた奴は、しかしわしに帝王の座を譲渡すべく、わしに儀式用の長剣を手渡してきた。それで自分の心臓を刺せ、と命令してきてな。どうやらそれが帝王の座の引き継ぎ式であるらしい。わしはもちろん怪物を剣で貫き、至高の――そのときははりぼて同然だったが――地位に就いた」
帝王は唇を舌で舐めて潤した。
「わしは魔界でもどんどん進化していき、とある能力に目覚めた。それが『魔人の創造』だ。稀少な宝石からしか生み出せぬが、わしはその力で3魔人を創造した。火炎魔人アシュレ、凍氷魔人ブラングウェン、泥土魔人ウォルシュ。皆、わしに決して逆らえない烙印を押された状態で、わしの指示に従い、魔界での戦争において獅子奮迅の活躍を見せてくれた。そしてとうとう、わしは魔界を統一したのだ。それがつい一ヶ月前のことだった。わしは魔界の帝王として権勢に酔いしれた」
だが、と彼は続ける。
「それでわしの権力欲が絶えるということはなかった。魔界の裏には神界が存在するという。さらに言い伝えでは、神界の現女王を滅ぼすことによって、神界と魔界が人間界のような完全な世界にまとまるらしい。『大統一』というようだがな。わしは次なる目標が出来て喜んだ。わしが世界を完全に統べる。神族に恨みはないが、抵抗するなら死んでもらう。わしはそうして、3魔人を先頭に立たせ、この神界に攻め込ませたのだ。意外と苦戦してしまったがな」
マーレイは両手を広げた。威厳と余裕に満ちている。
「……以上がわしの話だ。どうだ、冥土の土産としては悪くなかっただろう」
うーん、神族の昔の賢者サイードは、結構馬鹿だったって事か。サイードは数万年後のこれあるを予言して、人間界に『進化の粒』を撒いた。神界の助っ人として、超人類がちょうど生まれてくるように。だが彼女の思惑とは違い、いち早く超人類として生まれたマーレイは、魔界の統一を果たして帝王の座を確固たるものにした。そうして神界に攻め込んできたのだ。
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それはともかく、俺は帝王の話の不備を突いた。
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「魔族は魔界の各所にある『戦士の泉』から霊魂として生まれてくる。それに強力な魔族が自分たちの利用しやすい体を与え、部下として使役するのだ。3魔人で見てみれば、泥土魔人は人形、凍氷魔人は雪だるま、火炎魔人は火の玉となる。分かったかな?」
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