上 下
23 / 39

23

しおりを挟む
「分かった。撃つよ!」

「おう!」

 俺と京は、ありったけの力で『無効化波動』を直下の雪原に放った。巨大な青い光弾が撃ち込まれるさまを、ブラングウェンが嘲笑する。

「何をやっているので? 相手はこっち……」

 奴は最後まで言い切れなかった。野原がいきなり全域に渡って陥没し、崩落したのだ。上を歩いていた雪だるま群も、凍氷魔人も、全てが派手な水飛沫みずしぶきを上げて落下する。

 京が、ミズタが驚愕の声を漏らした。

「これは……!」

「湖……?」

 そう、この平原は氷と大量の雪で覆われた、一個の湖だったのだ。それを俺と京の『無効化波動』が一気に溶かし、元の姿に返した、というわけだ。魔族の雪だるまたちが泳ぐことも出来ず、次々に沈んでいく。この様子を眺めていた神族たちが、一斉に歓声を上げた。

 だが――

「あ、危ないところだった……」

 湖の中央で逆さつららが真上に伸びた。それに右手と右足をかけてしぶとく現れたのは、凍氷魔人ブラングウェン。その全身はすっかりびしょ濡れだ。

 ミズタが合わせた両手の隙間から光の矢を放った。

「マリの仇! これでも食らえっ!」

 矢は高速で魔人の腹に複数命中した。だが相手は痛くもかゆくもなさそうだ。余裕を持ってミズタを睨みつける。

「ふん、逃げ足だけは速かった神族か。今殺してやる」

 しかし、そのミズタの光の矢がある部位を照らしたとき、俺と京は目を見交わした。俺はうなずくと、ブラングウェン目掛けて襲い掛かる。

「見えたぞ! そこだな、核は!」

「何っ?」

 俺は『境界認識』をフル稼働して手刀を振り抜き、衝撃波を怪物の弱点――左足の爪先に叩き込んだ。そこだけが他の透明な氷に比べ、赤く濁っていたのだ。今まで積雪に隠れて分からなかったというわけだ。

「ぎゃああっ!」

 狙いはどんぴしゃだった。凍氷魔人は赤い爪先――核を粉砕されると、その全身を維持できなくなってバラバラに砕け散る。逆さつららが墓標となって、湖は奴の墓場と化した。神族たちが『境界認識』からの魔人の消失に、今度こそはと喜んだ。

 勝った。泥土魔人に続き、凍氷魔人にも……

 だが、そこにマリの姿はない。俺はようやく勝利を収めても、心のもやを晴らすことは出来なかった。ミズタと京が、無言で浮遊している俺のそばに寄ってくる。

「ありがとう、研磨。マリの仇を討ってくれて……」

 俺は無言で首肯した。マリは、マリはもう、戻ってこないのだ――

「おい……」

 京が控え目に指摘してくる。

「マリって、あの氷の槍で腹を突き刺された神族のことか? 彼女なら僕が治して、今頃貧血で後送こうそうされているはずだよ」

「えっ!」

 俺とミズタは同時に目を見開いた。



「マリ!」

「ミズタ! 鏡さん!」

 赤いショートボブに、紐で耳に引っ掛けている分厚い眼鏡。あじさいの花のような明るい顔立ち。間違いなくそれは、生きているマリ本人だった。

 野戦病院の中で、マリとミズタは互いに駆け寄り、ひしと抱き合った。涙を流してそれぞれの無事を喜び合う。俺は目頭を押さえて嬉し泣きをこらえた。京が俺に解説する。

「研磨君とミズタさんが去った後、僕は急いで氷の槍を割り、引き抜き、治癒の力でマリちゃんの傷を元に戻したんだ。ただ出血が酷かったのと意識がなかったのとで、状態は良くなかった。それで、恐る恐る近づいてきた神族に『早くどこか安全な場所に移して養生させてあげるんだ』と命じて引き渡してね。どうやらその神族は、ここへマリちゃんを運び込んだようだ。元気そうで何よりだよ」

 多分、ミズタが無力化された俺を運び疲れて森の中に不時着した際、真上を飛んでいったんだろう。俺たちはマリを死んだものと諦め、絶望的な気分に浸っていた。だから『境界認識』にも引っ掛からなかったのだ。いや、引っ掛かっていたかもしれないが、野鳥とでも間違えたのだろう。とんだすれ違いというわけだ。やれやれ。

「鏡さん」

 マリが正面から抱きついてきた。しばし俺の胸に頬を押し当てる。

「ありがとうございます。ミズタから聞きました。凍氷魔人を倒してくださったのですね。私の仇討ちという覚悟で……」

「なに、余裕余裕。マリの痛みはきっちり倍返ししておいたからな。もう死にかけたりするんじゃねえぞ」

「はい……」

 マリは澄明ちょうめいな水滴を頬に伝わせ、こちらを見上げて微笑んだ。

 生きていることを喜び合える仲間がいる。その事実が、俺の心を優しく撫でた。



 その後、京は自分が戦闘不能に追い込んだ負傷者たちを、今度は治癒して回った。女医や看護師たちは自分たちの仕事を取られてしまったわ、となげくように喜んだ。北方方面はこれでもう神族の優勢が決まり、傷の癒えた戦士たちは最後の仕上げとばかり、戦場へと舞い戻っていった。

 俺とミズタは傷跡一つなくなった体で、マリと食事している。暖炉に程近いベッドに3人並んで腰掛け、南からの補給線で運ばれてきた硬めのパンを噛み千切っていた。人が出払ってがらんとした院内で、足音が近づいてくる。

「やっと全員の治療が終わったよ、研磨君。自業自得だけど、さすがに疲れた」

『境界認識』でいち早く識別したのは、包帯だらけの矢田野京だった。京は俺の横に座り、ベッドに抗議のきしみを上げさせる。マリが彼に質問し、謎を解くよううながした。

「何で私を助けてくださったんですか?」

「君の方がずっと幼いが……顔立ちが、僕の愛した魔女リングに近かったからさ。それにブラングウェンには、神族を出来る限り殺さないよう注意しておいたんだ。なのに、退却して背中を見せる神族を槍で刺し貫いてね。頭にきたというのもあった。だからマリちゃんを助けたんだ。残酷なブラングウェンとは終始馬が合わなかったし」

 俺はパンを千切り、切れ端を京に手渡した。

「それだけじゃ俺や神族との共闘に転向した理由にはならないな」

 美青年は遠慮することなく受け取ってかぶりつく。

「もちろん。マリちゃんをとっさに救った僕に、凍氷魔人はせせら笑って衝撃の事実を告げたんだ。『あの魔族の女と間違えたか、京殿。……いいことを教えてやろう。リングの奴ならもう死んだよ。神族との交戦中にな。さっき連絡があった。でも心優しい君のことだ、今後も私たちの味方をしてくれるね?』と……」

 京は両手を両膝の上に置いた。その体が震えている――と思ったら、鼻声で続けた。

「リングが死んだなら、彼女がもうこの世にいないなら、ブラングウェンの嫌な奴に味方する理由もない。奴の方も、黙っておけばいい情報をあえて漏らしたことから察するに、僕に対する殺意でえくり返っていたのだろう。僕は魔人に『無効化波動』を投げつけ、あいつはそれをかわした。そこでもう、僕は魔族と敵同士になったんだ」

 ミズタは気の毒そうに彼へ声をかける。

「そうだったの。そんなに好きだったのね、魔女のリングさんが」

「彼女は僕の全てだった」

 二十歳はたちの超人類はがっくりうなだれる。

「僕は人間界で、次々新しい能力に目覚めていった。大樹をへし折るパンチ力だとか、野菜を微塵みじん切りに出来る手刀の切れ味とか、大空を飛ぶ鳥のような能力だとか……。正直混乱し、大学にも行けなくなってしまうほど狼狽ろうばいしたよ。僕は化け物になってしまったんじゃないか、ってね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...