超人類無双~俺は進化し続ける

よなぷー

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 宿も決まり、泥だらけの衣服を脱ぎ捨て、股間をタオルで隠しながら、俺はミズタの後に続いて温泉場に入った。彼女は太い布を胴体に巻きつけて、大事な箇所をことごとく隠している。今度はやらかさない、との覚悟がありありだった。俺は彼女の背中に尋ねる。

「洗い場とかないのか?」

「ないわよ。湯尻ゆじりのお湯を洗面器ですくって、それでかけ湯して泥を洗い流しなさい」

 板で三方を囲まれた風呂場は岩だらけで、白い湯気が立ち込めていた。結構な広さだ。先客の神族は3人いて、温泉に浸かり込みながら何やら話し込んでいる。湯口ゆぐちの方に座り込んで、湯煙が幕になっているためか、反対側のこちらを気にもとめていないようだ。お互い『境界認識』で、それぞれの存在には気がついているのだろうが。

 ミズタがまず俺から身を清めるよう言い渡してきた。

「さ、ちゃっちゃと泥を落としなさいよ。見ないであげるから」

 俺は熱いにごり湯を何度も体にかけて、泥土魔人ウォルシュの残骸をこそぎ落とす。5回ほど繰り返すと、だいぶさっぱりした。これならもう湯船に入っても大丈夫だろう。腰に巻いていた手拭いを取り去り、絞った後たたんで頭に載せる。寒い外気と熱いお湯の豪華絢爛けんらんなサンドイッチを、俺は首まで浸かることで楽しんだ。

「おいミズタ、もういいぞ。よそ向いてるからそっちも汚れを流せ」

 後ろで振り返る気配。俺の後頭部に疑問が投げかけられた。

「ちょっと研磨、頭の上のタオルは何?」

「腰に巻いてた奴だ。タオルをお湯にけないのは常識だろ」

「あんた今全裸ってこと?」

「そうだけど」

「うげっ……」

 心底嫌そうにミズタが奇声を発した。

「神族は温泉では全裸を見せないのよ。だからそれは腰に巻いてていいの。分かった?」

 そうだったのか。俺は作法の違いに慌てて立ち上がる。ミズタが金切り声を出した。

「お尻なんか見せないでよ! 入浴したまま巻き直しなさいよ! この馬鹿!」

 俺は散々罵倒されながらどうにか股間を隠した。再び顎までお湯に沈む。

「ほら、これでいいだろ?」

「まったく……」

 ミズタがかけ湯をし終え、俺の隣にやおら腰を下ろした。高めのポニーテールの末端が湯船に浸かる。彼女の胸から太ももにかけては、大きいタオルでしっかりガードされているようだ。半透明なお湯ということもあり、そのプロポーションは全然楽しめない。残念である。

「湯口の方へ少し移るわよ、研磨」

「俺が先客に見つかったらやばいんじゃないか?」

「大丈夫よ。あたしが助っ人の超人類だって言い添えれば黙認してもらえると思うし。それより新しく来た客にとって、あたしたちが湯尻にいたら邪魔でしょ?」

 それはそうだ。俺はミズタの後に続いて、中ほどまで横移動した。湯口に近くなり、熱さが増してくる。彼女は心底気持ち良さそうに両腕を伸ばした。

「はぁー、いいお湯」

 そうだな。これくらいの温度が適切だろう。俺はだいぶ昔、両親に栃木県の那須塩原なすしおばら温泉へ旅行に連れてってもらったことがある。この温泉はそれに近かった。もう何年前になるだろう。あの頃はまだ俺も写も素直で、格段に幼かった。

 両親、か。もう二度と会えない。こんなことになるなら、もう少し親孝行しておけば良かった――後の祭りという奴だが。

 写は親父とお袋を殺した火炎魔人アシュレと目を見交わし、笑顔をたたえた。そこに昔日せきじつ面影おもかげはなかった。魔族側についたあいつは、今頃どうしているだろう。北方方面の戦場に超人類がいたとの情報だったが、それが写なのだろうか。

 写は火炎魔人に両親殺害を依頼したという。だから奴も同罪だ。もし激突することがあれば、今度こそ半殺しにしてやる。そうして自分の仕出かしたことを痛みでもって反省させてやる……

「ちょっとどうしたの、研磨。怖い顔して」

 俺ははっとなっておもてを上げた。顔に出ていたか。

「何でもねえ。ただ次の喧嘩を前に、ちょっと考え事をしていただけだ」

「あんたってホント喧嘩馬鹿ね」

 そこで頭上から大声がした。マリだ。その両手に大きな袋包みを抱えて、宙を舞っている。

「ミズタ、鏡さん、どこですか!」

 ミズタが湯船を揺らし、ゆっくりと真上に飛翔した。手を振って応える。

「ここよ、マリ!」

「ああ、そこでしたか、ミズタ。更衣室に二人の着替えを置いておきますね」

 マリはそう言ってこの風呂の出入り口に向かった。もちろん両足を地面につけないよう、やや浮遊しながら。

 再びお湯に肩まで潜ったミズタ。何だかんだ言いながら、俺はミズタとマリの二人にだいぶ厄介やっかいになっている。家族を一晩で失った俺にとって、新しく頼りになる彼女らだった。死線を共に越えてきたせいか、強い結びつきを感じる。

「なあミズタ」

「何よ」

「マリにも言いたいことだけど……絶対死ぬなよ」

 ミズタは苦笑した。何を今更、という風だった。

「それはお互い様でしょ。研磨こそ死なないでよね」

 それより、と眉間みけんしわを寄せる。生真面目な口調で問いただしてきた。

「さっきあたしが宙に舞い上がったとき、下から覗かなかったでしょうね?」

 自意識過剰過ぎだろ。



 ぐっすり眠った次の日は、北方方面へ向かってなおも空を飛翔した。曇天どんてんから白い雪が舞い落ちる中、俺たちは防寒具で相撲取りのように膨れ上がった体を前方へと差し向ける。手袋やブーツ、体を何重にもくるむ外套がいとうやズボンといったいでたちでも、真冬のようなこの寒さはちくちくと全身の肌を刺してきた。

 やがて石造りの広壮な建物が視界に飛び込んできた。三角屋根で、ちょうど一部の積雪が滑り落ちたところだった。ミズタが叫ぶ。

「あそこで少し休憩しようよ、マリ、研磨」

「そうですね」

「よっしゃ」

 俺たちは煙突から白煙を立ち昇らせる、その建築物を訪問した。衛兵に鑑札で身分を明かし、中にお邪魔するマリとミズタ。俺も後に続く。

「うう……」

「痛いよぉ……痛いよぉ……」

「わ、私はもう駄目だ……他の患者を手当てして……」

 そこは野戦病院だった。傷つき血を流した神族たちが、大量に並べられたベッドの上で苦痛にうめいている。暖炉の熱で少し過ごしやすいものの、負傷者にとってそんなものは気休めにもならない。

 ある女は包帯で手足をぐるぐる巻きにされて寝込んでいる。ある女は出血するまぶたの上を布で押さえ、壁に寄りかかって座っている。ある女は右腕を三角に吊り、ある女は脇腹を縫合ほうごうされ、それぞれ痛みに泣きじゃくっている。それら神族たちの間を、女医と看護師たちが走り回って手当てしていた。より後方へ運ばれる重傷者たちが担架に載せられて去っていくかと思えば、前方から担ぎ込まれた新たな怪我人がいている寝台へ寝かせられる。

 ミズタが口元を押さえた。

「ひどい……。一息に殺されるのも酷いけど、なまじ死に直結しない傷を負わされるのも地獄よね」

 俺は目をしばたたいた。最激戦区といわれた南西方面では、こんな半端な負傷者はそうはいなかったはずだ。生きて戦っているか、死んで倒れているか。神族の誰もがそのどちらかだったような気がする。こんな「生殺し」みたいな傷つけ方は、敵が狙ってやっているとしか考えられない。
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