14 / 39
14
しおりを挟む
俺は髪の毛をかき回した。納得いかないが、ここは美味い飯を提供してくれたし、機嫌を損ねないようにしておくか。
「……悪かったよ、ミズタ。ごめんなさい。今後は気をつけて、なるべくおめえを見ないようにするよ」
ミズタが俺をきっと睨んだ。
「何よそれ。あたしの体に魅力がないって言うの?」
どうすりゃいいんだよ。
体を清めて、腹一杯になって、後はぐっすり眠った。この家には来客用の寝室があったのだ。俺は色々あった一日を振り返ることもなく、ただただ睡魔に組み伏せられた。夢さえ見ず、こんこんと眠る。
……ツンと後頭部をつつかれた。それが何度も繰り返される。うるさいな、とそちらに寝返りをうった。重たいまぶたをこじ開けてみると、そこには既にミズタとマリが平常のいでたちで立っている。
「研磨、ハンシャ様に謁見しに行くわよ。準備して」
「……おう」
俺は寝ぼけまなこを擦りながら大あくびをかました。マリが水を注がれた洗面器と手拭いを置いていってくれる。俺はありがたくそれで顔を洗った。気分がさっぱりする。小山のように盛られた塩は歯磨き用だろう。俺はそれを指につけて口腔を掃除した。杯の水で口をゆすぐ。
いよいよ魔族と喧嘩するのか。血がたぎってきて男の本懐に武者震いしてしまう。身繕いを済ませると、意気揚々とドアを開けて外に出た。
蒼穹は見るものの心を清めるように澄明だ。神族の女たちが半透明の輪を背中に生やして行き来している。宙に浮かぶ邸宅郡も、今となっては何だか当然の光景のように思えてきた。俺とミズタとマリはその中を、昨日の王城目指して飛行していく。隣を飛ぶミズタは横乳を、前方を飛ぶマリはパンツを丸出しにしていた。今日は白色か……
「ど変態! またマリを血走った目で凝視して……」
血走ってねえよ。
「うるせえな。こんな若い子の下着に欲情するかよ。なあマリ?」
マリは肩越しに振り返り、俺を見つめる。
「私、ミズタと同年齢ですよ」
「へ?」
ミズタが腕を組んで俺を馬鹿にする。
「何、気付かなかったの? あたしとマリは前女王クキョク様の爪から同時期に生まれた幼馴染よ。年は2017歳。同い年ね」
ガーン。そうだったのか。てっきり姉妹みたいな関係なのかと思ってた。しかしよくよく考えてみれば、礼儀作法にかなった喋り方をするマリが、こんな自意識過剰女のミズタより年下なわけもないか。それにしても2017歳って……。とんだ婆さんだ。
とか何とかやってるうちに、城郭に辿り着いた。顔パスのミズタとマリに遅れないよう後をついていく。二人の姿を見失ったら、この複雑怪奇な城塞で迷子になれる自信があった。
「なあ、おめえらは人間界に来たり、俺と一緒に解毒薬探しに行ったりしてるけど、身分的には――職業的にはどんな位置づけなんだ?」
ミズタは楽しそうに笑った。
「エージェントよ」
「エージェント?」
マリが階段を斜めに飛翔しながら補足した。
「諜報員ということです。スパイ、細作、間者、間諜……言い方は色々ありますが、主にハンシャ女王の命で秘密に動いている立場です」
「現在は超人類である研磨の監視・お目付け役として機能しているわ。これからもあんたにつかず離れずで行動するからそのつもりで」
ミズタの言葉に、俺は嬉しいような悲しいような妙な気持ちにさせられた。女と一緒にいられるのは男冥利に尽きるが、一方これから始まる魔族との喧嘩の邪魔になりそうで、残念な気もする。
やがて昨日の黒曜石の間に着いた。ハンシャが巨大宝石の真下で、他の神族に命令書を渡している。ナンバー2のレンズが付き添うようにかたわらで立っていた。
「研磨、ミズタ、マリ。昨日はありがとうございました」
ミズタとマリが丁寧にお辞儀をする。
「もったいなきお言葉。女王陛下こそ昨日の傷は大丈夫ですか?」
「3人のおかげですっかり良くなりました。まだ完全には癒えてませんが、もう日常生活に差し障りはありません」
俺はポケットに両手を突っ込みながら尋ねた。
「で? 俺はどの方面に助っ人に行けばいいんだ?」
ミズタが俺の右足を、マリが左足を踏んづける。結構痛い。
「馬鹿! 昨日に引き続いて何て態度よ!」
「礼節を守ってください、鏡さん」
ハンシャはしかし怒らず、やや苦しそうに命じた。
「南西方面です。今はそこが最大の激戦区との情報が入っております。泥土魔人ウォルシュの前に、多くの神族が苦戦しています。貴方には彼女らをお救い願いたいのです」
デク人形の親分か。相手に取って不足なしだ。俺はよっぽど気楽になった。
「よっしゃ任せろ。軽くひねってきてやるよ」
女王が俺の左右のスパイに命じた。
「ミズタ、マリ。研磨の案内をお願いいたします。わたくしはここで吉報をお待ちしております」
「ははあっ!」
二人がかしこまって一礼した。俺の足を踏みしめながら……
かくして俺は巨大ザメとは違う、本物の初陣に向かって城を出発した。前方を飛翔するマリについて、ミズタともども空中都市から次第に離れていく。
半透明の輪を背中辺りに生やして飛ぶことに対し、体力が奪われることはなかった。何だか原付に乗った気分だ。動く椅子みたいな。どれだけ飛ばしても、警察に検挙されることはないのが嬉しいところだ。
地上に脈打つような畑と、それを管理する農家群――これも宙に浮いている――を幾度か飛び越し、更に南西方面へひたすら飛行していく。だがさすがに一日で辿り着けるほど、戦場は近くはなかったようだ。日が落ち、空を濃紫色が支配して、月がおぼろげな姿を現しても、目指す『世界の縁』には到達出来なかった。
「今日は野宿よ、研磨」
ミズタが宣言し、マリと共に下降した。俺も後に続く。ピアノの連弾のように着地した。そこは見晴らしのいい川べりで、人家とは遠く離れた辺境の一隅だった。マリが火打石で火を起こし、ミズタが薪を集めてくる。俺も出来る限り手伝った。やがて焚き火が完成し、少し冷える夜に貴重な暖が取れるようになる。
「今のところ、魔族との交戦状況はどうなんだ?」
俺はふやかした干し肉をかじりながら尋ねた。実際、優勢なのか劣勢なのか。応じたのはマリだった。
「魔族は基本、単体ではかなりの強さだといいます。しかし上位神族のような『境界認識』の力に欠ける上、指揮官の命に従わず個別に動くことを好むので、各個撃破しやすいとのことです」
ふむふむ。それなら大したことはなさそうだな。しかしミズタが語を継ぐ。
「でも今までに確認された魔人――強力な上位魔族――の、火炎魔人アシュレ、凍氷魔人ブラングウェン、泥土魔人ウォルシュの三体は、魔族を強固な力で従わせ、かなり手強いらしいわよ」
俺はアシュレの名に反応した。親父とお袋を消し炭にしたにっくき仇。忘れかけていた憎悪の炎が再燃する。
「……悪かったよ、ミズタ。ごめんなさい。今後は気をつけて、なるべくおめえを見ないようにするよ」
ミズタが俺をきっと睨んだ。
「何よそれ。あたしの体に魅力がないって言うの?」
どうすりゃいいんだよ。
体を清めて、腹一杯になって、後はぐっすり眠った。この家には来客用の寝室があったのだ。俺は色々あった一日を振り返ることもなく、ただただ睡魔に組み伏せられた。夢さえ見ず、こんこんと眠る。
……ツンと後頭部をつつかれた。それが何度も繰り返される。うるさいな、とそちらに寝返りをうった。重たいまぶたをこじ開けてみると、そこには既にミズタとマリが平常のいでたちで立っている。
「研磨、ハンシャ様に謁見しに行くわよ。準備して」
「……おう」
俺は寝ぼけまなこを擦りながら大あくびをかました。マリが水を注がれた洗面器と手拭いを置いていってくれる。俺はありがたくそれで顔を洗った。気分がさっぱりする。小山のように盛られた塩は歯磨き用だろう。俺はそれを指につけて口腔を掃除した。杯の水で口をゆすぐ。
いよいよ魔族と喧嘩するのか。血がたぎってきて男の本懐に武者震いしてしまう。身繕いを済ませると、意気揚々とドアを開けて外に出た。
蒼穹は見るものの心を清めるように澄明だ。神族の女たちが半透明の輪を背中に生やして行き来している。宙に浮かぶ邸宅郡も、今となっては何だか当然の光景のように思えてきた。俺とミズタとマリはその中を、昨日の王城目指して飛行していく。隣を飛ぶミズタは横乳を、前方を飛ぶマリはパンツを丸出しにしていた。今日は白色か……
「ど変態! またマリを血走った目で凝視して……」
血走ってねえよ。
「うるせえな。こんな若い子の下着に欲情するかよ。なあマリ?」
マリは肩越しに振り返り、俺を見つめる。
「私、ミズタと同年齢ですよ」
「へ?」
ミズタが腕を組んで俺を馬鹿にする。
「何、気付かなかったの? あたしとマリは前女王クキョク様の爪から同時期に生まれた幼馴染よ。年は2017歳。同い年ね」
ガーン。そうだったのか。てっきり姉妹みたいな関係なのかと思ってた。しかしよくよく考えてみれば、礼儀作法にかなった喋り方をするマリが、こんな自意識過剰女のミズタより年下なわけもないか。それにしても2017歳って……。とんだ婆さんだ。
とか何とかやってるうちに、城郭に辿り着いた。顔パスのミズタとマリに遅れないよう後をついていく。二人の姿を見失ったら、この複雑怪奇な城塞で迷子になれる自信があった。
「なあ、おめえらは人間界に来たり、俺と一緒に解毒薬探しに行ったりしてるけど、身分的には――職業的にはどんな位置づけなんだ?」
ミズタは楽しそうに笑った。
「エージェントよ」
「エージェント?」
マリが階段を斜めに飛翔しながら補足した。
「諜報員ということです。スパイ、細作、間者、間諜……言い方は色々ありますが、主にハンシャ女王の命で秘密に動いている立場です」
「現在は超人類である研磨の監視・お目付け役として機能しているわ。これからもあんたにつかず離れずで行動するからそのつもりで」
ミズタの言葉に、俺は嬉しいような悲しいような妙な気持ちにさせられた。女と一緒にいられるのは男冥利に尽きるが、一方これから始まる魔族との喧嘩の邪魔になりそうで、残念な気もする。
やがて昨日の黒曜石の間に着いた。ハンシャが巨大宝石の真下で、他の神族に命令書を渡している。ナンバー2のレンズが付き添うようにかたわらで立っていた。
「研磨、ミズタ、マリ。昨日はありがとうございました」
ミズタとマリが丁寧にお辞儀をする。
「もったいなきお言葉。女王陛下こそ昨日の傷は大丈夫ですか?」
「3人のおかげですっかり良くなりました。まだ完全には癒えてませんが、もう日常生活に差し障りはありません」
俺はポケットに両手を突っ込みながら尋ねた。
「で? 俺はどの方面に助っ人に行けばいいんだ?」
ミズタが俺の右足を、マリが左足を踏んづける。結構痛い。
「馬鹿! 昨日に引き続いて何て態度よ!」
「礼節を守ってください、鏡さん」
ハンシャはしかし怒らず、やや苦しそうに命じた。
「南西方面です。今はそこが最大の激戦区との情報が入っております。泥土魔人ウォルシュの前に、多くの神族が苦戦しています。貴方には彼女らをお救い願いたいのです」
デク人形の親分か。相手に取って不足なしだ。俺はよっぽど気楽になった。
「よっしゃ任せろ。軽くひねってきてやるよ」
女王が俺の左右のスパイに命じた。
「ミズタ、マリ。研磨の案内をお願いいたします。わたくしはここで吉報をお待ちしております」
「ははあっ!」
二人がかしこまって一礼した。俺の足を踏みしめながら……
かくして俺は巨大ザメとは違う、本物の初陣に向かって城を出発した。前方を飛翔するマリについて、ミズタともども空中都市から次第に離れていく。
半透明の輪を背中辺りに生やして飛ぶことに対し、体力が奪われることはなかった。何だか原付に乗った気分だ。動く椅子みたいな。どれだけ飛ばしても、警察に検挙されることはないのが嬉しいところだ。
地上に脈打つような畑と、それを管理する農家群――これも宙に浮いている――を幾度か飛び越し、更に南西方面へひたすら飛行していく。だがさすがに一日で辿り着けるほど、戦場は近くはなかったようだ。日が落ち、空を濃紫色が支配して、月がおぼろげな姿を現しても、目指す『世界の縁』には到達出来なかった。
「今日は野宿よ、研磨」
ミズタが宣言し、マリと共に下降した。俺も後に続く。ピアノの連弾のように着地した。そこは見晴らしのいい川べりで、人家とは遠く離れた辺境の一隅だった。マリが火打石で火を起こし、ミズタが薪を集めてくる。俺も出来る限り手伝った。やがて焚き火が完成し、少し冷える夜に貴重な暖が取れるようになる。
「今のところ、魔族との交戦状況はどうなんだ?」
俺はふやかした干し肉をかじりながら尋ねた。実際、優勢なのか劣勢なのか。応じたのはマリだった。
「魔族は基本、単体ではかなりの強さだといいます。しかし上位神族のような『境界認識』の力に欠ける上、指揮官の命に従わず個別に動くことを好むので、各個撃破しやすいとのことです」
ふむふむ。それなら大したことはなさそうだな。しかしミズタが語を継ぐ。
「でも今までに確認された魔人――強力な上位魔族――の、火炎魔人アシュレ、凍氷魔人ブラングウェン、泥土魔人ウォルシュの三体は、魔族を強固な力で従わせ、かなり手強いらしいわよ」
俺はアシュレの名に反応した。親父とお袋を消し炭にしたにっくき仇。忘れかけていた憎悪の炎が再燃する。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる