超人類無双~俺は進化し続ける

よなぷー

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「ハンシャ女王、研磨と闘う意志はお変わりありませんか?」

「はい。わたくしの力を見せ付けましょう。わたくし自身、こもり切りではなまってしまいますので」

 客席はどんどん埋まっていく。ちっ、観戦料も払わずに……。それ以前に、見世物じゃないんだけどな。

「研磨」

 香辛料のような刺激のある声。

「どこからでもかかってきなさい」

 ハンシャが両腕を左右に開き、俺を痛烈に睨みつけた。俺はその包帯だらけの手足を見つめる。

「その様子じゃ、俺の――他人の傷は治せても、自分自身のそれは無理みたいだな。ボコボコにしちまうけど、病院のベッドで恨むなよ」

 風が吹き砂塵さじんが舞う。俺は軽く屈むと、地面を蹴って飛翔した。相手は女だ、手加減して顔面にパンチ一発お見舞いしてやる。

 だが猛スピードで突っ込んだ俺の一撃は、女王に素早く、あっけなくかわされた。逆にすれ違いざま脇腹に膝をぶち込まれかける。だが俺は――自分でも信じられない反応速度で――それを察知し、急加速して空振りさせた。俺は闘技場の上空に舞い上がる。

 何だ、今のは? 今まで味わったことのない、自身の的確な対応だった。ハンシャが俺を見上げて大声を出す。

「研磨、貴方は進化していますね。今のあなたの急速回避は、上位神族にしか使えない『境界認識』によるものです」

「『境界認識』?」

「左右の眼球だけでなく第六感をも使った、広範囲の索敵を可能とする能力です。研磨、今の貴方なら目を閉じてもわたくしと闘えるはずですよ」

 ホントかよ。俺は言われたとおりに瞑目めいもくした。暗闇の中で、観客が、ハンシャが、ミズタがマリが、ぼんやりとその位置を浮き上がらせる。俺は女王目掛けて目をつむったまま飛び掛かった。手刀はさすがに使わずパンチと蹴りだけだったが、俺は自分の攻撃や敵の回避を鮮やかに、ひりひりするような感覚で捉えられた。

「これが『境界認識』……!」

「そうです」

 ハンシャの掌打しょうだが俺の腹に叩き込まれた。そういえばカレーライスは永遠にお預けになっちまったな、と馬鹿なことを考えながら、俺は苦痛に目を開けて、くの字に折れ曲がった。その俺の後頭部に女王の肘鉄が炸裂する。俺は眼前に火花が散るのを感じながら、激痛に苦悶した。

「くそっ!」

 俺はハンシャの両足を刈ろうとタックルを見舞った。しかし抱え込もうとした両腕は虚空をいだだけだ。女王が垂直に飛翔したのだ。俺は四つん這いになるとすかさず横転する。さっきまで俺のいた地面に、神族の長の踏みつけが命中した。更に腹を蹴り上げられそうになったので、半透明の輪で宙に逃れる。

 いつの間にか闘技場はぎっしり超満員になっていた。椅子に座れなかった神族たちが立ち見ならぬ飛び見で天蓋てんがいをなすようだ。俺たちの攻防にざわめいて、この浮遊島が揺れ動く。

 ハンシャが俺を見上げて叫んだ。

「研磨、貴方は強い。でもまだまだ、超人類としては進化の途上です。今の貴方ならわたくしでも十分倒せます。さあ、反撃はまだですか?」

 このアマ……! 俺は『境界認識』の能力を――自分の進化に軽く恐怖しながら――手探りで使用し、彼女に飛び掛かっていった。

 今度はハンシャもかわさず受けた。全ての爪ががれているにもかかわらず、俺の拳を拳で弾き、がら空きの頬を思いっきり肘打ちする。俺は顎の骨が砕けたかと思うほどの衝撃に、一瞬ぐらついた。だが瞬時に体勢を立て直し、回し蹴りを相手太ももへ叩き込む。

「いい蹴りですね、研磨!」

「糞がぁっ!」

 更に頭突きを見舞った。だがこちらは横へ回ってかわされ、胸の辺りを肘と膝でサンドイッチされる。刹那せつなの間呼吸が詰まり、俺は続く両拳による背中への殴打をもろに浴びた。

「ぐっ……」

 俺は地面に叩きつけられ、力なく突っ伏した。ものの3分と経たぬうちに、俺はボコボコにされてKO負けしたのだ。せっかくの『境界認識』も、自分がどう攻撃されたのか手に取るように分かっただけで、勝利には結びつかなかった。

 俺が負けたとなって、満場の観衆は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。ハンシャコールが自然発生し、たちまち大きなうねりとなって会場狭しと溢れ返る。その中で、俺はハンシャに治癒されていた。

「お、俺が強いから、救世主になるから呼んだんじゃねえのか? おめえの方が遥かにつええじゃねえかよ。あんたが前線に行けばいいだろうが」

 ハンシャは微笑して首を振った。

「まだ話していませんでしたが……。わたくしは慈愛の女王。全神族たちの力の源です。わたくしが倒れれば全ての神族も倒れてしまいます。この神界の中央から動くことは出来ません」

 何? じゃあハンシャが死ねば、この大観衆も、ミズタもマリも、今前線で戦っている神族たちも、残らず死んじまうってことか?

「それならそうと、早く言えよ……」

 なら確かに城にこもってないとまずいな。俺は回復して立ち上がった。興奮冷めやらぬ観客たちに見つめられながら、俺は女王に手を差し出す。

「火炎魔人アシュレといい、あんたといい、最近俺は負けてばかりだ。でも楽しかった。久々に血沸き肉躍る喧嘩だったよ。……いいぜ、あんたに仕えてやる。命じられるままに、どこへなりと向かってやるよ」

 ハンシャは輝くような笑顔を見せて、俺の手を握り返した。その美貌に俺は何となく照れてしまう。

 と、そのときだった。

「研磨、危ない!」

 ハンシャが俺を引っ張り、反転しながら覆い隠すように胸元へと抱え込む。直後に彼女の悲鳴が上がった。

「あぅっ!」

 それと共に、闘技場の一角で乱闘が起こった。俺は呆然と、崩れ落ちるハンシャを支えてその背中に腕を回す。生温い感触が不快に手の平へまとわりついた。

 それは紛れもない血。ハンシャは背中から出血していたのだ。ずるずると力なく地面に横たわった女王の肩甲骨けんこうこつ辺りに、黒い矢が突き刺さっていた。それは風に吹かれる砂のように、跡形もなく崩れ去る。

「女王!」

 ミズタとマリが文字通り飛んできた。何だ、何が起こった?

「魔族の女だ!」

「こいつめ、よくもあたいらの女王様を!」

「殺せ! 殺しちまえ!」

「いや駄目だ、情報源として生かしておくのよ!」

 どうやら乱闘騒ぎは魔族の女とやらを中心に起こったもののようだった。皆が俺とハンシャの決闘の余韻に浸っている隙に、潜入していたそいつが俺を狙って黒い矢を投じたらしい。それをハンシャがかばい、身代わりとなって撃たれたようだ。

 止血に全力を尽くすミズタたち。俺は血にまみれた手の平を握り込んだ。

「馬鹿野郎、俺は怪我しても女王に治してもらえるけど……あんたはそうじゃないじゃないか。何で俺をかばったんだ」

 ハンシャは青白い顔で地面に座り込み、さっきまでの武勇はどこかへ消えている。マリに手当てされながら、額に玉のような汗を浮かべ、小刻みに震えていた。

「ま、魔族の女は存在自体が珍しくて……でも確かに複数回確認されていて……厄介なことに神族に近い能力を持つのです……。その黒い矢は『ハーフ』と呼ばれる猛毒を有していて……並の神族や人間なら……たちどころに死んでしまいます……」
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