超人類無双~俺は進化し続ける

よなぷー

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「その通りです、鏡さん。数万年前は誰も生きていけないような世界であり、むべき空間として渡航が禁止されていた、神界の裏側――魔界。それが今、魔族であふれ返り、世界のふちから神界へ攻め込んできているのです」

 円盤世界の表と裏が相争あいあらそっているのか。それが神界と魔界、神族と魔族、ってわけか。馬鹿な俺でもようやく状況は飲み込めてきた。つまり誰だか分からねえが、既に魔族側についた超人類と、これから神族側につく予定の俺は、結局敵同士としてぶつかることになるわけだ。それは実にいい話だ。さっきの木製人形は物足りなかったからな。

 ミズタが怖気おぞけふるったように俺を見つめる。

「何にやにやしてるのよ、キモいわね。まさかあたしの下着を覗いたとか?」

 組んでいた足を元に戻し、服で隠すようにする。自意識過剰だ、アホ。まあ覗けるものなら覗きたいところだが……それは置いといて。

「木製人形は何で助っ人交渉もせず俺に襲い掛かったんだ? 俺、超人類なんだろ? 魔界の魔族はもう超人類がいらないってことか?」

「馬鹿ね、もうあたしたち神族の二人と接触してたじゃない、研磨。多分あの刺客はその光景を見て、あんたがハンシャ女王様側についたと判断したのよ。だから攻撃してきたんだわ。あの人形はあんまり知性がなかったみたいね、研磨みたいに」

 酷いこと言いやがる。

「じゃあ早速神界とやらに行くか! 俺はいつでもいいぜ。どうせこんな退屈で窮屈な世界、うっちゃっても全然平気だし」

 マリが立ち上がろうとする俺を押しとどめた。

「鏡さん、そうおっしゃらず。貴方あなたが神界から無事戻ってこれるかどうか、そうなったとしても何日かかるか、分かったものではありません。これから一日、ゆっくりこの人間界に別れを告げてください。思い残すことのないように。たとえば家族とか、親戚とか、友達とか、恋人とか。未練を残さず、悔いなく旅立てるようにするのです」

 俺はちょっとひるんだ。そうか、そう言われると、この人間界で旅立ちの挨拶あいさつでもしておきたくなる。親父とお袋は下の階でテレビでも観ているだろう。弟の写は自分の部屋で勉学にでも励んでいるだろうか。喧嘩マニアとして家族からも距離を置かれている俺としても、最後に笑顔ぐらい見せといて構わないはずだった。

「……分かった。おめえらはどうするんだ? 帰る当てはあるのか?」

 ミズタがベッドから腰を持ち上げた。弾力で枕とシーツが上下する。

「この人間界に活動拠点があるから、いったんそこへ戻るわ」

「どうせどこかのビルの屋上とか、打ち捨てられた廃屋とかだろ」

「いちいちうるさいわね。……さっきの人形みたいな魔族の刺客が現れても、今のあんたなら一人で倒せるでしょ。寝込みを襲われないように、この部屋に結界だけ張っておくわ」

 彼女は瑞々みずみずしい腕を躍動させ、空中に何かの印を切った。室内が一瞬だけ明るくなり、また元に戻る。

「これで良し。魔族はこの部屋には入れなくなったわ。じゃあね、研磨」

「それではまた明晩お目にかかります。お休みなさい、鏡さん」

 2人は窓から外へ飛び出していった。部屋が急に広くなり、夢幻的な夢から覚めたような、そんな感慨かんがいにさらされる。

 さて、どうすっかな。後輩の輝にはお世話になったし、吉良とも仲良く殴り合ったしな。明日は真面目に登校して、二人に別れを告げておくか。

 その前に腹が減っている。両親に会うのは億劫おっくうだが、飯だけは目の前で食べろとは親父のお達しだ。俺は着替えようかと思って立ち上がったが、そこでドアをノックする音が響いた。

「研磨。僕だよ、写だよ」

 俺はドアを開けた。俺より10センチほど低い位置に、マッシュルームのような茶髪がある。子供っぽさが残る顔ながら、その両目はたかのように鋭い。まさしく弟の写だった。

「何だよ、おめえからとは珍しいな」

「話、聞こえてたよ」

 あ、そうだったんだ。俺は隣の部屋との壁の薄さを失念していた己を恥じた。

「ちょっと僕の部屋で話そうよ。ここだと寒い」

「俺の部屋でもいいだろ。暖房ついてるぞ」

「いいから」

 写はそう言ってさっさと歩き出した。

 こいつは昔からわけの分からない奴だった。少年のようなたたずまいのくせに女好きで、そのあどけない顔を武器にとっかえひっかえ漁色ぎょしょくにふけっていたらしい。かと思うと、今年は人が変わったように女を寄せ付けなくなった。何かトラブルでも起こしたのだろうか。

 その一方、勉強は良く出来た。国内でもトップクラスの学校である私立敬帯けいたい中学の3年生で、更に学年首席を争う知能の高さだった。馬鹿で喧嘩マニアの俺とは大違いだ。多分写も俺のことを見下し、見離しているのだろう。

 写の部屋に入ったのは何年ぶりか。どうやら塾の課題をやっていたらしい。勉強机に開かれた参考書とノートが置き去りにされている。弟は椅子に座ると、立ったままの俺を見上げた。

「聞こえづらかった部分もあるから、一切合切いっさいがっさい話してよ。初めから最後まで」

 俺は仕方なしに、最近の喧嘩無双状態から空を飛んだ話、二人の神族と一体の魔族との出会いを詳細しょうさいに語った。要領悪いし、突飛とっぴな話だから、まあ理解しにくいとは思ったけどな。

「ふうん。超人類、か。研磨がねえ。ちょっと宙に浮いて見せてよ」

「おう」

 俺は半透明の輪を背中に生やし、カーペットから10センチほど浮上した。写はさして驚きもせず、手を振ってやめさせる。着地した俺に対し、無情な一言を放った。

「行ってくれば? 僕も馬鹿な研磨を追い出せて幸せだから」

 ぐさっ。容赦ねえな、こいつ。まあ写らしいといえば写らしい。だが直後にこう言い添えた。

「でも必ず帰ってきなよ。僕はよくても両親は研磨のこと心配するだろうから」

 やっぱそうか。両親はな……。そこで俺の腹が鳴った。耳朶じだを熱くする俺を写がからかう。

「晩御飯を一緒に食べて、ゆっくり話したら? 今晩ぐらいはね」

「分かった。まだ神界へ行くまで時間があるけど、とりあえず俺がいなくなった後の両親の面倒を見てやってくれ。頼むぜ」

 写は微笑した。

「任せて」

 俺は学ラン姿のまま部屋を出て、1階のキッチンに向かった。不思議と着替えようとは思わない。入学式、卒業式。俺はその日だけはきっちり両親に晴れ姿を見せてきた。今回もそのつもりでいるのだろうか。自分でもよく分からん。

 ともあれ、俺は少し緊張しながらドアを開け、台所へ入った。隣接する居間でソファに腰掛け、テレビを観ていた両親が、こちらに気付いて立ち上がった。

「研磨、どうしたんだその格好は」

 恐る恐る尋ねてきたのは親父の鏡投影かがみ・とうえい。若禿げを気にしている46歳で、銀縁眼鏡をかけてやや小太り。福の神様のような顔立ちで愛嬌あいきょうがあった。

「ん、別に……」

 どうしても愛想が悪くなってしまう。食事の席では俺の喧嘩沙汰についてもめることが多く、途中からお互い不機嫌になって黙り込むのが常だった。
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