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それはともかく。俺は性犯罪者呼ばわりされて不機嫌極まりなかった。
「おい、何だてめえらって聞いてるんだよ。俺に用があるのかないのか、はっきりしろや」
ミズタは腕を組み、値踏みするように俺を視線で撫で回した。そして眉間に皺を寄せながら、少し屈んでマリに耳打ちする。
「本当にこいつなの? ハンシャ様が探してる『超人類』は」
超人類? 何だそりゃ。マリがうなずき返す。
「間違いありません。あなたもご覧になったでしょう。彼が何の助力もなく、己の念力にのみ頼って宙を飛んだのを」
ちっ、さっきのを見てやがったのか。それにしても俺は念力とやらで空に舞い上がったのか?
ミズタが居丈高に命令してきた。
「あんた、まだガキみたいだけど、名前は?」
俺はその言い方にカチンときたが、こちらだけが相手の名前を知っているのも無粋な気がしたんで、正直に答えてやる。
「鏡研磨だ。で、何か用か? こちとら腹が減ってて機嫌が悪いんだけどな」
マリがおしとやかに頭を下げた。
「鏡研磨さん、あなたは今現在、人類の進化を猛スピードで駆け抜けている超人類です」
「何……?」
人類の進化を? 俺が?
昔の俺なら一笑に付していたであろうその台詞は、しかし最近の体の変化に裏づけされて、重苦しく俺の胸に落ち着いた。圧倒的なパンチ力。冴え渡る喧嘩の勘。鉄をも切断する鋭い手刀。そして、今しがた手に入れた飛行能力……
確かに異常だ。進化といえばそうかもしれない。だがなぜこいつらは自信満々にそうだと指摘できるのか? 俺の知らない何かを知っているのか? 少し興味が湧いてきた。
マリが続ける。
「でもそれは私たち神族の――いにしえの賢者サイード様の望んだことでもあります。どうか私たちの神界に来て、未曾有の危機から私たちをお救いください」
「神界だと? 神様の世界ってか?」
「その通りです。正式には『神が創り上げた世界』とでも申しましょうか」
こいつら、ちょっと頭がおかしいんじゃないか? 俺はその可能性に思い当たって若干引いた。
「ははあ、神界、ねえ。おめえら、宗教か何かの勧誘員か?」
俺の引きつった笑みに、マリはミズタを見上げる。目顔で何かやり取りした。ミズタが委細承知とばかりに、両手の平を胸の前で合わせる。
「研磨、よーく目の穴かっぽじって見てて」
俺たち3人以外誰もいない――まあ車道は往来が多いが――街路に、突如光が溢れ返った。ミズタの左右に開いた掌の間に、まばゆい白光がほとばしっている。何だこりゃ? 新手の特撮技術か?
……などと思っていると、唐突に光が膨れ上がり、中から矢のような塊が射出された。それは俺の足元、アスファルトの地面に飛翔して命中し、派手な音と共に突き刺さった。
発光が消える。ミズタの掌は元通りに闇に紛れ、斜めに立っていた光の矢もさらさらと暗黒に溶けていった。
「どう? これが神族の標準武器、『光の矢』よ。これであたしたちが人間でないこと、分かってくれたかしら」
アスファルトには穴が開きっ放しだ。ボウガンのような拳銃のような、ただその貫通力は絶大な技。もし体に当てられていたらと思うとぞっとする。俺は少し膝が震えた。
「へ、へえ。すげえじゃねえか。たいしたもんだ」
マリは眼鏡をつまみながら長く息を吐いた。仕方ないな、という諦念が透けて見える。
「ミズタ、私はただ宙を飛んでほしかっただけなんですが。このように……」
マリの背中に大きな半透明の輪が生える。その途端、彼女の両足が地面から離れた。空中に体が浮かぶ。まるでさっきの俺と同じように。じゃあ俺も――気がつかなかったけど――あの輪っかを背後に発生させて空を飛んでたのか。確かに、別に光の矢で威嚇しなくとも、これだけでただの人間じゃない――神族とやらであると判別できる。
間抜けなミズタが口を尖らせた。
「別にいいじゃない。この研磨にひと泡吹かせたかったし。……で、どう研磨。これであたしたちが人間じゃないって分かってくれた? あんたが超人類で、同じように人間じゃなくなってきてるのと同じように」
俺は両手を挙げざるを得なかった。論より証拠、百聞は一件に如かず。こうなると一点の疑問の余地もない。ミズタとマリは神界の神族とやらであり、俺は超人類とやらであるわけだ――彼女らが嘘をついていなければ。そうなると別の疑問が湧き上がってくる。
「おい、その超人類の俺に何のようだ? 神界を未曾有の危機から救えって、具体的に何をどうすりゃいいんだ」
「それは……」
そこで異変が起きた。俺から見て右手――道路の方で、突如轟音と共に爆発が生じたのだ。走行していた車が何かにぶち当たり、一息で炎上したようだ。ああ、びっくりした。ぺしゃんこに潰れた軽四は、ドライバーの生死を確認するまでもなかった。携帯電話がないから、通報は他の目撃者に任せるしかないか。事故の発生に、一気に周囲が明るく慌ただしくなる。
ミズタとマリが警戒の色濃く、燃え盛る車を――いや、車が激突した『何か』を注視していた。
「まさか……魔方陣?」
俺は目を凝らした。確かに走行中の乗用車の衝突にもかかわらず、その『何か』はまるで壊れていなかった。赤く光る複雑な紋様が描かれた、黒くて薄っぺらい円盤。それは歪みもせず、炎が引火することもなく、道路上に浮いていた。その中央から更なる『何か』が這い出してくる。
「魔族よ! 研磨、逃げて!」
ミズタが叫んだが遅かった。操り手のいない操り人形のような生き物が、超高速で俺の顔面に蹴りを食らわしたのだ。俺は後方へ吹っ飛び、店舗のシャッターに背中から激突した。痛てえ!
俺は瞬間怒りに沸騰し、近づいてきた木製人形のむき出しの腹に蹴りを打ち込んだ。人形――ミズタに言わせれば魔族――は、よろけながらも、ガードレールの上に器用に着地する。そこから俺に第二撃を放とうとする気配を見せて、不意に隣の木に飛び移った。無人となったガードレール上に、光の矢が2本突き刺さる。見上げれば、空中に避難したミズタとマリが、人形を攻撃したのだった。
「研磨! こいつは多分、泥土魔人の手下よ! 連係して倒すわよ!」
叫ぶミズタに俺は首を振った。蹴られたのは俺だ。ならこの喧嘩は、俺と人形との間で決着をつけねばならない。
「援護するな! 出しゃばるんじゃねえ!」
「なっ……」
怒りに目を白黒させるミズタから視線を外し、街路樹へ目をやる。いない。人形が消え失せている。どこだ? どこへ逃げた?
俺は背後に気配を察知し、宙へ飛んだ。一瞬前まで俺がいた空間を、人形の蹴りが薙ぎ払う。まともに食らっていたら脇腹をえぐられていたところだ。あぶねえ。
俺は180度回転すると、バランスを立て直そうとする魔族に突進し、重厚なパンチを見舞った。それは奴の頭部にジャストミートし、人形は後頭部から地面に叩きつけられた。ひびが入って木片が四散する。それでも死なず、魔族は体操選手のように跳ね起きてこちらへ飛び掛かってきた。今度は鋭い拳打が俺の腹にめり込む。俺は縦回転しながら地べたすれすれを舞った。
「おい、何だてめえらって聞いてるんだよ。俺に用があるのかないのか、はっきりしろや」
ミズタは腕を組み、値踏みするように俺を視線で撫で回した。そして眉間に皺を寄せながら、少し屈んでマリに耳打ちする。
「本当にこいつなの? ハンシャ様が探してる『超人類』は」
超人類? 何だそりゃ。マリがうなずき返す。
「間違いありません。あなたもご覧になったでしょう。彼が何の助力もなく、己の念力にのみ頼って宙を飛んだのを」
ちっ、さっきのを見てやがったのか。それにしても俺は念力とやらで空に舞い上がったのか?
ミズタが居丈高に命令してきた。
「あんた、まだガキみたいだけど、名前は?」
俺はその言い方にカチンときたが、こちらだけが相手の名前を知っているのも無粋な気がしたんで、正直に答えてやる。
「鏡研磨だ。で、何か用か? こちとら腹が減ってて機嫌が悪いんだけどな」
マリがおしとやかに頭を下げた。
「鏡研磨さん、あなたは今現在、人類の進化を猛スピードで駆け抜けている超人類です」
「何……?」
人類の進化を? 俺が?
昔の俺なら一笑に付していたであろうその台詞は、しかし最近の体の変化に裏づけされて、重苦しく俺の胸に落ち着いた。圧倒的なパンチ力。冴え渡る喧嘩の勘。鉄をも切断する鋭い手刀。そして、今しがた手に入れた飛行能力……
確かに異常だ。進化といえばそうかもしれない。だがなぜこいつらは自信満々にそうだと指摘できるのか? 俺の知らない何かを知っているのか? 少し興味が湧いてきた。
マリが続ける。
「でもそれは私たち神族の――いにしえの賢者サイード様の望んだことでもあります。どうか私たちの神界に来て、未曾有の危機から私たちをお救いください」
「神界だと? 神様の世界ってか?」
「その通りです。正式には『神が創り上げた世界』とでも申しましょうか」
こいつら、ちょっと頭がおかしいんじゃないか? 俺はその可能性に思い当たって若干引いた。
「ははあ、神界、ねえ。おめえら、宗教か何かの勧誘員か?」
俺の引きつった笑みに、マリはミズタを見上げる。目顔で何かやり取りした。ミズタが委細承知とばかりに、両手の平を胸の前で合わせる。
「研磨、よーく目の穴かっぽじって見てて」
俺たち3人以外誰もいない――まあ車道は往来が多いが――街路に、突如光が溢れ返った。ミズタの左右に開いた掌の間に、まばゆい白光がほとばしっている。何だこりゃ? 新手の特撮技術か?
……などと思っていると、唐突に光が膨れ上がり、中から矢のような塊が射出された。それは俺の足元、アスファルトの地面に飛翔して命中し、派手な音と共に突き刺さった。
発光が消える。ミズタの掌は元通りに闇に紛れ、斜めに立っていた光の矢もさらさらと暗黒に溶けていった。
「どう? これが神族の標準武器、『光の矢』よ。これであたしたちが人間でないこと、分かってくれたかしら」
アスファルトには穴が開きっ放しだ。ボウガンのような拳銃のような、ただその貫通力は絶大な技。もし体に当てられていたらと思うとぞっとする。俺は少し膝が震えた。
「へ、へえ。すげえじゃねえか。たいしたもんだ」
マリは眼鏡をつまみながら長く息を吐いた。仕方ないな、という諦念が透けて見える。
「ミズタ、私はただ宙を飛んでほしかっただけなんですが。このように……」
マリの背中に大きな半透明の輪が生える。その途端、彼女の両足が地面から離れた。空中に体が浮かぶ。まるでさっきの俺と同じように。じゃあ俺も――気がつかなかったけど――あの輪っかを背後に発生させて空を飛んでたのか。確かに、別に光の矢で威嚇しなくとも、これだけでただの人間じゃない――神族とやらであると判別できる。
間抜けなミズタが口を尖らせた。
「別にいいじゃない。この研磨にひと泡吹かせたかったし。……で、どう研磨。これであたしたちが人間じゃないって分かってくれた? あんたが超人類で、同じように人間じゃなくなってきてるのと同じように」
俺は両手を挙げざるを得なかった。論より証拠、百聞は一件に如かず。こうなると一点の疑問の余地もない。ミズタとマリは神界の神族とやらであり、俺は超人類とやらであるわけだ――彼女らが嘘をついていなければ。そうなると別の疑問が湧き上がってくる。
「おい、その超人類の俺に何のようだ? 神界を未曾有の危機から救えって、具体的に何をどうすりゃいいんだ」
「それは……」
そこで異変が起きた。俺から見て右手――道路の方で、突如轟音と共に爆発が生じたのだ。走行していた車が何かにぶち当たり、一息で炎上したようだ。ああ、びっくりした。ぺしゃんこに潰れた軽四は、ドライバーの生死を確認するまでもなかった。携帯電話がないから、通報は他の目撃者に任せるしかないか。事故の発生に、一気に周囲が明るく慌ただしくなる。
ミズタとマリが警戒の色濃く、燃え盛る車を――いや、車が激突した『何か』を注視していた。
「まさか……魔方陣?」
俺は目を凝らした。確かに走行中の乗用車の衝突にもかかわらず、その『何か』はまるで壊れていなかった。赤く光る複雑な紋様が描かれた、黒くて薄っぺらい円盤。それは歪みもせず、炎が引火することもなく、道路上に浮いていた。その中央から更なる『何か』が這い出してくる。
「魔族よ! 研磨、逃げて!」
ミズタが叫んだが遅かった。操り手のいない操り人形のような生き物が、超高速で俺の顔面に蹴りを食らわしたのだ。俺は後方へ吹っ飛び、店舗のシャッターに背中から激突した。痛てえ!
俺は瞬間怒りに沸騰し、近づいてきた木製人形のむき出しの腹に蹴りを打ち込んだ。人形――ミズタに言わせれば魔族――は、よろけながらも、ガードレールの上に器用に着地する。そこから俺に第二撃を放とうとする気配を見せて、不意に隣の木に飛び移った。無人となったガードレール上に、光の矢が2本突き刺さる。見上げれば、空中に避難したミズタとマリが、人形を攻撃したのだった。
「研磨! こいつは多分、泥土魔人の手下よ! 連係して倒すわよ!」
叫ぶミズタに俺は首を振った。蹴られたのは俺だ。ならこの喧嘩は、俺と人形との間で決着をつけねばならない。
「援護するな! 出しゃばるんじゃねえ!」
「なっ……」
怒りに目を白黒させるミズタから視線を外し、街路樹へ目をやる。いない。人形が消え失せている。どこだ? どこへ逃げた?
俺は背後に気配を察知し、宙へ飛んだ。一瞬前まで俺がいた空間を、人形の蹴りが薙ぎ払う。まともに食らっていたら脇腹をえぐられていたところだ。あぶねえ。
俺は180度回転すると、バランスを立て直そうとする魔族に突進し、重厚なパンチを見舞った。それは奴の頭部にジャストミートし、人形は後頭部から地面に叩きつけられた。ひびが入って木片が四散する。それでも死なず、魔族は体操選手のように跳ね起きてこちらへ飛び掛かってきた。今度は鋭い拳打が俺の腹にめり込む。俺は縦回転しながら地べたすれすれを舞った。
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