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05三学期の憂鬱
ミステリ小説コンペ事件07
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★禁断の魔術300選(著・辰野日向)
牧野彰子はその本の背表紙へ、偶然的に、いや必然的に目が留まった。ここは市立柑子町図書館。彰子が探していた本は郷土資料で、高校の課題の参考資料に数冊借りるつもりだった。
だがその本棚には、郷土とはまったく関係のない場違いな書籍が挟まれていた。タイトルは『禁断の魔術300選』。それだけでも異様だが、まあ杜撰な利用客が面倒くさがって適当に突っ込んで立ち去ったと考えれば合点がいく。
しかし、さらにその本だけ図書館の管理シールが貼られていないとなると話は別だ。通常、どんな本でも背表紙の下の端に、管理番号が記された紙がセロテープで厳重に取り付けられているものである。それがこの書籍にはない。貼り忘れがあろうはずもないし、誰かが取り去ったものだろうか。彰子は首をかしげて考え込む。
でも面白そうだ。この謎の本には何か秘密があるに違いない。どんな内容なんだろう? がぜん興味をひかれて、彰子は『禁断の魔術300選』を手に取った。漫画の単行本一冊ぐらいの厚みで、これは手触りのよいカバーで綴じられている。彰子の胸は期待で高鳴った。どれどれとページを開く。
『この本には生活に役立ついにしえのおまじないが、全300種類収録されています。健康のおまじない、探し物のおまじない、友達と仲良くなるおまじない、好きな子への告白を助けるおまじない……。きっとお気に入りの魔術が見つかるはずです。ぜひ覚えて、日常にいろどりを加えましょう』。
まゆつば物だな、と彰子は思った。そんな役立つおまじないなら、今ごろみんな使っている。効果が確実じゃないから相手にされないのだ。
そんな否定的な文句を頭の中に並べつつも、彰子の指は『恋のおまじない』のページをめくっていた。実は彰子には意中の男子――飯倉耕介がおり、何とか恋人同士になれないものかと思案投げ首のていだったのだ。
ええと、告白を助けるおまじない、と。あった。右手親指と中指の腹同士を合わせ、できた輪っかに左手人差し指を通す。そして好きな相手の名前と顔を思い浮かべつつ、人差し指を左に引っ張って輪っかを切る。これでオーケーだという。
いつの間にか真剣に読んでいた彰子だったが、ここでふと我に返った。何がおまじないだ、馬鹿馬鹿しい。そんなもの当てになるものか。両手で本を挟むように閉じた。うっかり騙されるところだった。真面目に読み込んでいたさっきまでの自分に赤面する思いだ。
それより図書館管理シールのないこの本を、このままこの棚に戻して放置していいものだろうか。ここは司書の人に報告と返却をしておいたほうがいいのではないか。彰子は真っ当な義務感から、本を手に館内を歩いた。
そしてすぐに目当ての人物を見つける。本の積まれたカートを押して歩く、司書の方がすぐそこを通り過ぎようとしていたのだ。彰子は呼び止めた。
彼は感じのいい、品のある初老の男だった。背は少し曲がっているものの、細い目は優しく垂れて、綺麗にひげの剃られた顔は柔和に整っている。彰子はほっとしながら、彼に事情を説明して、『禁断の魔術300選』を渡した。
司書はぺこぺこお礼をした。誰かがいたずらで入れたものでしょう、後で調べてみます。そういってカートの本の山に加えると、笑顔とともに立ち去っていった。彰子はその背中を眺めていたが、本来の郷土資料の探索という目的に立ち返り、また元の場所に戻った。
それにしても、あの本はどんな経緯であそこに挟まっていたんだろう? 何だか無性に知りたくて仕方なかった。
彰子は帰宅した。夕食の際、母に本のことを話す。そうしたら、なんと彼女も昔読んだことがあると回答した。
実はあの図書館では有名な噂で、『禁断の魔術300選』は「幻の本」としてささやかれているらしい。管理シールを貼られていないことで有名で、誰でもその本を手にしたものは、好きなまじないを覚えて帰るという。
今ごろ別の適当な本棚にあの本を入れて、こっそり笑っているであろうあの初老の司書。彰子はいたずら好きな彼の顔を思い浮かべて、口元をほころばせた。
告白、頑張ってみようかな。自分には恋のおまじないがあるしね。彰子は何だか勇気が湧いてきて、今夜はぐっすり眠れそうだと感慨にふけるのだった。
朱里が左右の手で自分の両頬を挟んだ。うっとりとのぼせたように感激を言葉にする。
「うわー、何だかロマンチックな話ですね、辰野先輩!」
奈緒も後輩の賛辞に同調して褒め上げた。
「日向ちゃん、新聞部と掛け持ちだからかな。文章もいいし、オチまで流れるように繋がっていて、すっごくよかったよ」
結城は手放しでたたえる。
「ちゃんと『謎』があって、オチで解決される。お見事だったと思います」
日向は羞恥心と自尊心をくすぐられて、しきりと頭をかいて恐縮した。
「ありがとうございます。こんなに喜んでもらえるとは思いもよりませんでした」
英二と純架も異論はなかった。
「確かに素晴らしいな。入学式にもふさわしい、ほのぼのした話なのが特によかった」
「構成力も心情表現も巧みだ。終始一貫して魔術本の謎に全文章が使われていて、感服するよ」
これは結城の作品に迫る高評価だ。俺は『謎のワーゲン』の原稿用紙を後ろへ追いやりつつ、残る二人――『探偵部』部長の純架と、高い知能の持ち主の英二の二人ににやりと笑いかけた。
「散々人の作品を批評してきたんだ。お前らは当然凄い作品なんだろうな?」
純架は自分の著作を手にした。不敵に笑い返してくる。
「もちろん、自信はあるよ。じゃ、僕の考えた話を聴いてくれたまえ……」
牧野彰子はその本の背表紙へ、偶然的に、いや必然的に目が留まった。ここは市立柑子町図書館。彰子が探していた本は郷土資料で、高校の課題の参考資料に数冊借りるつもりだった。
だがその本棚には、郷土とはまったく関係のない場違いな書籍が挟まれていた。タイトルは『禁断の魔術300選』。それだけでも異様だが、まあ杜撰な利用客が面倒くさがって適当に突っ込んで立ち去ったと考えれば合点がいく。
しかし、さらにその本だけ図書館の管理シールが貼られていないとなると話は別だ。通常、どんな本でも背表紙の下の端に、管理番号が記された紙がセロテープで厳重に取り付けられているものである。それがこの書籍にはない。貼り忘れがあろうはずもないし、誰かが取り去ったものだろうか。彰子は首をかしげて考え込む。
でも面白そうだ。この謎の本には何か秘密があるに違いない。どんな内容なんだろう? がぜん興味をひかれて、彰子は『禁断の魔術300選』を手に取った。漫画の単行本一冊ぐらいの厚みで、これは手触りのよいカバーで綴じられている。彰子の胸は期待で高鳴った。どれどれとページを開く。
『この本には生活に役立ついにしえのおまじないが、全300種類収録されています。健康のおまじない、探し物のおまじない、友達と仲良くなるおまじない、好きな子への告白を助けるおまじない……。きっとお気に入りの魔術が見つかるはずです。ぜひ覚えて、日常にいろどりを加えましょう』。
まゆつば物だな、と彰子は思った。そんな役立つおまじないなら、今ごろみんな使っている。効果が確実じゃないから相手にされないのだ。
そんな否定的な文句を頭の中に並べつつも、彰子の指は『恋のおまじない』のページをめくっていた。実は彰子には意中の男子――飯倉耕介がおり、何とか恋人同士になれないものかと思案投げ首のていだったのだ。
ええと、告白を助けるおまじない、と。あった。右手親指と中指の腹同士を合わせ、できた輪っかに左手人差し指を通す。そして好きな相手の名前と顔を思い浮かべつつ、人差し指を左に引っ張って輪っかを切る。これでオーケーだという。
いつの間にか真剣に読んでいた彰子だったが、ここでふと我に返った。何がおまじないだ、馬鹿馬鹿しい。そんなもの当てになるものか。両手で本を挟むように閉じた。うっかり騙されるところだった。真面目に読み込んでいたさっきまでの自分に赤面する思いだ。
それより図書館管理シールのないこの本を、このままこの棚に戻して放置していいものだろうか。ここは司書の人に報告と返却をしておいたほうがいいのではないか。彰子は真っ当な義務感から、本を手に館内を歩いた。
そしてすぐに目当ての人物を見つける。本の積まれたカートを押して歩く、司書の方がすぐそこを通り過ぎようとしていたのだ。彰子は呼び止めた。
彼は感じのいい、品のある初老の男だった。背は少し曲がっているものの、細い目は優しく垂れて、綺麗にひげの剃られた顔は柔和に整っている。彰子はほっとしながら、彼に事情を説明して、『禁断の魔術300選』を渡した。
司書はぺこぺこお礼をした。誰かがいたずらで入れたものでしょう、後で調べてみます。そういってカートの本の山に加えると、笑顔とともに立ち去っていった。彰子はその背中を眺めていたが、本来の郷土資料の探索という目的に立ち返り、また元の場所に戻った。
それにしても、あの本はどんな経緯であそこに挟まっていたんだろう? 何だか無性に知りたくて仕方なかった。
彰子は帰宅した。夕食の際、母に本のことを話す。そうしたら、なんと彼女も昔読んだことがあると回答した。
実はあの図書館では有名な噂で、『禁断の魔術300選』は「幻の本」としてささやかれているらしい。管理シールを貼られていないことで有名で、誰でもその本を手にしたものは、好きなまじないを覚えて帰るという。
今ごろ別の適当な本棚にあの本を入れて、こっそり笑っているであろうあの初老の司書。彰子はいたずら好きな彼の顔を思い浮かべて、口元をほころばせた。
告白、頑張ってみようかな。自分には恋のおまじないがあるしね。彰子は何だか勇気が湧いてきて、今夜はぐっすり眠れそうだと感慨にふけるのだった。
朱里が左右の手で自分の両頬を挟んだ。うっとりとのぼせたように感激を言葉にする。
「うわー、何だかロマンチックな話ですね、辰野先輩!」
奈緒も後輩の賛辞に同調して褒め上げた。
「日向ちゃん、新聞部と掛け持ちだからかな。文章もいいし、オチまで流れるように繋がっていて、すっごくよかったよ」
結城は手放しでたたえる。
「ちゃんと『謎』があって、オチで解決される。お見事だったと思います」
日向は羞恥心と自尊心をくすぐられて、しきりと頭をかいて恐縮した。
「ありがとうございます。こんなに喜んでもらえるとは思いもよりませんでした」
英二と純架も異論はなかった。
「確かに素晴らしいな。入学式にもふさわしい、ほのぼのした話なのが特によかった」
「構成力も心情表現も巧みだ。終始一貫して魔術本の謎に全文章が使われていて、感服するよ」
これは結城の作品に迫る高評価だ。俺は『謎のワーゲン』の原稿用紙を後ろへ追いやりつつ、残る二人――『探偵部』部長の純架と、高い知能の持ち主の英二の二人ににやりと笑いかけた。
「散々人の作品を批評してきたんだ。お前らは当然凄い作品なんだろうな?」
純架は自分の著作を手にした。不敵に笑い返してくる。
「もちろん、自信はあるよ。じゃ、僕の考えた話を聴いてくれたまえ……」
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