学園ミステリ~桐木純架

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05三学期の憂鬱

ミステリ小説コンペ事件03

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★逃げ出したペット(著・富士野朱里)

 私立探偵の男がいた。いつも浮気調査や身元調査など、地味で面倒な仕事をこなして報酬を得ている。
 事務所に入社して3年目、そつなく毎日を過ごしていた彼のもとへ、ある日貴婦人が相談を持ちかけてきた。高級ブランド品に身を固めたその姿は、「成金」の生きた見本だ。
 他の探偵が出払っており、かつ貴婦人が高い相談料を支払うということで、男が話をうかがうことになった。黒い皮製のソファに彼女と相対して座ると、美人秘書がコーヒーを運んでくる。その香気に鼻腔をくすぐられながら、彼は貴婦人に依頼内容を打ち明けるよううながした。
 話はこうだ。貴婦人は豪華な邸宅で優雅な毎日を過ごしていて、特にペットの『ポチ』と散歩に出かけるのは最高の時間だという。
 だが悲劇が起こった。なんとポチが逃げ出したのだ。何のはずみか首輪が取れて、邸内から姿を消したのだという。ちょうどその頃、メイドが家の門を開けっ放して掃除するという失態をおかしており、どうやらポチは街へと消えたと見られる……
 つまりはいなくなったペットの捜索・発見が今回の相談というわけだ。男はまた地味な仕事か、と辟易へきえきしつつ、ポチの身体的特徴を尋ねた。貴婦人は涙をハンカチでふきながら答える。
 ポチは日本生まれで体は白く、少し太り気味で、豚の焼肉が大好物。散歩に出かけるときは、赤い首輪をつけて楽しそうにきゃんきゃん騒ぐという。尻尾はなく、白い体毛はまだらに黒いという。
 男はICレコーダーでの録音と、手元の探偵手帳への筆記を同時に進めた。そして頭のそろばんを弾いて、今回の仕事の3日分にかかりそうな費用を算出して提示する。貴婦人はしかし、その3倍支払うから、どうにか引き受けてほしいとまでいう。男は何だか儲かりそうな雰囲気に、喜んで依頼を受諾した。
 まず着手点は現場から。男は貴婦人のベンツで彼女の邸宅に向かう。ひょっとしたらポチが自宅に戻ってきている可能性もあった。貴婦人はメイドをクビにして、玄関こそ施錠するものの、門のほうは開け放ったままにしてあるという。少々無用心な気もするが、それだけ必死なのだろう。
 車内において、私立探偵の男は貴婦人の家族関係を洗おうとした。ポチが彼女の家族の住まいへ現れることも気にするべきだったからだ。だが貴婦人は口を濁す。なにか隠し事でもありそうな気がするが……。男はしかし、ゆっくり調査していくべきだと、焦りはしなかった。
 やがて豪壮な邸宅に到着した。広いプール、高い家屋、美しい庭園と、手入れだけで相当金がかかるであろう景観だ。男はとりあえず犬小屋を見せてほしいと貴婦人にせがむ。彼女は微笑んで案内してくれた。
 そしてポチの犬小屋を見たとき、私立探偵はすべての解答を得た……

 その人間一人が住める大きな犬小屋には、白髪交じりの中年がうずくまるように寝ていた。貴婦人がポチ! と声をかけると、中年は起き上がってきゃんきゃんと吠える。そう、依頼人の夫がペットの「ポチ」だったのだ。だから家族関係で言葉を濁したわけだ。
 いつの間にか家に戻ってきていた彼は、貴婦人に首輪をはめられながら、実に嬉しそうに彼女を見上げるのだった。



 英二がスマホのストップウォッチを止める。

「ちょっと短いな」

 俺がのぞき込むと、時間は2分強で止まっていた。朱里が口を尖らせる。

「オーバーするよりはいいでしょう。で、感想はどうですか?」

「まあまあかな」

「本当ですか? 嬉しいです!」

 日向がおかしそうに微笑んだ。

「ユーモアが効いていて、私は好きですよ、この作品」

 俺はフォークで抹茶ケーキを切り取った。口に運ぶ。美味だった。

「そうだな、思っていたより面白かった。つか、中学3年――明日高校1年になるけど――でここまで書けるとはたいしたもんだ」

「楼路にほめられても嬉しくないけどな」

「何だよそれ」

 純架がコーヒーをすする。猫舌なのか、熱さにひるんでいた。

「そうだね、オチは強いし、展開も流れるようでよかったと思うよ。トップバッターとしては完璧だね」

 朱里はくすぐったそうに満面の笑みを浮かべている。

「もっとほめてくださいよ、桐木先輩」

 結城が頬に手を当てた。

「でも、栄えある新入生入学式のパフォーマンスで、このオチは具合が悪そうですが……」

 朱里は一転、ちょっぴりしょげた。

「そうですか?」

「いえ、でも、印象には残ると思います。うん、いいですよ」

 フォローがバレバレだな。それにしても……

「飯田さん、何か意見は?」

「え? 私? ……それどころじゃないよ。次は私の発表の番じゃない! プレッシャーすごいんだけど」

 純架はくつくつと笑った。

「飯田さん、恐れをなしたかい? 早速発表してくれたまえ」

「はぁい……」

 奈緒はすっかり落ち込んだ表情で、自作の読み上げを開始した。
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