学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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04学校行事と探偵部

演劇大会事件08

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 雄之助が真紀子を睨みつけた。その声は怒りに打ち震えている。

「君が犯人だったのか……!」

 真紀子は追い詰められて、額に浮かんでいる汗を拭った。

「じょ、冗談はよしてください。わ、私は無関係です。だいたい、何で私が自分も含めた4人に脅迫状を送らなければならないんですか。動機は何だって言うんです?」

 純架は4枚の紙をまとめて机の上で整理した。

「ところで石井君から聞いたんだけど、君は彼と中学時代付き合っていたんだってね」

 真紀子が泡を食った。血の気に乏しい顔をしかめる。

「な、何を言い出すんですか?」

「そして振られた」

 彼女は効果的な反駁はんばくを思いつかず、鯉のように口をぱくぱく開閉したが、何も出てこなかった。

「……悪かったですね」

 やっとそれだけ口にする。純架はここで独自の見方を披露した。

「でも、君は自分を振った石井君を憎悪したりなんかしなかった。そう、かえって石井君を愛するようになったんだ。今でも、ね」

「そ、それは……」

 石井博之が間の抜けた、緊迫感に欠けた声を出す。

「え、そうなの?」

 純架はここぞとばかりにたたみ掛けた。

「西さん、君は石井君とよりを戻したかった。だから自分も謎の犯人に脅迫されているという状況を作り出し、彼から心配してもらおうと画策した。そのために自分も含めた4人に脅迫状を書いて送ったんだ。僕が見せた1~2通目のそれを真似てね。騒ぎを大きくして石井君の耳に届けなければならなかったから、本来無関係な相手もあわせたんだ。石井君にだけ送らなかったのは、大好きな彼に対してはどうしても脅迫文を書けなかったからで間違いない」

「ち、違います……」

「いいや、違わない。君はその陰湿な本性から、記した脅迫状に『死』やそれを連想させる文章を用いた。それぞれ別個の内容にしたのは、英二君が睨んだ通り、演劇部である君の文学方面における妙なこだわりが発揮されたからだ。……まだ続けるかね?」

 真紀子はどうしたものかと途方に暮れた。しかし『る』の文字の酷似といい、動機の解明といい、事実を認める以外に許される方法がないと悟ったか、やがてきっぱり言った。

「……はい、認めます。4通の脅迫状を書いたのは私です。動機も桐木先輩がおっしゃった通りです。あまり深く考えず、家で良く使っている万年筆でしたためました。……博之君」

 それまでぼうっと傾聴していた博之が、名前を呼ばれて目を覚ましたようになる。

「何だよ、真紀子」

「今これを言う資格はないと分かってますが……。私、西真紀子はまだあなたが好きです。覚えておいてください」

「ああ」

 今度は博之が途方に暮れた。

 不動賢介がこめかみに血管を浮き立たせ、真紀子をなじる。

「おい西、4通4通って、脅迫状は9通あるんだぞ。何で全部認めないんだ? 中途半端は良くないぞ。犯人なら犯人らしく、大人しく全部吐き出せよ」

 純架が賢介の紙を取り上げた。

「不動君、君がそれを言っちゃあいけないよ。何故なら君もまた犯人の一人じゃないか」

「えっ?」

 賢介が驚愕して立ち上がる。急に落ち着きがなくなった彼へ、純架は容赦なく語を継いだ。

「君は神田晴さんが好きだ。これは聞き込みの結果で判明している」

 晴が目を丸くして賢介の顔を直視した。

「そうなの、不動」

「いや……その……」

 狼狽する賢介に対し、純架が彼の紙を指で弾く。

「不動君。君が書いたのは8通目の『幹久役を降りなければ酷い目に遭う』だね。そうだろう?」

「それは……」

 彼が何か言うのを待たず、「そして」と純架は晴を見た。

「神田晴さん。君もまた、共犯者の一人だ」

 一瞬静寂が訪れる室内。やがて晴が、もろいガラスを叩き割るように叫んだ。

「ちょっと、桐木! あたしが何の犯罪を犯したって言うのよ?」

 純架は舌鋒鋭く追及する。

「もちろん、3通目の脅迫状――『幹久役を降りなければ不幸を招き寄せる』を、川勝君の机に投函とうかんした罪だ。若気の至りじゃ済まされないよ」

 晴はこれに抗しようとしたが、どうやら真実らしく、その声はためらいがちになる。

「何でよ。何でそんなことが分かるのよ」

 純架は3通目の脅迫状を鞄からつまみ上げ、さっき晴が書いた『幹久役を降りる』の紙を回収する。二つを並べてみせた。

「ほらね、この通り」

 俺たちはあっと驚いた。『幹久役を降り』も『る』も、全く同じ筆跡だったのだ。

「神田さんはあまり物事を深く考えない、どちらかというと頭の回らない人だからね。西さんとは違って、犯人だとばれないように文字を変えよう、とは考えず――というより3通目となる自分の脅迫状をどんな感じで書いたか忘れていて――天然のままここに記したんだ」

 晴は散々馬鹿にされて怒り心頭に発していた。しかしあまりにも似すぎてしまっている自分の字に、ぐうの音も出ないでいる。

……が、やがて何とか突破口を見い出そうとあがき始めた。

「も、もしそうだったとしても、あたしがそんなことしなきゃならない理由は? 動機は何?」

「川勝君への恋慕だ」

 純架の即答に、晴は見るからに動揺した。頭の天辺から湯気が立ち上りそうなほど頬が上気している。

「な、ななな何であたしが川勝を?」

 純架は彼女の単純な反応に苦笑した。

「川勝君から教えてもらったよ。5日前、君は川勝君に愛の告白をしたってね」

 晴はゆでダコのように真っ赤になって口も利けない。

「君はたとえ舞台の上での脚本通りの展開でも、大好きな川勝君が西さんに愛の告白をすることが許せなった。だから面白半分、冗談半分で彼の机に3通目となる脅迫状を忍ばせたんだ。僕ら『探偵部』が見せた1通目と2通目の脅迫状を参考にして、ね。願わくばそれで川勝君が幹久役を降りてくれないかな、と君は期待したんだ」

 純架は言語の刃で晴を打ち据えた。

「その後、君は脅迫に屈しない彼に改めて惚れ直した。それゆえ5日前、いてもたってもいられず告白に踏み切ったんだ。まあ結果はお気の毒にも振られたそうだけどね」

 晴は心から出血したらしく、うつむいてポツリと零した。

「悪かったわね」

 これが、この前の純架と雄之助のひそひそ話だったってわけか。

 純架はポテトチップスコンソメパンチの袋を開け、中身をむしゃむしゃ食べ始めた。

 状況を考えろ。

「僕はいちいち違うノート、いちいち違うボールペンなどから、脅迫状を調べていくうちに模倣犯の存在を疑うようになっていった。犯人がグループで活動するには動機がさっぱりだし、一個人がやっているにしては手が込みすぎている。これはそれぞれ独立した各個の犯人が、ばらばらに行なっている犯罪ではないかと推理するのは、それほどおかしくない。そこで不動君が神田さんに惚れている、という情報がまず入り、そして川勝君から、神田さんが川勝君にぞっこんだったが振られた、との情報がもたらされた」

 純架はポテチを食べながら、BOSSのカフェオレ缶を開けて、熱い中身を用心深くすする。

 ああ、確かにその組み合わせは最高だろう。……場所をわきまえれば。

「さっき書いてくれた『幹久役を降りる』の筆跡で、僕は3通目が神田さんのものだと確信した。そして不動君、君もそうさ。8通目の脅迫状は、他のどれよりも文字が小さかった。そして今しがた君が書いた『幹久役を降りる』は、小賢こざかしくも形状を変えてきているが、非常に字が小さい。筆跡を変えることに腐心するあまり、サイズの変更にまで頭が回らなかったんだね。間違いない、8通目を書いたのは不動君だ。だいたい、脅迫状の現物を見た人物は限られているんだからね。これはもう間違いようがないよ」

 しんとする室内で純架の悠々たる声が反響する。

「では、不動君の動機は何か? 僕はこう考えた――多分それは、不動君が好きな神田さんを、川勝君が振ったからだ、と。そのことを不動君は知ったのは、川勝君が話したからだよね?」

 純架が雄之助に視線を差し向けると、彼は肯定した。

「はい。不動が神田のことを好きだったなんて知りませんでしたから、つい親友ということもあって、口を滑らせてしまいました」

 賢介は忍耐の限界に来ていたらしい。握り締めた拳が垂れて震えている。面を上げた。

「……そうさ。こうなれば俺も認めてやる。あれは4日前のことだ。俺は昼休み、一緒にパンを買った帰り、川勝から『神田に告白されたけど断った』と聞かされた。俺は深いショックを胸に受けながら、何故神田を振ったのか尋ねた。川勝は、『今は演劇に集中したいし……。それに神田は僕の好みじゃないから』と答える。俺はたとえ仲のいい友達とはいえ、晴の想いを踏みにじった川勝が許せなかった。まるで大事な宝物を汚されたようで……。放課後、帰宅した俺は、怒りに任せて脅迫状を書いた。1~2通目と4~7通目のそれを真似して、憤怒を発散させるために。そして3日前、本当に朝早くに登校して、教室に一番乗りした俺は、誰かが来る前に素早く川勝の机に脅迫状を放り込んだんだ」

 俺はどろどろの関係にある5人を眺め渡した。まだこの高校に入学して一年も経ってないのに、よくもまあここまでこじれたもんだ。

「つまり犯人は3通目が神田晴、4通同時の4~7通目が西真紀子、8通目が不動賢介ってわけか。それじゃ1通目と2通目、それから最後の9通目を出した、黒ボールペン・油性インク・白紙ノートの犯人は誰なんだ?」

 純架は紙を回収し、鞄に詰め込む。

「それはことを大げさにしたくないから、川勝君と楼路君だけ一緒に来てくれたまえ。時間がない、決着をつけよう」
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