学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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04学校行事と探偵部

生徒会長選挙事件03

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「どうする? このまま噂が広まっていったら得票に影響が出ることは必至だぞ」

 純架は少し焦慮しょうりょにかられているらしく、珍しく爪を噛んだ。

「まずどうやって噂を流しているのか突き止めないとね。それからこちらが有利になる反対意見を流すんだ。多分我らが1年3組にも噂は浸透してるだろうから、ちょっと聞き込みをしてみよう。それから小向先輩陣営の矢那橋先輩、小暮先輩、中園先輩の動きも注視するんだ」

 純架は猛禽もうきんのごとく目を光らせる。

「小向先輩自身が噂を流しているとは思えない。さすがに不可能なことばかり情報として流通させるのは、本人はやらないだろうからね。それにそれじゃ出来もしない公約になってしまうし」

 そういうわけで俺たちは1年1組の日向にも方針を伝え、ひとまず1年の三教室から噂の出所を探った。だがこれが難航した。誰に聞いても「友達の噂として聞いた」「先輩から教えられた」ばかりで、一向発信源に辿り着けないのだ。

 一方俺と純架直々に観察した2年2組の小向陣営は、特にビラを配るでもなく、よそのクラスに言いふらしに行くでもなく、ごく普通に今日の授業を受けている。

 そして、とうとう噂は1年3組男子生徒の間にも広まり始めた。矢原宗雄やはら・むねお――『探偵部』に常々不満を抱き、敵対行動を取り続ける彼が、昼休みに口にしたのだ。

「小向先輩が勝つと、自販機の飲み物が安くなるってよ」

 これまでの『探偵部』との関係から、俺らが支援する高梨友里にも『坊主憎けりゃ袈裟まで憎し』とばかりに牙を剥く矢原。それゆえ純架は彼の言動にそれほど重要なものを感じなかったようだ。だがまるでパンデミックのように広まり続ける噂に、さしもの部長も揺らぎ始めていた。

「馬鹿な。一体どうやって噂を広めているんだ? なぜ教室からほとんど出ないで1年にも浸透させている? 校外で何かやっているのか? でもそうなると僕らじゃ手に負えないし……」

 追い詰められている純架を見るのは久々だった。彼は指を鳴らす。

「こうなったらこっちも行動で応戦だ。今度は2年に聞き込みに行こう」

 昼休み、俺と純架は2階の2年教室を回って情報を求めた。その結果、判明したのは……

「えっ、両親から?」

 2年1組の女子先輩が、純架の美貌にうっとりしながら語った。

「ええ。ママが『今度の生徒会長選挙で小向夏樹さんが当選するとそうなるらしいよ』って話してたわ」

 純架はあっと驚き、すぐに手の平を拳の槌で打った。

「そうか。保護者の連絡網か!」

 俺も一瞬で理解して膝を叩く。

「なるほど、小向先輩陣営は、まず父母に情報を流して、それを子供である生徒たちに伝播させていたんだな!」

 俺たちはLINEで部員たちにこの事実を提供した。しばらく聞き込みをして裏取りに腐心していると、そこへ英二と結城が駆けつけてきた。

「おい純架、先生方から聞いた情報だ。どうやら矢那橋先輩の両親はPTAの役員だそうだ。これで敵方のやり口が分かったな」

 純架は得心したようにうなずく。

「まずPTAで、次いで渋山台高校で、親から子――2年の先輩たちだ――へ。噂の内容は真偽なんかどうでもいいんだ。まずは小向先輩に投票するといいことあるぞって思わせることが重要なんだね」

 俺は小向陣営のやり口に感服した。これでは勝てない。

「どうするんだ、純架」

 純架はしばらく熟慮した後、きっぱり宣言した。

「対抗するんだよ。部費の決済には校長や教師陣の意向が関わること、校則はそう容易く変更されないこと、売り上げの生徒会還元は根拠のないでたらめであること、自販機の値段決定の権限なんかありえないこと。以上正しい情報をもって、噂を駆逐するんだ。新聞部にこれらのネタを売り込んで発表させよう。うちの新聞部は真実を追究する気概があるから、きっと壁新聞で書いてくれるさ」

 英二が引き受けたとばかりに首肯する。その顔は活力にみなぎっていた。

「それじゃ俺と結城が取り次いでこよう。確か新聞部の部長は2年の五代ごだい先輩だったな。今言ったことを復唱しろ、スマホのメモに書いて持っていくから」



 かくして翌日にはもう、壁新聞に『校内に流布される噂の真相』と題した記事が載っていた。それは生徒会長選挙の小向夏樹候補にまつわる噂を、鋭い筆力でばらばらに切り刻むものだった。掲示板前には軽い人だかりが出来て、記事の内容についてあれこれささやき合っている。

 俺と純架はこの現象に満足した。疑いさえ持ってくれれば、それは噂の煙幕を吹き飛ばす風へと成長してくれるだろう。

「これで良し。真実に沿うなら、新聞部は僕らの味方だよ。……おっと」

 小向先輩陣営の矢那橋先輩らサポーター3名が現れる。彼らは一様に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「これはお前ら『探偵部』のしわざだろう。やってくれたな、桐木」

 純架はにやりと不敵に笑った。

「もうそちらのペースでは進ませませんよ、先輩方」

 だが矢那橋先輩は屈したわけではなかった。その表情が自然か人工か、余裕を取り戻したように笑みをちらつかせる。

「さあ、そいつはどうかな。もう噂は十分以上に広まった。壁新聞を熱心に読む生徒はそれほど多くない。それに一度ついた好印象は覆らないものだ。たとえ覆ったとしても、それは『夏樹支持』を崩すには至らないだろう」

 純架は効果的な反論が思い浮かばなかったのか、矢那橋先輩を睨みつけて黙り込む。先輩三人はそれに満足したか、きびすを返して揃って立ち去った。



 その日の放課後、俺たちは部室でまたまた今後の対策を考えていた。俺は一同に意見を述べる。それは基本に立ち返るものだった。

「チラシを作って配るのはどうだ? 20枚ぐらい詰めたものをコンビニの白黒コピーで大量複製するんだ。後はそれをハサミで切れば、そこそこの枚数が出来上がる。それを使って高梨さんの清純なイメージを全校生徒に振りまくんだ」

 奈緒が手放しで真っ先に賛成した。少し嬉しい。

「そうね、多少のお金はかけないと、やっぱり選挙活動は難しいと思うし。名前を売る必要はどうしてもあるから」

 英二が一応とばかりに口を挟んだ。奈緒に念押しする。

「俺は金を出さないぞ」

「それぐらい私たちのお小遣いで何とかするわよ」

 純架は机に両足を投げ出し、頭の後ろで手を組んでいた。座った椅子を斜めに傾けてスリルを楽しんでいたが、やり過ぎで後頭部から転倒する。一人バックドロップ状態だ。

「高梨さんが1年だというのが懸念材料としてつきまとってくるよね。生徒会長を新2年生に任せたいって人は、そう多くはないだろうからね……」

 俺は倒れこんだままシリアスに語る彼を蹴飛ばしたい欲求にかられた。

「おいおい弱気だな。とにかく手分けして噂の払拭にかかろうぜ。高梨さんに投票してくれるよう、何とか人数を稼ぐんだ。飯田さん、チラシの原案作ってくれるか?」

「お安い御用よ」

 それまで黙っていた友里が椅子から立ち上がる。

「私も手伝います! すみません皆さん、私のために……」

 そこで男のものらしきドラ声が廊下からとどろいた。ん、何だ?

「頼もう!」

 純架が立ち上がり、椅子を元に戻しながら受け答える。

「はい、どうぞ」

 ドアががらがらと開いた。現れたのは幕下力士のような太っちょ、2年3組の輪島陽太先輩だった。すっかり忘れていたが、彼もまた、今回の選挙に立候補した一人だ。

「おう、『探偵部』はこちらじゃったかのう?」

「輪島先輩じゃないですか! どうされたんですか?」

 輪島先輩は一人きりらしく、連れはいなかった。

「おんしらに話があるじゃきぃ。ここは今、高梨友里の選対本部なんじゃろ?」

 俺は頬を掻く。『探偵部』が友里の選挙戦に加担しているのは周知の事実と化しているようだった。

「はあ、そうですが」

 輪島先輩は突如仁王立ちのままプルプルと震え出す。まるで山が鳴動するようだった。

「話というのはこうじゃ。……頼む! 高梨友里!」

 いきなり友里に向かって土下座する。驚愕する友里と『探偵部』一同に、輪島先輩は更にとんでもないことを口走った。

「どうか出馬を辞退してくれい!」

 友里は輪島先輩の奇行と奇声に、無形の往復ビンタを食らったようだった。

「……ええっ?」

 純架は呆れを通り越して哀れみさえ感じているらしい。取り扱いに困り果てる様子だった。

「あの……なんでまた……」

 輪島先輩は額を床にこすりつけ、この状況の解説染みた言葉を発する。

「このままじゃわしは、2年2組の小向夏樹には勝てん! おんしらも知っておるじゃろう、奴に好意的な噂の数々を!」

「はあ、まあ」

「もう大勢は奴有利で運んでおる! 今更新聞部辺りが騒いでもどうにもならんほどにな。 じゃがこんな無責任な噂を否定せずそのまま放置し、あわよくば当選を狙うという奴の作戦はどうじゃろうか? とても許しがたいとは思わんか?」

 友里はおろおろとするばかりだ。対立候補の思わぬ姿に、早く顔を上げてほしいと思っているのだろう。

「それは、まあ……」

 ここで輪島先輩はがばっと頭をもたげた。その相貌は紅潮し今にも噴火しそうな勢いだ。

「じゃからお願いしたいんじゃ! どうか辞退してくれい! そうすれば小向夏樹とわしの一騎打ちになり、わしにも勝算が出てくるという寸法じゃあ!」

 部室は静寂に包まれた。誰もが返事できないでいる。俺は純架とひそひそ話し合った。

「この人、情勢が全く見えてないな」
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