学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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03白鷺トロフィーの行方

消えたトロフィー事件12

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 トロフィーが既に学校外に持ち去られているなら、俺たちの巡回は全く意味をなさなくなる。かといって制限時間まで何もしないというわけにはいかなかった。今回は先生方の期待が桁外れに大きいのだ。今頃きっとせせら笑っているであろう犯人に、何としても鉄槌を下さねば気が済まなかった。

「おや、君たちかい」

 警備会社アルコムの警備員、向井五郎さんが声をかけてきた。この前同様警備員の紺の制服に身を包んでいる。

「向井さん、今日は昼出勤ですか?」

 向井さんはほがらかに笑った。顔がしわくちゃになる。

「ああ、何せ今日は一般客が来場しているからね。この学校の警備を任された我々としても、間違いが起きないよう注力せざるを得ないんだよ。今は僕の他に二人、校内を見回っているはずだ」

「不審者でも出るというのですか?」

「出さないための重石おもしだよ、我々はね。……それより」

 頬を寄せて耳打ちしてきた。

「くだんのトロフィー、まだ見つからないのかい」

 俺も声量を減らして応じる。少し悔しかった。

「はい、面目ありません」

 向井さんがやわらかく俺の上腕を叩いた。

「頑張りなさい。くじけちゃ駄目だ」

「ありがとうございます」

 アルコム社員は軽く手を振りながら俺たちと別れた。



 その後、俺と結城は校内を歩き回った。だがトロフィーが見つかったり怪しい人物が何かしているといったことはなかった。食の売店も研究発表も、お化け屋敷も文集販売も、全てつつがなく接客している。

 俺は結城が時間の経過と共に、そわそわと落ち着かなくなっていく様子をつぶさに見た。心ここにあらずは奈緒だけではない。彼女もまたそうだ。

「菅野さん、ひょっとして英二が気になるのか?」

 結城は自分の焦燥が何に由来するものか、俺にぴたりと言い当てられて狼狽した。が、それは半瞬のことで、すぐ冷静な自分を取り戻す。

「はい、英二様は私の大切なご主人様ですから。私が護衛についていなくて、本当に大丈夫でしょうか? 黒服が身を隠しながら英二様を警護しているとはいえ、もしものことがあれば……ああ、心配です」

 また沈着さを手離し、おろおろと両手を揉み絞る。俺はそんな結城に、かねてからの疑問を直球でぶつけてみた。

「菅野さん、英二のことを好きとか?」

 結城は絶句したが、すぐ顔の筋肉を駆使して冷笑に持っていく。本人からすると滑らかな動作をし終えたと思い込んでいるようだった。

「私と英二様は主従の関係です。好きとか嫌いとかいった次元の関係ではありません。我が菅野家が三宮家に仕えてきた連綿たる歴史が、私の血肉を作り上げているのです。申し上げてもご理解いただけないとは存じますが」

 俺は仮定の話を持ち出してみる。

「じゃあもしも、もしもの話だけど……。英二が辰野さんのことを好きだったらどうする? やっぱり応援するの?」

 結城はもはやうろたえなかった。

「英二様が辰野さんを好きになるはずがありません。下々しもじもの者に懸想けそうするなど、あのお方に限ってそんなことあるはずがないと断言します」

「昨日、英二が辰野さんを見る目を、何かおかしいと勘付かなかったか?」

「…………」

「ま、俺には関係ないからいいけどさ。菅野さん、うっかりしてると辰野さんに英二を取られるかもよ」

 結城は答えず、ただ無音で唇を噛み締めた。



 そうこうしているうちに校門に辿り着いた。さすがは渋山台高校文化祭だけあって、表の客足も予想以上だ。並ぶ露店はフル回転していた。

 そしてやはり、白鷺トロフィーは影も形も見当たらない。

 校門すぐの場所に、ダンボールでできた巨大な樹のアーチが架けられていた。『樹の大門』だ。風に飛ばされないよう、太い根元は更にコンクリートブロックで押さえつけられている。茶色のペンキ一色で染められているが、全体的に精巧さに欠けていた。

「情熱、か。確かにだらしないかもな、白鷺祭」

「これは生徒会が製作したもののはず。ずさんとしか言い様がないですね」

 そこで英二と辰野の二人が合流してきた。こちらも成果はなさそうだ。

「よう、楼路に結城。どうだ、何かおかしな人なり出来事なりに遭遇したか?」

「いいや、全く」

 振動音がした。どうやら日向のスマホが音源らしく、彼女はそれを取り出して画面をチェックする。タイマーをかけていたらしかった。

「もうこんな時間。私、そろそろ新聞部に顔を出さなきゃ。失礼しますね、皆さん」

 英二は残念そうに、しかし心強く激励する。

「そうか。頑張れよ」

「ありがとうございます」

 結城は心情を計り知れぬ横顔で日向を見送った。やはり嫉妬のにおいがする。

 片想いの相手が姿を消すと、英二は銀色の腕時計に目を落とした。それは高級な輝きを放つ極上の品だ。

「まだ時間があるな……。下々の大はしゃぎに付き合って、ここは一つ、たこ焼きでも食ってみるか」

 言い方に不満はあったが、俺は空きっ腹をさすって彼の誘いに賛成した。

「二番手は英二だからな。肩叩きの前に腹を膨らませておくに越したことはない。俺も付き合うぜ」

 結城が気を利かせて英二に頭を下げた。

「私めが買ってきます」

「頼んだ」

 売店に向かう彼女を眺めながら、俺と英二は芝生に腰を下ろした。この一時間二十分、お互いトロフィー捜索に全力を傾けていたのだ。それなりに疲れていた。

 昨日に続く快晴の下、人出は多く、皆和気藹々わきあいあいと各種催し物を楽しんでいる。親子連れや老婦人が目立った。他校の制服を着込んだ若者も多い。彼らが見せる笑顔をぼんやり眺めていると、まるで争いのない桃源郷とうげんきょうに迷い込んだような錯覚に捉われた。

 英二がやや言いにくそうに切り出す。はにかんでいた。

「悪いな、楼路。昨日といい今日といい、気を使ってくれたんだろ? 俺と辰野を組ませるなんて」

「純架と3人で海の沖に行ったとき、二人きりにさせるって約束したからな。それでどうだ、進展はあったか?」

 俺の好奇心からの問いに、英二は何とも名状しがたい顔をした。

「それがさっぱりだ。一応世間話には応じてくれるが、心から笑ってはくれないんだ。透けて見える、というのかな。俺に対して薄皮一枚拒絶しているのが感じられるんだ。だから笑みもぎこちない。あれは何なんだろうな」

「ただ単に、異性から好意を向けられることに戸惑ってるだけじゃないのか? 辰野さん、男と付き合ったことなさそうだから」

「どうなんだろう。俺も15年生きてきているが、女心という奴はよく分からん」

 俺はあぐらをかいた。目の前を行き来する人々には女性の姿も多い。渋山台高校の制服を着たカップルもいる。彼らはどうやって相方をゲットしたんだろう?

「何にしても押し切った方がいいんじゃないか? 多少強引でも自分のペースに持ち込む。主導権を確保する。多分そうした方が上手くいくぞ。勘だけどな」

「ふん、飯田と未だに交際できてないくせに、よくもまあぺらぺら喋ることだ。悪いがお前の妄想は当てにならん」

「そりゃ失礼」

 そこで結城が戻ってきた。紙箱を二つ、両手で抱えている。

「たこ焼きを買ってまいりました。英二様、朱雀さん、どうぞお召し上がりください」

 いい匂いが漂ってきて、俺の腹は恥ずかしい音を立てた。せわしなく受け取ると、暴れまわる食欲を御しつつ爪楊枝つまようじを指でつまむ。たこ焼きに刺して口の中に放り込むと、熱くて舌を火傷やけどしそうになった。それでも素人が作ったとは思えぬほど美味しい。

 英二は渡された紙箱に手をつけないまま、目の前の結城に質問する。

「どうした結城、自分の分は買ってこなかったのか?」

「私はお腹が空きませんので」

 しかし先ほどの俺同様、結城の飢えがはしたない腹の音で明らかとなった。彼女は赤面してうつむく。英二が豪快に笑った。

「何だ、空きっ腹じゃないか。俺のをやるから食え」

「しかし……」

「いいから」

 箱を開け、爪楊枝をたこ焼きに突き刺し、メイドの少女の口元へ近づけた。

「ほら、食え。命令だ」

 結城は刹那せつな逡巡しゅんじゅんの後、思い切って口を開いた。含羞がんしゅうの色があった。

 英二のたこ焼きが結城の口に入る。彼女は口を閉ざし、行儀よく咀嚼そしゃくした。

「ありがとうございます」

「美味いか?」

「はい、おいしゅうございます」

 恐らく結城は、たこ焼きを底流階級の作った食べものとして見下しているのだろう。英二が口にするものではないとも考えているに違いない。だがご主人様の手前、そうと評したり拒絶したりはできないようだった。

 結城は照れたのか単に食べ物が熱かったのか、珍しく赤面している。

 俺はこの1時間半の付き合いで、菅野結城という変わった部員の心に近づけた気がした。英二も結城も、間違いなく俺の親友だ。

 たこ焼きをたいらげるとちょうど時間になったので、俺たちは部室へ向かった。



 交替の時刻で戻ってみると、『肩叩きリラクゼーション・スペース』は好況をていしていた。十数人の客が教室の外の椅子に座り、自分の番を渇望している。入ってみると、奈緒が受け付けに従事していた。

「待ってたよ」

 そう歓迎して両腕を天に伸ばし、凝った背中の筋肉をほぐした。結城が奈緒をねぎらう。

「お疲れ様でした。代わります、飯田さん」

「ありがとう。お願いね」

 奈緒はどこかぎこちない。やはり何かありそうだ。……でも、大丈夫だって自分から言ってたし。再度の詮索せんさくはしない方がいいかもな。

 衝立の向こう側に入る。純架が客を送り出す瞬間だった。彼は俺たちに気づくと、仕事からの解放感に包まれたようで、奈緒同様体をひねって血行をよくした。
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