学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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02夏休みの出来事

二人の投手事件03

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「3年の桃山先輩――渋山台高校野球部の前主将が、僕ら『探偵部』に直々に依頼してきてくださったんだよ。話だけでも聞いてほしいってんで、呼び出しってわけさ。どうだい?」

 3日前の決勝戦でヒットを打っていた、あの桃山卓志先輩か。大会が終わって引退したから、「前」主将というわけだ。何事だろう?

「俺も『探偵部』部員だ。喜んで行くさ」

「決まりだね。じゃあすぐ外で待っているよ。ところで、示談金300万円の件なんだけど……」

 俺は通話を切った。



 排気ガスが溜まったような街路を通り抜け、泣き出しそうな曇天のもと、通い慣れた渋山台高校に到着する。野球部は敗戦したばかりだというのに、早くも次を目指して練習に励んでいるようだ。グラウンドから多分宇治川監督のものであろう、ノックの快音が響いてきている。

 校門で黒い坊主頭の生徒が待ち構えていた。近づいてみれば、この前地方局のチャンネルに映っていた野球部前主将・桃山先輩だ。その顔はいちいち鋭角で、下手な彫刻を思わせた。身の丈は180センチ強と高く、褐色の腕を白いシャツの袖から垂らしている。

 彼はこちらへ駆けるように近寄ってきた。運動神経の高さが伝わってくるしなやかな動作だ。

「こんな蒸し暑い中、よく来てくれた。俺は桃山卓志。その顔、君が『探偵部』の桐木純架で間違いないな?」

 純架は軽く頭を下げて自己紹介した。

「はい、僕が桐木です。こっちは『探偵部』部員の朱雀楼路君。スリと万引きで今日まで生きてきたバッドガイです」

 何でだよ。

 桃山先輩は値踏みするように俺と純架を交互に眺める。その上で言った。

「早速だが、秘密は守ってもらえるんだろうな? ……本当は電話で済ませたかったんだが、内容が内容だけに、ちゃんと会って目を見て話したかったんだ」

『探偵部』部長は力強くうなずく。黒い豊富な髪が、その動きに追従した。

「その点ならご心配なく。当部活動は秘密厳守とインサイダー取引をモットーにしておりますので」

 後半はまずいだろ。

 桃山先輩は周囲に視線を走らせ、3人以外誰もいないことに安心する風だった。

「実は宇治川外部顧問の直々の依頼でな。外部の者に野球部内を調査してほしいってことになったんだ。そして監督は、今までの『探偵部』の辣腕らつわんぶりにいたく感心している」

 純架はみっともなく相好を崩した。こと探偵活動に限っては、おだてや賞賛に弱い男である。桃山先輩が相手の笑みに語調を緩めながら続けた。

「そこで『探偵部』を抜擢ばってきし、今回の問題を解決してくれるよう彼らに頼もうとなった。だが監督は対外試合と秋季大会のための指導で手が離せなくてな。それで引退した俺にこの一件を任せる、と丸投げしてきたというわけだ。まずはここまで、承知してくれたか?」

 純架は桃山先輩にダーツの矢を手渡し、両手を腰に当てて仁王立ちした。

「乳首に当てたら100点!」

 そんなゲームねえよ。つか、本気にされて投げられたら怪我するぞ。

 元主将は賢明にもダーツの矢を脇に放り捨てた。純架は何事もなかったかのように大きく首肯する。

「なるほどなるほど。大丈夫、当『探偵部』に一切をお任せください。……それで、どんな問題が発生したんですか?」

 桃山先輩は曇り空を見上げた。俺もつられて灰色の壁を視界に映す。

「ここだとちょっと降られるかもしれない。昇降口で話そう。部室はもう俺の利用可能な場所じゃないからな」

 俺たちは一応傘を持ってきていた。もっとも純架のそれはヘルメットの頂上に取り付けられており、彼は「両手が塞がらずに歩ける」と大いに自慢していた。

 高校生にもなって、ヘルメット傘って……

 3人揃って下駄箱が並ぶ区域に入る。人影はない。それでも桃山先輩は声を低めて用心深げに切り出した。

「君らは見たか? 県予選の決勝、俺たちと星降高校との試合を」

 純架はなぜかヘルメット傘を広げる。せっかく被ってきたんだし、もったいないから広げようという意図だろうか。俺は当然彼を無視して先輩に答えた。

「はい。俺んちで二人一緒にテレビ観ながら応援してましたよ」

「なら試合の経過は頭に入っているな?」

「ええ。常に先を越されて追いつけず、最後は5対10の大差で敗れてしまいました。三上君と岡田先輩の乱調が敗戦の原因だと感じました」

「話が早い。実はあの試合後、レギュラーと非レギュラーの野球部全部員31名の間で、とある噂が広まったんだ」

 純架が傘を開閉してはしゃいでいる。本当に聞いているのか? 俺は話を進めた。

「それは、どんな?」

 元野球部員は重苦しい口調で鉛玉のような言葉を発する。それは衝撃的な内容だった。

「投手である三上と岡田のどちらかが、八百長したんじゃないか、という噂だ」

 静寂が周辺の人工物を単色に染め上げる。俺の相棒は、ややあって口を開いた。

「八百長を? ……つまり、どちらかがかねて星降高校と打ち合わせて、試合でその通りに投球し、わざと相手に打たれたってことですか?」

「かいつまめばそういうことだ。あるいは片八百長、つまりこちらが打たれやすい球をわざと投げた、ということかもしれないが」

 俺は無言で試合中継を思い返していた。確かに三上の投球はずさんだった。連戦連投の疲れで肩でもいかれていたんじゃないかと考えていたが、あれが八百長行為だったなら納得がいく。

 岡田先輩もそうだ。せっかく打線が奮起したというのに、直後にそれを台無しにする4失点。渋山台高校野球部は、あれで息の根を止められたも同然だった。負けるためにわざと打たれたのだろうか?

 純架は薔薇ばらくわえ、爪先つまさきを立てて2回転した後、タンゴよろしく手を打ち鳴らす。そしてそのことには一切触れずに質問を重ねた。

「三上君と岡田先輩、両方八百長していたっていう可能性は?」

 桃山先輩は顔をしかめる。顎をさすって心底辛そうにかすれた台詞を吐いた。

「それもある。もちろん俺の願望としては、どちらもわざと負けたなんて信じたくはない。だがこれは、私情混じりで対処すべき事態でないことは確かだ。俺が宇治川監督に聞いたところ、部内の1年2年の全員がこの話題で持ちきりだという。何せあの試合で勝っていれば甲子園進出が決まっていたんだ。その夢を八百長で破壊されたとなったら、三上か岡田か――あるいはその両方が――殴り合いのようなトラブルに巻き込まれないとも限らない」

 失ったものの大きさを考えれば、確かに暴力沙汰ざたに発展することも考えられる。

「不穏な空気は風に飛ばされてなくなるどころか、今日の曇り空のように淀んで一層色濃くなってきている。そこで今回君たち『探偵部』に依頼したいのは、次の2点の解明だ。まずは八百長が本当にあったのかどうか。それから、この噂が誰の口から出たものなのか。野球部員全員が納得出来る証拠を見つけ出してくれればなお助かる。どうだ、やってくれるか?」

 純架はスペシャリストを気取って丁重にお辞儀した。傘の端が前キャプテンの頭部に引っかかる。

 早く閉じろ。

「もちろんですよ、桃山先輩。僕らにお任せください。必ずや解き明かしてみせます」



 雨は降りそうで降らなかった。純架は野球部の練習を花壇の端に座って眺めている。

「さて、君ならどうするかね、楼路君」

 俺は部員にげきを飛ばす宇治川監督の姿を視界に捉えながら、腕を組んで突っ立っていた。

「当然、噂の中心人物である三上と岡田先輩に直接聞き込む。『八百長をやったのか?』ってな。せっかく宇治川外部顧問と桃山前主将が、野球部以外の人間である俺たちに調査を依頼してきたんだ。ここは部外者らしく、忖度そんたくなしで正々堂々正面から切り込むべきだ。違うか?」

 純架は俺を見上げて微笑んだ。我が意を得たりといった趣きだ。

「その通りだよ。二人の反応を見れば、意外に簡単にことの真相に辿り着けるかもしれない。ここはよそ者の立場を有効利用すべきだね」

 宇治川監督が引き上げていく。野球部員たちは今日の仕上げとばかりにトラックを走り始めた。その中には投手2名も含まれている。

「よし、早速行ってみよう」

 純架は起き上がると尻のほこりを払った。ついでに両足や両太もも、両手や胴体、顔や後頭部の埃も払う。唾を撒き散らしながらえた。

「ちくしょう、次はどこだ。どこの埃が俺に楯突くんだ!」

 神経質過ぎるだろ。

 俺たちはトラックの内側に移動して、カーブから直線に入った集団を待ち構えた。純架が大声で名前を呼ぶ。

「三上君! 岡田先輩! ここにおいしいFX投資の話があるよ!」

 二人から金を強奪しようというのか?

 俺は仕方なく後を追うように叫んだ。

「三上! 岡田先輩! ちょっと話があります!」

 投手二人の名前に、ひと塊の野球部員たちは何となく話の内容に気付いたらしい。それでも素知らぬ顔で目の前を通り過ぎる。後ろ髪引かれる思いが、球児たちの背中に如実にょじつに表れていた。

 三上と岡田先輩が息を弾ませながら俺たちの元に残る。ほぼ同着だった。純架は二人が呼吸をしずめるのを待つ間、四股しこを踏んで無駄に体力を使う。

 力士かよ。

「やあ三上君、岡田先輩お疲れ様です。すみません、ランニングのところを邪魔しちゃって」

 三上が額の汗を腕で拭う。

「あなた方はどちら様ですか?」

 岡田先輩が後輩の言葉を聞きとがめた。こちらも汗をかいているが、流れるままに任せている。
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