学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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01桐木純架君

生徒連続突き落とし事件11

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 車はその後数人の男女を新たな荷物として含む。そして時間が来たのか、ごくゆっくりと発進した。運転手の華麗なハンドルさばきにより、狭苦しい道路を走り、何度も道を曲がる。車道は意外に混んでいた。

 俺は英二に水を向けた。

「三宮は純架にどう誘われたんだ?」

 英二は前の席に座る純架の後頭部を指差した。

「こいつが『勝負の結末を見に来ないか』とか言うからな。どこに行き何があるのかばらさないから、俺をたばかっているのかと思ったが……。お前らがアホ面を提げてついてきてる以上、何かあるんだろう。なら見せてもらおうか」

 腕を組んで踏ん反り返る。

「勝負の結末をな」

 バスは10分の行程の後、渋山台病院に到着した。乗客がぞろぞろと降りていく。俺たちもそれにならって下車した。

 白い外壁の豪奢ごうしゃな建物は、周囲の緑の中にできたオアシスのようだった。突き落とされた者6名が運び込まれた場所でもある。俺と純架、奈緒は日向を見舞いにここを訪れたことがあった。懐かしい、というほど古くはない記憶だ。

 純架は受付で手続きし、俺たちを呼んだ。

「面会簿に署名して、面会カードを受け取って」

 俺は最初に署名しようとして、訪問先入居者名を見た。『美又慶』とある。

「おい純架、これは……」

「いいからサインして」

 俺はペンを走らせると、次の奈緒に場を譲った。彼女もまた、美又先輩の名前に愕然としていた。残りの三人も同様だ。

 純架は美又先輩を俺たちに会わせようとしている。では美又先輩が犯人なのだろうか? 彼女は第4の被害者ではなかったのか?

 適温に保たれた病院の中は過ごしやすい。患者の邪魔にならないように気をつけながら廊下を歩く。先ほどナースステーションで指示された部屋へ到着した。表札は『美又慶様』『古谷美鈴ふるや・みれい様』『小山内藍おさない・あい様』『佐藤有香さとう・ゆうか様』と並んでいる。四人部屋だ。

 純架が美又先輩の名を呼んだ。すぐいらえがあった。

「来たか、桐木」

 美又先輩は紺の病衣姿で、曲げた右腕を白い三角巾と胸の固定バンドで固めている。純架に微笑を傾けたが、連れが5名もいるのを見て眉間に皺を寄せた。

「おいおい、何人立ち合わせる気だよ」

「どうせおおやけになるなら何人いても構わないでしょう」

「まあそうだがな。……よし、ここじゃ大声は厳禁だ。談話室へ行こう」

 俺たちは美又先輩に続いた。談話室はだだっ広く、机と椅子が整然と配置されていた。食堂としても使うらしい。壁一杯の窓から光が降り注ぎ、幾人かの患者が隅の方で会話を楽しんでいる。ポットと紙コップが置いてあり、どうやら紅茶やコーヒーが飲めるようであった。

 俺たちは席に座った。美又先輩一人がそうしなかった。

「じゃ、あたしはあいつを呼んでくる」

「お願いします」

 純架は頭を下げた。美又先輩が談話室を出ていく。あれ? どういうことだ? 俺は純架に問いかけた。

「美又先輩が真犯人じゃないのかよ」

「誰もそんなこと言ってないよ」

 純架は髪の毛を指でく。俺たちは無言で美又先輩の帰着を待ち続けた。

 そして、彼女は戻ってきた。男性の患者を伴っている。

 それは第六の被害者――2年2組、黒沢敏勝先輩だった。

「これは何の真似だ?」

 黒沢先輩は俺たちを一渡り眺めて苦情を申し立てた。

 黒沢先輩は一言で言えば剛毅ごうきだ。たくましい体は服からはち切れんばかりで、太い眉と奥深い両目が鷹を思わせる。鋭い鷲鼻だった。俺は鋼の巨塔を仰ぎ見る感じを受けた。吊るした手首をギブスで固めている。

 純架が身を起こした。軽く頭を下げた後、侮蔑を隠さず弾劾した。

「どうも、黒沢先輩。その骨折は痛かったでしょうけど、畑中先生、我が友辰野さん、天音さん、綾本先輩の受けた無差別な暴力に比べれば軽いとさえいえるでしょう」

「何が言いたい?」

「あなたがこの一連の事件の真犯人だということですよ」

 俺たちは純架の厳とした指摘に驚愕し、一斉に絶句した。最後の被害者が、生徒連続突き落とし魔――?

 黒沢先輩は堂々としている。臆病者ではないのだろう。

「大した言いがかりだな。そう、確かお前は――『探偵同好会』の桐木だな」

「おや、僕のことをご存知で」

「『渋山台高校生徒新聞』でお前らの記事を読んだだけさ」

 黒沢先輩は椅子にどかりと腰を下ろした。

「面白そうだな。では俺が真犯人だという論拠を示してもらおうか」

「分かりました」

 純架も美又先輩も着席する。純架がゆっくり喋りだした。

「この『生徒連続突き落とし事件』、被害者はでたらめに選出されたようで、まずそれが僕を悩ませました。女であるという以外、彼女らには何の共通項もない。つまり無差別です。なぜ犯人はこんな真似を――失敗したら立場がなくなるような危険な真似を繰り返すのか、僕にはどうしても分かりませんでした」

 黒沢先輩は茶飲み話でもしているかのように泰然自若たいぜんじじゃくとしている。純架は推理を紡ぎ出していった。

「さて、3人目の天音さん転落後、僕ら『探偵同好会』は本腰を入れて監視を始めました。3階と2階の廊下を張り込み、階段へ向かう人間をチェックしたのです。これは鉄壁で、蟻の子一匹見逃さぬよう配慮されていました。防火シャッターの向こう、階段内で上下移動でもしない限り、犯人は女性を突き落とすことはできないはずだったんです。ところが……」

 黒沢先輩はうなずいた。

「美又が突き落とされた。そうだったな?」

 美又先輩を見やる。彼女はうつむいているばかりだ。その切れ長の目は伏せられ、睫毛の隙間から心もとない瞳が覗く。

 純架は咳払いをした。

「そう、4人目の犠牲者は出てしまった。それで三宮君は考えました。『犯人は屋上に潜んでいた』とね」

 英二が機嫌悪そうに口を尖らせた。

「悪かったな」

「ですが楼路君たちや三宮君たちが聞き込みをしても、犯行時、屋上には誰もいなかったことが判明しました。……僕はそうなるだろうな、と予想していました。どだい、屋上に潜んでいた犯人が、タイミングよく美又先輩を突き落とすなんてあまりにも非現実的過ぎます」

 それに、と立てた人差し指を左右に振る。

「1年の美術部・柏木悠美さんの証言も、彼女を犯人とするには脆弱ぜいじゃく過ぎます。だいたい柏木さんが真犯人なら、自分に不利になるようなことを言うわけがありません。第一、被害者の美又先輩は犯人を『小柄な女』と証言しましたが、『スケッチブックを持った女』とは言いませんでした。もし柏木さんが目に入ったなら、真っ先にスケッチブックが印象として残るはずです」

 美的な眼差しで一同を一撫でする。自分の推理が理解されているか確認しているようだった。やがて満足したのか、再び舌を回転させる。

「では美又先輩は、一体誰に突き落とされたのか? 動機を除けばこれが今回の事件最大の謎であり、僕が突破口に選んだ点でした。僕はこう考えていました」

 美又先輩を見つめる。彼女は唇を噛み締め、机の縁を睨みつけていた。

「犯人は3階廊下にも、2階廊下にも、屋上にもいなかった。なら話は簡単です。美又先輩は、自分一人で階段を転げ落ちたんです。自作自演、という奴ですね。そう結論付けるのが自然です」

 またも愕然としたさざ波が一同の上を走り抜けた。俺は美又先輩の痛々しい姿を眼球に映す。

「おいおい、美又先輩は上腕を骨折したんだぞ? 他にもあちこちぶつけて……。あれが自傷行為だって言うのか?」

「そうさ、美又先輩はやり遂げたんだ。愛する黒沢先輩を救うために、ね」

 純架の投下した爆弾は無言の乱気流を巻き起こした。美又先輩はますます縮こまり、苦しそうに耐え忍ぶばかりだ。黒沢先輩は何も大変なことは起きていないのだ、と言いたげに冷静沈着な物腰を崩さない。

 純架は彼をひと睨みした。両目が断罪するように輝いている。

「美又先輩は黒沢先輩が好きだった。だから自分は突き落とされたと先生方に証言し、『犯人は小柄な女』という虚偽の情報を訴えまでした。黒沢先輩を捜査の網から逃すために、ね」

 俺はあまりの急展開に、思わず口を挟んだ。

「どうしてそんなことが分かったんだ?」

「僕単独で2年2組の先輩たちに美又先輩の人となりや周辺事情を聞き込んだのさ。彼女が黒沢先輩を好きなことは公然の秘密だったよ。それが一方通行、片思いの類だったってこともね」

 純架はポケットから何かを取り出し、机の上に置いた。純架愛用のICレコーダーだった。

「そうした情報を収集した上で、僕は先日、ここへ美又先輩を訪ねた。その際の会話がこれさ」

 スイッチを押す。空気感の雑音が流れたかと思うと、美又先輩の声が聴こえてきた。



『何だ、何の真似だ、その機械は』

 純架の声が答える。

『何、後でうやむやにされないための、「探偵同好会」ならではの録音行為です。形式的なことですのでお気になさらず』

 舌打ちの音が発生した。

『それで、あたしに何か用か?』

『はい。なぜ貴女あなたは階段から自分だけで落ちたんですか?』

 美又先輩は半瞬の後噴き出した。しかしわざとらしい。どうも彼女に演技力はないように思われる。

『骨折までしたあたしの転落が自作自演だっていうのか?』

『はい』

『証拠はあるのか?』

『いいえ。ただ、状況的に見てそれ以外の可能性はありません。あなたを突き落とした犯人はどこにも存在していませんでした。自傷行為と見るのが僕の結論です』
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