学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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01桐木純架君

生徒連続突き落とし事件09

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「何だって?」

 俺はあまりのことに、1年生の調査を担当した日向を振り返った。俺や奈緒、英二に結城の視線を一身に浴びて、彼女は思わずといった具合に縮こまる。

「えっ、でも、私が1年2組で聞き込みしたときは、誰も屋上には行っていないって……」

「柏木が嘘をついたのさ」

 英二は得意満面だ。その小さな体が膨れ上がる自尊心で破裂したとしても、俺は一向驚かなかっただろう。

「柏木は俺にべらべら喋った後、急に不安になったんだ。もしかしたら、自分は連続突き落とし魔に間違えられるような、とんでもないことを口走ってしまったのではないか、とな」

 それで日向には話さなかったというのか。その、柏木悠美って子は……。英二が癖毛を撫で上げた。

「美又先輩の言う『小柄な女』という条件にも、柏木は符合する。しかも屋上には自分一人しかいなかった、とまで証言した。スケッチも見せてもらったが、確かに屋上からの風景画が描かれていた。後の推理は簡単だ」

 両手を広げて目を閉じ、まるでオペラ歌手のように語る。自己陶酔の色があった。

「柏木はアリバイを作るため、屋上でさっと手早く風景画を描いた。そして階段を下り、2階の防火シャッター脇の扉に張り付く。時間が経ち、美又先輩がやってきて階段を下り始めたところで、背後から思いっきり突き落とした。スケッチブックや道具は持って逃げたんだろう。1階へと逃れたのは、俺やお前らが2階と3階に張り込んでいることに気付いていたからだ……」

 英二は目を見開いた。彼にしか見えない満員の観衆から、盛大な拍手を全身に投げかけられているみたいだった。

「どうだ。これから俺と結城は美術室へ行き、柏木を追い詰める予定だが、お前らも来るか? もっともその場合、勝負は俺たちの勝ちと認定させてもらうがな」

 奈緒が真っ先に立ち上がった。ほぞを噛むような顔が、はらんだ屈辱を端的に表している。

「いいわ。行きましょう。負けるにしても、最後を見届けたいわ」

 俺と日向も後に続く。

 しかし純架だけは折り紙で力士を作るのに熱心だった。

「僕はいいよ。君たちだけで行ってきたまえ。ここで待ってるよ」

 そして一人寂しく紙相撲を始めた。手製の土俵の左右を叩き、「頑張れ白鵬はくほう! 負けるな大鵬たいほう!」と夢の試合を器用に演じる。

 こいつ、本当に高校生か?



 美術室前に到着した俺と奈緒、日向、英二に結城の5人は、部員の悠美を呼び出した。

「何ですか?」

 廊下に現れた悠美は、英二の姿に既におびえていた。自分が彼に『当日屋上にいた』と喋ったことが、どうやら自分に嫌疑がかかる失態だったと認識しているらしい。

 英二の方が背が低いため見上げる格好となっている。それでも威圧感はあるらしく、悠美はたじろいで震え上がった。

 英二が彼女のすくみきった顔に人差し指を突きつける。サスペンスドラマのクライマックスよろしく、彼は強烈に睨みつけた。

「お前が『生徒連続突き落とし事件』の犯人だな、柏木」

 ずばり言い切った。柏木は目をしばたたいた後、その言葉の意味を理解して後ずさった。

「ち、違います!」

 壁に背中が着く。それ以上後退できないと知って悠美はうろたえた。

「なんで私が犯人なんですか! 支離滅裂しりめつれつもいいところ……」

「もうお前しかいないんだ、美又先輩を突き落とせそうな人間はな」

「知りません! 私がそんな酷いことするわけないでしょう!」

「吐け!」

 英二の声に熱がこもった。

「見苦しいぞ、今更じたばたするな! 今認めれば自白で罪が軽くなるんだぞ。この好機を逃すな!」

「いい加減にしてください!」

 らちが明かない。俺はだんだん英二の考えに自信が持てなくなってきていた。こうまで否定されると、もしや間違いではないかとの疑念が胸中でとぐろを巻く。

「さっきから何を騒いでいるの?」

 美術室の扉が開き、美術部顧問の金近優子かねちか・ゆうこ先生が姿を見せた。天然な性格で知られる教師だ。悠美は涙を振りまいて彼女の胸に飛び込み、けたたましく泣く。金近先生のボリュームある胸が揺れた。

「あらあら柏木さん、どうしたの?」

「先生、この人が私を犯人扱いするの!」

 英二は悠美の背中を視線で焼き尽くそうとするかのようだ。金近先生に抗議の声を投じる。

「最近はびこる生徒突き落とし魔がその女なんですよ、先生」

「あらまあ」

 金近先生はとぼけていた。ほんわかと笑う。

「でも勘違いでしょ? この子、そんな悪いことする子じゃないもの」

 悠美を落ち着かせるようにその髪を撫でる。少し生真面目な顔になった。

「君たちの考えは間違ってるから、また家に帰って検討してみて。女の子を泣かすなんて男として最低よ、君。反省しなさい」

 英二は弾力あるマシュマロのような女教師に食い下がる。

「でも聞いてください、先生」

 英二は自分の捜査の過程を端的に説明した。

「……というわけで、当日屋上にいたのは柏木だけなんです。彼女こそが犯人なんです」

「あら? でも……」

 金近先生は頬っぺたに人差し指を寄り添わせた。

「その日は柏木さん、屋上からの風景画を描いてこの1階の美術室まで持ってきたわよ。突き落としの騒ぎはその後だわ。柏木さん、美術室にずっといたわよ」

 英二は気の毒なぐらい青ざめた。急に息苦しくなったか、首に巻きつくネクタイを緩めて隙間を作る。

「そんな馬鹿な」

「馬鹿も何も、それが事実だし」

 金近先生は柔らかく微笑んだ。どこまでも掴みどころがない人だ。

「捜査、頑張ってね。早く真犯人が見つかるといいわね」

 泣きじゃくる悠美を保護するように抱え、金近先生は美術室の扉の向こうに消えた。事件解決の糸口がぷっつり途切れた瞬間だった。

 残された俺たちは愕然と佇立ちょりつするより他にない。目の前で閉まった扉が無慈悲に思えた。

「彼女が犯人でないとすると……一体どうやって犯人は美又先輩を突き落としたんだ?」

 英二の独語に俺は共鳴せざるをえなかった。



 階段の踊り場に竹刀を突いて立っている先生方に挨拶しながら、俺たち『探偵同好会』は1階に下り、下駄箱で靴を履き替えた。駅までの短い距離を4人で歩く。

 俺は無念の思いのまま、胸底を悲嘆で一杯にした。

「純架が前に言ってた『時には捜査の努力実らず』って言葉、どうやら今回は的中しそうだな。正直もう解決の見込みがない。確かにストレスが溜まるな、これ」

 奈緒はほぞを噛む思いのようだ。

「三宮君に負けはしなかったけど、勝ちもしなかったわ。やっぱり悔しいわね」

 日向は愛用品のカメラをいじっている。やるせない気持ちは彼女も一緒のようだった。

「とりあえず中間テストに向けて勉強ですね、私たちは。それが学生の本分ですし」

 純架は足を運びながら紙飛行機を作っている。出来が良かったのか、『アストロコンコルド』と小学生のような名前をつけてはしゃいでいた。

「問題は犯人が次の凶行を犯す可能性さ。放課後は先生方が階段を見張ってくれているけど、昼休みや授業中はそういうわけにもいかないからね」

 俺たちはぎょっとした。

「おいおい、犯人がまたやらかすってのか?」

「さあね」

 純架は前方に紙飛行機を投げると見せかけて、俺の胸に叩きつけた。

「やった! 5兆点!」

 的じゃねえよ。大体5兆点って何だよ。どんな競技だよ。



 渋山台高校は中間テスト直前だった。どの授業もそれを見晴るかす内容に切り替わり、生徒たちは真剣な表情で黒板に書かれるヒントをノートに書き留めていった。

 ここ最近天気がいいのは結構なことだが、その分暑さが身に染みて、教室には汗の匂いが充満していた。それを吹き飛ばしてくれるのは、開いた窓から注ぎ込まれる乾いた風だ。窓際の席の生徒たちは、熱い陽光と涼しい風のサンドイッチを腹いっぱい食べさせられ、羨望せんぼうと気の毒が入り混じった複雑な視線を浴びるのだった。

 昼休み、純架は教室にいなかった。いつの間にか弁当も食わず出ていったらしい。何か用があったのだろうか? それで俺は親友の岩井や長山と食事を共にしていた。この3人なら話は馬鹿っ話になる。俺はげらげら笑って楽しい時を過ごした。

 一方英二は意気消沈といったていで巨大なロブスターをカットしている。捜査が失敗しても弁当の豪華さは変わらないのだ。うらやましい奴。

 そういえば奈緒の姿が見えないが、1組で日向と昼食を摂っているのだろうか。まあとりあえず、まずはのどかな昼下がりだった。

 そう、甲高い悲鳴と、それに続く衝撃音が空間に亀裂を入れるまでは。

「何だ?」

 いや、問うまでもない。誰かが階段から転げ落ちたに決まっている。英二が弾かれた虎のような俊敏さで教室を出て行く。俺もパンを放り捨てると、くつろぎと仲間を置き去りに階段へ全力で駆けていった。

 跳ぶように下りていくと、2階から1階への中間踊り場に二人の女がいた。片方は俺のよく知る人物だった。

「飯田さん!」

 奈緒が女生徒を介抱しているようだ。英二は興奮のためか上ずった声で尋ねた。

「おい飯田! 何があった!」

「この人が突き落とされたのよ!」

 女生徒は涙を流しながら、太ももを押さえて激痛にうめいている。最低でも骨にヒビが入ったことは確実なようだ。奈緒は彼女のそばから英二に要請した。

「先生を、早く!」

「私が!」

 結城が請け負って職員室へ走っていく。俺と英二は中間踊り場に靴裏を接吻させた。英二が女生徒を観察しつつ問いかける。
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