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沢井 虎太郎
心の声
しおりを挟む「…た………こた…。…こた?聞いてる?」
「えっ?あ、ごめん、聞いてなかった…!」
「もー。どしたのぼーっとして。考え事?」
「んー?考え事っていうか、この前ここに来た時の事思い出してた」
おれとした事が。
ひなくんの話を聞き逃すなんて、なんたる失態。
でも、真っ白なほっぺたをぷくーっと膨らませてみせる彼はとても可愛いから、その表情を引き出せた事に対してはグッジョブおれと言わざるを得ない。
「初回の講習の時の事?」
「そう。ねぇ、ひなくんはさ、希望する相手役におれの名前書いてくれた?」
「…それ言っちゃったらアンケート制の意味無くない?」
「えーっいいじゃん!ねえねえ教えてよぉ」
「もー、その顔ずるい。しょうがないなあ………書いたよ、こたの名前」
「まじ?!ちょーうれしいんだけどっ」
「んふふ。おれね、こたと仲良くなりたいなーって思ったの」
「…え?なんで?」
虎太郎くんと仲良くなりたい。
それは、おれが聞き飽きる程言われ続けてきた言葉。
ここでは、おれが財閥の息子だってこと言ってないのに。なんで?
ひなくんもおれを選んでくれていた喜びで熱を帯びた気持ちが、急激に冷めていく。
「んーだって、なんか人懐っこそうな感じがして可愛かったから。弟みたいな感じ?おれ弟いないから分かんないけど。あと、なんかちょっと寂しそうだったから」
「え、おれそんな寂しそうな顔なんてしてた?」
「んーん。ちゃんとニコニコしてたよ。でもなんて言うのかな、目の奥が寂しそうって言うか、なんかこたの心が寂しいよーって言ってる感じがして、放っておけなかったの」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
だから、自分がいつの間にか涙を流していることにも気付けなかった。
「ちょ、こた?!なんで泣いてるの?ごめんね、おれなんか嫌なこと言っちゃった?」
ごめんね、と繰り返しながらハンカチを差し出され、そこでおれは初めて自分が泣いている事に気付く。
「違う違う!ひなくんのせいじゃないよ!…いや、厳密に言うとひなくんのせいなんだけど…。嫌だったとかじゃなくて、おれ、嬉しくて…!」
慌てて自分の着ていた服の袖口で涙を拭い、否定の言葉を口にすると、ひなくんが不思議そうに首を傾げた。
「おれね、今まで自分の内面を見てくれる人に出会ったことが無かったんだ。だから今ひなくんが、おれの心の声を聞いてくれたことがすっごく嬉しかったの」
「…そうだったんだね……うん。そっか。よぉし、じゃあおにいちゃんが、こたの寂しさ埋めちゃる!」
「ほんとに?やったあ!で、具体的にはどうやって?」
「えっ…?いや、うーん、それはまだ分かんないけどぉ…」
「ちょっとー。そこは、チューしてくれるとかそういうのじゃないの?」
「こらこたぁ!しれっと抜け駆けしようとすんなや!」
「わっ!けい!びっくりしたぁ!いつからいたの?」
「今来たとこや」
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──あぁ、もう少し、ひなくんと2人でお喋りしてたかったなぁ…。
でも、きっとまた2人きりになるチャンスは巡ってくるだろう。
そうしたら、まずはひなくんが可愛いと言ってくれたこの弟キャラで距離を詰め、そうやってじわじわとひなくんの心の中に入り込んでいって、あわよくばいつか恋人の座をゲットしたい。
金目当てってところは違っているけれど、たった一つしかない恋人の座目掛けて群がってくる女性達の気持ちを初めて理解した瞬間だった。
そんな事を考えている内に講師の二人も部屋に入ってきて、二回目の講習が始まった。
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