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柏木 雛汰
未知なる世界
しおりを挟む「おっきくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?」
──昨夜の夢では随分と懐かしい場面を見た気がする。
懐かしいけれど、決して忘れる事の出来ない場面。
大好きで大好きで堪らなかった初恋の人。
「はぁ……」
長い溜息に切ない気持ちを込めて吐き出し、ベッドを抜け出した。
今日、これからおれは未知なる世界に足を踏み入れる。
不安が全く無いと言えば嘘になるが、今はそれよりもワクワク感の方が勝っていた。
──おれの名前は柏木 雛汰。ふつうよりちょっとかわいい成人男性。
そう、自分で言うのもなんだけど、おれはふつうよりちょっとかわいい。
なんならそこらへんの女の子よりかわいい自信がある。
子供の頃から、周囲に可愛い可愛いと言われて育ち、それを嫌だと思った事は無かったけれど、中学生になるとこの容姿は、思春期真っ只中の子供達のイジメの標的になった。
男子からは、
「男のくせに」
「オカマ」
「きもい」
などと言われ。
女子から好意を持たれ告白された事も何度かあったけれど、その度に断っていたらいつしか、
「調子に乗ってる」
「勘違い男」
「ホモ」
と言われた。
そうしてイジメられはしたけれど、おれは別に傷付いたりしなかった。
何故なら、調子に乗ったり勘違いしているつもりなど無く、オカマ…というのも少し違ったが、ホモという点に関しては間違いでは無かったから。
これまでの人生で恋人がいた経験は一度も無いけれど、きっとおれは同性愛者なんだと思う。
異性に全く興味が無かった為、告白されても頷く事が出来なかった。
毎日投げ掛けられる悪意を持った台詞のオンパレード。
傷付きはせずとも、それなりに嫌気もさしてきて。
おれは学校へ行くことを辞めた。
有難いことに両親は、もう学校へは行きたくないというおれに、深く理由を探る事なく通信教育という選択肢を与えてくれ、そうして高校卒業まで通信教育を受けたおれは、父親の知り合いが経営するカフェでアルバイトをはじめた。
ほとんど学校に通わなかったおれが接客業なんて出来るのかと不安もあったが、優しいオーナーや両親のサポートのお陰で大きなトラブルもなく、働き始めて早6年目。
家族や職場に恵まれてそれなりに幸せに過ごしてきたおれが、今直面している問題がある。
それは、これから先もずっと、誰とも愛し合うことなく一人で過ごすのかという寂しさや不安、焦り。
…早い話、いい加減恋人が欲しい。
元々おれは、自他共に認める甘えたがりで寂しがり屋。
愛する人に抱き締められながら眠りたいという願望は、ふわふわのぬいぐるみ達に囲まれて眠る事で抑え込み、人肌恋しい時には愛犬達を抱き締めてやり過ごした。
恋人を作ろうと思った事は何度もある。
でもおれは同性にしか興味が無いし、そもそも友達と呼べる存在すらいないし、どうやったら恋人が出来るかなんて分からなかった。
そして何より、おれにはこれまでの人生でたった一人だけ、どうしても忘れられない相手がいた。
まだおれが幼稚園に通うぐらいの歳だった頃、近所に引越してきた一つ歳下の男の子。
すぐに仲良くなり、幼稚園から帰ってくると毎日のように一緒に遊んでいた。
幼稚園児が、大人になっても忘れられないような恋心を抱くなんて、と、今思うと不思議だけれど。
おれは、無邪気な笑顔が可愛くて、けれど、幼稚園児のくせにどこか少し大人びている彼に、間違いなく恋をしていた。
そしてそれは、彼も同じだったと思う。
「おっきくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?」
ニコニコといつもの無邪気な笑顔で、向かい合い、両手を握られ、そう言われた。
嬉しかった。
ずっと一緒にいられるんだって思ったら、幼いながらにドキドキした。
…でも彼は、その数ヶ月後、両親に手を引かれて遠い街へと引越して行った。
それだけだったら、もしかしたら大人になった彼が、おれの元を訪ねて来てくれたかもしれない。
けれどおれも、彼が去って行った数年後に引越すことになり、それも叶わなくなってしまった。
つまり、多分もう二度と、彼に会うことはない。それでも。
──彼意外と愛し合うなんて考えられない。
それが、おれが今まで恋愛出来なかった一番の理由。
我ながら、なんてピュアなんだろう。
けれど、おれももう24歳。
いつまでもこのままではいられない。
寂しさを埋める術を探すべく、その日もいつものように、ゲイ専門の出会い系アプリを眺めていた。
「STS 6期生募集…?」
あてもなくぼんやりと眺めていたスマホの画面の中に、見慣れぬ文字を見つける。
元々好奇心も旺盛なおれは、湧き上がる興味に抗えず、控えめなサイズで記されたそのリンクをタップして…。
そのページを見た時の衝撃は、多分一生忘れないと思う。
Sexual Techniques School、通称STS。
女人禁制のそこは、早い話、ゲイ専門のセックスの学び舎という事らしい。
「セックスを学ぶって…バカなの?」
なんて、つい独りでツッコミを入れてしまったおれは間違っていないと思う。
だって、したことはないけれど、セックスって人から教わるものでは無い筈だ。
それともおれが無知なだけで、実はセックスって人から教わるものなの…?
イマイチ自分の中の常識に自信が持てず、そのままページを読み進めてみる。
講習は、毎週金曜日の18時から22時。
全16回。
内容としては、AV男優でもある講師による座学から始まり、映像や実技の鑑賞、生徒同士による実践も有りとツッコミどころ満載だ。
しかも、修了時発表なるものが有り、ペアを組んで全生徒の前で行為を見せ、投票で一位になったカップルは授業料免除らしい…完全にどうかしている。
募集要項は、20歳以上35歳未満の男性で、定員はタチネコそれぞれ15名。
定員を超えた応募があった場合は抽選になり、タチネコどちらかが定員割れした場合、1名に対して複数名の相手役がつく場合も有るそうで。
それってネコが定員割れした場合身体の負担が大き過ぎるのでは…?とか、そもそもこれはこの国の法律的にアウトなのでは…?などと色々思うところはあったけれど。
汗ばむ掌に握り締めたスマホの画面には、『受付が完了しました』と表示されている。
たとえば、スクール内では本名は伏せ、偽名を使わなければならない、とか。
予め性病検査を受けて、その結果を本人確認書類と一緒に送付しなければならない、だとか。
はちゃめちゃなスクール説明文の下に、そんな風にちょっとまともっぽい事が書かれていたものだから。
掲示板で知り合った見知らぬ誰かとマンツーマンで会うより、よっぽど安全なんじゃないか…?それに、同じセクシュアリティの友達ができるんじゃないか…?と思ってしまったんだ。
自分ではどうすることも出来ない程に膨れ上がった寂しさに押し潰されて息苦しさすら感じ、冷静な判断が出来なくなっていたんだと思う。
こうしておれは、未知なる世界への第一歩を踏み出した。
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