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番外編
【スピィシィズ新聞 ~血を“育てる”[吸血鬼]に迫る~】
しおりを挟む──「記者」エルジェトリー・デ・ザート様 本日は貴重なお時間を割いて頂き誠に恐縮です。
──〈ザート(敬称略)〉そんな畏まらなくて大丈夫ですよ(笑)よろしくお願い致します。
──「記者」ありがとうございます。(咳払い)それにしても、このような日の高い時間からお邪魔してよかったのでしょうか?
──〈ザート〉ああ大丈夫ですよ。もうすっかり“夜中”逆転しているので(笑)
──〈ザート〉むしろ此方の都合でこんな閉め切った部屋に押し込めてごめんなさい。
──「記者」夜中逆転、ですか。
──〈ザート〉そうなんですよ。人間の生活時間に合わせると自然とね。
──「記者」その人間というのは、血を絞る為に購入された奴隷の……?
──〈ザート〉そうですそうです。今はもう慣れましたけど初めの頃は辛かったですねぇ。
──「記者」お言葉なのですが、奴隷の方を吸血鬼の生活時間に合わせさせなかったのですか?
──〈ザート〉駄目ですよ。そんなことしたら人間が身体を悪くしてしまいます。血の味も変わってしまう。
──「記者」成る程。こだわり……と言いますか、慈愛を感じますね。
──〈ザート〉いえいえ(笑)こんなのは基本中の基本ですよ。人と暮らす吸血鬼として。
──〈ザート〉生活時間もそうですけど、肉類・野菜が1対2の健康的な食事、適度な運動、たっぷりの睡眠……
──〈ザート〉読書を楽しめる余暇、精神的負担の無い人間の生活。これが“ザート印のブラッドボトル”を生み出すんです。
──「記者」成る程。私は血を嗜めませんが、なんとなくザートさんのボトルが高い評価を得ている理由が分かった気がします。
──〈ザート〉そう言ってもらえると値段もできるだけ抑えてる甲斐があります。おかげで黒字ギリギリですけどね(笑)
──「記者」しかし、そうした生活を提供するとなると費用が嵩むでしょうね。
──〈ザート〉それはそうですが、奴隷の彼女が生み出してくれた利益を彼女自身に還元しているだけですよ。
──〈ザート〉……まぁ、しかし、その辺りの費用を渋る業者もいます。
──〈ザート〉仕方ない部分はあるんですけどね。昨今の吸血鬼の貧困化に合わせてボトルの値段を絞らないといけませんから。
──「記者」安価で提供するための苦肉の策と言ったところでしょうか。
──〈ザート〉まぁそうですね。なんとか別の策を取って欲しい所ですが。
──〈ザート〉それよりも最近目に付くのはわざと不健康的な生活を人間に送らせる血液精製家の存在ですね。
──「記者」わざと?
──〈ザート〉はい。単純に夜更かしだとか、質の悪い脂ぎった食事だとか、運動を碌にさせないとか……
──〈ザート〉人間は放っておくとすぐにそんな生活を送ってしまいます。
──「記者」耳が痛いです。
──〈ザート〉だから多額の費用をもって世話という形で介入するのですが……
──〈ザート〉逆に言えば基本放任して血を絞るだけにすれば世話の費用を抑えられるということでもあります。
──「記者」しかし、そうすると血の味?が落ちるのでは?
──〈ザート〉私はそう考えていますが そうしたどろりとした血液を好む吸血鬼が最近増えているのです。
──〈ザート〉特に若い層に多いですね。こってりしたものを好むと言いますか。それ自体を否定はしませんが。
──「記者」ははぁ。やっぱり若者はガッツリしたものがいいと。
──〈ザート〉……そもそも、そうして費用を抑えて安く作られた血しか若者は選べない、という面もありますが。
──「記者」若い吸血鬼の世代は特に生活が辛いという話を耳にしますね。
──〈ザート〉古き血の吸血鬼達による資本の独占……いえ、今する話ではありませんね。
──〈ザート〉ですから“ザート印のブラッドボトル”は品質を保ちつつもできる限り値段を安くしたいのです。
──〈ザート〉それに、皆が求めている、利益が出るからと言って人間の寿命を縮めるような真似を見過ごしたくはありませんしね。
その血の様に赤い眼を細める、エルジェトリー・デ・ザート氏。その眼光から女史の“人間を愛する者”としての矜持が伺える。
──「記者」ところで、その奴隷の人間は今どこに?
──〈ザート〉お買い物に行って貰ってます。仕事に必要なものがありまして。
──〈ザート〉贔屓の作家が新刊を出したそうなので、そのついでに頼んだんですよ。
──「記者」お小遣いまで出してるんですか。
──〈ザート〉元々彼女のお金ですよ。むしろ私が彼女の稼ぎで食わせて貰っている立場です。
──〈ザート〉どっちが奴隷なんだか分かりませんね(笑)
──「記者」ははは(笑)
──〈ザート〉はははは(笑)
──「アンナ(敬称略)」何を笑っているんですか。主人に無礼ですよ。
──〈ザート〉あっお帰り。
いつの間にか開いていた部屋の扉。そのドアノブを握った細身の女性に記者は窘められる。
──「記者」これは失礼いたしました。ええと……
──「アンナ」アンナと申します。エルジェ様、ただいま戻りました。
──〈ザート〉ありがとう。取り寄せてもらったアレは受け取れた?
──「アンナ」はい。こちらに。
──「記者」これは……カメラ?ですか。
──〈ザート〉はい。カメラです。
──「記者」吸血鬼の方にとってカメラは少々不便かと思うのですが、これを仕事に使うので?
──〈ザート〉ああ(笑)私を撮りたいわけではありませんよ。
──〈ザート〉アンナを写すんです。試しに何枚か撮りたいな……アンナ!私退くからこの椅子座って。
足音を立てず、するりと立ち上がるエルジェトリー・デ・ザート氏。空いた椅子に奴隷のアンナ氏がたおやかに腰掛ける。
──〈ザート〉ああ~いいねぇ!絵になる!被写体が良すぎてフィルム足りるか今から心配!
──「アンナ」光栄です。エルジェ様。
──〈ザート〉ん~いい!その物憂げな顔!月が嫉妬して落ちてこないか心配になる美貌!素晴らしい!
──「記者」急にどうしたんですか。
──〈ザート〉あ!もうちょっとうなじ見せてみようか!
──「記者」いや……部外者の前でなんの撮影してんですか。
──〈ザート〉おっと失礼。我を忘れるところでした。
──「記者」まだ忘れてなかったんですか?
──「アンナ」まだ正気です。いつもはあんなものではありません。
──「記者」そうなんだ……
──〈ザート〉(咳払い)失礼。えーっとですね。ボトルに貼る写真を撮りたかったんですよ。
──「記者」ボトルにですか?
──〈ザート〉はい。文字通りの生産者表示ということですね。
──「アンナ」主人は映りませんので、代わりに私が被写体を申し出ました。
──「記者」生産者表示というか、牛肉に牛の写真を貼るようなものでは。
──〈ザート〉切なくなる例えやめてくださいよ。牛乳瓶に牛の絵とか他に例えあるでしょう。
──「記者」まぁその、それはともかく何故急にボトルに写真を?
──〈ザート〉言ってしまえば、“本物”である証明の一環ですね。
──「記者」本物ですか?
──〈ザート〉嘆かわしいことですが、近年の血液市場における大きな問題として“偽装”が挙げられます。
──「記者」偽装、ですか。
──〈ザート〉よく耳にするのは豚の血を乙女の血と言い張って売る愚か者の話ですね。若者がよく被害にあってしまう……
──〈ザート〉手口として嫌らしいのが本物の乙女の血を香りづけ程度に混ぜて市場へ流す所!これで消費者はころりと騙されてしまう!憤懣遣る方無い!
──「アンナ」実際に私のボトルを用いてそうされた血液精製家の方もおられました。悲しいことです。
──「記者」その、血液のことは詳しくありませんが、味などですぐにバレるのでは?
──〈ザート〉ええ。味わいも喉越しも全く異なります。ですがすぐには分からないのです。騙されたことに若い吸血鬼達は気付けないのです。
──「記者」なんと?矛盾していますが……
──〈ザート〉それがしていないのです。貧しさに喘ぐ若い吸血鬼達はそもそも高価な“本物”の味わいを知らないのですから。
──「記者」……吸血鬼の貧困化ですか。
──〈ザート〉考えてみてください。日が昇る寸前まで働く生活の中、やっとできた余裕。辛い日々の慰めになる贅沢。
──〈ザート〉その苦労を嘲笑うかのように差し出される偽物。すぐに気付けるならまだ良い。怒りを持って苦難を乗り越えられるかもしれない。
──〈ザート〉真に哀れで悲しいのは、貧困による無知の為に騙されていることにすら気付かないこと!
──〈ザート〉〈ああ、これが本物!頑張ってきた甲斐があった!〉違う!それは偽物である!
──〈ザート〉得をするのは無知を食い物にする愚か者!蛆を見習わせるべき卑しい輩!
──〈ザート〉我はそれが許せぬのだ!!
──「アンナ」エルジェ様。お客様の前でございます。
──〈ザート〉………失礼致しました。ちょっと、我を忘れていたようです。
──「記者」い、いえ、ザート様の熱い気持ちが伝わってきました。熱弁ありがとうございます。
──〈ザート〉そうした背景が、昨今にはありますから。できる限り“ザート印のブラッドボトル”は安く提供したいのです。
──〈ザート〉できる限り“本物”をまだ知らない世代に伝えたい。そうすることが同胞の助けになりますから。
人間の為に、同族の為に心血を注ぐエルジェトリー・デ・ザート女史。その胸の奥には天敵である太陽にも引けを取らない熱い心が宿っていることが伺える。
──「記者」そろそろお時間ですね。本日は貴重なお話ありがとうございました。
──〈ザート〉いえいえ、こちらこそ。
──「アンナ」良い記事になることを祈っています。
──〈ザート〉……あ!最後に読んでくださる皆様に向けて一言よろしいでしょうか?
──「記者」勿論です。是非どうぞ。
──〈ザート〉はい。(咳払い)
──〈ザート〉これからも“ザート印のブラッドボトル”は出血大サービス(servus)!頑張ります!
──「記者」……はい。ありがとうございます。
──「アンナ」エルジェ様。残念ながらお滑りになりました。
──〈ザート〉えっうそ ちょっとお願いもう一回────
(了)
応援ありがとうございます!
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かわよ
社会のしがらみに囚われつつも懸命に暮らす異種族さんはかわいいです
この吸血鬼さんあまりにも愛おしい……
プライドが高くて変な空回りをしてしまう吸血鬼さんがすきです