13 / 17
番外編
【ハーピーの卵料理】
しおりを挟む私の目の前にある、小ぶりな皿からはみ出さんばかりに大きな卵焼き。
形が少々歪だが、テーブルの向かいに座る“彼女”が一所懸命に拵えてくれたもの。
…材料が“彼女”の卵であると知らなければ、今すぐにでもフォークを手にしていただろう。
<だいじょーぶ、むせー卵だよ~>
テーブルの向かいに座る[ハーピー]の恋人は、子供をあやすような口調で私に語り掛ける。
無精卵なのは知っている。分かっている。そうじゃなかったらいくらなんでも困る。
………しかし、卵が詰まって苦しむ彼女を助けたことがある身としては、産む場面をしっかり見届けた身としては……正直な所、抵抗がある。かなりある。
だが───
<……わたしらのブンカ?でね~。番いに食べて貰うんだ。エイヨーあるからね~…>
これは彼女、つまりはハーピーの生活を形作った儀式の一環であり、文化。
…私の知らないハーピーの営みを教えてくれた彼女に敬意を払うべきだし、なにより多種多様な種族が入り交じる昨今において、一方的に他者の生き様を否定する様なことはしたくない。
目の前のちょっぴり焦げた卵焼きに、フォークを刺す。
テーブル越しの彼女は羽毛に包まれた羽で口元を隠しながら、じっとこちらの様子を窺う。
彼女は瞬き一つしない。此方を見つめる眼の上に猛禽、鷹や梟を思わせる透明な瞬膜だけが滑る。
私の一挙手一投足を一切見逃さない、そんな意思を感じる。
きっとこれはハーピーである彼女にとって非常に重要な儀式なのだろう……
彼女の眼を見て、やっと決心がついた。
濃い黄色の卵焼きをそのままフォークで切り分け、口に入れ、咀嚼する。
彼女の顔に、目元だけで分かる程に笑みが綻んだ。
………美味いな。
何というべきか、自分の乏しい語彙では言い表しにくいのだが、素材自体の味がより濃いように感じる。栄養云々の話も頷ける。
<おかわりあるよ!たくさん食べてね~!>
─────────
─────
───
一度食べてしまえば慣れたもので、それからの食卓には産卵の度に卵料理が並んだ。
最近は生で食べさせようとしてくる時もあるのだが、それは、流石に勘弁して貰っている。
しかし、生卵を断る度に凄く悲しそうな顔を見せられるのは心にくるな………
いつか更なる勇気を出した方がいいのだろうか、と思案しながら彼女に持たされた弁当を持って、組合が依頼を出していた薬草集めに向かっていたとある日の事。
ばったりと冒険者の友人に出会わした。
「おお!久しぶり!」
と、十字傷のある頬を緩ませ、友人が声を掛けてくる。
本当に久方ぶりだな。顔を合わせるのは君が結婚して以来か?
「え、そんなに会ってなかったっけ」
そのはずだよ。羽を生やした君の奥さんは元気にしているかい?
「はっは!上にいるよ。空から近づいてくる魔物がいないか見張ってくれてるんだ」
友人の顔から視線を外し、可能な限り首を曲げて上を見やると確かに上空に太陽を遮る影が目に入った。
その影はぐるぐると旋回しながら、風を切る音と共に大きくなってゆく。
どうやらこちらに気付いて降りてきているようだ。
「君もハーピーの人と結婚したんだって?話聞かせてよ」
……結婚はまだだよ。
ばさ、ばさ、と大きく柔らかい羽の空気を撫でる音がすぐ傍で聞こえる。
〔あらぁ、どうもこんにちは。ご無沙汰しております〕
いえいえ、こちらこそ。
「おっ、それ弁当?作ってもらったの?」
ん?ああ。
〔ちょっとあなた。人の持ち物をジロジロと………〕
大丈夫ですよ。こういう奴でしょう?
〔……しかし器用な同族ですね。羽根の手で料理を……〕
しょっちゅう卵料理を作っているので、慣れたみたいですよ。
「卵?何で卵料理?最近安かったっけ?」
まぁ好みだし……ハーピーとお付き合いしてたら作るし作られもするだろう。
〔うん?そうなのですか?〕
そうなのですかって……そういうものでしょう?
〔はい?〕
いや、自分の卵を番いに食べさせるという文化がハーピーの方には………
「えっ?」
〔えっ? えっ?〕
「オレ、食べさせられたことないけど」
〔…………今、初めて聞きましたけど〕
えっ。
応援ありがとうございます!
25
お気に入りに追加
113
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる