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ゲームセンター狂想曲~神隠しの謎を解け~
周りから見ると小さな一歩だとしても、自分にとってはどれも大いなる一歩だよね
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ほのかさんとこときゃんさんの出会いの一部始終を聞いたわけですが……。とりあえず一言。
色々と内容が濃すぎません?
突っ込みどころが多すぎます。
サラッと話していましたけど銀行強盗が起きかけていましたし、お二人の好みが想像以上に合っていましたし、情報量が多すぎです。
何より一つ気になることがあります。ここは素直に聞くことにしましょう。
「少し気になったのですが、その青年の名前を聞いたのですか」
その辺りの話をしていなかったのでどうしたのかなんとなく分かりますが、理由が気になります。
「あぁ、名前ね。聞いてないの~」
やっぱり、そんな気がしていました。
「それは何か理由があってですか? それとも単純に聞き忘れただけですか」
「理由ね~。また次会った時に聞きたかったから、かな~。なんか根拠とか理由は何もないけど何故かまた会える気がしていたし。ちなみにもし会えなくても、もし会いたかったらこときゃんのヘアサロンに来てって言ったし。抜かりないぜよ!」
両手を腰に当ててどや顔をするほのかさん。
「もしもしばらく経って会えなかったとしても、これなら大丈夫だからね。万が一そこに来て会えなくても、あたしが真希に連絡すればいいだけの話だからっ」
「なっなるほど……」
全く考えていなかったわけではなかったみたいですね。と言ってもほのかさんが提案したとはまだ確定していませんけどね。
まだ出会って間もないですけど、ほのかさんは衝動的に動くことが多く見られます。
きっとこときゃんさんが言いだしたのだと思います。
「そー、そー。もしかしたらってこともあるから私が彼にそう提案したのさ。もちろん、こときゃんの許可を取ってね」
どうやら私が間違っていたみたいですね。
ほのかさん、テンションは高いですし衝動的に動くことが多いんですけど、考え方は結構達観しているんですよね。
だから余計ミステリアスに感じます。掴みどころがありそうでないと言いますか。
明るく振舞っているけど、大きな秘密を抱えているような気がします。
と言ってもあくまで勘ですし、絶対そうだとは言い切れません。
もちろん演じているようには見えませんし、元から性格が明るい方なのでしょう。
ただ何か大きな秘密を隠しているような気がするのです。こればかりは考えても仕方ないですね。
いずれ全部分かるのですから、今は考えるのはやめておきましょう。
「さて、そろそろおまちかねのカットタイムよ~。長さはどれくらいがいい? にしても凄く長いわね~。しばらく切ってなかったんじゃない?」
前にざっくり切ったのは中学校に入学する前の三月。それ以来は美容院に行っても数センチ切ってもらうだけでした。
髪の長さは腰の辺りまであります。久しぶりにざっくりと切るとしましょう。
クラスメイトの方々に失恋した? と心配されなければいいのですが。
それにもしかしたらお母さんにも何か心配させてしまうかもしれません。
……そんなことばかり考えていると、いつまでもイメチェン出来ませんね。
かと言ってショートにまで挑戦する気はないので、背中の半分辺りまで切ってもらうとしましょう。
でもショートカットはいずれ挑戦してみたいですね。かなり印象が変わりますから、これもまた違ったイメチェンになるはずです。
「背中の半分辺りまでお願いします」
「あら結構切るのね~。それで大丈夫かしら」
こくりと首を縦に頷きます。
「分かったわ。あたしに任せといて!」
腕まくりをして鼻息を鳴らすこときゃんさん。
するとほのかさんがこときゃんさんの肩を軽くポンポンと叩きました。
「こときゃん、こときゃん。ちょいと耳を貸しておくれ」
言われた通りに耳を貸すこときゃんさん。何かひそひそ話をしているみたいです。
一体何を話しているのでしょうか。
話はすぐに終わりました。
「なるほどね、良いんじゃないかしらっ」
「よしっ、そうと決まればちょっと買ってくるねっ」
ほのかさんはすぐに駆け出してお店から出て行きました。どうやら何かを買いに行ったみたいですね。
「あの、一体何を買いに行ったのですか」
こときゃんさんは微笑を浮かべました。
「秘密よ。すぐに分かるわ」
こときゃんさんはテキパキと作業をこなして行きました。途中で別の従業員に替わりました。
でもその方も丁寧にこなしつつ、かつスピーディーでした。流石の腕前です。
流れるように作業がどんどん進んで行きます。
すぐに髪は切り終わり、次はいよいよカラーです。さて一体何色にしましょうか。
そもそもどんなことをして染めるのか、何も分かりません。未知の領域です。
「さて、次はおまちかねのカラーの時間だけど何色が良いとかリクエストがあるかしら? あるなら聞くわよっ」
「リクエスト……です……か」
全く何も考えていませんし、思いつきません。そもそもカラーのことは急に今日決まったことです。
だから事前に考えているわけもなく、今に至るのです。
強いて言うならあまり派手な色は避けたいといったくらいです。
「ちなみに真希のヘアカラーはミルクティーベージュよ。あの色、結構可愛いでしょ~」
ミルクティーベージュ……。かろうじて知っている言葉の語列なのでどうにか理解は出来ました。
ですがもはや呪文のように聞こえます。
「とりあえず、初めてだから茶髪にしてみるのはどうかしら?」
しばらく鏡を見たまま静止していたから気を使ってくれたのでしょう。
でも良い案かもしれません。茶髪ならそこまで派手にならないはずですし、学校でも茶髪の方はたくさん居るので目立つことはないはずです。
今回は茶髪に染めてもらうことにしましょう。
「そうですね。それでお願いします」
「分かったわ。明るさはこれくらいがいいとかリクエストはあるかしら」
「こげ茶で!」
茶髪と決まった瞬間にこの色にしようと決めていました。何故なら茶髪の中で一番暗い色で初めてのカラーにぴったりだと思ったからです。
本当はもっと明るい色に挑戦したいのですが、今でも心臓がバクバクしていてそんなことは出来なさそうです。
したら心臓が止まってしまいそうな気がします。
「なるほどね、無難な色で初めてカラーに挑戦する雪ちゃんにぴったりだと思うわ~。OK。じゃあ取り掛かるわね~」
店の奥の方へこときゃんさんは消えて行きました。ということで今は一人です。
ほかの従業員さんも奥の方に居ます。きっと休憩しているのでしょう。
散髪が始まって三十分ほど。まだほのかさんが帰ってくる気配はありません。
一体どこに行って、何をしに行ったのでしょうか。
時間は流れ、髪の毛が染め終わりました。
時刻は十一時を少し過ぎていました。鏡に映る自分はまるで別人のようでした。
今まで髪が黒色だったと言うのもありますけど、自分の顔が明るく見えました。
「……髪色を変えるだけで、こんなにも違って見えるんですね……!」
「そうでしょう? ちょっとしたことで大きく変わるものなのよ~。しかもそれだけじゃなくて」
手に持っていたゴムで私の髪型を束ねていきます。
あっという間に別の髪型になっていました。
「ほらね、可愛いじゃな~い! 似合ってるわよっ」
「こっこれは……」
それはツインテールでした。鏡の中の私はツインテールをしていました。
似合っている、似合わないを考える以前に一気に恥ずかしくなりました。
私の中ではツインテールは幼い子、もしくは自分に自信がある子や誰がどう見ても可愛い子がするというイメージがあります。
だから私なんかがしてはいけない。そう考えしまうのです。
「いっ……あっ……べっ……別の髪型に変えてもらってもいい……ですか」
してもらって申しわけないですけど、今の私にはまだ早すぎる気がします。
現に恥ずかしすぎて、鏡を直視できていませんから。
「大丈夫よ、そろそろ帰ってくるはずだから」
ほのかさんが帰ってきたら私の意見が変わると思っているのでしょうか。この反応を見ていますし、多分そうではないはずです。
じゃあもっと違うような予想外の何か……でしょうか。
そんなことを考えていますと。
「やっほ~! 帰ってきたぜぃっ」
カランカランと音が鳴ると同時に、勢いよく扉が開きました。
ご機嫌な様子のほのかさんが帰って来ました。
「あら、結構遅かったわね、真希。おかえりなさい」
「こときゃん、ただいま~」
一目、私を見るほのかさん。すぐに様子を変え、私の元まで一目散に駆けつけて来ました。
「え、雪ちゃん、超可愛くない?! むっちゃ似合ってる~!」
想像以上のベタ褒めです。こんなに褒められると、さっきとは違う意味で照れてしまいます。
「あっ、ありがとう……ございます。でもちょっと……いいえ、かなり……恥ずかしくて……」
「ははーん、私の目論見通りだったってわけね」
ほのかさんは得意げに笑って自分の胸をポンと叩きました。
「まっかせといて! 私とこときゃんで雪ちゃんに魔法をかけてあげるからっ。とりあえず目を瞑ってくれない?」
「あっ、はい、分かりました」
すぐに言われた通りにします。もちろん、まっすぐ前を見た状態で。
ガサゴソと何か、ものを取り出すような音が聞こえました。
「じゃーん! 良いのがあったから買って来たよ~ん」
「あら! 良いじゃな~い。センス良いわねっ。とりあえずこれにしましょうか」
取り出すときの音とこときゃんさんの発言を聞いている限りでは。
どうやらいっぱい買ってきたみたいですね。
「あ、私もこの色が良いかな~って思ってたんだぁ。色んな色があるけど、これが一番雪ちゃんにベストかな~って思って」
「そうねぇ。あたしも真希と同意見よ。ほかの色の方が雪ちゃんっぽいかもしれないけど、なんかこれがピンと来るのよねぇ」
同じものの色違いを大量に買った、といったところでしょうか。
「分かる~。私も一緒!」
「とりあえずこれをつけましょうか。雪ちゃん、ちょっと失礼するわね」
ゴムを外された感覚がしました。同時に一気に気持ちが楽になりました。
あぁ、今は普通の髪型だ、何の変哲もないロングだ、って。
またすぐに何かゴムとは違う感覚のものが髪が束ねられていくのを感じました。ゴムのように丸くはなく、サラサラとしています。
「よし、できたわよっ。目を開けてちょうだいっ」
深呼吸をゆっくりとします。また緊張しているからです。
それを終えると私は恐る恐る目を開けました。
「……えっ」
そこには先ほどと同じツインテールをした私が映っていました。
でも少し違う点があります。
それはリボンです。ツインテールの左右の結び目に、少し長めの無地の赤色のリボンが垂れていました。
たったそれだけ違うだけです。でも全然恥ずかしくありませんでした。
それどころか鏡の私に少し見惚れてしまいました。
とても可愛いのです。リボンがアクセントになっていて、少し大人らしさも出ています。
しかもリボンが無地なのもポイントです。
派手ではなく、シンプルなのが私にぴったりです。
もしこれが少しでも模様があるものだったとしたら。
さっきよりか恥ずかしさは減っていただろうけど、鏡を直視することができなかったはずです。
これなら今までの私のイメージを壊すこともなく、髪型のイメチェンにも成功しています。
「その様子だとどうやら気に入ったみたいねっ。良かったわ」
「あたぼうよ! この私が考えに考え抜いて選んだんだからねっ」
「はいっ! 御二方ともありがとうございますっ!」
椅子から降りてきちんとお辞儀をしました。
「ふふふっ、こちらこそ新たなあなたの第一歩が手伝えて嬉しいわ」
「私も! 変わりたいと思う雪ちゃんのお手伝いが出来て凄く嬉しいっ」
喜んでいるとあることに気付きました。ほのかさんと私の髪型が被っているのです。
「私とほのかさん……髪型、被ってます……ね」
「ん? あぁ、本当だねぇ。まぁ良いっしょ。お揃いだべ~」
私はしばらくこの髪型が固定になるでしょう。となるとビジネス的にはあまりよくありません。
双子ファッションという言葉もありますけど、やはり二人とも違う髪型のほうが認識しやすいと私は思います。
それにほのかさんはツインテールがお気に入りですし、私は諦めるとしましょう。
少し、いいえかなり気に入っていたので残念ですが仕方ありません。
「髪型を変えたらいいんだよね?」
言い終える前にほのかさんは髪を解きました。
「えっ、でも……ツインテールはほのかさんのアイデンティティじゃないんですか?」
「うーん、まぁそうかもだけど、だからってそれをし続けることによって、雪ちゃんの大いなる一歩を邪魔しちゃうのなら。私は別の髪型にするよ~。ちょうど気になっていた髪型があったし」
こときゃんさんからゴムを貰い、後ろを向いて鏡を見ながら髪を括っていきます。
あっという間に別の髪型になっていました。
正面からの見た目はパッと見た感じは普通のロングヘアなのですが、よく見てみると違います。
頭の上に小さなお団子のようなものが見え隠れしていました。
後ろを振り向くと、頭頂部でハーフアップにしていました。
「これなら問題ないでしょ?」
私に向かってVサインをするほのかさん。確かに問題は解決しました。
「でも……」
とても申し訳なく感じます。
自分が変えたらそれで済んだ話を人様の手を煩わせてしまったのですから。
「じゃあさ、一時的に交換ってことにしない?」
「交換?」
こときゃんさんも私と同じように疑問に思ったみたいです。
「そ、まぁ雪ちゃんはこの髪型をずっとしていたわけじゃないし、ワンチャン一回もしたことないかもだから交換とはちょっと違うかもだけどね」
「ちなみにどういった内容でしょうか」
「ん? 超簡単よ~。私はこの髪型、雪ちゃんはしばらくその髪型がスタンダードになるの。もちろん、絶対にそれ以外しちゃダメってわけじゃないよ! 時々ならお互いのしている髪型にしても、ほかの髪型にしても大丈夫!」
なるほど、それなら何も問題はありませんね。交換という名目ならほのかさんが髪型を変えても、変ではありません。
何より私が感じている罪悪感がかなり薄くなりました。
ただ一つ気になることがあります。今のうちに聞いておきましょう。
「ちなみに一時的と言っていましたけど、それはいつまででしょうか」
「それはね~!」
ほのかさんはウインクをしました。
「雪ちゃんの夢が見つかるまで!」
色々と内容が濃すぎません?
突っ込みどころが多すぎます。
サラッと話していましたけど銀行強盗が起きかけていましたし、お二人の好みが想像以上に合っていましたし、情報量が多すぎです。
何より一つ気になることがあります。ここは素直に聞くことにしましょう。
「少し気になったのですが、その青年の名前を聞いたのですか」
その辺りの話をしていなかったのでどうしたのかなんとなく分かりますが、理由が気になります。
「あぁ、名前ね。聞いてないの~」
やっぱり、そんな気がしていました。
「それは何か理由があってですか? それとも単純に聞き忘れただけですか」
「理由ね~。また次会った時に聞きたかったから、かな~。なんか根拠とか理由は何もないけど何故かまた会える気がしていたし。ちなみにもし会えなくても、もし会いたかったらこときゃんのヘアサロンに来てって言ったし。抜かりないぜよ!」
両手を腰に当ててどや顔をするほのかさん。
「もしもしばらく経って会えなかったとしても、これなら大丈夫だからね。万が一そこに来て会えなくても、あたしが真希に連絡すればいいだけの話だからっ」
「なっなるほど……」
全く考えていなかったわけではなかったみたいですね。と言ってもほのかさんが提案したとはまだ確定していませんけどね。
まだ出会って間もないですけど、ほのかさんは衝動的に動くことが多く見られます。
きっとこときゃんさんが言いだしたのだと思います。
「そー、そー。もしかしたらってこともあるから私が彼にそう提案したのさ。もちろん、こときゃんの許可を取ってね」
どうやら私が間違っていたみたいですね。
ほのかさん、テンションは高いですし衝動的に動くことが多いんですけど、考え方は結構達観しているんですよね。
だから余計ミステリアスに感じます。掴みどころがありそうでないと言いますか。
明るく振舞っているけど、大きな秘密を抱えているような気がします。
と言ってもあくまで勘ですし、絶対そうだとは言い切れません。
もちろん演じているようには見えませんし、元から性格が明るい方なのでしょう。
ただ何か大きな秘密を隠しているような気がするのです。こればかりは考えても仕方ないですね。
いずれ全部分かるのですから、今は考えるのはやめておきましょう。
「さて、そろそろおまちかねのカットタイムよ~。長さはどれくらいがいい? にしても凄く長いわね~。しばらく切ってなかったんじゃない?」
前にざっくり切ったのは中学校に入学する前の三月。それ以来は美容院に行っても数センチ切ってもらうだけでした。
髪の長さは腰の辺りまであります。久しぶりにざっくりと切るとしましょう。
クラスメイトの方々に失恋した? と心配されなければいいのですが。
それにもしかしたらお母さんにも何か心配させてしまうかもしれません。
……そんなことばかり考えていると、いつまでもイメチェン出来ませんね。
かと言ってショートにまで挑戦する気はないので、背中の半分辺りまで切ってもらうとしましょう。
でもショートカットはいずれ挑戦してみたいですね。かなり印象が変わりますから、これもまた違ったイメチェンになるはずです。
「背中の半分辺りまでお願いします」
「あら結構切るのね~。それで大丈夫かしら」
こくりと首を縦に頷きます。
「分かったわ。あたしに任せといて!」
腕まくりをして鼻息を鳴らすこときゃんさん。
するとほのかさんがこときゃんさんの肩を軽くポンポンと叩きました。
「こときゃん、こときゃん。ちょいと耳を貸しておくれ」
言われた通りに耳を貸すこときゃんさん。何かひそひそ話をしているみたいです。
一体何を話しているのでしょうか。
話はすぐに終わりました。
「なるほどね、良いんじゃないかしらっ」
「よしっ、そうと決まればちょっと買ってくるねっ」
ほのかさんはすぐに駆け出してお店から出て行きました。どうやら何かを買いに行ったみたいですね。
「あの、一体何を買いに行ったのですか」
こときゃんさんは微笑を浮かべました。
「秘密よ。すぐに分かるわ」
こときゃんさんはテキパキと作業をこなして行きました。途中で別の従業員に替わりました。
でもその方も丁寧にこなしつつ、かつスピーディーでした。流石の腕前です。
流れるように作業がどんどん進んで行きます。
すぐに髪は切り終わり、次はいよいよカラーです。さて一体何色にしましょうか。
そもそもどんなことをして染めるのか、何も分かりません。未知の領域です。
「さて、次はおまちかねのカラーの時間だけど何色が良いとかリクエストがあるかしら? あるなら聞くわよっ」
「リクエスト……です……か」
全く何も考えていませんし、思いつきません。そもそもカラーのことは急に今日決まったことです。
だから事前に考えているわけもなく、今に至るのです。
強いて言うならあまり派手な色は避けたいといったくらいです。
「ちなみに真希のヘアカラーはミルクティーベージュよ。あの色、結構可愛いでしょ~」
ミルクティーベージュ……。かろうじて知っている言葉の語列なのでどうにか理解は出来ました。
ですがもはや呪文のように聞こえます。
「とりあえず、初めてだから茶髪にしてみるのはどうかしら?」
しばらく鏡を見たまま静止していたから気を使ってくれたのでしょう。
でも良い案かもしれません。茶髪ならそこまで派手にならないはずですし、学校でも茶髪の方はたくさん居るので目立つことはないはずです。
今回は茶髪に染めてもらうことにしましょう。
「そうですね。それでお願いします」
「分かったわ。明るさはこれくらいがいいとかリクエストはあるかしら」
「こげ茶で!」
茶髪と決まった瞬間にこの色にしようと決めていました。何故なら茶髪の中で一番暗い色で初めてのカラーにぴったりだと思ったからです。
本当はもっと明るい色に挑戦したいのですが、今でも心臓がバクバクしていてそんなことは出来なさそうです。
したら心臓が止まってしまいそうな気がします。
「なるほどね、無難な色で初めてカラーに挑戦する雪ちゃんにぴったりだと思うわ~。OK。じゃあ取り掛かるわね~」
店の奥の方へこときゃんさんは消えて行きました。ということで今は一人です。
ほかの従業員さんも奥の方に居ます。きっと休憩しているのでしょう。
散髪が始まって三十分ほど。まだほのかさんが帰ってくる気配はありません。
一体どこに行って、何をしに行ったのでしょうか。
時間は流れ、髪の毛が染め終わりました。
時刻は十一時を少し過ぎていました。鏡に映る自分はまるで別人のようでした。
今まで髪が黒色だったと言うのもありますけど、自分の顔が明るく見えました。
「……髪色を変えるだけで、こんなにも違って見えるんですね……!」
「そうでしょう? ちょっとしたことで大きく変わるものなのよ~。しかもそれだけじゃなくて」
手に持っていたゴムで私の髪型を束ねていきます。
あっという間に別の髪型になっていました。
「ほらね、可愛いじゃな~い! 似合ってるわよっ」
「こっこれは……」
それはツインテールでした。鏡の中の私はツインテールをしていました。
似合っている、似合わないを考える以前に一気に恥ずかしくなりました。
私の中ではツインテールは幼い子、もしくは自分に自信がある子や誰がどう見ても可愛い子がするというイメージがあります。
だから私なんかがしてはいけない。そう考えしまうのです。
「いっ……あっ……べっ……別の髪型に変えてもらってもいい……ですか」
してもらって申しわけないですけど、今の私にはまだ早すぎる気がします。
現に恥ずかしすぎて、鏡を直視できていませんから。
「大丈夫よ、そろそろ帰ってくるはずだから」
ほのかさんが帰ってきたら私の意見が変わると思っているのでしょうか。この反応を見ていますし、多分そうではないはずです。
じゃあもっと違うような予想外の何か……でしょうか。
そんなことを考えていますと。
「やっほ~! 帰ってきたぜぃっ」
カランカランと音が鳴ると同時に、勢いよく扉が開きました。
ご機嫌な様子のほのかさんが帰って来ました。
「あら、結構遅かったわね、真希。おかえりなさい」
「こときゃん、ただいま~」
一目、私を見るほのかさん。すぐに様子を変え、私の元まで一目散に駆けつけて来ました。
「え、雪ちゃん、超可愛くない?! むっちゃ似合ってる~!」
想像以上のベタ褒めです。こんなに褒められると、さっきとは違う意味で照れてしまいます。
「あっ、ありがとう……ございます。でもちょっと……いいえ、かなり……恥ずかしくて……」
「ははーん、私の目論見通りだったってわけね」
ほのかさんは得意げに笑って自分の胸をポンと叩きました。
「まっかせといて! 私とこときゃんで雪ちゃんに魔法をかけてあげるからっ。とりあえず目を瞑ってくれない?」
「あっ、はい、分かりました」
すぐに言われた通りにします。もちろん、まっすぐ前を見た状態で。
ガサゴソと何か、ものを取り出すような音が聞こえました。
「じゃーん! 良いのがあったから買って来たよ~ん」
「あら! 良いじゃな~い。センス良いわねっ。とりあえずこれにしましょうか」
取り出すときの音とこときゃんさんの発言を聞いている限りでは。
どうやらいっぱい買ってきたみたいですね。
「あ、私もこの色が良いかな~って思ってたんだぁ。色んな色があるけど、これが一番雪ちゃんにベストかな~って思って」
「そうねぇ。あたしも真希と同意見よ。ほかの色の方が雪ちゃんっぽいかもしれないけど、なんかこれがピンと来るのよねぇ」
同じものの色違いを大量に買った、といったところでしょうか。
「分かる~。私も一緒!」
「とりあえずこれをつけましょうか。雪ちゃん、ちょっと失礼するわね」
ゴムを外された感覚がしました。同時に一気に気持ちが楽になりました。
あぁ、今は普通の髪型だ、何の変哲もないロングだ、って。
またすぐに何かゴムとは違う感覚のものが髪が束ねられていくのを感じました。ゴムのように丸くはなく、サラサラとしています。
「よし、できたわよっ。目を開けてちょうだいっ」
深呼吸をゆっくりとします。また緊張しているからです。
それを終えると私は恐る恐る目を開けました。
「……えっ」
そこには先ほどと同じツインテールをした私が映っていました。
でも少し違う点があります。
それはリボンです。ツインテールの左右の結び目に、少し長めの無地の赤色のリボンが垂れていました。
たったそれだけ違うだけです。でも全然恥ずかしくありませんでした。
それどころか鏡の私に少し見惚れてしまいました。
とても可愛いのです。リボンがアクセントになっていて、少し大人らしさも出ています。
しかもリボンが無地なのもポイントです。
派手ではなく、シンプルなのが私にぴったりです。
もしこれが少しでも模様があるものだったとしたら。
さっきよりか恥ずかしさは減っていただろうけど、鏡を直視することができなかったはずです。
これなら今までの私のイメージを壊すこともなく、髪型のイメチェンにも成功しています。
「その様子だとどうやら気に入ったみたいねっ。良かったわ」
「あたぼうよ! この私が考えに考え抜いて選んだんだからねっ」
「はいっ! 御二方ともありがとうございますっ!」
椅子から降りてきちんとお辞儀をしました。
「ふふふっ、こちらこそ新たなあなたの第一歩が手伝えて嬉しいわ」
「私も! 変わりたいと思う雪ちゃんのお手伝いが出来て凄く嬉しいっ」
喜んでいるとあることに気付きました。ほのかさんと私の髪型が被っているのです。
「私とほのかさん……髪型、被ってます……ね」
「ん? あぁ、本当だねぇ。まぁ良いっしょ。お揃いだべ~」
私はしばらくこの髪型が固定になるでしょう。となるとビジネス的にはあまりよくありません。
双子ファッションという言葉もありますけど、やはり二人とも違う髪型のほうが認識しやすいと私は思います。
それにほのかさんはツインテールがお気に入りですし、私は諦めるとしましょう。
少し、いいえかなり気に入っていたので残念ですが仕方ありません。
「髪型を変えたらいいんだよね?」
言い終える前にほのかさんは髪を解きました。
「えっ、でも……ツインテールはほのかさんのアイデンティティじゃないんですか?」
「うーん、まぁそうかもだけど、だからってそれをし続けることによって、雪ちゃんの大いなる一歩を邪魔しちゃうのなら。私は別の髪型にするよ~。ちょうど気になっていた髪型があったし」
こときゃんさんからゴムを貰い、後ろを向いて鏡を見ながら髪を括っていきます。
あっという間に別の髪型になっていました。
正面からの見た目はパッと見た感じは普通のロングヘアなのですが、よく見てみると違います。
頭の上に小さなお団子のようなものが見え隠れしていました。
後ろを振り向くと、頭頂部でハーフアップにしていました。
「これなら問題ないでしょ?」
私に向かってVサインをするほのかさん。確かに問題は解決しました。
「でも……」
とても申し訳なく感じます。
自分が変えたらそれで済んだ話を人様の手を煩わせてしまったのですから。
「じゃあさ、一時的に交換ってことにしない?」
「交換?」
こときゃんさんも私と同じように疑問に思ったみたいです。
「そ、まぁ雪ちゃんはこの髪型をずっとしていたわけじゃないし、ワンチャン一回もしたことないかもだから交換とはちょっと違うかもだけどね」
「ちなみにどういった内容でしょうか」
「ん? 超簡単よ~。私はこの髪型、雪ちゃんはしばらくその髪型がスタンダードになるの。もちろん、絶対にそれ以外しちゃダメってわけじゃないよ! 時々ならお互いのしている髪型にしても、ほかの髪型にしても大丈夫!」
なるほど、それなら何も問題はありませんね。交換という名目ならほのかさんが髪型を変えても、変ではありません。
何より私が感じている罪悪感がかなり薄くなりました。
ただ一つ気になることがあります。今のうちに聞いておきましょう。
「ちなみに一時的と言っていましたけど、それはいつまででしょうか」
「それはね~!」
ほのかさんはウインクをしました。
「雪ちゃんの夢が見つかるまで!」
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