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1 甘夏畑を抜けた先に
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街中を歩いていると、道路の至る所に設置されてある、今月末に開催予定の花火大会ののぼり旗が目に飛び込んでくる。
どうやらここから近くの海辺が開催場所のようだ。
そうか、いよいよ始まるのか――。
青年は自身の少年時代に思いを馳せる。
住宅街を数分程歩き進めると、フェンスに囲まれた、そう広くない甘夏畑が左右に広がってきた。
鼻の奥をくすぐる、甘夏の皮が放つ苦く酸味のある香気。背丈の高い甘夏の木々に覆い被され、広い影を落とすその中央の道をまっすぐ進むと、とある一戸建て住宅が正面に現れる。
青年は玄関口へと足を運ぶ。
玄関付近には、多彩な花を灯すプランターが、所狭しに並んでいる。
インターホンの呼び鈴を一度だけ押す。
「はーい」
すると、インターホン越しに家主であろう女性の返事が聞こえてきた。
「すみません、こちらへ落とし物を届けにきたのですが……」
青年が言葉を返すと、程なくして引き戸の扉が開き中から現れたのは、恐らく五十代半ばに見える、少し瘦せ型の女性であった。
「落とし物? 何かしら」
女性は玄関の外に佇む青年に声を掛ける。
「これ、免許証を近くで拾って。こちらの住所だったので、もし探していたらと思いまして」
青年は先程ポケットにしまった免許証を取り出し、目の前にいる写真の本人へと手渡した。
「やだ、私ったら落としていたのね。危ない、気付かなかったわ。どうもありがとう」
「いえ、たまたま拾っただけなので」
青年の爽やかな笑顔に、女性もつられて顔を綻ばせる。
「拾ってくれたのが貴女で良かった。お礼をしたいわ。今ね、美味しい甘夏が沢山なっているの。ちょっとここで待っていて頂戴」
「いえ! お礼は結構ですよ!」
青年の声が届く前に、女性は家の中へと消えていった。
青年はそんな彼女をせっかちだなと思いながらも、玄関から覗く家の中の風景をひとり遠い目で眺めて待つ。
その瞳は少しだけ寂しげな、それでいてどこか温かな感情を帯びている。
「――きゃっ!」
突如、家の奥から先程の女性の叫び声と、何かしらの落下音が飛び込んできた。
衝撃音に、青年はハッと意識を戻す。
彼女が怪我をしたのではないかと、もしもの想像が脳内を過り、勝手に上がり込むことは失礼だと理解しながらも急ぎ声の発生元へと向かう。
「大丈夫ですか!?」
今しがたの物音は、どうやらこの家の台所から発生したようだ。
そこには床に座り込む女性の姿と、高い位置で開きっぱなしの戸棚の扉、そして床にはいくつかの甘夏と木製の大きな受け皿が転がっていた。
「いたたた……」
女性は座ったまま腰を擦る。
「驚かせちゃってごめんなさい。やーね、上からお皿ごと甘夏を取ろうと思ったら、予想以上に数が多くて……。支えきれなくなって頭から被ってしまったわ」
青年は女性の傍へ駆け寄ると、そのまま彼女の肩を支え、ゆっくりと立ち上がらせた。
「怪我はないですか?」
「大丈夫よ、何から何まで、恥ずかしいわ」
恥ずかしそうに女性は頬を赤らめる。
青年はそんな彼女の様子に安堵すると同時に、思わず笑いを零してしまった。
「折角だから、うちで食べていって頂戴。これじゃなくて、冷蔵庫で冷やしてあるものを剥くから」
女性は床中に転がる甘夏をひとつずつ拾い上げ、傍らにある棚の上に載せていく。
「それなら、少しだけご馳走になっていこうかな」
青年は言われるが儘に居間へと案内され、テーブルの椅子へ腰を下ろした。
どうやらここから近くの海辺が開催場所のようだ。
そうか、いよいよ始まるのか――。
青年は自身の少年時代に思いを馳せる。
住宅街を数分程歩き進めると、フェンスに囲まれた、そう広くない甘夏畑が左右に広がってきた。
鼻の奥をくすぐる、甘夏の皮が放つ苦く酸味のある香気。背丈の高い甘夏の木々に覆い被され、広い影を落とすその中央の道をまっすぐ進むと、とある一戸建て住宅が正面に現れる。
青年は玄関口へと足を運ぶ。
玄関付近には、多彩な花を灯すプランターが、所狭しに並んでいる。
インターホンの呼び鈴を一度だけ押す。
「はーい」
すると、インターホン越しに家主であろう女性の返事が聞こえてきた。
「すみません、こちらへ落とし物を届けにきたのですが……」
青年が言葉を返すと、程なくして引き戸の扉が開き中から現れたのは、恐らく五十代半ばに見える、少し瘦せ型の女性であった。
「落とし物? 何かしら」
女性は玄関の外に佇む青年に声を掛ける。
「これ、免許証を近くで拾って。こちらの住所だったので、もし探していたらと思いまして」
青年は先程ポケットにしまった免許証を取り出し、目の前にいる写真の本人へと手渡した。
「やだ、私ったら落としていたのね。危ない、気付かなかったわ。どうもありがとう」
「いえ、たまたま拾っただけなので」
青年の爽やかな笑顔に、女性もつられて顔を綻ばせる。
「拾ってくれたのが貴女で良かった。お礼をしたいわ。今ね、美味しい甘夏が沢山なっているの。ちょっとここで待っていて頂戴」
「いえ! お礼は結構ですよ!」
青年の声が届く前に、女性は家の中へと消えていった。
青年はそんな彼女をせっかちだなと思いながらも、玄関から覗く家の中の風景をひとり遠い目で眺めて待つ。
その瞳は少しだけ寂しげな、それでいてどこか温かな感情を帯びている。
「――きゃっ!」
突如、家の奥から先程の女性の叫び声と、何かしらの落下音が飛び込んできた。
衝撃音に、青年はハッと意識を戻す。
彼女が怪我をしたのではないかと、もしもの想像が脳内を過り、勝手に上がり込むことは失礼だと理解しながらも急ぎ声の発生元へと向かう。
「大丈夫ですか!?」
今しがたの物音は、どうやらこの家の台所から発生したようだ。
そこには床に座り込む女性の姿と、高い位置で開きっぱなしの戸棚の扉、そして床にはいくつかの甘夏と木製の大きな受け皿が転がっていた。
「いたたた……」
女性は座ったまま腰を擦る。
「驚かせちゃってごめんなさい。やーね、上からお皿ごと甘夏を取ろうと思ったら、予想以上に数が多くて……。支えきれなくなって頭から被ってしまったわ」
青年は女性の傍へ駆け寄ると、そのまま彼女の肩を支え、ゆっくりと立ち上がらせた。
「怪我はないですか?」
「大丈夫よ、何から何まで、恥ずかしいわ」
恥ずかしそうに女性は頬を赤らめる。
青年はそんな彼女の様子に安堵すると同時に、思わず笑いを零してしまった。
「折角だから、うちで食べていって頂戴。これじゃなくて、冷蔵庫で冷やしてあるものを剥くから」
女性は床中に転がる甘夏をひとつずつ拾い上げ、傍らにある棚の上に載せていく。
「それなら、少しだけご馳走になっていこうかな」
青年は言われるが儘に居間へと案内され、テーブルの椅子へ腰を下ろした。
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