青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP4 闇に溶ける懺悔5 動き出した世界

我が家

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 暫く、ちょっとした、けれど俺達にとっては長い長い空白の期間を埋めるように抱きしめ合う。
 互いの匂いを嗅いで、笑って、名残惜しくも身体を離す。
 
「ラテア、お腹すいてない?用意しておくから先にお風呂入ってきていいよ。今日は奮発してお湯も張っちゃおう」

「お前も疲れてるんじゃ」

「いいからいいから。代わりにお風呂沸かしてきて?」

 夏輝はいつも通りで、やっぱりどこまでも優しい。
 あいつだって疲れているはずなのに、まだ世話を焼こうとしていた。
 でも、こういう時はちゃんと素直に甘えたほうが夏輝にとってもいいっていうのは何となくわかってきていた。

「わかった」

 俺は頷き、二人分の着替えを用意して、風呂を沸かした。
 初めてこの家に来た時の事を思い出す。

(数年ぶりにあったかいシャワーを浴びて、お腹いっぱい飯を食べて……でも、その時は誰の事も信じられなかったな。今とえらい違いだ)

 昔の俺なら絶対に、一切の迷いなくエデンに帰っていただろう。
 今は違う。この選択に後悔はなかった。
 夏輝や皆と、まだ一緒にいたかったんだ。あいつをこの冷たい戦場に残していきたくなかったんだ。
 傷ついてほしくない。笑っていて欲しい。
 きっと、それは難しいことだ。だからこそ、傍にいて、少しでも夏輝がいい方向に進めればいいと思う。
 それに、地球人の一生は短い。夏輝や瑞雪はあっという間に老いていく。それに比べ狐族の寿命は三百年。一緒にいて余りある。
 ドワーフ族だってそうだ。五百年はある。だから、いつ帰ったって大丈夫なはずだ。
 風呂につかり、そんなことを考える。
 親父や村の皆には心配かけるけど、元来ポジティブで豪胆なのがドワーフ族だしな。
 肩までつかって、ゆっくり温まってから出る。

「座ってて、今ご飯並べるから」

「俺も手伝うぜ。風呂入ってかなーりさっぱりしたし。夏輝も食べたら入って来いよ」

「うん、そうするよ」
 
 いつもの日常。夏輝の作った飯は相変わらずうまそうだ。
 たまごサンド。夏輝にもらった初めての食べ物。ふわふわの厚焼き玉子が挟んである、俺の一番の好物。

「ココアもな!」

「うんうん」

 夏輝が笑う。俺もつられて笑う。幸せだ。
 台所からふわりと塗られたバターの匂いが香ってきて、腹が思いっきり音を立てて鳴る。
 こういう時、獣人の優れた嗅覚は余計に自分自身を追いつめる羽目になってしまうんだよな。
 恥ずかしいけど仕方ないだろ?さっきまでそこまででもなかったのに、一気に腹が減って仕方がない。
 さっさと並べ、席につく。
 
「「いただきます」」

 二人で手を合わせ、食べ始める。慣れ親しんだ味に、舌が喜ぶ。

「たくさん作ったから好きなだけ食べてね」

「ん、んぐ、夏輝もな」

「そういえばさっきノアに電話したんだ。ノアもこの間の戦いに巻き込んじゃって……あ、怪我とかはないからね!」

「よかった……結界張ったんじゃないのか?」

「張ったんだけど、甘かったのかな?そういう体質なのかもだけど、結界が効かなくて」

「そういやお前もそうだったよな」

「うん。でもこれは特別な血筋のせいみたいで……八潮さんが言ってた」

「ふぅん。それでノアは?」

「今度ちゃんと説明しなきゃいけなくなっちゃった。記憶の処理をするかとかもあるし……ラテアも一緒に説明に来てくれるよね?」

「仕方ないなあ。いいぜ」

 たくさんの話をした。他にも色々、他愛のないことだとか。
 アレウとロセの家の話とか、瑞雪とトツカの話、ゆっくり食べて、テレビを流しながら話す。
 
(夏輝の手作りサンドイッチ、本当に何日ぶりだろう……もう、食べられないと思っていた)

 話をしながら手を動かせば、あっという間に皿は空っぽになっていた。
 パンくずすら残っていない綺麗な皿。それを見て、腹が膨れて、急に現実感が戻る。

(信じてた。夏輝たちが迎えに来るって。それは嘘じゃない)

(……でも、間に合わなかった可能性だってある。もう、会えなかったとしたら)

 安心したからこそ、日常に戻ってきた実感があったからこそ、今になって急にそんな考えが頭に浮かんできた。

 
 
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