320 / 334
EP4 闇に溶ける懺悔5 動き出した世界
穢れ
しおりを挟む
「やれやれ、今回は本当に堪えたぞ。そもそもあそこまで直接的な妨害をしてくるとはな」
皆が帰り、実働隊以外の職員が出払った後のK県支部。
秋雨と遠呂はそれぞれわざわざ離れたチャーチチェアに腰掛けて談笑というには冷え切った会話を交わしていた。
既に陽はとっぷりと暮れているが、地下の聖堂からは外の喧騒は聞こえないし見えやしない。
秋雨は朝からずっと、指示を出す時以外は聖堂で待機していた。
あるものはきっと、そんな秋雨のことを何をしているんだと憤慨しただろう。あるいは、侮蔑もしただろう。
しかし、秋雨はこの場から動いてはならない理由があった。
「とはいえ、ここに変化は幸いにもありませんでした。てっきりここにあなたのおっしゃっていた人魚が来ることも危惧していましたが……それもありませんでしたし」
秋雨の手にはびっしりと言葉が書き込まれた札が一枚。遠呂のものだった。
「あいつらにとっては下準備ってところなんだろうな」
「そうですね。街も完全には元に戻らないですし、多くの人が穢れを内包したまま海へと還った。勿論、世界中の中でここで起きた出来事は些細なことです。しかし、隠し切れなくなれば世界中が混乱に陥る。エデンのスパイもいたことですし、ね」
眼鏡を外し、こめかみを揉む。
「だが、それを容認した。瑞雪が見逃すことは予想できただろう」
「ええ、勿論。芽を積み続けても、終わりはありませんから。全てを終わらせるためには相手に動いてもらわなければ困ります。たとえ世界が滅びかけても、それでもやらなければならない。最後に日本という国が残り、立て直すことが出来るだけの国民が残ればいい。そこまでしてやっと、私は眠ることができますから」
「瑞雪を殺す方が楽だと思うんだがなあ」
遠呂はぽつりとそう口にする。しかし、その声音には少し前までの嫌悪や憎悪はなかった。
「絆される前に、ですか?」
「……別に殺さなきゃならなくなれば、絆されようがなんだろうがさっさと殺す」
「ふふっ。夏輝君達のおかげですね。瑞雪くんがちゃんと一人の人間であるとわかったのは。彼も悩み、苦しんでいるのです。ただ、忍耐強く自分に価値を見出せないだけの子供なのですよ。確かに、どうしても殺さなければならなくなれば殺すしかない。ですが、それは今ではないし、殺さずに済むに越したことはない。あの子もまた、抗うだけの力を持っているはずです」
「結局お前さんも、人間か」
「お国のためならなんでもしますがね、貴方と同じで」
つらつらと、大きくも小さくもない声が聖堂に響く。
秋雨の声には確かな疲労が滲んでいた。
遠呂とは異なり、ただのヒトなのだからそうだろう。しかし、披露してなお秋雨は言葉を紡ぎ続ける。
「私はただのヒトです。羊飼いとしての才能はありません。ですが、やらなければならない。しばらくすればまた動きがあるでしょう。それまでに……夏輝君達をもっと強くしなければ。任せましたよ、遠呂くん」
「へいへい」
遠呂も秋雨も、同じ目的があった。
時勢が動こうとしている。いつか来るとはわかっていたけれど、それは間近に迫っている。
秋雨はそれに安堵していた。
己が死ぬ前に来てくれたことに。秋雨は遠呂と違って、ただの人間なのだ。短い人間の一生はあっという間に過ぎ去る。
このチャンスを逃せば、次はない。
そんな秋雨の心境を知ってか知らずか、遠呂は傲岸不遜に笑って見せた。
「遠呂智(オロチ)に任せておけばいい、そこはな」
皆が帰り、実働隊以外の職員が出払った後のK県支部。
秋雨と遠呂はそれぞれわざわざ離れたチャーチチェアに腰掛けて談笑というには冷え切った会話を交わしていた。
既に陽はとっぷりと暮れているが、地下の聖堂からは外の喧騒は聞こえないし見えやしない。
秋雨は朝からずっと、指示を出す時以外は聖堂で待機していた。
あるものはきっと、そんな秋雨のことを何をしているんだと憤慨しただろう。あるいは、侮蔑もしただろう。
しかし、秋雨はこの場から動いてはならない理由があった。
「とはいえ、ここに変化は幸いにもありませんでした。てっきりここにあなたのおっしゃっていた人魚が来ることも危惧していましたが……それもありませんでしたし」
秋雨の手にはびっしりと言葉が書き込まれた札が一枚。遠呂のものだった。
「あいつらにとっては下準備ってところなんだろうな」
「そうですね。街も完全には元に戻らないですし、多くの人が穢れを内包したまま海へと還った。勿論、世界中の中でここで起きた出来事は些細なことです。しかし、隠し切れなくなれば世界中が混乱に陥る。エデンのスパイもいたことですし、ね」
眼鏡を外し、こめかみを揉む。
「だが、それを容認した。瑞雪が見逃すことは予想できただろう」
「ええ、勿論。芽を積み続けても、終わりはありませんから。全てを終わらせるためには相手に動いてもらわなければ困ります。たとえ世界が滅びかけても、それでもやらなければならない。最後に日本という国が残り、立て直すことが出来るだけの国民が残ればいい。そこまでしてやっと、私は眠ることができますから」
「瑞雪を殺す方が楽だと思うんだがなあ」
遠呂はぽつりとそう口にする。しかし、その声音には少し前までの嫌悪や憎悪はなかった。
「絆される前に、ですか?」
「……別に殺さなきゃならなくなれば、絆されようがなんだろうがさっさと殺す」
「ふふっ。夏輝君達のおかげですね。瑞雪くんがちゃんと一人の人間であるとわかったのは。彼も悩み、苦しんでいるのです。ただ、忍耐強く自分に価値を見出せないだけの子供なのですよ。確かに、どうしても殺さなければならなくなれば殺すしかない。ですが、それは今ではないし、殺さずに済むに越したことはない。あの子もまた、抗うだけの力を持っているはずです」
「結局お前さんも、人間か」
「お国のためならなんでもしますがね、貴方と同じで」
つらつらと、大きくも小さくもない声が聖堂に響く。
秋雨の声には確かな疲労が滲んでいた。
遠呂とは異なり、ただのヒトなのだからそうだろう。しかし、披露してなお秋雨は言葉を紡ぎ続ける。
「私はただのヒトです。羊飼いとしての才能はありません。ですが、やらなければならない。しばらくすればまた動きがあるでしょう。それまでに……夏輝君達をもっと強くしなければ。任せましたよ、遠呂くん」
「へいへい」
遠呂も秋雨も、同じ目的があった。
時勢が動こうとしている。いつか来るとはわかっていたけれど、それは間近に迫っている。
秋雨はそれに安堵していた。
己が死ぬ前に来てくれたことに。秋雨は遠呂と違って、ただの人間なのだ。短い人間の一生はあっという間に過ぎ去る。
このチャンスを逃せば、次はない。
そんな秋雨の心境を知ってか知らずか、遠呂は傲岸不遜に笑って見せた。
「遠呂智(オロチ)に任せておけばいい、そこはな」
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる