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EP3 復讐の黄金比3 すれ違いと思春期
夏輝の決意
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「まあ、そんな硬くなるなよ。な?普通にしてればいいからさ」
「そ、そそそそんなことは言ってもですねっ!流石にこれはビビると言いますか、ですね」
あの後マンションを出るとアレウが車で行こうと言い出すので何とかそれをやめさせようと夏輝は苦心していた。
ド派手なオープンカーは遠目に見る分にはおお……!と感嘆が漏れるが、実際に乗るなんてとんでもない。
根っからの庶民の夏輝には過ぎた代物なのだ。
「それに、あんな高級車を停めておく場所がないんですよ……!」
「それは確かにな。まあたまには夜の街を散歩しつつ帰るのも悪くないか」
夏輝の必死の説得。
盗難や傷つけられたりしたらと思うと、想像するだけで心臓が止まりそうだ。
冷や汗やら嫌なものがだらだらと出てくる。
「おいおい、どうした?顔色が悪いぜ」
「い、いえ……。そうですよ、たまには散歩しましょうっ!」
「その方が話しやすいかもしれないしな」
黒間市はK県の中でも人口の多い都市部と言って差し支えないだろう。
T都とは比べるべくもないが、オフィス街や高級住宅街、繁華街、アミューズメントパークなど一通り不便のない程度には揃っている。
各国の料理を楽しめる異国街や遊園地、海と山両方に面しているため観光にも事欠かない。
夏輝のアパートがあるのは古くからある住宅街の一角だ。
夜八時を過ぎたこの時間はすでに帰路につくサラリーマンや学生がまばらにいるのを除いて誰もいない。
「あはは……気を使ってもらってすみません」
「これくらいは人生の先輩の勤めってもんよ。まあ役得だしな。お前たちは見ていて面白い」
しみじみと、アレウは目を細めどこか遠くを見ていた。
「……面白い、ですか?」
「ああ。昔を思い出すよ」
それはここではないどこか。
夏輝の全くあずかり知らぬところ。
「アレウさんは八潮さんとは付き合い長そうですけど……どれくらい前から知ってるんですか?」
「あいつの若いころから知ってるよ」
「となると二十年とか三十年前くらい、ですか……確かにすごく長い付き合いだ」
夏輝の言葉にアレウは曖昧にほほ笑む。
「昔の八潮さんってどんな人だったんですか?」
「そうだなあ、今よりもずっと苛烈で、でも真っすぐでイイヤツなのは今も昔も変わらないな。あいつも一人の女のケツを追いかけててさ、そのときは笑ってたなあ。俺もロセと出会ってその時の八潮の気持ちがよくわかった」
切れかけの街灯がじじ、じじ、と耳障りな音を立てる。
アレウが空を見上げ、つられて夏輝も見上げる。
空には黄色と青の月。
煌々と煌めき、夏輝達を優しく照らしてくれる。
「八潮さんが……なんていう人なんですか?」
「朱鷺」
「とき……」
思いだすのはあの白蛇の言葉。
『トキの血』
アレウは何か知っているのだろうか?
隣を歩く男に目を向ける。
「どうした?少年」
「ちょっと……聞きたいことがあって」
少し迷った末に夏輝は聞くことにした。
迷ったのは、八潮の口から聞かなくていいのかどうか迷ったからだ。
「聞きたいこと?」
アレウは歩きながら夏輝に目をやる。
「俺、イースターの時にトキの血って言われたんです。トキの血なら絶体絶命の状況を覆せるって。同一人物かはわからないけど……アレウさんは何か知らないかなって」
「……そうだなあ」
目を細め、懐かしむように月を見るアレウ。
「八潮の口から直接聞いたほうがいいだろうけど、少しなら話せるか。お前の言われた『トキ』と、八潮の大切にしている朱鷺は同一人物だ。朱鷺はな、特別な力を持っていたんだ。お前にもその血が流れているし、八潮はお前を実の子供のように想ってる。お前にはそれが受け継がれているんだ。魔法だって、ラテア君からマナを貰わなくても使えるはずだ。……っと、これ以上は俺の口からは言えないな」
「……」
その口ぶりでは朱鷺はもうなくなっているのだろう。
カフェは二階が八潮の生活スペースになっているが、仏壇はない。
しかし、店の裏には小さな祠があり、八潮はそれを大層大切にしている事を夏輝は知っている。
羊飼いたちのたまり場になっていることもあり、ガラの悪い連中がどうしたって店には来ることがある。
昼間と夜でがらりと姿を変えるのが八潮のカフェだった。
(一回カフェで大乱闘が起きて、その時の八潮さんったら怖かったな)
有無を言わさず猟犬も羊飼いも関係なく外へと放り出し、出禁にしていた。
あの時の八潮は一切の抵抗を許さず、思えば完膚なきまでにボコボコにしていた。
「八潮さんって羊飼いとかじゃないと思ってたんですけど、実はすごく強い?」
「ははは、そうだな。あいつは強いぜ。で、話は戻すが、夏輝君はそれ以外にも俺に相談したいこととかあったんじゃないの?ラテア少年のこととかさ」
これ以上は自分から話せることはないとでもいうように、アレウは話題をやや強引に変えた。
夏輝はそうだった、と単純にそれを受け入れ口を開く。
「大体のいきさつは昨日のカフェでのことでわかってると思うんですけど……。俺、幼馴染の友達に勉強を習うために家に来てもらってて、それでラテアとぎくしゃくしちゃって。いつも俺が学校に行ってる間はラテアに寂しい思いをさせちゃったし、GWくらいはって……。俺もラテアもどっちも悪くないことはわかってるんだけど、うまくいかなくて」
俯き、唇を噛み締める夏輝。
そんな彼に対し、アレウは口元を歪め目を細める。
「ははーん。つまりお互いの落としどころ、妥協点がうまく見つかってないってことだな?」
「アレウさんもロセさんと喧嘩とかってするんですか?」
「偶にな。ただ、たまーにだからこそ喧嘩するときはデカいやつになっちまうんだよ。今のお前たちみたいに」
夏輝よりも一回り大きな大人の手でくしゃくしゃと撫でられる。
かつてのアレウも誰かにそんな風にしてもらったのだろうか?
「ラテア少年は嫌がるけど、夏輝君は素直だなあ」
「誰かに気にかけてもらえるって、すごく幸せなことだと思うんです。……それをしてもらえない人も、世の中にはたくさんいるから」
奏太のことを思い出す。
瑞雪や夏輝が気に掛けるには遅すぎた。既に色々と手遅れだったのだ。
「そうだなあ。そうかもしれないなあ。まあ、あれだ。瑞雪ちゃんだって毎日朝から晩まで勉強しろとは一言も言っていなかったわけだし、一日休んでラテア君と過ごしたらどうだ?遊びに行くとかは狙われている関係上難しいかもしれないけどさ」
「そうですね。それと、あの、もう一つ」
やや遅れて夏輝は言葉を口にする。
気づけばもう家のすぐ近くまでたどり着いていた。
見慣れた景色だったが、アレウという非日常がいる。
そんな非日常にあてられたのかもしれない。
「なんだ?」
「その……俺、ラテアの事が好きで。恋愛的な意味で」
「知ってるぜ」
「!?」
アレウの言葉に夏輝が固まる。
足が止まり、数歩先を行ったアレウが足を止め、振り返る。
「だってすげーわかりやすいし……気づかないやつがいたらびっくりするぜ」
アレウの言葉に夏輝は顔を真っ赤にし、絶句するしかなかった。
「そ、そそそそんなことは言ってもですねっ!流石にこれはビビると言いますか、ですね」
あの後マンションを出るとアレウが車で行こうと言い出すので何とかそれをやめさせようと夏輝は苦心していた。
ド派手なオープンカーは遠目に見る分にはおお……!と感嘆が漏れるが、実際に乗るなんてとんでもない。
根っからの庶民の夏輝には過ぎた代物なのだ。
「それに、あんな高級車を停めておく場所がないんですよ……!」
「それは確かにな。まあたまには夜の街を散歩しつつ帰るのも悪くないか」
夏輝の必死の説得。
盗難や傷つけられたりしたらと思うと、想像するだけで心臓が止まりそうだ。
冷や汗やら嫌なものがだらだらと出てくる。
「おいおい、どうした?顔色が悪いぜ」
「い、いえ……。そうですよ、たまには散歩しましょうっ!」
「その方が話しやすいかもしれないしな」
黒間市はK県の中でも人口の多い都市部と言って差し支えないだろう。
T都とは比べるべくもないが、オフィス街や高級住宅街、繁華街、アミューズメントパークなど一通り不便のない程度には揃っている。
各国の料理を楽しめる異国街や遊園地、海と山両方に面しているため観光にも事欠かない。
夏輝のアパートがあるのは古くからある住宅街の一角だ。
夜八時を過ぎたこの時間はすでに帰路につくサラリーマンや学生がまばらにいるのを除いて誰もいない。
「あはは……気を使ってもらってすみません」
「これくらいは人生の先輩の勤めってもんよ。まあ役得だしな。お前たちは見ていて面白い」
しみじみと、アレウは目を細めどこか遠くを見ていた。
「……面白い、ですか?」
「ああ。昔を思い出すよ」
それはここではないどこか。
夏輝の全くあずかり知らぬところ。
「アレウさんは八潮さんとは付き合い長そうですけど……どれくらい前から知ってるんですか?」
「あいつの若いころから知ってるよ」
「となると二十年とか三十年前くらい、ですか……確かにすごく長い付き合いだ」
夏輝の言葉にアレウは曖昧にほほ笑む。
「昔の八潮さんってどんな人だったんですか?」
「そうだなあ、今よりもずっと苛烈で、でも真っすぐでイイヤツなのは今も昔も変わらないな。あいつも一人の女のケツを追いかけててさ、そのときは笑ってたなあ。俺もロセと出会ってその時の八潮の気持ちがよくわかった」
切れかけの街灯がじじ、じじ、と耳障りな音を立てる。
アレウが空を見上げ、つられて夏輝も見上げる。
空には黄色と青の月。
煌々と煌めき、夏輝達を優しく照らしてくれる。
「八潮さんが……なんていう人なんですか?」
「朱鷺」
「とき……」
思いだすのはあの白蛇の言葉。
『トキの血』
アレウは何か知っているのだろうか?
隣を歩く男に目を向ける。
「どうした?少年」
「ちょっと……聞きたいことがあって」
少し迷った末に夏輝は聞くことにした。
迷ったのは、八潮の口から聞かなくていいのかどうか迷ったからだ。
「聞きたいこと?」
アレウは歩きながら夏輝に目をやる。
「俺、イースターの時にトキの血って言われたんです。トキの血なら絶体絶命の状況を覆せるって。同一人物かはわからないけど……アレウさんは何か知らないかなって」
「……そうだなあ」
目を細め、懐かしむように月を見るアレウ。
「八潮の口から直接聞いたほうがいいだろうけど、少しなら話せるか。お前の言われた『トキ』と、八潮の大切にしている朱鷺は同一人物だ。朱鷺はな、特別な力を持っていたんだ。お前にもその血が流れているし、八潮はお前を実の子供のように想ってる。お前にはそれが受け継がれているんだ。魔法だって、ラテア君からマナを貰わなくても使えるはずだ。……っと、これ以上は俺の口からは言えないな」
「……」
その口ぶりでは朱鷺はもうなくなっているのだろう。
カフェは二階が八潮の生活スペースになっているが、仏壇はない。
しかし、店の裏には小さな祠があり、八潮はそれを大層大切にしている事を夏輝は知っている。
羊飼いたちのたまり場になっていることもあり、ガラの悪い連中がどうしたって店には来ることがある。
昼間と夜でがらりと姿を変えるのが八潮のカフェだった。
(一回カフェで大乱闘が起きて、その時の八潮さんったら怖かったな)
有無を言わさず猟犬も羊飼いも関係なく外へと放り出し、出禁にしていた。
あの時の八潮は一切の抵抗を許さず、思えば完膚なきまでにボコボコにしていた。
「八潮さんって羊飼いとかじゃないと思ってたんですけど、実はすごく強い?」
「ははは、そうだな。あいつは強いぜ。で、話は戻すが、夏輝君はそれ以外にも俺に相談したいこととかあったんじゃないの?ラテア少年のこととかさ」
これ以上は自分から話せることはないとでもいうように、アレウは話題をやや強引に変えた。
夏輝はそうだった、と単純にそれを受け入れ口を開く。
「大体のいきさつは昨日のカフェでのことでわかってると思うんですけど……。俺、幼馴染の友達に勉強を習うために家に来てもらってて、それでラテアとぎくしゃくしちゃって。いつも俺が学校に行ってる間はラテアに寂しい思いをさせちゃったし、GWくらいはって……。俺もラテアもどっちも悪くないことはわかってるんだけど、うまくいかなくて」
俯き、唇を噛み締める夏輝。
そんな彼に対し、アレウは口元を歪め目を細める。
「ははーん。つまりお互いの落としどころ、妥協点がうまく見つかってないってことだな?」
「アレウさんもロセさんと喧嘩とかってするんですか?」
「偶にな。ただ、たまーにだからこそ喧嘩するときはデカいやつになっちまうんだよ。今のお前たちみたいに」
夏輝よりも一回り大きな大人の手でくしゃくしゃと撫でられる。
かつてのアレウも誰かにそんな風にしてもらったのだろうか?
「ラテア少年は嫌がるけど、夏輝君は素直だなあ」
「誰かに気にかけてもらえるって、すごく幸せなことだと思うんです。……それをしてもらえない人も、世の中にはたくさんいるから」
奏太のことを思い出す。
瑞雪や夏輝が気に掛けるには遅すぎた。既に色々と手遅れだったのだ。
「そうだなあ。そうかもしれないなあ。まあ、あれだ。瑞雪ちゃんだって毎日朝から晩まで勉強しろとは一言も言っていなかったわけだし、一日休んでラテア君と過ごしたらどうだ?遊びに行くとかは狙われている関係上難しいかもしれないけどさ」
「そうですね。それと、あの、もう一つ」
やや遅れて夏輝は言葉を口にする。
気づけばもう家のすぐ近くまでたどり着いていた。
見慣れた景色だったが、アレウという非日常がいる。
そんな非日常にあてられたのかもしれない。
「なんだ?」
「その……俺、ラテアの事が好きで。恋愛的な意味で」
「知ってるぜ」
「!?」
アレウの言葉に夏輝が固まる。
足が止まり、数歩先を行ったアレウが足を止め、振り返る。
「だってすげーわかりやすいし……気づかないやつがいたらびっくりするぜ」
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