青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比3 すれ違いと思春期

思春期の少年達

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「ねえ、夏輝」
「何?ノア」
「ラテア君の事好きなの?」

 グラスの中には温くなった麦茶。
 こたつテーブルに向かい合い、勉強する夏輝とノア。
 と言っても夏輝が一方的にノアに教えてもらっているのだけれど。

「ノアってそういうキャラだっけ?」

 思わず夏輝は目を丸くし、じぃっとノアを見つめる。

「失礼だな。僕だって年相応に恋愛とか青春に興味はあるんだよ」

 さらさらと自分の夏休みの課題を書き進めつつ、ノアは子供っぽく頬を膨らませる。
 夏輝の書き進める速度が亀だとしたら、ノアの速度は間違いなくウサギだ。
 迷うことなく課題を解き続けている。

「ごめんごめん」

「あとは今までそういう気配の全くなかった夏輝だからこそかな?ほら、で、どうなの?」

 ごまかすのは許さないとノアは夏輝に促す。

(困ったな……)

 ぽりぽりと夏輝は頬を掻く。
 とはいえ親友に対して嘘をつくつもりはないし、そもそも好きという気持ちをごまかす必要はないと、そう夏輝は思っている。

「そうだね……うん。俺、ラテアの事が好き」

 しばしの沈黙。
 それ以上続ける言葉が見つからず、手元のシャーペンとノアの顔の間で視線をゆらゆらと彷徨わせた。
 ノアは嬉しそうな、けれど少し寂しそうな顔をしている。

「夏輝ってさ、今まですごく周りの人の為にって頑張ってきたけどさ。それって特定の誰かのためじゃなくって、誰にでも分け隔てなくだったよね。それって素晴らしいことだけど、少し心配だったんだ」

「心配?」

「そう、心配」

 カァカァと外でカラスが鳴く。
 何羽も電線にとまってこちらを見ている。気がする。
 気のせいかもしれない。
 シャーペンで紙に書きつけるカリカリという音と鳥の囀りだけが部屋に響く。

「だって、人間って少なからず私利私欲が絡むものだけど、夏輝にはそういうのが基本ないから。でも、好きってことはラテア君に好かれたい、嫌われたくないって思ってるってことでしょ?だから夏輝がちゃんと人間なんだって安心したってこと」

「あはは……そんなつもりはあんまりなかったんだけどね」

 気の利いた返しが思い浮かばず、夏輝はただ苦笑いを浮かべる事しかできない。
 こういったことは、度々他人に指摘されてきた。
 学校の先生だったり、同級生だったり。あるいは先輩だったり。
 そして、それを気持ちが悪いと、人間味がないと評する人間もいた。

(そう、奏太とか)

 奏太は学校に終ぞ来なかった。
 いや、それどころか席も撤去されていた。
 誰も奏太の事を覚えていない。話さない。
 それすなわち、記憶の処理を施されたという事。

(奏太なんて最初からいなかった。皆にとってはそう。……本当にそれでいいの?)

 勿論、それを瑞雪や支部の人々に訴えたところで困らせるだけ。
 ノアも奏太の事を全く覚えていない。
 話が嚙み合わなかった時は心臓がキュっときつく締まるような心地になった。

「ラテア君って、今まで僕らの周りにはいなかったタイプだよね。あんまり詮索はしないけどさ。最近夏輝、忙しそうだし隠し事が多そうだよね。高校に入学してから放課後とかも一緒に遊べなくなっちゃったし。……勿論、夏輝には夏輝の大切なものがあるし、事情があるんだと思う。でも、ちょっと寂しいなって」

 かりかり。
 確かに、羊飼いとなって以降ノアと遊んだり、何かをしたりする機会は減った。
 それより前は毎日のように顔を合わせていたのに。

「……ごめんね、ノア」

 かり。
 滑らかに動いていたシャーペンが止まる。
 教科書に目を向けていたノアは顔を上げ、夏輝の顔を見た。

「謝ることはないよ。ただ、今度暇なときにラテア君も一緒に三人で遊びに行きたいな。僕もラテア君と仲良くなりたいし。あ、嫉妬しちゃう?」

「しないよっ!」

 思わず大声を出し、慌てて口を押える。

「ほんとぉ?ラテア君の事好きなんでしょ?勿論、恋愛的な意味で」

「……それは、そうだけど」

 顔が熱い。火照っている。
 間違いなく今、夏輝の顔はゆでだこみたいに真っ赤だろう。
 少しでも冷やそうと、麦茶を一気に飲み干す。
 けれど、麦茶はとっくに温くなっていた。

「ま、冗談さ。応援してるよ夏輝。ちゃんと話し合って、仲直りしなきゃ。僕が来たのが原因かもしれないけど、これに関してはちゃんと君から誤解を解いてもらわないと」

「誤解?」

 夏輝が首を傾げる。
 心底理解していない顔だった。

「んまあいいや。ここまで全部教えたら夏輝の為にならないと思うしっ!僕からはノーコメントってことで」

 はぁ、なんてあからさまなため息をつくノア。
 心なしか視線が冷たい。
 夏輝はあわあわと、何を言うべきか悩み、迷う。

「え、ええ……!?」

「さ、勉強の続きするよ。こんなことが続いてたらラテア君に本当に愛想尽かされちゃうよ?」

「それは絶対にヤダっ!」

「なら集中」

「はぁい……」

 再びかりかりと小気味のいい音が部屋に響く。
 ノアはこちらを見向きもしない。
 勉強についての質問以外受け付けないよ、とその態度が示していた。
 
(ラテア、今頃何してるんだろう……駄目だ駄目だ、ちゃんと集中しなきゃっ!)

 平和な日常の一コマ。
 かけがえのない青春の一ページだった。
 と、その時。

「ん、メッセージ……ラテアから」

 スマホの画面が光り、ぴろりんと可愛らしい音が鳴る。
 メッセージアプリの通知だ。
 スマホを手に取り確認する。

「……ロセさんの家に暫くいる。GW中はそっちに世話になるからこっちの事は気にするな……!?」

 思わず声が上ずる。
 スマホ画面のトロンはノアがいるため言葉を発さないが、やれやれと言った様子の呆れ顔だった。

「ちょ、隣の部屋に聞こえるよ……!」

「だ、だってラテアが……!ごめん、俺ちょっと行ってくる!また明日よろしくっ!」

「え、鍵ぃ!」

 ノアの叫びも聞かず、夏輝は財布とスマホだけを手にアパートを飛び出す。
 よく考えれば、ロセ達と一緒に居るのであれば問題はないはず。
 理屈ではわかっていても感情は抑えられなかった。

「……うう、仕方ない。大家さんにお願いして鍵を閉めてもらおう」

 ノアのほぼ泣き言に近い独り言は夏輝の耳には届かなかった。



 
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