青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意10 誕生祭の死闘

旧きものたち

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「はー、一人だと言葉遣いに気を使わなくていいから楽だな。しかしまあ、まったくとんだ貧乏くじだ。秋雨も人使いの荒いお人だよ」

 蛇のように音もなく、遠呂はぶつくさと呟く。
 そもそも遠呂は京都出身などではないし、京都弁なんて適当だ。本場の人間が聞いたらそう突っ込みを食らうに違いない。
 何故言葉遣いを変えているかと言えば、まあ色々と事情があるのだ。
 場所は勅使河原総合病院。当然巨大な総合病院だけあって年中無休、年末年始、夜間ですらやっているわけであり。
 入院患者も大量に抱えているわけなので無人になることは一瞬たりとも存在しない。

「さてさてどうしますかねえ」

 勅使河原は遠呂の顔を知らない。多分。噂位は耳にしているだろうが。なぜかって?それは一度も遠呂が勅使河原総合病院の世話になったことがないからである。

(基本怪我するなんてあほなミスしないからなあ)

 そもそも怪我しようと自力で治せる。事前に調査されて顔が割れている可能性もあるが、病院の人間の大半は普通の地球人だ。
 エデンの事を知るのはごく一部、勅使河原の秘密はさらに一握りの職員しか知らないだろう。
 というわけで今遠呂は病院内のカフェにお邪魔していた。勿論客として。
 手元には雑穀米とサラダチキンとかいうなんとも女性が喜びそうなメニューがあった。別に好きだから選んだわけではない。決して。
 ただ少し懐かしくなっただけだ。

(雑穀って言っても全然昔のより美味いんだよなあ……。昔のやつはごわごわで食えたもんじゃなかったんだがな)

 でもやっぱり美味しくはない。昔より食べられるだけで。

(ま、農家さんには感謝しないといけないから食べきるがな)

 昔懐かしくなったのは、懐かしい色を見たからだ。美しい新緑を思わせる翠。
 もそもそと口の中に運びながら時計を見る。あともう少しで夏輝達が突入する時間だろう。さっさと食べてやることをやってしまおう。面倒なことはさっさと済ませるべきだ。

(なんだか妙な気分になった。今までちぃとも懐かなかった癖に、いきなり見たことない人間っぽさを見せてくるから調子狂ったんだよな。はあー……あいつが懐いてるならいつでも殺せるし、そもそも秋雨にも止められているし今事を荒立てる必要はないか)

 遠呂が瑞雪を執拗に殺したがるのには理由がある。朝陽のような理由ではないけれど。
 支部に秋雨が瑞雪を初めて連れてきたときの事を思い出す。全身傷だらけで、全てを警戒し決して懐かない。野良猫みたいだった。
 國雪とそっくりの顔。一目で瑞雪が『何なのか』わかってしまった。だから、殺さなければならないと秋雨に進言した。しかし、秋雨はそれを良しとしなかった。
 機会があれば殺そうと考え数年。瑞雪はその間一切誰にも心を開かなかった。國雪から碌な猟犬を与えられもせず、杖もまともではない。
 いっそ泣きつくか頼ればよかったのに、瑞雪は頼らず一人で這いつくばりながらこなしていた。
 秋雨曰く、これでも本部にいた頃よりマシだと。少なくとも死ぬような任務は与えていないと言っていたが。

(今思えば、先入観なく接したのはあいつらが初めてだったのかもしれんな)

 自分も、双子も結局國雪の孫で敵だと認識していた。夏輝やラテアにはそれがなく、屈託なくあの気難しい瑞雪に懐いていた。
 夏輝の事を-否、正確には夏輝の血縁を遠呂は知っていた。知っているどころか大変世話になったのだ。
 春の日差し、夏の太陽……彼女と言えばまず思い浮かぶのはそう言った単語だった。そんな彼女を遠呂は信頼していたし、好いていた。

(あの魔法は危険だが、自分自身で理解していたしひとまず様子見……。それよりも。あのガキども)

 秋雨も鬼畜なものだ。しかし、今なら言える。秋雨の采配に賛成であると。

(本当は助けてやりたいし守ってもやりたいが……そうはいかないのが運命というやつか)

 会計を済ませ、店を出る。懐から一枚札を取り出し、何フレーズかを呟く。途端、遠呂の身体がフッと透明になり消えていく。
 さてさて仕事だ。こうなってしまえば温度センサーなどがない限り遠呂の姿を誰も捉えることはできないだろう。
 日曜日だというのに朝から老人やら緊急搬送されたやら、人々でごった返している。
 すれ違うときにぶつかったりしないように気を付けつつ、遠呂は病院内を歩き回る。

(しまったな、あの狐くんからどこが地下へのエレベーターか聞いておくべきだったな)

 ぼりぼりと頭を掻きながら、仕方なく遠呂は懐からさらに何枚か札を取り出しびりびりと一息に破る。
 軽く宙で振ると人差し指程度の大きさの真っ白な美しい蛇が現れた。

「頼むぞお前たち」

 遠呂が呟くと一斉に蛇は散っていく。蛇は遠呂の使い魔だ。猟犬ではない。感覚を共有し、全て手足のように扱うことが出来る。
 暫く四方八方に散らせて探らせれば、あっという間に立ち入り禁止の場所とその区域にある物々しい鉄の扉、基エレベーターを発見した。

「どこも似たようなもんだな。そういう場所っていうのは」

 蛇たちを再び札に封入し、遠呂はせかせかと歩き始める。
 もっとも、蛇たちに調べさせたのは何もエレベーターの場所だけではない。地上部分、表向きの病院事態の構造も根こそぎすべてだ。
 案の定というか、異様に頑丈で厳重だ。まるで刑務所、あるいは城塞のように。それ以上かもしれない。

(人質にとる気満々ってか。卑怯な奴だ) 

 エレベーターの前には誰もいなかったが、監視カメラはいくつも設置されている。死角はないし、流石に熱感知センサーもついているだろう。

「さてさて少し面倒だが」

 とはいえ問題はない。遠呂がカメラをひと睨みするとバチ、と小さな音が鳴り一瞬動きが止まる。その一瞬の間に遠呂はエレベーターの中へと入り込む。傍から見ればどうなっているのかさっぱりわからないだろう。
 
(バレるか?バレないか?どうだろうな。バレても別に構わないが後々ドヤされるな)

 なんてことを呑気に考えつつ。さてさてエレベーターを動かそうとボタンを押そうとして、動きが止まる。
 何やらよくわからないシステムの、とりあえずボタンを押しただけでは動かなさそうだということは遠呂にもわかる。
 悲しきかな、遠呂は機械音痴であった。致命的なほどではないが、ハイテクな近未来的な機械類はさっぱりだ。

「これだから最近の技術はよくわからないんだ。まあいい、通り抜けちまえば関係ねえや」

 だから、通り抜けてしまうことにした。いくつかの言葉をつぶやくと、遠呂の足元がぬかるみそのまますぽっとエレベーターの床をすり抜けて落下し始める。
 結構な勢いで落下しているが、遠呂は全く動じない。そのまま降りられるだけ下へ。地の底へと落下していった。
 
「ふぃー。第一関門はクリアか。関門って程立派な門じゃあなかったが」

 音もなくふわりと軽やかに着地し、そのままさらに扉もすり抜ける。結構な時間落下していたからかなり地下深いだろう。
 マナ及びイオの気配を探る。フロア中から感じられるためすぐさま切り上げ、そのまま悠々と歩き出す。
 地上フロアとは比べ物にならないくらいに天井が高く、とにかく広い。
 ここまで侵入してしまえば問題ない。バレてドンパチ起ころうと一般人を巻き込むことはないだろう。いや、地下で爆発なりなんなりが起これば建物ごと倒壊するが。

(それが正直一番手っ取り早いのは確かなんだがな。日本人を巻き込むのはよくない。ああ実によくない)

 だから隠密行動からの暗殺が一番だろう。日本人を殺したくはないが、敵は敵。
 遠呂の行動基準の一つに日本国民は大事にしようというものがあった。そもそも遠呂が秋雨と意気投合した理由は互いに日本という国をとてもとても大事に思っていたからだ。

「弱く脆いからなあ、ごくごく一部を除いて人間というものは」

 だから御絡流の会に巻き込まれる日本人を減らすというのがそもそものK県支部のあり方だ。
 そして遠呂が全てを解決してしまうのが一番手っ取り早い。その程度には遠呂とその他のK県支部の羊飼い達の実力の差は開いていた。
 秋雨がそれを固く禁じているから遠呂は仕方なくそれに従っているけれど。
 フロアに出ても、人の気配は少ない。それが祭りという陽動の結果によるものなのか、はたまた別の要因なのかはわからない。
 K県支部の研究フロアのようなごちゃっとした生活感は皆無だ。
 無機質な白い壁、床に埋め尽くされた部屋は温かみが一切感じられず不快感を覚える。
 
「全部ぶっ壊してえなあ……」

 なんてぼやきつつ、監視カメラを止めてはアンブッシュを繰り返す。派手な魔法など一切使わず、己の身体能力、体術のみでひっそりと音もなく一瞬で気絶させる。
 殺してしまう方がよほど手っ取り早かったが、これも後輩たちの成長のため。そうすることが最も被害を減らすことへの近道であると秋雨は豪語した。
 遠呂は仕方なく従っているというわけだ。

(しかしまあ不気味なもんだ)

 そうこうしている間に遠呂は研究フロアの奥深くまで入り込んでいた。ひと際だだっ広い部屋だ。
 気味の悪いカプセルが大量に、壁は勿論天井まで隙間なく並べられている。小さいものは三十センチメートル、大きいものは三メートルほどもある。
 不透明で中は見えない。機械の駆動音の他、時折こぽこぽと泡の漏れる音がするから中は液体で満たされているのかもしれなかった。
 中央にはよくわからない大型の機械と操作パネルがある。なんにせよ薄気味悪い場所だ。

「操作パネルはあるけど操作可能なのか?」

 最悪ぶっ壊して帰ったら怒られるだろうか?それは勘弁願いたいのだ。
 秋雨の苦言やら説教やらは長いのだ。耳にタコが出来そうなほど。
 ためしに触ってみるが、反応ナシ。そもそも操作できると思ってはいなかったため問題はない。秋雨だって遠呂に機械操作を求めてはいないだろう。
 というわけで。遠呂は手近なそんなに大きくもないポッドの一つへと手を伸ばす。力を籠め、ポッドのカバーを力づくで剥がす。
 めきめきと嫌な音と共にカバーが外れ、中身が露出する。

「なんだこれ……」

 どろりとした緑色の液体が中からあふれだし、足元を汚す。中にいたのはなんとも言い難い奇妙な生物だった。
 半ば溶けた人型の『ナニカ』。あるいは今まさに形作られている最中か。
 こうなると他のポッドの中も気になるわけで。遠呂は手を伸ばす。が。

「ッ」

 背後に気配。ポッドから手を離し、遠呂は横へと飛びのく。刹那様々な色の泡が遠呂を囲み弾ける。
 すぐさま札を取り出しマナを練る。発動したのは自分の周り全てを囲う不可視の防護壁。発動した瞬間泡が弾け、ポッドや壁が軽く凹む。
 大した威力ではない。一体自分に喧嘩を売ってきた愚か者は誰なのか。直前まで気配を感じさせなかったということは実力のある相手だろうと。
 そう思い顔を上げた。入り口にたたずんでいたのは緑の髪の少女。美しい刺繍の施された着物を身にまとい、その瞳は淀みきり陰鬱な顔をしていた。
 そしてその人物を遠呂は知っていた。

「……簾翠?」

 簾翠。その言葉を発すると簾翠はやはり陰鬱に口元だけを吊り上げた歪な笑みを浮かべ形の良い唇を開いた。

「久しぶり。八潮は元気にしているかしら?」
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