青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意5 ウサギ

5-1

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 朝。聖ラツィエル学園高等部。車で通勤すると申告している教師はそれぞれ駐車場の中にスペースが存在する。
 瑞雪は人込みを嫌い車での通勤・通学を基本している。なので当然申告済みで割り当てられているのだが。

(まあ知ってた)

 自身のスペースに停める前に邪魔にならない場所に停車し確認に行く。
 コンクリートの上に釘がばらまかれている。なんと原始的な嫌がらせだろうかと瑞雪は呆れ果てる。
 こんなことをやらかしたのは誰か?そんなの決まっている。あのいじめっこたちだろう。

(俺に標的が移るなら問題はないな)

 どうせこういう馬鹿どものやりそうなことなんて大体わかるし、対処も容易だ。
 狙ってわざと割り込んだが、まさかここまで思い通りになるとは。

「カマイタチ、車の状態も見張っておけ。魔法は仕込んでおくが」
『ぎゅぎゅ!』

 元気のいい返事だこと。トツカと違ってカマイタチは従順で、こちらの命令を忠実にこなしてくれる。まったくもって扱いやすい電霊だ。
 これでカマイタチまでトツカのような扱いにくさだったら今頃瑞雪は発狂していたかもしれない。
 恐ろしい想像をしてしまったと軽く眩暈を覚え、ため息をつく。
 こういった静電気や床を凍らせる魔法というのは瑞雪が過去この手の輩に絡まれた時の為に開発したものだ。ほぼ無詠唱で、マナの消費もほとんどなく使える。
 トツカは今日もカフェに置いてきた。病院への連絡は朝一で適当にラテアは保護した、錯乱しているためまた検査は後日と入れておいた。
 
(ロセなら情報は一日二日でとってくるだろうし、あとは……)

 思案していたところでこんこん、と車の窓ガラスが控えめに叩かれる。

(夏輝か?)

 校内ではあまり必要以上に話しかけるなと言ったのに。もう少し強く言わなければダメかなどと考えつつそちらに視線をやる。

「お、おはようございます。冬城先生」

 夏輝ではなく奏太だった。相変わらず目の下に酷いクマ。予想外の人物に軽く普段の口調が出そうになるが何とか堪える。
 一昨日の一件以降はクラスで顔を合わせる程度だった。

「おはようございます。どうしたんですか?奏太くん。何かされましたか?」

 流石に窓ガラス越しはないので、ドアを開けて車外に出る。
 
「いえ……昨日と今日は何も、されてないです」

 髪をいじりながらちらちらと瑞雪の顔を見てくる奏太。

「ならよかったです。朝礼も始まりますし、教室に行った方がいいですよ。俺は職員室の方に行かなきゃいけないので。また朝礼の時に」
「あの!」

 話の途中で奏太が声を張り上げる。この子供が大声を出したのを聞いたのは初めてだった。
 彼自身大声を出すことに慣れていないのだろう。声がすさまじく裏返っている。

「はい?」

 瑞雪の言葉の途中で割り込んできた奏太に対し、瑞雪は思わず聞き返す。
 自己主張をしてくるとは今日は空から槍でも降るのか?なんて失礼なことを心の中では考えたが勿論口にも顔にも出さない。

「……そ、その。僕の代わりに先生が何かされてるんじゃないかって。さっき釘、拾ってましたよね」

 どうやらノックする以前から奏太はここで瑞雪を待っていたようだった。
 全く気づかなかったことに内心でため息をつく。

「見ていたんですか」
「……はい」

 瑞雪の言葉に奏太はこくこくと頭を縦に振った。

「ぼ、僕を助けたから先生が今度は目をつけられたんです、よね」

 責任を感じているのだろうか。少しホっとした顔をしつつもその顔には罪悪感が滲んでいる。

「気にする必要はありません。この程度対処は容易ですから。君が心配するようなことは何もありませんよ」
 
 実際、ここまでいじめが放置されていたのは大人の責任でもある。
 再三言うが、子供だけで解決できることなどこの世の中でたかが知れているのだ。瑞雪が立派な大人かと言えばそうではないが、少なくとも奏太や夏輝よりかは大人なのだ。
 微笑みの形を作って見せても、奏太の顔は曇ったままだ。

「先生……そ、その、僕の前でね、猫被らなくてもいい、ですよ」

 奏太の言葉に頭が痛くなってくる。
 助けたときに瑞雪のボヤきが聞こえたのか、あるいな夏輝とのやり取りを多少なり見られたか。後者は瑞雪は気を使っていたからない……と思いたいが確実とは言い難い。

「そういうわけにはいきません。ここは学校ですし、公私はしっかりと分けるべきです。聞き苦しい言葉を聞かせてしまったようで申し訳ないです」

 困ったように笑みを浮かべておく。

「……猫、被らないでほしいんです。ふ、普通に接してほしいんです」

 もじもじと、奏太は少しどもりつつ小さな声で話す。周囲に人はいないため、小さかろうと瑞雪の耳には問題なく届いた。

(なぜ?)

 まず感じたのが純粋な疑問だ。何故?どうしてそんなことを求める?

「だ、ダメですか?初めてなんです、ちゃんと助けてくれたの……。そ、それに嫌がらせをされても全然、気にしてなくて、強くて」

 じぃっとこちらを見つめてくる奏太の顔はどこか熱で浮かされているように見えた。期待、羨望、様々な強い感情が混ぜ込まれている。
 初めて。結局はこれが原因だろう。ヒトだけでなく動物だって、初めてというものは人生に及ぼす影響が限りなく大きい。瑞雪自身心当たりもある。

(……こいつに助けを求められた教師は何をやってるんだ。勉強を教えることだけが教師の仕事じゃないと思うんだが)

 ようするに、拗らせている。仕方がないとはいえ、瑞雪はそこまでは責任を持てない。あくまでも教師としていじめっこから助けてやることまでだ。
 そこから先は同級生たちと交友関係を深めるとか、そちらの方が奏太にとって有益なはずだった。瑞雪にはそれ以上してやれるだけの人生経験や年季がない。
 かつての恩師のようにはいかない。

「いじめなんかは教師が解決するべき問題ですから、助けるのは当たり前なんです。以前助けを求めた相手が助けてくれなかったというなら、その先生がダメな人なんです。俺がしたことは教師としての義務なんです」

 優しく、諭すような声音を心掛ける。普段使わない声帯の筋肉を使っている気がする。自分で自分の声音が気持ち悪いと感じるレベルだ。

「それに、君のことを気にしているのは私だけではありませんよ。夏輝君やノア君も君のことを気にしていました。彼らのことを頼ったらきっと助けてくれますよ。友達になりたがっていましたから」

 後半は適当だが、夏輝だから問題ないはず。勝手にそう決めつける。
 瑞雪の言葉に奏太は顔を曇らせる。それに気づかなかったフリをする。
 
「……」
「ほら、朝礼に遅れてしまいますから。行きましょう」

 腕時計で時刻を確認すればもう時間がない。瑞雪がそう促せば奏太は明らかに納得してはいなかったものの、渋々頷く。

(……これからはもっと気を付けねえと面倒なことになるな)

 道行く傍ら心の中で瑞雪は心の中で本日何度目かの盛大なため息をついた。








「……変な人」

 冬城が教員室に去っていった後、奏太はぽつりと呟く。
 昨日の朝、久しぶりに下駄箱に何も入っていなかった。いつもは汚物や釘などが入っており嫌がらせをされているのに。 教室に行っても机に何もされていないし、昼休みも呼び出されなかった。
 いじめっこ達が忙しかったのか、たまにそういう日はある。でも、今朝もそうだった。今まで二日連続で何もしかけられていなかった日はいじめられるようになってから一度もなかった。
 でも、あの執念深いいじめっこ達の事。一昨日冬城の前で恥をかいたからって諦めるはずが……。
 そこで、思い至る。ターゲットが自分ではなく冬城にいったのではないかと。
 結論から言えば、その予想は正しかった。 
 教師用の駐車場の方に来てみればものの見事に冬城が釘をのけている場面に遭遇したというわけだ。
 湧き上がった少しだけの罪悪感。

「全然気にした様子がなかったな……」

 意を決して話しかけてみれば、冬城はその程度なんとも思っていないようだったし、奏太のせいだと考えている様子もなかった。
 今まで助けてくれようとした教師たちは結局自分たちに矛先が向けば逃げる奴らばかりだった。
 でも、冬城は違うようだった。

『お前、あのセンセーのこと気になるのか?敵だろ?』
(……そうだけど)

 あれから人面瘡はよく話しかけてくるようになった。うっかり声に出そうものなら周りから奇異の目で見られることは避けられない。

『あいつも言ってたけど夏輝ってやつじゃダメなのか?あいつに友達として取り入ればきっと楽出来ると思うけど。あいつ、身内は疑わないタイプだぜ?俺たちがコロしたなんて思いやしねえさ』

 夏輝と冬城が羊飼いだと知ってから、奏太は何も行動を起こしていない。そもそも平和に暮らすためにこの力を使って同級生のいじめっこ達を排除したのだ。
 上級生たちも殺すつもりだったが、冬城が庇って守ってくれるのなら腹立たしくはあるが今は見逃してやってもいいと思った。
 朝礼を受けながらぼうっと人面瘡と心の中で話をする。最初はうざったかったものの、俺はお前というのは本当らしく今では慣れてそこまで不快ではなかった。
 夏輝。悪いやつではないのだろう。でも、あんな何も苦労してきていないような、汚いものを知らないようなあいつはどうしても好かないのだ。

(冬城先生とも親しいみたいだし。羊飼いだから当然なのか……)

 自分もちゃんとした組織所属の羊飼いになれれば、冬城先生と。

『おいおい、随分と気に入ってるみたいじゃねエか』

 人面瘡が嗤う。

(別に、そんなんじゃ)

 否定するも、人面瘡はけたけたと不快な笑い声をあげたままだ。前言撤回、やはりこいつは気に入らない。

『いいんだ、いいんだ。わかるぜェ。俺はお前だ。あいつも俺達と同じように暗い目をしている癖に、つええからなァ。あんな風に軽く糞どもをあしらえたらいいよなぁ。ああいう風になりたかったんだもんなぁ。憧れ、ってヤツ?いや、違うな。憧れもあるがそれだけじゃない。だロ?』

 自分だけでいじめっこ達を追い払えれば。誰かを助けることが出来たなら。
 少なくとも奏太の目には冬城は美しく、強く見えたのだ。それはある意味で刷り込みに似た何かだった。
 自分をちゃんと見て欲しい。話をしてほしい。ありのままの姿を見せて欲しい。冬城のことをもっと知りたい。今まで感じなかった様々な欲求、感情が湧き上がる。

『欲しいよなぁ。あいつ』
(欲しいって……人のことをもの扱いしないでよ。でも……もっと話をしたいな)

 あの人は今までの奴らとは違う。そんな期待を、幻想を勝手に抱く。
 それがいかに身勝手な思い込みかなんて、初めての経験であるからこそ奏太にはわからなかった。



 


 
 








 





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