青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

文字の大きさ
上 下
62 / 334
EP2 卵に潜む悪夢3 高校生活開幕

予期せぬ遭遇

しおりを挟む
 黒間聖ラツィエル学園。中学校、高校、大学とあるエレベーター式の私立である。
 男女共学、県の中ではそこそこ有名。カトリックの学校であり、敷地内に教会がある。日曜日は一般開放され、ミサが行われているよ。
 もっとも、夏輝は信者ではない。学校のイベントで行われるミサは参加するものの、日曜日の礼拝には一度も参加したことがなかった。
 学校の建物全体はモダンな雰囲気であり、ここ十年ほどで一度建て替えられたためどこもかしこもぴかぴかで綺麗なまま。エアコンも各教室に完備されており、夏場に苦しむこともない。
 中学の時の制服とほぼ変わらないものの、新しい一張羅に袖を通した夏輝は通い慣れた通学路を歩いていた。
 燦燦と降り注ぐ朝陽。少しだけ中学の時と違うのは、施設からではなくアパートから通っていることだ。
 少し通学時間が増えたものの、問題ない程度の距離。どちらかといえばラテアという同居人が増えたことが一番夏輝にとって変わったことだろう。

(一人でラテア大丈夫かな)

 今日は入学式とオリエンテーションのみで午前中で終了とはいえ、明日からはそうはいかない。
 部活に入る予定はないものの、基本的に夕方くらいの帰宅にはなってしまう。
 そうなると、一日のほとんどを一人にしてしまうことになるだろう。
 子供じゃないとは言うものの、高校のことを話した時のラテアの少し不安そうな表情を夏輝は忘れられずにいた。
 最近ずっと一緒にいたからか、暇な時は何となくラテアのことを考えてしまう。一緒にいないときは尚のことだ。

「夏輝、おはよう!」
「ん!?この声は」

 ふいに背後から声をかけられ、夏輝は急いで振り向く。
 そこには金髪の外国人然とした美少年が立っていた。襟首まで伸ばしたマッシュルームヘアが特徴で、在日二世だという。
 夏輝とは小学生のころからの幼馴染であり、気の置けない友人だった。

「久しぶり。って言っても中学の卒業式以来だけど。引っ越し作業はちゃんと終わった?」

 小走りで横に並び、一緒に歩きだす。ノアの方が小柄なのもあり、一見して凸凹コンビに見えなくもない。

「うん、久しぶりだねノア。大丈夫、卒業式が終わってすぐくらいに引っ越しは終わったよ。今度よかったら俺の家に遊びに来てよ。新しい友達も出来たんだ」

 卒業式後はごたごたしていて、結局春休み中はノアに会うことができなかった。久しぶりに見た親友の顔。急に日常へと戻ってきた気がしてへなへなと座り込みそうになる。

「ちょ、夏輝ってば大丈夫!?そんなに引っ越しとか大変だったの?」

 余程気の抜けた顔をしていたのかもしれない。ノアが前に回り込み、夏輝の顔を少し心配そうにのぞき込む。

「あはは、そうかも。あと高校生活っていったらワクワクするだろ?楽しみじゃん?高校から入る新しい生徒もいるわけだし。あんまり眠れなくってさ」

 ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑いを漏らすと、ノアは不思議そうにしつつも納得したようだった。

「そっか。夏輝でもそういうことがあるんだねえ。そこら辺のメンタルって図太いやつだと思ってたよ」
「なにをっ!?俺だって少し心細かったりすることくらいあるってば」

 そんなことを話しながらノアに合わせた歩幅で歩く。長い長い坂道を上がると、立派な白い門が現れる。
 門は夏輝の背よりも高く、学園の敷地内をぐるりと覆っている。ここだけ日本じゃないみたいともっぱら噂で、黒間市の観光名所としても知られている。
 一般人が入れるのは日曜日のミサの時と学園の行事の時のみではあるが、遠目から見ても美しい西洋の建物は大人気なのだ。
 そういえばノアもキリスト教徒だったっけ。両親ともに信者だったから自然とキリスト教を信じるようになったのだという。
 夏輝は別に宗教を否定するつもりはないが、かといって自分が信じているかと言われれば怪しいものだった。
 どちらかといえば日本特有の八百万の神々だとか、そっちの方を好ましく感じていた。それも信じているからではなく日本の文化の一部としてだったけれど。
 中学、高校と同じ敷地内にあるが、大学は少し離れた場所にある。バスで三十分程度の距離だ。夏輝は大学までは行くつもりはないから、大学のことは殆ど知らなかった。
 西洋風の建物のくせに、敷地内にはたくさんの桜の木が植えられているのがアンバランスだった。桜は夏輝が卒業する前に満開になったから、今はもう葉桜ですらない。
 昔はもっと遅く咲いていたらしいが、西暦二千六十年現在では三月の間に咲いて散るのが当たり前だ。

「ノア、クラス一緒じゃん!」
「やったね夏輝!今年一年よろしくね」

 校舎に入り、下駄箱の前に張り出されたクラス表を確認する。ノアと同じクラスだとわかり、夏輝のテンションはどんどん上がっていく。
 下駄箱に革靴を突っ込み、上履きに履き替える。

「そういえば、夏輝は高校でも部活に入るつもりはないの?施設から出たし、自由な時間は増えたんじゃない?」

 新入生たちがわいわいと騒ぐ中、自分達の教室へと向かう。

「うん。入るつもりはないかな。バイトで忙しいし。ごめんね」

 ノアには何度か部活に誘われていたが、そのたびに断っていた。
 助っ人くらいはしたものの、中学時代は施設の弟たちの世話があった。今はカフェでの仕事はもちろんの事、羊飼いとしての仕事もある。
 いつ呼び出されるかわからないし、何よりラテアが一人でいる時間を少しでも減らしたいというのが本音だった。
 口では寂しいなんて一言も発さないくせに、目や耳、尾っぽは寂しさを訴えてくる。

「そっか。ソレなら仕方ないね」

 少し残念そうに目を伏せ俯くノアに僅かな罪悪感を覚える。でも、仕方のないことだ。夏輝自身が選んだ道なのだから。

「えっ!?」

 入学式のある体育館へ向かおうとしたところで思わず夏輝は間抜けな声をあげてしまった。なぜならここで見るはずのない人物が目に入ってきたから。

「ん?どうしたのさ夏輝」

 ノアの声がどこか遠い。目に入ってきたのは前方を歩く、黒いポニーテールを揺らしながら歩く後ろ姿。こんな知り合い一人しか夏輝はいない。瑞雪だ。
 体格だって同じくらいなはず。何度か瞬きをしてみるが、やはり変わらない。
 
(瑞雪さん……?なんでここに?)

 やっぱりあんな特徴的な髪型をしている人間を見間違えるはずがない。瑞雪は夏輝達が向かう体育館ではなく、階段を上がっていってしまった。

「今年の教育実習の人かな?」

 横から声。ノアが瑞雪が去っていった方を見ながら言葉を口にする。

「そういえば今日から大学の方から教育実習の先生が来るんだっけ?」
「そうだね。毎年入学式の日から来るはず」

 一クラスに一人教育実習生として大学の教育学部から大学生がやってくるのが通例だった。それは一年生のクラスが担当するのが常。中学一年生のころ以来だなあ、なんてボケっと考える。
 通常の教育実習は大体四か月程度だ。しかしラツィエル学園の教育学部は一貫校という利点を生かし、一年間同じクラスで学び学ばれの関係を築く。
 
「うちのクラスはどんな先生だろうね」

 ノアの声がさっきから頭に入ってこない。

(大学生だとは聞いてたけど、まさか先輩で教育学部の人だったなんて……意外だ。先生を目指してるのかな……)

 言っちゃ悪いがキャラと思っていた。確かに面倒見はいいし、ぶっきらぼうで冷徹に見えるが冷酷になりきれない優しい人だと思う。
 でも、自ら子供たちの世話を甲斐甲斐しくし、面倒ごとに首を突っ込むタイプにはどうしても見えなかったのだ。





 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

オムツの取れない兄は妹に

rei
大衆娯楽
おねしょをしてしまった主人公の小倉莉緒が妹の瑞希におむつを当てられ、幼稚園に再入園させられてしまう恥辱作品。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...