青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑4 白と赤

結婚式の朝

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「なあなあ、この服すっごく窮屈なんだけど……」

 結婚式当日。朝早くカフェにやってきた俺はあれよあれよという間に八潮の手によって身なりを整えられていた。
 髪の毛はなんか変なスーッとする匂いのワックスとかいう油で整えられたし、着せられたスーツはとにかくきっかりしていてどうにも着心地が悪い。
 おまけに首輪があるにも関わらず明るいパステルカラーのネクタイまで締められたものだから息苦しくて仕方がない。
 夢はあれからも見続けていた。毎日少しずつマイナーチェンジしたかのような内容。
 気味が悪い、とは思いつつもどうにも物悲しくて胸がきゅぅっと締め付けられるのだ。
 朝起きると殆ど内容を忘れてしまっているが、その苦しさだけは覚えていた。

「すみません、結婚式なので一日だけ我慢してくださいね」

 俺の故郷はこんなことはしなくて、ただ酒を飲んで料理を食べて騒ぐだけだ。地球人はやっぱり面倒くさいと思う。
 瑞雪からはあの後未だ連絡はない。夏輝と一緒にカフェには毎日大体来ているが、アレウは見かけたがロセは見ていない。
 ニュースは何も放送しない。平和な日常を伝えるだけだ。
 でも、そうじゃないことはわかる。毎日竜に襲われた人間の情報が夏輝のスマホに秋雨から送られてくるからだ。
 そのたびに、夏輝は何とも言えない苦い顔をする。事件現場に走っていきそうな雰囲気すらある。でも、俺とトロンが毎回それを止めていた。
 勝ち目があるなら行くべきだ。死人は少ないほうがいい。それが、たとえ憎むべき地球人だとしても。
 でも、そうじゃない。俺と夏輝だけで行ったところで勝ち目は万に一つもないのだから。むざむざと死にに行かせるなんて馬鹿な事をするわけがなかった。

『馬子にも衣装とはまさにこのことね。ラテア、男前になってるわよ!』
「余計なお世話だっつーの!」

 目の前に置かれたスマホの画面ではやっぱりぴーちくぱーちくとトロンが騒いでいて煩い。
 電源を切ってやろうかと一瞬思ったが、そんなことをしたら次に電源つけたときに倍の煩さになるからやめておく。
 現実逃避気味にカーテンのかけられた窓から外を眺めれば、さんさんと朝日が美しく輝いていた。
 快晴。春先で少し肌寒いくらいの今の季節だ、絶好の結婚式日和というやつだろう。

「ラテア、おまたせ。俺も支度が終わったよ」

 後ろの休憩室から夏輝が出てくる。俺とお揃いのスーツとベストに色違いのネクタイ。八潮も夏輝の分だけでなく俺の分までレンタルしてくれたらしい。
 髪もいつものぼさぼさ髪じゃなくてちゃんとセットされているし。普段とは違う夏輝の雰囲気が少しだけ面白く感じる。まあ、きっと俺もそうなんだろうけどさ。

「どうかな、変じゃない?」

 はにかむように、少し気恥ずかしそうに言う夏輝。

「変じゃない」

 そんな夏輝に俺は首を縦に振る。似合ってるとか、そういうことは言わなかった。俺の言葉に夏輝は少し安心したような様子を見せる。
 ちなみに夏輝は休憩室で、俺はカフェのカウンター席でそれぞれめかしつけられていた。朝のカフェは夜勤帰りの人々や、エデン側の事情を知っているフリーの羊飼いも来ているようで、いつもとは異なる人間ばかりだ。
 首輪をつけていれば特に何も言われないというのは本当らしい。俺に関して言及する奴は特にいなかった。
 でも、やっぱり人の視線は苦手だ。研究所でのことを思い出すから。

「ご祝儀はこの封筒の中に二人分入れてありますから渡してくださいね」

 そう言われ、俺達は八潮だけでなくカフェの面々に見送られながら俺と夏輝、そしておまけでトロンは出発する。
 今まで通ったことのない道を通り、建物を通り、電車に乗って結婚式場へと向かう。
 電車という鉄の箱は久々に乗ったけれどやっぱり苦手だった。知らない地球人、雑多な匂いに逃げ場のない空間。車はまだ知り合いしかいないから大丈夫だった。
 支部に行くのに電車で、と言っていたが結局歩きのほうが楽だということが身にしみてわかる。
 心臓がばくばくと嫌な音を立て、どうしても不安できょろきょろと視線を絶え間なく周囲に向けてしまう。

「ラテア、大丈夫?」

 そんな俺の様子を不審に思ったのか、夏輝が声をかけてくる。
 電車の中は通勤ラッシュから少しずれた時間帯だったため、座れる程度の混み方だった。でも、俺の髪色は日本人にはないものだからか、どうしても目立つのかもしれない。
 行き交う人々の視線がちらちらとこちらを見てくる。俺の考えすぎなのか?背中から刺さる視線がどうしても痛くて、苦手だった。

「……前はああ言ったけど電車、苦手なんだ。まあ、我慢できるくらいだけど」

 電車そのものが苦手なわけではなくて、複合的な理由だけど。それでも苦手なことに変わりはなかった。

「ごめんね、歩いていくにはちょっと遠すぎて。少しだけ我慢できる?無理だったら少し降りて休もっか」

 予め買っておいてくれたらしいミネラルウォーターのペットボトルをカバンから取り出し渡してくれる。
 ほんのりまだ冷たい水。手からじんわりと伝わってくるひやりとした感触が心地よくて、俺は頬に当てて冷たさを楽しむ。

「大丈夫だ。遅れるのはあの人にも悪いしな」
「わかったよ」

 そんなに長時間揺られているわけでもない。そのまま夏輝と電車に揺られ目的の駅へとたどり着く。

「式場はえーっと……トロン、ナビお願い!」
『合点承知よ!あたしに任せなさい!』

 まあ、スマホというのは便利なもので。トロンが直々にマップアプリを使ってナビしてくれるおかげで初見の場所でも迷うことなく辿りつくことが出来た。
 見覚えのない風景。この駅は都会よりのようで、高層ビルや新しく建エデンれた建物など結構開けていた。代わりに空が見える部分はとても少ない。少し、息苦しい気がした。
 程なくして結婚式場へとたどり着く。どうやら室内でするタイプではなく、開けた広場のような場所でするタイプの結婚式らしい。

『最近流行ってるんだって、外でやるタイプの結婚式!広く場所を使えて開放的だし、ビュッフェ形式で歓談出来るって』

 女子らしくトロンが解説する。
 生まれて間もないくせに俺よりよっぽどそこらへんの知識があった。もしかしたら、夏輝よりもかも。

「そういえばここ、新しくできたところなんだよね。夜間市では唯一の結婚式場だって、美咲さんが初めてここを利用するお客さんだって聞いたな。だからすごくサービスがいいみたい」
 
 と思いきや、夏輝も結構詳しかった。美咲や八潮に聞いたのだろうか。

「雨が降ったらどうするんだ、台無しになりそうなもんだけど」

 空を見る。今日は無事快晴だが、そうじゃない日だってあるだろう。

『その場合は屋内でするんですって』

 まあ、そんなもんか。トロンの言葉に俺は納得する。

「ラテア、トロン。受付は済ませたから会場に入ろう」

 トロンと俺がだらだらと会話していると、一人で受付で手続きをしてくれていた夏輝が戻ってきた。
 会場に移動する。ぐるりと周囲を見渡せば、そこまで人数は多くないみたいだった。狭くも広くもないくらいのちょうどいい広場って感じ。
 俺の故郷は村ぐるみで盛大に結婚式とかはやっていたから、こじんまりしているなあって印象だ。
 
「街ぐるみで、とかは地球人はやらないんだな」
「あはは、有名人とかはあるかもだけど基本はそんなことはないかな」

 まあ、俺の村はそんな大きい村ではなかったしなぁ。
 当然ながら知らない人間ばかりなので居心地が悪い。夏輝の陰に隠れるようにこっそりしておく。

「身内だけで小規模に楽しくやろうって美咲さんは言ってたな」

 会場内に用意されている席につく。広場の中心にあるステージ付近では職員と思しき人々が忙しなく動いていた。
 指定された席につき、始まるのを待つ。
 俺達以外知り合いがいないのもあって、二人とトロンで細々とあの飾りつけはああだとか、昨日の夕飯とか取り留めのない会話をする。
 自然と特に意識せずとも会話が止まることはなく、自然体を保つことが出来た。

「本日は結婚式にお越しいただき誠に―」

 そんなことをしていると会場内にマイクの拡散音声が響く。壇上にライトと日の光が当たり燦燦と輝いていた。
 司会と思しき男が挨拶を述べ、会場内がしぃんと静まり返る。

(……皆幸せそうだな)

 別に今の自分が不幸だとは思わないが、俺が見て来た地球人は一部を除けば平和で幸せそうだった。
 今日の主役である美咲も。エデンだって、本来はそのはずだ。
 地球も地球人も嫌いだ。それは変わらない。でも、こうやって俺に対し懇意に接してくれる地球人たちまで憎めるかと言えば、俺はそこまで割り切れないようだった。

(どうすりゃいいんだろうな、本当に。今の生活は秋雨に縛られていること以外は不自由もないし……ここに馴染みすぎても、いいんだろうか)

 この生活に慣れ始めてからはずっと考えていることだった。
 形ある幸せの代名詞ともいうべき結婚式で、俺は一人誰にも言えるわけもなく悩み続けていた。、
 
 

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