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一.夫が美しい青年になりました

9.本音

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「ミリア」

 アクアから声を掛けられ、放心状態のミリアはハッと我に返る。

「あ……」

 咄嗟にアクアを見るとその瞳はいつもの優しい眼差しに戻り、心配そうにミリアを見つめていた。
 先ほどまで握りしめていた斧も、今は壁に立て掛けてある。
 眉をひそめ、ミリアの髪を撫でながらアクアは口を開いた。

「すまない。僕のせいで嫌な気持ちにさせてしまったね」
「え……? そんなことは……アクア様は関係ありません。あの人と関係を持っていたのはケビンなので……」
「いや……それでも、この体はあの男の物に違いないから……。ここに刻まれた記憶も……本当に忌まわしい記憶だ」

 自らの額を手で押さえ、アクアは悔しそうにギリッと歯を噛みしめる。

(あ……そうか。ケビンの記憶を持っているって事は、あの人との事も覚えているのね……)

 そう思うと、ミリアはズキンッと胸の奥が痛んだ。

 ミリアは以前、二人の不倫現場を目撃した事があった。
 その日は午後から大雨で仕事にならず、ミリアは早くに帰宅した。
 そしていつも自分たちが眠るベッドの上で、裸で抱き合う二人の姿を目にしたのだ。
 後ろ姿しか見えなかったケビンがミリアの存在に気付いたかは分からないが、レベッカとは目が合った。レベッカは特に動じる様子もなく、不敵な笑みを浮かべて見せつけるようにケビンと口づけを交わし始めた。

 それを見ても、ミリアは怒ることもなく、悲しみに泣き崩れるわけでもなく、冷静だった。
 ただ、その居心地の悪さにミリアは大雨の中、家を飛び出したのだった――。

 今にも泣きそうな顔のミリアを、アクアは優しく抱きしめた。

「ミリア。もう二度と、君にそんな顔をさせはしない。この先ずっと、僕が愛するのは君だけだから」

 その言葉を聞いて、ミリアは素直に嬉しいと思った。
 だが、同時に激しい虚しさに襲われた。
 アクアが自分を愛してくれているのは、一ヶ月を共に過ごしてよく分かっていた。
 だけど一つだけ……どうしても引っ掛る事があった。

 ずっと腹の奥に押し殺してきた本音。
 それが、ついにミリアの口から吐露された。

「アクア様が私を愛する理由は、水神様がそうなるように作ってくださったおかげでしょう……?」

 そう告げた瞬間、ミリアは激しく後悔した。

 アクアは自分を心配して、安心させようとしてくれたのに――そんなアクアを非難するような言い方をしてしまった事を。

「ごめんなさい! 今のは……ちょっと頭が混乱してしまって……ごめんなさい……」

 咄嗟に謝罪を告げたミリアに、アクアは小首を傾げた。

「どうして謝るんだい? ミリアは何も悪い事は言っていないじゃないか」
「でも……嫌な言い方をしてしまって……」

 アクアに抱き締められたまま、震える手でアクアの服を掴み、ミリアはその胸元へ顔を押し付けた。
 アクアが自分から離れて行ってしまわないようにと……その体を必死に繋ぎとめる。

 すると、ミリアを抱きしめるアクアの手に、更に力が込められた。

「ミリア。そんなに怯えなくても大丈夫だよ。僕は君の本音を聞けて嬉しかったから」
「……え?」

 思わず顔を上げると、アクアはその言葉どおり、嬉しそうな顔でミリアを見つめていた。

「君はいつも本音を押し殺してしまうからね。僕の前だけでは我慢してほしくない。本当の君を見せてほしいとずっと思っていたんだ」
「でも……不快な気持ちになったのではないですか?」

 涙目で訴えるミリアに、アクアはクスッと笑って見せた。

「ならないよ。言っただろう。君の本音が聞けて嬉しかったって……。君が僕の事をどう思っていたかを知る事ができたから、君の不安を取り除く方法がやっと分かったよ」
「……?」

 自分が抱えていた不安にアクアが気付いていた事を知って、ミリアは少し嬉しかった。
 だが、それを取り除く方法なんてあるのだろうかと、半信半疑な気持ちでアクアを見つめた。
 そんなミリアに、アクアはニッコリと微笑み口を開いた。

「ミリア、今から少し出掛けようか」
「え? で、でも仕事は……」
「大丈夫。もう仕事を休む事は伝えてあるんだ。家に怪しい女が来ていたと村の人が教えてくれた時にね」

(あ……だからアクア様は、すぐに帰ってきてくれたんだ……)

 自分を一番に心配し、戻ってきてくれたアクアと、それを教えてくれた村の人たちの優しさに、ミリアは胸が熱くなった。
 自分の味方になってくれる人たちが、周りには沢山いるのだと……それがただただ嬉しかった。

「じゃあ、行こうか」

 アクアはミリアの手を取ると、家の外へと連れ出した。
 そして導かれるままに歩き出す。

「あの……どこへ行くのですか?」
「それは君もよく知っている場所だよ」

 そう言って目を細めるアクアを前にして、ミリアはそれが何処なのかを察した。
 
 きっと二人が出会った――あの泉なのだと。

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