とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。

三月叶姫

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side アメリア

変わった事

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「婚約破棄したそうですよ」
「え?」

 侍女の口から飛び出したその言葉に、私は反射的に反応した。
 珍しく興味を示した私に、少し驚いた侍女は、もう一度丁寧に教えてくれた。

「ウエスト国のエドガー王子が、婚約者との婚約を破棄されたそうです。しかも、急に王位継承権を第二王子に譲ると言ったきり、行方が分からなくなったそうですよ。噂によると、何処かの令嬢と駆け落ちしたらしくて……今、凄い騒ぎになっていますよ」

 そんな話、今まであったかしら? 

 エドガー王子とは、十歳の時に一度だけ会った事がある。
 流れる様な艶のある黒髪、真っ青で透き通った瞳をした、とても綺麗な男の子だった。
 私の髪飾りを壊した事を気にして、涙を浮かべて震える姿を思い出し、懐かしくて少しだけ笑ってしまった。
 ウエスト国での彼の人気は高く、イースト国でもその名は知れ渡っていた。

 それにしても、駆け落ちだなんて……なんだか羨ましいわ。私もそんな風に何かを捨てられる程、誰かに愛されてみたかったわ。

 それからは特に変わった事も無く、いつもと同じ日々を繰り返した。

 そして、訪れたいつもの祝賀パーティー。

「そなたとの婚約は、今この瞬間をもって破棄する! そなたが聖女を暗殺しようと企てていた事は分かっている!」

 お馴染みのセリフを耳にして、私は深いため息をついた。

 もう、疲れてしまった……。
 どうせ私は愛されない。
 笑っても意味が無い。

「そなたが聖女暗殺未遂事件の一週間前、暗殺ギルドに向かう姿を目撃した者がいる。それも一人だけではない。それらの目撃証言には十分な信憑性があり――」

 ……あら? なんで今日はこんなに彼の声がハッキリと聞こえるのかしら?
 
 私は俯いていた顔を上げ、外の様子を窺った。

「え……?」

 思わず声が漏れ出た。
 さっきまで降っていた雨はあがり、雲の隙間から光が差していたから。
 今までそんな事は有り得なかった。有るはずが無かった。天気が変わるなんて――
 
「おい、何を笑っている!?」
「え?」

 今、私笑っていたかしら?

「いや、そなたが辛い時に笑う癖があるのは知っていたが……そんな風には笑っていなかったはずだ」

 そう言う彼は、何故か少しだけ頬を赤らめていた。
 それに気付いた聖女が不満そうに彼を睨んでいる。

 あら、ちゃんと私の事を見ててくれたのね。

 その事に少しだけ感心しながら、私は自分がこの事態を喜んでいる事に気付いた。

 私はこれから投獄され、処刑される。
 それなのに、ただ空が晴れている事が、こんなにも嬉しいなんて。

「ふふっ……だって、空が晴れているのですよ? おかしくありません?」
「は? 何を言っている? 確かに今朝は生憎の雨だったが……別に雨が止んで晴れたとしても、おかしくはないだろう」
「いえ、おかしいんです。だって今日は一日中、大雨になるはずだったんですもの。それはもう、あなたの声なんて全く聞こえなくなる程の酷い雨でしたわ」

 王太子は「気でもふれたか?」と怪訝そうな顔をしているけど、私は気にせず続けた。

「なんだか、運命が大きく変わった様な気がしますわ」
「は!! お前の運命などもう決まっている!! お前は一週間後、処刑台の上で――」

 その時、会場の外へ繋がる扉が開き、吹き込んだ風が私の頬を撫でた。

 会場内が、一気にどよめき出す。皆の視線が集まるその先には、古びたローブで身を包んだ人物が、こちらへ向かって歩いてきていた。

「誰だ貴様は!?」

 駆けつけてきた騎士達が、その人物の歩みを止めるように立ちはだかった。
 ――が、次の瞬間、その人物はフッと姿を消し、私の前に姿を現した。
 私のすぐ目の前まで歩み寄ると、膝を突き、被っていたフードを降ろして顔をあげた。

「アメリア嬢。大変遅くなり申し訳ありません。今、お迎えに上がりました」

 その声は――前回の死の間際に、私の名前を呼んだ声と同じだった。

 少し長めの黒髪の隙間から見えた、サファイアを連想させる青い瞳は、幼い頃に会った彼を連想させた。

「エドガー王子……?」

 そう呼ぶと、彼は少し照れた様な笑みを浮かべた。

「アメリア嬢、お久しぶりです。覚えて頂けて大変光栄です。ですが、僕はもう王子ではありません。どうか、エドとお呼び下さい」
「な!? エドガーだと!!? なぜウエスト国の王子がここにいる!? それにお前は行方不明になってたんじゃなかったのか!?」

 王太子が驚愕の表情でエドガー王子を問い詰めるが、エドガー王子は酷く冷たい視線を彼に向けた。

「ああ、生きていたのか。良かったな、サルウェル。ここにはアメリア嬢を迎えに来ただけだ。すぐに失礼するよ」
「なに!?」
「え……?」

 エドガー王子が「失礼します」と一言添えて、私を優しく抱きかかえた。

「待て!! その女は罪人だ!! 勝手に連れ出すなど許さん!!」
「彼女は罪人じゃない。何の罪も犯していない。全て、お前が仕組んだ事だろ?その証拠となる情報を、ある新聞社に渡しておいたよ。明日の朝を楽しみにしておくんだな」
「なんだと!!?」

 王太子の表情が一気に青ざめる。

「それでは、失礼する」

 エドガー王子の言葉が終わると同時に、視界が切り替わると、私と彼は王城の外へと移動していた。
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