とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。

三月叶姫

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side 悪役令嬢

私の名前を呼んだのは――?

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 あれは予知夢じゃなかったの? もしかして、私は過去に巻き戻ってるってことなの!?

 その疑問が確信に変わったのは、再び聖女の姿を確認した時だった。
 よく知ったその姿を見た私は、聖女が現れてから私が死ぬまでの一年間を繰り返しているのではないかと思い始めた。
 
 三回目となる今回は、少し慎重に行動する事にした。

 遠目から聖女を観察していると、彼女のピンチには必ず誰かが駆け付けている事が分かった。
 それは一人だけにとどまらず、多方面で人気のある男性陣が、聖女が困っていると決まって現れた。

 さすが、聖女様はみんなに愛されているのね。
 そんな光景を見ながら、私はある事に気付いた。
 聖女は私ではなく、あの男性陣の誰かに守られる事を望んでいたという事を。

 だからあの時、わざと足を滑らせて私の仕業に……つまり、私は邪魔だったって事ね。
 あまり聖女には近寄らない方が良さそうね。遠くから見守っていましょう。

 それなのに――。

 聖女暗殺未遂事件が今回も発生した。
 事前に私は、王太子に警告していた。
 誰かが聖女の命を狙っているから、気を付けて――と。
 だけどその発言が、逆に私が怪しいと疑われてしまった。

 結局、今回も私は婚約破棄後、処刑された。

 そして目を覚ます。一年前の同じ日に。

 繰り返す日々。
 聖女の暗殺未遂。
 婚約破棄。
 処刑。

 四回目、五回目……私の結末はいつも同じ。
 どれだけ抗おうとも、必ず聖女を殺そうとした罪により、私は処刑された。

 六回目。目覚めた私は、自らの手で自分の命を絶った。
 
 でも無駄だった。
 絶命したはずの私は、無傷の状態で再びベッドの上で目を覚ました。

 七回目。私は国外へと逃げ出した。けれど野盗に遭遇し、無慈悲な彼らに殺されてしまった。

 逃げる事も出来ない。

 八回目、九回目。何も変わらない。
 

 まるで悪役令嬢みたいね。

 十回目。目覚めた私は、今の自分を、よくある恋愛小説の登場人物に重ねていた。

 悪役令嬢。ヒロインのライバル役であり、読者からの嫌われ役。
 物語のクライマックスで、悪役令嬢はそれまでのヒロインに対する悪行を白日の下に晒され、断罪される。
 それが定番の展開で、読者が一番楽しみにするシーンの一つ。

 私が悪役令嬢だとしたら、一体何がいけなかったの?
 嫌がらせを受ける彼女を「ざまあみろ」と笑っていた事?
 神様に「彼女がいなくなりますように」とお願いした事? 
 それが、何回も死ななければならない程、罪な事だったというの?

 ただ……私は、誰かに愛されたかっただけ。
 私を命がけで産んだ母親は亡くなり、父親からの愛情も与えられる事がなかった私を、愛してくれる人がほしかった。
 聖女の様に、多くの人からの愛なんて望まない。
 たった一人の人に愛されるだけで良かったのに。
 その一つだけの愛情を求める事も、許されないの?


 十回目となる処刑台に立った私の目の前には、変わり映えのしない景色が広がっている。
 今か今かと、私に向けられた刃が振り下ろされるのを期待しながら待つ人々。
 見飽きてしまったその人達に向けて、私はいつもの様に微笑んだ。
 
 その時だった。
 誰かが投げた石が、私の額に直撃した。

「笑うな悪者め!! お前なんか死んじゃえばいいんだ!!」

 その言葉を私に向けて言い放った少年の姿は、まるで正義の味方を名乗るヒーローのように勇ましかった。
 その時、私の中で、何かがプツリと切れた気がした。
 じわりじわりと視界が歪みだす。

 ああ……駄目よ.......笑わないと……笑わないと……

 次の瞬間、私が貼り付けていた笑顔の仮面が、カランッと剥がれ落ちる音がした。
 私の瞳からは、堰を切ったように涙が溢れだした。

「お願い.......助けて――」

 涙を流し、掠れる声で必死に助けを求める私を見て、少年は不思議そうな顔をしていた。
 私は顔をゆがめ、嗚咽しながら涙を流した。
 それを見た人々は、これまでにない程の歓喜に沸いていた。
 
 私はこの世界から嫌われている。
 みんな、私が死ぬ事を望んでいる。
 きっとお父様からも、誰からも、私は愛される事はない。

 それならいっそのこと、本当に死ぬ事が出来たら良かったのに。
 なんで私を殺してくれないの?

 死神の鎌はもうすぐ振り下ろされる。
 そしてまたすぐに地獄の日々が始まるだろう。

 もう嫌……繰り返したくない。死にたい。もう死にたくない。どうか、今度こそ……

 目覚める事がありませんように――。

「アメリア!!!」

 ……え?

 長く聞いていなかった気がする私の名前を、誰かが叫んだ声がした。
 その姿を確認すること無く、私は今回の人生の幕を閉じた。



 今、私の名前を呼んだのは、誰だったの?――。
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