上 下
14 / 15

勇者としての使命(sideヴァイス)

しおりを挟む
 リーチェ、僕も同じだよ。
 君が僕のそばにいてくれるのなら、他の事なんてどうでもいいんだ。

 腕の中で眠る彼女に、転移魔法をかける。転移先は僕達が住む家のベッドの上。
 ここを片付けて家に帰ったら、服を着替えさせてあげないと。あとは湯浴みも念入りに。汚い男が触れた服はもちろん処分しないと。忙しくなりそうだから、さっさと片付けてしまおう。

 僕が力を解放させると、会場内にいる人間の足元から出現した闇が彼らを包み込む。

「うわああああああ!!!」
「きゃあああああああ!!?」

 必死に逃れようとする者も、恐怖で動けず固まっている者も全て、闇は容赦無く飲み込んでいく。

「安心するといい。それは君達を殺しはしない。何処までも続く闇の中で恐怖と苦しみを味わう事にはなるけど、いずれは解放されるはずだよ。その時に正常な精神で保てているかは分からないけどね」

 以前にも、リーチェは勇者の女だという理由で目を付けられ、僕の力を悪用しようとする連中に誘拐された事があった。
 あの時もすぐに駆け付けた僕が、彼女に危害を加えようとした連中に怒り任せに闇の力を発動させた。
 同じ事が二度と起きないよう、一部の人間をわざと生かして、彼女に二度と関わらない様にと徹底的に叩き込んだのだけど、またこんな事が起きるなんてね。
 ほんと、役に立たない奴らだな。

 その時の出来事も、リーチェの記憶から消しているから彼女は覚えていない。
 勇者と一緒にいるから狙われた。それが怖くて僕から彼女が離れていくんじゃないかと、気が気じゃなかった。

 僕だけのリーチェ。
 彼女の傍にいられればそれで良かったのに。
 彼女と一緒に過ごすうちに、僕はどんどん欲が出だした。
 彼女の喜びも、悲しみも、怒りも、すべて僕が生み出すものでありたい。

 僕が弱っている姿を見せれば、彼女は僕に寄り添い、抱きしめて慰めてくれた。
 それが嬉しくて僕は時々、彼女に弱い部分を見せた。

「二人だけで誰も居ない所へ逃げちゃおっか」

 リーチェのその言葉を聞いた時、僕は心の中で激しく同意した。
 その時の僕は、彼女となるべく長く一緒にいるために、のんびりと魔族を狩りながら勇者としての地位を保っていた。
 だけど、もしも二人だけの世界で暮らせたのなら――
 ああ、なんて幸せなことだろう。
 彼女を誰の目にも触れさせる事無く、僕だけのリーチェに出来るのなら……

 そうだ。
 それなら、二人だけの世界を作ればいい。

 それから、僕は一気に魔王を追いつめ討ち取った。
 そして皇帝が一人でいる時に彼の部屋へと侵入し、闇の力を見せつけながら話をした。
 皇帝の命令で、僕を誰も寄り付かない離島へ追いやるように命じろ、と。
 僕の本当の姿を知った皇帝は、恐怖で顔を歪ませながら、その首を縦に振るだけだった。

 優しいリーチェの事だから、そんな話を聞いたら必ず僕と一緒に暮らすと言ってくれるだろう。
 その思惑どおり、彼女は僕の為に怒りながら悲しみ、離れたくないと言ってくれた。
 予想外の嬉しい告白までしてくれて。
 
 そして彼女と僕、二人だけの世界を作り上げる事に成功した。

 全ては僕が望むままに――


「魔王様」

 突如聞こえてきたその声と気配にうんざりする。
 振り返ると膝をつき、僕の顔色を伺うように見上げる男の姿。赤い瞳を持ち、褐色の肌に尖った耳。人の姿に近いのは、魔族の中でも高位な証。

 どうやら強い闇の力を使ったせいで、魔界から魔族を呼び寄せてしまったようだ。

「僕は魔王じゃないって言っただろ」
「あ……すみません。ただ……あの聖剣をなんとかしてもらえませんか……?あれがあると、新しい魔族が生み出せない様で……」

 ああ、そういえばそうだった。

 魔王を倒したあの日、魔族達は僕を新たな魔王としてひれ伏せた。
 だけどそんなつもりは無い。僕に倒されたくなかったらさっさと魔界へ帰れと追い返した。
 その時に、折れた聖剣も一緒に魔界へと放り込んだ。ここにあっても邪魔だし、良いゴミ箱を見つけたと思った。

 本来なら使えないはずの聖剣を無理やり使っていたせいか、魔王との戦闘中にパキンっと間抜けな音と共に聖剣は折れた。
 そのおかげで僕は本来の力を出す事が出来て、魔王をあっさり倒してしまった。
 折れた聖剣は力の大半は失っていたが、それでも強力な力を宿していた。

「僕にとってもあれがあると邪魔なんだよね。ちょっとそっちで預かっててよ。僕はリーチェと一緒に居る限り、魔王になる事なんて無いから」
「では、あの女が死んだ暁には――」

「は?」

 何?何て言ったんだ?このゴミは?

 彼女のいない世界なんて、存在する意味がない。
 彼女がいるから、こんな世界でも美しく見えるんだ。
 それなのに……。

「そうか……僕とした事が、迂闊だったよ。リーチェと早く二人で暮らしたくて忘れていたよ。勇者としての使命をね」

 僕の中で膨れ上がる怒りと共に、魔界への入り口が大きく開き、その先へと僕は降り立った。

「え……?あ、聖剣を回収してくださるのですね!ありがとうございま……いや、絶対そんな雰囲気じゃなかったですよね?魔王さ――」

 うるさい奴。僕は魔王じゃないと言ってるだろう。
 僕は勇者だ。

 だから、魔族は一匹残らず消滅させて、この世界の平和を僕がきちんと守ってあげないとね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

処理中です...