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罪と罰。それでも彼女は笑ってくれるだろう(sideヴァイス)

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「ヴァイス!!!」

 家に戻ってきた僕を、転げそうな勢いでリーチェが走って出迎えた。

「ねえねえ!!私なんで家に戻ってきてるの!?教会は!?あの少年は!!?なんでこんな夜になってるの!!?どうゆう事!!?ああ!でもヴァイスが帰ってきて良かったぁ!!」

 リーチェは早口で一通り言い終えると、安心した様に僕に抱き着いてきた。
 そう混乱するのも当たり前だ。リーチェの記憶は教会の所で途切れているはずだから。
 本当は目覚める頃には僕も戻っているつもりだった。だけど、予定外のゴミ処理をしないといけなくなったから、おかげですっかり遅くなってしまった。

 僕は少し冷えてしまった彼女の体をギュッと抱き締めた。

「リーチェ、心配させてごめんね。あの教会は裏の組織と繋がっていたんだ。僕に洞窟の探索をさせて、その間に君を誘拐しようと目論んでいたんだ。だけど異変に気付いてすぐ戻ったから何事も無かったよ。ただ、君をあの場に置いておくのは危険だったから、転移魔法で先に家に戻ってもらってたんだ」

「あ……ああ、そういう事だったのね。神聖な教会までそんな事になってたなんて。本当、せっかく魔王がいなくなったっていうのに、この世界の人達は何をしているのよ。はぁ……ああ、もう。せっかくヴァイスが自由に動ける貴重な日だったのにぃ」

 リーチェはガックリと肩を落としてしょんぼりしている。彼女には悪いけど、その姿も可愛くて仕方ない。別に僕は彼女の側にいられるなら、島の中でも外でもどちらも変わりはないんだけどね。

「……ねえ、ヴァイス」

「?なんだい?」

 いつになく思い詰めた表情で、リーチェは僕を見据えた。

「もし……もしもね、新しい魔王が誕生したら、ヴァイスはまた、戦いに行くの?」

 そう聞く彼女の瞳は少し潤んでいる。まるで行かないでと訴えかけるように。
 ここでまた、君はどうしてほしいの?なんて聞いたら無理やり笑って嘘を言うんだろうね。
 あんなに本音を隠せないくせに、そこだけは隠し通すんだ。
 まあ、君の考えてる事は丸わかりなんだけどね。

「どうかな?もう聖剣も無いし、僕が戦う必要も無いんじゃないかな?リーチェに危害が及ばない限りは、僕が君の傍から離れる事はないよ」

 そう告げた瞬間、リーチェはパァァっと輝く様な笑顔を浮かべた。
 ほんと、反応が正直すぎて可愛くて困る。

 新しい魔王。その心配は無いだろう。
 魔王は魔族によって生み出されていた可能性が高い。闇の力を秘めた人間を探し出し、その力の使い方を教え、人間を憎み魔王になるようゆっくりと洗脳していく。僕に絡んでいた魔族のように。
 だけど、ついさっき魔界の魔族を一匹残らず掃除してきたし、聖剣も放置している。

 多分この先、新しい魔王なんてもう現れないんじゃないかな。
 そして聖剣が無くなった今、新しい勇者も現れない。
 繰り返されてきた勇者と魔王の戦いも、これで終わりを迎えたという訳だ。

 だとしても、この世界が平和になるとは限らない。
 この世界の住人達は、また勝手に新たな火種を自ら作っていくのだろう。

 ここにいる僕達には関係ない事だけどね。

「あれ?また黒髪増えた?」

 リーチェは不思議そうに僕の前髪に触れている。
 偽り続けた僕の髪色は、だんだんと染めにくくなってきている。
 いずれ、僕の髪色が元の黒髪へと完全に戻ってしまうのかもしれない。

 その時、リーチェはどんな反応を示すだろうか…。
 
 僕はずっと懸念していた事を、意を決して彼女に問いかけた。

「リーチェ。もし、僕達の間に生まれた子が黒い髪色をしていたとしたら、君はどう思う?」

 リーチェは僕の言葉の意味をすぐには理解出来なかった様で、首を傾げると、次第にその顔が真っ赤に染まっていった。

「え!?子供!?私と、ヴァイスの!?子供が出来るの!?」
「まあ、そういう事をしたら出来るかもしれないよね」
「そ……!!?」
 
 リーチェは口を開けたまま固まってしまったが、次第にその口元が緩みだしている。
 リーチェは思った事をつい口から出てしまう事を気にしているけど、その表情からも考えている事がだだ漏れだ。
 そんな彼女の嘘がつけない所も、素直で可愛いくて大好きなんだけどね。

「んっんん!そうね……黒髪ね。ヴァイスにそっくりの黒髪の子なら、きっと綺麗な子になるわ!男の子なら、勇者の素質を持つ黒髪イケメンになってたわね!最高じゃない!!」

 そう言い放ったリーチェのキラキラと光る笑顔が、初めて出会ったあの日の彼女に重なった。

「あ、勇者にはなれないか。聖剣はなくなっちゃったもんね。残念、イケメンは勇者になるための素質で……へ?ヴァイス?」

 リーチェは僕の顔を見た瞬間、目を見開き固まってしまった。
 なぜ彼女がそんな反応を見せたのかは分からない。
 だけどなんだろう……この胸の奥がつっかえる様な感覚は?

「どうしたの?なんで泣いてるの?」

 え……?

 リーチェの言葉を聞いて、僕は目から頬を伝う様に濡れている感覚に気付いた。
 泣いている……?なんで……。
 リーチェはハンカチで僕の涙を拭いてくれているけど、溢れ出す涙は止まらない。
 今までにも、彼女の前で涙を流す事はあった。
 だけどそれは彼女の気を引きたくて……つまり嘘泣きだった。

 だから自分の意思とは関係なく溢れ出るこれは一体なんなんだ?
 リーチェはどんな時に泣いていた?
 悲しい時。悔しい時。嬉しい時――感情が大きく揺さぶられた時――
 
 ああ……そうだ……僕は――


 僕はなんで、あの時の彼女との記憶を消してしまったんだろうか。
 

 リーチェは、初めて出会ったあの時から、少しも変わっていなかった。
 それなのに、僕は彼女を信じられず、自ら彼女との思い出を消してしまった。

 あの日、彼女は別れ際に「忘れないでね」と言った。
 その本当の意味を僕は分かっていなかった。僕さえ彼女の事を覚えていれば良いと思っていた。
 だけど、忘れられるという事が、こんなにも寂しくて悲しい事だったなんて……僕は知らなかったんだ。

 リーチェと過ごしたあの三日間は、偽る事のない、本当の僕の姿で彼女と過ごしたかけがえのない時間だった。
 たった一度しかない彼女との出会いを、彼女の記憶から消してしまった。
 あの時の思い出を、彼女と共有することはもう出来ない。

 僕は取り返しのつかない事をしてしまった。なんて愚かだったんだろうか……

「大丈夫?あ、もしかして私がいない間に誰かに嫌なことでも言われたとか!?」
「いや、違うんだ。自分のせいで、大事な物を無くしてしまった事に気付いたんだ」
「え!?なにそれ!?もしかしてさっきの街で無くしちゃったの!?すぐに探しに行きましょう!!私も一緒に探すから!!」
「ありがとう。でも、ずっと昔の事だから……いいんだ。君の傍にいられるだけで、僕は十分幸せだから」

 そう、これは僕の罪に対する罰でもある。
 自分の思うがままに、全てを偽り続けた自分への――

「じゃあ、それと同じくらい大事な物を作ればいいわ!それが物でも、思い出でも、なんだっていいわ!二人でいれば、これからなんだって出来るわよ!!」

 リーチェはニッコリと笑って僕をギュッと抱きしめてくれた。
 彼女の温もり……優しさが伝わってくる。締め付けられていた心まで彼女に抱きしめられた様だった。
 
「そうだね、作ろうか。僕達の子供を」
「ええ!そうね……っては!!?え……そ、それってつまり…………ちょっと今すぐ湯浴みしてきまっす!!!」

 バタバタと走りまわる彼女は、自分の部屋がどこだったか分からなくなるくらい混乱しているらしい。
 僕はそんな姿を微笑ましく見つめながら、先程まで激しく襲ってきた後悔が和らいでいる事に気付いた。

「ありがとう、リーチェ。君に出会えて、本当に僕は救われたんだよ」
「え?何を言ってるの?救われたのは私の方だけど……っていうか、ヴァイスがみんなを救ったんでしょ?」
「違うよ。僕を救ったのも、この世界を救ったのも全部、本当は君だったんだ」

 リーチェは動きを止め、僕の顔を見つめながらウルウルと瞳を潤ませた。

「ヴァイス……かわいそうに。きっと大事な物を無くしちゃったショックで、混乱しちゃってるのね。待ってて、今私が慰めてあげるから!!」

 そう言ってリーチェは湯浴み場へと駆け出して行った。
 うん、そうだね。一体どうやって慰めてくれるのか、期待しておこう。

 僕はカーテンを閉めようと、窓の前に立った。夜空に浮かび輝きを放つ満月が、街灯の無い島を明るく照らしている。

 リーチェ、さっき言った事は本当だよ。
 君がいなければ、きっと僕は魔王になっていただろう。
 こんな無意味な世界、一瞬で滅ぼしてしまっていたかもしれない。
 孤独という闇に捕らわれ寂しさに震える僕に光を灯し、手を差し伸べ、助け出してくれたのは君だった。
 僕を救い、この世界を救った本当の勇者は君だったんだ。
 
 
 僕はもう、君の前では何も偽らないと誓う。ありのままの姿を見せるよ。
 髪の色も、すぐに元の色に戻るだろう。
 それでももう、何も恐れることはない。
 
 「黒髪イケメン最高ね!!!」

 そう言って、君は笑ってくれるだろうから。
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