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1番怖いのは…

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「僕は君が望む方を選ぶよ。君が行けと言うならそうするし、行って欲しくないのならどこにも行かない。このまま君と一緒に街を歩いて回ろう。」

 え?助けを求めている人が目の前にいるのに、放っておくの?

「でも、ヴァイスは助けに行きたいんじゃないの?だってヴァイスは勇者だから――」

「僕が知りたいのは君の本当の気持ちだよ。君が望むのは勇者としての僕かい?それとも、恋人としての僕?」

 その表情に、いつもの笑顔は見られない。
 真剣な眼差しで私に明確な答えを求めている。

「なっ!?勇者様、私達を見捨てるのですか!?それなら私も黙ってはいられません!ここで断ると言うのなら、貴方の存在を世に――」
「ちょっと君、黙っててくれないかな?」

 ヴァイスは突き刺す様な冷たい声で神父に言い放った。神父は口を開けたまま言葉を失っている。

「さあ、リーチェ。君の本当の気持ちを教えて?」

 私の……本当の気持ち?
 私がここで行かないでって言えば、ヴァイスは私を選んでくれるっていうの?

 だけど、本当にそれでいいの?
 あなたは困ってる人を放ってはおけないはずでしょ?
 今までだってそうだったもの。あなたはとても優しい人。顔だけでなく、心もとても綺麗な人だから。
 私はそんなあなたに惹かれたのだから。

 でも、私はあなたとは違う。
 私はそんなに優しい人間じゃない。
 だって本当は私が一番喜んでいるの。
 この国から追放されて、二人だけの世界で暮らせている事を。

 だってみんなの勇者様じゃなくて、私だけのヴァイスになったのだから。
 ヴァイスがそばにいてくれるなら、本当は他のことなんてどうだっていい。

 だけど、そんな私はあなたに相応しくない。
 お願いだから、必死に隠してきたこの醜くて黒い本音だけは探らないで――

「ヴァイス、私の事は気にしないで。困っている人達を助けてあげて」

 私は精一杯の笑顔を貼り付けて、明るく言い放った。

「そう……やっぱり君はそう言うんだね」

 一瞬その瞳が曇ったかの様にも見えたけど、ヴァイスはすぐに顔を伏せ、私に背中を向けた。

「分かった。行ってくるよ。リーチェはここで待っているんだよ」

 そう言うと、ヴァイスは神父と共に外へと出て行った。

「うん……いってらっしゃい」

 遠くなるその背中に向かって投げかけた私の声は、消えそうな程小さかった。






 「はぁぁ……」
 
 あの後、私は教会の中にある別室へと案内された。
 用意されたティーカップのお茶を一気に飲み干し、深いため息をついた。

 これで良かったのよね?
 勇者の彼女なら、この答えが正解のはずよね?

 一人残された私は、孤独に支配されそうな心を慰める様、必死に自分に言い聞かせた。

 その時、コンコンとノック音が聞こえてきた。
 扉を開けるとそこには一人の少年が立っていた。
 見覚えのある顔に、私は息を飲んだ。

「あなた!さっきの盗みの少年じゃない!!」
「あ、やっぱりバレてた?お姉さん目がいいんだねぇ!」

 少年はそう言うと、何の断りもなくズカズカと部屋の中へ入ってきた。
 悪気なんてかけらも感じていないその笑顔が無性に腹が立つ。

「よくこの神聖な場所に入ってこれたわね。どうせここにも忍び込んで来たんでしょ?神様に懺悔でもする気だったのかしら?」
「あっははっ!勘違いしないでよ。僕はここに住んでるんだ。孤児のところをここの神父さんに拾われたんだ。あ、ちゃんとお茶も飲んでくれたみたいだね」

 ここに住んでるですって?一体どういう……

 突然、視界がグラりと揺れて、立っていられなくなった私は膝をついた。
 
 何?これ?
 まさかさっきのお茶に何か…?

「あと、こう見えて僕、本当はもう成人済みなんだ。体の成長を止める薬を飲んでるからね。子供の姿だと何かと便利なんだよ。大人は油断するし、女の人はすぐに同情してくれるからね。これも神父さんが教えてくれた、この世界で生き残る方法だよ」

 そう話す少年は悪魔の様な笑みを私に向けている。
 激しい眠気に襲われた私は目を開けていられず、床へと倒れた。
 
 ヴァイス、あなたの言う通り。見た目に騙されちゃ駄目ね。
 一番怖いのは人間だわ――

 そのまま私の意識は深い闇へと沈んでいった。
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