婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫

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14.心の声がダダ漏れじゃない?

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 ヴィンセント様が去った後も、相変わらず会場内は私達の話題で持ちきりだった。

 わざと聞こえるように言っているのだろうか?
 その真意は分からないけれど、ザワザワと騒がしさは増しすばかり。
 ここに一人で居ても仕方が無いので、私も外に出ようと歩き出した時、

「ちょっと、あなた」

 一人の令嬢が、心配する様に眉をひそめて声を掛けてきた。

「ねえねえ、本当にいいの? このままだと本当にあの人と結婚させられてしまうわよ? 今からでも考え直した方がいいんじゃないのかしら?」

 まるで「あなたの為を思って言っているのよ」とでも言いたげな言葉。だけど、ひねくれ者の私には「私はヴィンセント様の婚約者にはなりたくないけど、あなたが公爵令息と結婚するのは気に入らないの。だからやめときなさい」と聞こえた。

 そんな彼女に、私はニッコリと心からの笑みを浮かべてみせた。

「私は別に構いません。ヴィンセント様との婚約は私が望んでした事ですから」
「あ……あら、そうなの? 変わった趣味なのね……。それなら私も何も言う事はありませんわ。どうぞお幸せに」

 目元をピクつかせた笑みを浮かべてそう言うと、彼女は知り合いと思われる二人組の令嬢の元へと向かった。顔を見合わせるなりヒソヒソと何やら話し始める。
 その内容は聞きたくなくても、残念ながら私の耳には届いてしまう。

「なにあれ。せっかくあの子の為を思って言ってあげたのに……」
「ふふっ。強情な事を言っているけれど、やっぱりお金がいるのでしょうね」
「そうよ。そうに決まってるわ。でないとあんな人と結婚しようなんて思わないわよね」
「そういえば……去年も大雨の影響で北の辺境は大変な被害を被ったと聞きましたわ」
「まぁ、それは可哀想ね……。それでお金が必要になったという事かしら?」
「聞いた話によると、あの時も公爵様から多大な支援を受けたとか……」

 あら、さっき『何も言う事はありませんわ』とか言ったくせに、物凄く言いたい事があるようね。
 あまりにも的外れな話に馬鹿らしくなるけれど、いちいち訂正するのも面倒くさい。
 かと言って、聞いていてあまり気持ちの良いものでもない。
 やはりさっさとここから出ようと、会場の出口へと足を速める。

「……つまり、北の辺境伯は公爵様の援助を受ける為に、娘をあの男の婚約者として差し出したという事かしら」

 その言葉に、廊下に一歩踏み出していた私の足がピタリと急停止した。

「きっとそうに違いないわ。もしかしたら公爵様の方がそれを狙っていたのかもしれないわね。だってあんな男の婚約者になんて誰もなるはずがないのだから」
「確かに、それなら辻褄が合うわね……。でも公爵様も可哀想よね。本当ならヴィンセント様が爵位を継ぐはずなのに、あのような無能になるなんて……」
「ふふふっ……知ってる? 公爵様も昔は無能って呼ばれて――」

 ガァンッッ!!!

 突如、けたたましい音を会場内に響かせたのは私の右の拳だった。
 開け放たれていた木造の扉には、私が怒り任せに叩き付けた拳の衝撃でえぐられた様な凹みが出来ている。
 扉から拳を離すと、粉々に砕けた木くずがパラパラと床へ零れ落ちた。

 会場内のざわめきは瞬時に静まり、人々の視線は私へと集まる。
 だけどそんな事もどうでもよくなる程、私の胸の内は怒りで渦巻いている。

「ふざけんじゃないわよ……」

 怒りを含ませた一言をポツリと呟く。

 私は血が滴り落ちる拳を固く握りしめたまま、三人組の令嬢達へと視線を向ける。
 彼女達は私と目が合った瞬間、ビクッと肩を大きく跳ねさせ、怯える様に身を寄せ合い震えだした。
 静まり返る会場内に、コツッコツッとヒール音を奏でながら私は真っすぐ進む。

 向かう先はもちろん、真っ青に顔を染めた令嬢達の所。

「な、なによ!? 殴る気!? そんな事したら私の親が黙っていないわよ!」

 さっき私に声を掛けてきた令嬢が、眉を吊り上げ抗議の声を放つ。それに続けと、他の二人も強気に私を睨み付けてきた。

 そんな彼女達の姿に呆れるしかない。
 先程まであからさまに私達を侮辱していた発言について少しも反省が見られない。
 自分達の言葉がどれほど人の心を踏みにじっているのか、考えもしないのね。
 
 ヴィンセント様とは大違い。

 彼にも彼女達ほどの身勝手さが少しでもあれば、あんな風に苦しむ事はなかったのだろう。
 誰よりも優しい彼は、相手を傷付けるくらいなら自分が傷付く事を選ぶような人だから。

 だけど私は違う。
 私は彼みたいに優しい人間ではない。
 すぐに怒るしムキになるし負けず嫌い。手が出るのも口が出るのも早い。
 そうやって自分を守ってきた。心の奥に潜む弱い自分を――。

 たとえ彼女達が『儚く脆い存在』なのだとしても私には関係ない。
 彼女達は私が大切にしている人達を侮辱したのだから。
 何も知りもしないのに……目に見えるもの、聞こえる事だけを真実と決めつけて……。

 許さない。
 そっちがその気なら、こっちだって黙ってられないわよ。
 お望みとあらば、血みどろの肉弾戦でもなんでもやってやろうじゃないの。 
 
 私は彼女達の目の前で足を止めると、わざと横柄な態度を見せながら腕を組む。
 更には呆れる様に大きく溜息を吐くと、軽蔑の眼差しを向けて口を開いた。

「ねえ、あなた達。さっきから心の声がダダ漏れになってるんじゃない?」
「……は?」

 私の言葉に、令嬢達は呆気に取られた様に立ち尽くしている。
 何の返答も得られないようなので、私は言葉を続けた。

「別に心の中でなら何をどう思っていようと勝手だけど、それが口に出るようなら気を付けた方がいいわ。せっかく隠れているあなた達の心の醜さまでおもてに出てきちゃってるわよ」
「な……!? その言葉、そっくりそのままお返しするわよ! あなただってお金目当てで婚約したくせに! 心が醜いのはあなたの方じゃない!」
「確かに、洪水の被害については公爵様から多大な支援を頂いたわ。でもそれと私達の婚約は全く関係ない事よ。公爵様は気が進まなければ婚約解消しても良いと提言してくれているわ」

 私の説明を聞いた令嬢は小馬鹿にする様に鼻で笑う。

「ふっ……それはどうかしら? 口だけなら何とでも言えるものね」
「そうね。それならあなたはその減らない口をなんとかした方が良いんじゃない? あなたの言葉を聞いていると、なんだか不快すぎて首をぎゅっと絞めて黙らせたくなるわ」

 ニッコリと微笑みながら口元で両手の拳をギュッと握って見せると、彼女は血の気が引く様に顔を青く染め上げ、恐怖に顔を歪めた。

「は……? 何を……?」

 あら、私まで心の声が漏れてしまったみたいだわ。
 心の声って意外と簡単に出てしまうのね。
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