婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫

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12.儚く脆い存在 ※ヴィンセント視点

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 パーティ―会場を後にした俺は、長い廊下を歩きながら湧き上がる怒りで拳を強く握りしめていた。

 レイナが金目当てで俺と婚約しただと?
 ふざけるな。彼女はそんな人ではない。その家族も信頼するに足る人達だ。

 父上があの地へ多額の寄付金を贈った事は知っている。だが、それは全て被災した人達や被害の大きい地域の修繕に充てられていた。
 でなければ、辺境伯という爵位を持つ人間とその家族が、補修もままならないあんな古びた屋敷に住んでいる筈がない。
 使用人も雇わず食事も掃除も全て自分達で済ませ、それでいて毎日休む事無く汗水流しながら農作業に勤しんでいる。とても貴族がするような生活ではない。
 それなのに、レイナは不満の一つも言わず、それが当たり前であるかのように自分がやるべき仕事を黙々とこなしていた。
 
 レイナは他の女性達とは違う。それはすぐに分かった。

 最初はベタベタと体に触れてくる事もあったが、それもすぐになくなった。必要以上に近付いてくる事もなかった。
 それに俺がどんなに無様な姿を見せても、呆れる事無く優しく手を差し伸べ助けてくれる。
 戸惑いはしたものの、そんな彼女の優しさに救われる事もあった。
 彼女と過ごす時間は、不思議なほど心穏やかに過ごせた。
 あまり感情を表に出す事がない彼女だが、畑仕事をしている時の表情は生き生きとしていた。収穫した野菜を手に嬉しそうに笑う姿には思わず「可愛い」と呟きそうになった。
 その後、なぜか彼女は急に真っ赤になって恥ずかしそうにしていたが……そんな姿も可愛いと思った。

 女性に対して激しい嫌悪感を抱いている俺が、まさかそんな風に思える相手が出来るなんて……。

 あの時の俺は思いもしなかっただろう――。




 十二の時、俺の母上は亡くなった。

 弟を出産した母上は産後の肥立ちが悪く、驚く程あっけなくこの世を去った。
 母の葬儀の場。未だに死を受け入れられなかった俺に、父上は語りかけてきた。

「ヴィンセント。女性とは儚く脆い存在なのだ。だから女性には優しくしなければならないぞ」

 母上の死と共に心に植え付けられたその言葉は、俺の中で絶対的なルールとなった。



 
 幼い頃から俺の周りには多くの女性が寄ってきた。恐らく、父親譲りの端正な顔立ちと言われるこの顔のせいなのだろう。
 昔は適当にあしらっていたが、母上が亡くなってからはぞんざいに扱うような事は出来なくなった。
 声を掛けられれば話をするし、困っているようであれば手を差し伸べる。
 間違えても彼女達を傷付けるような事はしないようにと気を配った。
 
 だが、そんな俺の態度は大きな誤解を招くらしい。

「じゃあ、なんで私に優しくしてくれたのですか!?」

 俺に想いを告げてきた女性に、やんわりと断りを入れると決まってこの台詞が返ってくる。
 俺にとって、女性に優しくするのは当たり前の事でそこに特別な意味なんてなかった。

「別に君が特別だから優しくした訳じゃない。勝手に勘違いしたのはそっちだろ?」

 と口にしたいが、その言葉はグッと喉の奥に飲み込んだ。
 女性を傷付けるような事は言えない。
 そうするくらいならと、自分が我慢する事を選んだ。

「誤解させるような事をしてすまなかった」

 ただひたすらに、自分の非を認めて謝罪を繰り返す。一方的に責め続けてくる相手が納得するまで。

 なんで俺が謝らなければいけないんだ……。

 決して口にする事のない本音は心の奥深くに埋め続けて。



 
 女性からの好意に困っている事を同じ学園に通う友人に相談すると、何故か軽蔑の眼差しを向けられた。

「お前なあ。その顔で優しくされたら、どんな地味な女の子でも勘違いするに決まってるだろうが。自分の顔、鏡でちゃんと見た事あるか?」
「あるに決まっているだろうが」
「はぁーーーー。やだねぇ。これだから天然たらし君は……。あんまり女性を泣かすなよ? 女性の嫉妬は怖いからなぁ」

 ニヤニヤと面白そうに笑う友人を冷たく睨み付ければ、「そうそう! そういう視線を女子に向ければいいんじゃねえの?」と軽く言われた。

 だが、俺にとってはそんな簡単な事ではなかった。

 突き放す様な態度をとって相手を傷付ける事も、優しくして顔を赤らめ嬉しそうにする姿も……俺にとってはどちらも苦痛な事だった。

「いっそのこと誰かと付き合ってみればいいんじゃね?」

 再び軽口を叩く友人の言葉は無視する。

 そんな事、出来る筈が無い。それだけは絶対に嫌だ。
 女性に優しくする一方で、俺は女性に対して激しい嫌悪感を抱く様になっていた。

 俺が女性を拒めない事を知ってか、以前にも増して俺の周りには多くの女性が集まってくるようになった。
 告白されずとも、相手が自分に好意を寄せている事は視線や態度からも明白だった。
 体を寄せて熱のある視線を向けられ、ベタベタと好き勝手に触れてくる。その手を振りほどく事も出来ず、作り物の笑顔を貼り付けてひたすら耐える日々。
 中には変な薬を盛られて一方的に押し倒され既成事実を作らされそうになった事もあった。それも一回や二回には留まらず。告白を断った女性に逆恨みされ、身の危険を感じる事も。

 女性に対する不快感は日を追うごとに膨れ上がった。
 媚びを売る様に声を掛けられる事も、必要以上に触れられる事も、熱い視線を向けられる事も……何もかもにうんざりする。
 それなのに、彼女達を邪険に扱う事も出来なかった。
 
 女性には優しくしなければいけない。
 傷付ける様な事をしてはいけない。

 彼女達は、儚く脆い存在なのだから――。

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