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10.王太子の婚約破棄
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王太子殿下は凛とした姿で会場の中央へとやって来ると、一人の女性の前で立ち止まった。
その女性は王太子殿下とその隣に寄り添う女性に視線を送り、何かを察する様に口を開いた
「カロル様。これは一体どういう事か、説明していただけますか?」
その口ぶりから、彼女が王太子殿下の婚約者なのだろうか。
彼女は特に動じる様子も無く、表情を引きしめたまま王太子殿下と真っ直ぐ向かい合っている。
そんな彼女を王太子殿下はキッと睨み付け、その顔に向かって人差し指を突き立てた。
「エミリア。君との婚約は破棄させてもらう!」
突然の婚約破棄宣言に、会場内は一斉にどよめきが起こる。
そんな事はお構いなしにと、王太子殿下は言葉を続けた。
「君は日頃から同じ学園の気に入らない女子生徒に数々の嫌がらせをしていたと聞いている。君がそんな酷い人だったとはガッカリしたよ……。君みたいな野蛮な女性をこの国の王妃にする訳にはいかない」
「……そのような事をした覚えはございませんが」
「しらを切っても無駄だ。目撃証言もある。なにより、彼女が勇気を持って僕に教えてくれたよ。さぁ、クリスティーヌ。僕がそばに居るから何も恐れる事はない。君は堂々と僕の隣に居てくれればいいんだ」
クリスティーヌと呼ばれた女性は、不安そうに王太子殿下をジッと見つめると、息を合わせるかのように頷き合う。
そんな二人の姿を見てエミリア様は首を傾げる。
「……私がクリスティーヌさんに嫌がらせをしていたと?」
「そうです! エミリア様に虐められていた事、全てカロル様にお話しました!」
「私があなたに何をしたというの?」
「とぼけないでください! 私のお父様が借金をしてまで用意してくれた唯一のドレスをズタズタに切り裂き、お母様の形見であるネックレスもあなたが奪ったじゃありませんか! 他にも数々の暴力や暴言……本当に私……辛くて……うっ……うう」
突如、涙を流し手で顔を覆うクリスティーヌに王太子殿下が駆け寄り、弱々しく震える肩を抱き寄せる。
「もういい。クリスティーヌ……。君は十分頑張った。あとは僕に任せるんだ」
「カロル様……」
熱く見つめ合う二人にエミリア様は氷の様に冷めたい視線を向ける。
「……どれも身に覚えのない事です」
「そんな……! 私はこんなに傷付いているのに……あなたは全てお忘れになったというのですか!?」
「忘れるもなにも、そんな事をしていないのだから――」
「いい加減にしろ! エミリア、君がどう弁明しようがこちらには証人がいる。無駄なあがきはやめるんだな」
「……」
声を張り上げて威圧する王太子殿下に、エミリア様は諦めた様子で小さく溜息を吐く。
すると、王太子殿下は切なげに眉を寄せ、クリスティーヌをギュッと抱きしめた。
「君の報復を恐れる事なく、クリスティーヌは勇気を出して真実を話してくれた。そんな彼女の儚くも美しく思える姿に僕は感動したんだ。だから僕もクリスティーヌを守りたいと……そう強く思ったんだ。そして彼女と共に過ごすうちに、愛しい気持ちが抑えきれなくなった。そう……僕は真実の愛を見つけたんだ」
「真実の愛?」
酔いしれる様に語る王太子殿下に、エミリア嬢は冷めた視線を向けたまま雑に問う。
「そうだ。何よりも誰よりも愛しい存在。何を犠牲にしてでも守りたいと思った……それがクリスティーヌだったんだ」
「カロル様……嬉しいです」
瞳に涙を潤ませ見つめ合う二人の姿を、演技臭いと思ってしまうのは私がひねくれているからだろうか。
「愛しているよ。クリスティーヌ……。君さえいれば、僕はもう何もいらない」
「私もです……。カロル様。愛しています」
うっとりとした眼差しを交わし合い身を寄せ合う二人は、計算され尽くしたかの様に照明が一番よく当たる場所に位置取っている。
周囲からはザワッと歓声が上がり、観衆の中には瞳を潤ませ感動する姿を見せる者も。
身分差を乗り越えて結ばれようとしている二人と、それを見守る客集。という、まるで演劇の舞台でも見ているかの様な一体感がこの場に生まれている。
そんな中、一人孤立しているエミリア様は呆れた様子で再び溜息を吐き、肩を落とした。
「……分かりました。でしたら私はもう、ここにいる必要も無いという事ですね。国王陛下に合わせる顔もありません。これで失礼させて頂きます」
深々と頭を下げると、エミリア様は凛とした表情で王太子を真っすぐ見つめた後、潔く踵を返した。
その後ろ姿に向かって王太子が呼び止める。
「待て。貴様には僕の婚約者を虐めた罪の罰を――」
「その件に関して、私は何も申し立て致しません。そちらの決定事項に従いますので。では、末永くお幸せに」
背を向けたままそう言うと、エミリア様は振り返る事なく会場を後にした。
「ちっ……やはり可愛げのない女だな」
ボソリと呟いた王太子殿下の声は、きっと誰にも届いていないだろう。
地獄耳の私以外には。
その女性は王太子殿下とその隣に寄り添う女性に視線を送り、何かを察する様に口を開いた
「カロル様。これは一体どういう事か、説明していただけますか?」
その口ぶりから、彼女が王太子殿下の婚約者なのだろうか。
彼女は特に動じる様子も無く、表情を引きしめたまま王太子殿下と真っ直ぐ向かい合っている。
そんな彼女を王太子殿下はキッと睨み付け、その顔に向かって人差し指を突き立てた。
「エミリア。君との婚約は破棄させてもらう!」
突然の婚約破棄宣言に、会場内は一斉にどよめきが起こる。
そんな事はお構いなしにと、王太子殿下は言葉を続けた。
「君は日頃から同じ学園の気に入らない女子生徒に数々の嫌がらせをしていたと聞いている。君がそんな酷い人だったとはガッカリしたよ……。君みたいな野蛮な女性をこの国の王妃にする訳にはいかない」
「……そのような事をした覚えはございませんが」
「しらを切っても無駄だ。目撃証言もある。なにより、彼女が勇気を持って僕に教えてくれたよ。さぁ、クリスティーヌ。僕がそばに居るから何も恐れる事はない。君は堂々と僕の隣に居てくれればいいんだ」
クリスティーヌと呼ばれた女性は、不安そうに王太子殿下をジッと見つめると、息を合わせるかのように頷き合う。
そんな二人の姿を見てエミリア様は首を傾げる。
「……私がクリスティーヌさんに嫌がらせをしていたと?」
「そうです! エミリア様に虐められていた事、全てカロル様にお話しました!」
「私があなたに何をしたというの?」
「とぼけないでください! 私のお父様が借金をしてまで用意してくれた唯一のドレスをズタズタに切り裂き、お母様の形見であるネックレスもあなたが奪ったじゃありませんか! 他にも数々の暴力や暴言……本当に私……辛くて……うっ……うう」
突如、涙を流し手で顔を覆うクリスティーヌに王太子殿下が駆け寄り、弱々しく震える肩を抱き寄せる。
「もういい。クリスティーヌ……。君は十分頑張った。あとは僕に任せるんだ」
「カロル様……」
熱く見つめ合う二人にエミリア様は氷の様に冷めたい視線を向ける。
「……どれも身に覚えのない事です」
「そんな……! 私はこんなに傷付いているのに……あなたは全てお忘れになったというのですか!?」
「忘れるもなにも、そんな事をしていないのだから――」
「いい加減にしろ! エミリア、君がどう弁明しようがこちらには証人がいる。無駄なあがきはやめるんだな」
「……」
声を張り上げて威圧する王太子殿下に、エミリア様は諦めた様子で小さく溜息を吐く。
すると、王太子殿下は切なげに眉を寄せ、クリスティーヌをギュッと抱きしめた。
「君の報復を恐れる事なく、クリスティーヌは勇気を出して真実を話してくれた。そんな彼女の儚くも美しく思える姿に僕は感動したんだ。だから僕もクリスティーヌを守りたいと……そう強く思ったんだ。そして彼女と共に過ごすうちに、愛しい気持ちが抑えきれなくなった。そう……僕は真実の愛を見つけたんだ」
「真実の愛?」
酔いしれる様に語る王太子殿下に、エミリア嬢は冷めた視線を向けたまま雑に問う。
「そうだ。何よりも誰よりも愛しい存在。何を犠牲にしてでも守りたいと思った……それがクリスティーヌだったんだ」
「カロル様……嬉しいです」
瞳に涙を潤ませ見つめ合う二人の姿を、演技臭いと思ってしまうのは私がひねくれているからだろうか。
「愛しているよ。クリスティーヌ……。君さえいれば、僕はもう何もいらない」
「私もです……。カロル様。愛しています」
うっとりとした眼差しを交わし合い身を寄せ合う二人は、計算され尽くしたかの様に照明が一番よく当たる場所に位置取っている。
周囲からはザワッと歓声が上がり、観衆の中には瞳を潤ませ感動する姿を見せる者も。
身分差を乗り越えて結ばれようとしている二人と、それを見守る客集。という、まるで演劇の舞台でも見ているかの様な一体感がこの場に生まれている。
そんな中、一人孤立しているエミリア様は呆れた様子で再び溜息を吐き、肩を落とした。
「……分かりました。でしたら私はもう、ここにいる必要も無いという事ですね。国王陛下に合わせる顔もありません。これで失礼させて頂きます」
深々と頭を下げると、エミリア様は凛とした表情で王太子を真っすぐ見つめた後、潔く踵を返した。
その後ろ姿に向かって王太子が呼び止める。
「待て。貴様には僕の婚約者を虐めた罪の罰を――」
「その件に関して、私は何も申し立て致しません。そちらの決定事項に従いますので。では、末永くお幸せに」
背を向けたままそう言うと、エミリア様は振り返る事なく会場を後にした。
「ちっ……やはり可愛げのない女だな」
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地獄耳の私以外には。
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