婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫

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08.私の王子様

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「な!? 公爵令息が……次期国王の座を狙っている!?」
「何という事だ……。確かにヴィンセント様も王族の血を継いでいるが……本気なのか?」
「だが王太子は既に決まっているんだぞ!? 戦争でも始める気か!?」

 野次馬達がとんでもない事を言い出した。王宮の目の前で。

 お願いだから、そんな物騒な事は心の中に留めておいてほしい。
 王宮前に立ってる警備の騎士さん達が物凄い目でこちらを凝視している。

 もちろん、ヴィンセント様にそんなつもりはこれっぽっちもない。
 公爵の爵位すらも嫌がる人間が、国王になりたいと思うはずが無い。
 純粋にお城へ憧れを抱く子供のイメージでそんな事を言い放ったのだろうが、残念ながら君は大人だ。
 それに公爵様は国王陛下のでもある。その息子が王様になりたいなんて事は絶対に言ってはいけない。

(ふっ……王宮前でこんな恥晒す様な男、すぐにでも見捨てたくなるだろう。いいんだぞ。ここで婚約破棄を申し立ててもらっても)

 ええ、そうね。ちょっと見捨てたくなったわ。
 まだ王宮の中にすら入っていないというのに、いきなり首が飛んでもおかしくないイベントを引き起こさないでほしい。

 すでに私の心境的には、今すぐこの男の首根っこ掴んで馬車に投げ込み、回れ右して帰りたい。
 だけどこのままでは明日の新聞に『公爵令息の宣戦布告か!?』とかいう見出しが出されてそうで怖い。
 そんな事になれば、ヴィンセント様の弟が爵位を引き継ぐ前に公爵様がショック死してしまうかもしれない。
 そしたらヴィンセント様が爵位を継いで公爵に……え、何その恐怖のシナリオは。

 とりあえずこのままにしておく訳にはいかない。
 この状況をなんとか打破しなければ……!

 あまり使う事の無い頭を必死にフル回転させた私は、ヴィンセント様の腕に手を絡ませ、体を出来る限り密着させた。
 上目遣いでヴィンセント様を見上げ、ぷくっと口を膨らませて、少しだけ眉尻を吊り上げた。

「もう……ヴィンセント様は私の王子様なんですからね! みんなの王様なんて私は嫌です!」

 そう言い放つと、ヴィンセント様はキョトンとした顔でぱちくりと瞬きしてこちらを見ている。
 さらに私は眉尻を下げて瞳を潤ませる。

「これからもずっと、私だけの王子様でいてください。そしていつか、こんなに素敵なお城の様な二人の愛の巣を作って、そこで一緒に暮らして幸せになれたら……なぁーんて。てへ」

 ……自分で言っておいてなんだけど。これは無いわ。最後らへん恥ずかしくなって誤魔化そうとして一言放った言葉も余計すぎた……。

 目の前のヴィンセント様も、どういう顔をすれば良いのか分からないように戸惑っている。ってちょっと待って。全部あなたのせいなのよ……? あなたが私にこんなセリフを言わせてるのよ……? それなのに「何言ってんだこいつ」みたいな顔は私に対する深刻な裏切りだわ。

(……)

 心の声も黙ってないで何か言って。

「……あっはは! レイナちゃんったら、冗談だよー! 僕はずっとレイナちゃんの王子様だからねー!」
「まあ、ヴィンセント様ったら! うふふ!」

(……王子様ってどういう事だ?)

 知らないわよ。あまりぶり返さないでほしい。記憶から消してくれるかしら。

「え? じゃあ別にこの国の王を狙っている訳じゃないのか……?」
「なんだ、恋人同士のただの戯れだったのか」
「それにしてもヴィンセント様の様子、おかしくないか? 振る舞いがまるで子供の様だが……?」
「いや、ヴィンセント様だけじゃなくて、婚約者の方もちょっとおかしくないか?」

 とりあえずは、ヴィンセント様が国王の座を狙っている疑惑は晴れたらしい。
 代わりに私が変人扱いされる事になったみたいだけど。

「何あれ? やっぱりあの噂は本当だったのね。ヴィンセント様が子供返りしてしまったという……」
「あんなにお美しい方なのに勿体ないわ……。でもさすがに、婚約者としてはないわね」
「あの婚約者も、よくあんな男と一緒にいられるわね。恥ずかしくないのかしら?」

 もはや女性達の間でヴィンセント様に好意の目を向ける人は一人も残っていない。
 こうやって彼は今までもずっと、女性達を避け続けてきたのだろう。

 それにしても、なるべく彼の醜態を見せないようにと思っていたものの、こうなってはもはや手遅れ。
 彼の醜態どころか私まで醜態を晒す羽目になってしまった。先行きが不安すぎる。

 私は一度目を閉じ、これからの長い夜の戦いへ思いを馳せながらも、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 ……よし。国王陛下に挨拶済ませたらさっさと帰ろう。

 そう心に固く誓う。

「では、ヴィンセント様! 参りますよ!」

 私はヴィンセント様の腕を半ば強引に引っ張り、王宮へと続く階段へと歩いていく。

「あ! 待って!」

 いざ、階段を登ろうとした時に、ヴィンセント様が慌てた様子で声を掛けて来た。

(階段か……それならばあれをやらねばならない)

 え、なんだろう。もしかして、男らしくエスコートでもしてくれるのかしら……?

「レイナちゃん! じゃんけんして勝った方が階段を登れるやつ――」
「致しません」

 一瞬でも期待した私が馬鹿だった。
 
 ヴィンセント様がその事を言い終わるよりも先に返事を返し、彼を引きずる様に階段を登り始める。
 そんな私の耳にはクスクスと笑う声と面白そうに話す声が聞こえてくる。

「あら? あの子って確か、北の辺境伯の娘だわ。あの貧乏伯の……まさかあの子がヴィンセント様の婚約者になったの?」
「え、鍬ばっかり振り回して、頭まで脳筋になってるっていう?」
「まあ。曲者同士でお似合いね」

 あら、私って意外と名が知れていたのね。別に嬉しくもないけど。

 自分の地獄耳が恨めしいわね。
 それとも、みんなの心の声まで聞こえてくるようになったのかしら?
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