8 / 21
08.私の王子様
しおりを挟む
「な!? 公爵令息が……次期国王の座を狙っている!?」
「何という事だ……。確かにヴィンセント様も王族の血を継いでいるが……本気なのか?」
「だが王太子は既に決まっているんだぞ!? 戦争でも始める気か!?」
野次馬達がとんでもない事を言い出した。王宮の目の前で。
お願いだから、そんな物騒な事は心の中に留めておいてほしい。
王宮前に立ってる警備の騎士さん達が物凄い目でこちらを凝視している。
もちろん、ヴィンセント様にそんなつもりはこれっぽっちもない。
公爵の爵位すらも嫌がる人間が、国王になりたいと思うはずが無い。
純粋にお城へ憧れを抱く子供のイメージでそんな事を言い放ったのだろうが、残念ながら君は大人だ。
それに公爵様は国王陛下の兄でもある。その息子が王様になりたいなんて事は絶対に言ってはいけない。
(ふっ……王宮前でこんな恥晒す様な男、すぐにでも見捨てたくなるだろう。いいんだぞ。ここで婚約破棄を申し立ててもらっても)
ええ、そうね。ちょっと見捨てたくなったわ。
まだ王宮の中にすら入っていないというのに、いきなり首が飛んでもおかしくないイベントを引き起こさないでほしい。
すでに私の心境的には、今すぐこの男の首根っこ掴んで馬車に投げ込み、回れ右して帰りたい。
だけどこのままでは明日の新聞に『公爵令息の宣戦布告か!?』とかいう見出しが出されてそうで怖い。
そんな事になれば、ヴィンセント様の弟が爵位を引き継ぐ前に公爵様がショック死してしまうかもしれない。
そしたらヴィンセント様が爵位を継いで公爵に……え、何その恐怖のシナリオは。
とりあえずこのままにしておく訳にはいかない。
この状況をなんとか打破しなければ……!
あまり使う事の無い頭を必死にフル回転させた私は、ヴィンセント様の腕に手を絡ませ、体を出来る限り密着させた。
上目遣いでヴィンセント様を見上げ、ぷくっと口を膨らませて、少しだけ眉尻を吊り上げた。
「もう……ヴィンセント様は私の王子様なんですからね! みんなの王様なんて私は嫌です!」
そう言い放つと、ヴィンセント様はキョトンとした顔でぱちくりと瞬きしてこちらを見ている。
さらに私は眉尻を下げて瞳を潤ませる。
「これからもずっと、私だけの王子様でいてください。そしていつか、こんなに素敵なお城の様な二人の愛の巣を作って、そこで一緒に暮らして幸せになれたら……なぁーんて。てへ」
……自分で言っておいてなんだけど。これは無いわ。最後らへん恥ずかしくなって誤魔化そうとして一言放った言葉も余計すぎた……。
目の前のヴィンセント様も、どういう顔をすれば良いのか分からないように戸惑っている。ってちょっと待って。全部あなたのせいなのよ……? あなたが私にこんなセリフを言わせてるのよ……? それなのに「何言ってんだこいつ」みたいな顔は私に対する深刻な裏切りだわ。
(……)
心の声も黙ってないで何か言って。
「……あっはは! レイナちゃんったら、冗談だよー! 僕はずっとレイナちゃんの王子様だからねー!」
「まあ、ヴィンセント様ったら! うふふ!」
(……王子様ってどういう事だ?)
知らないわよ。あまりぶり返さないでほしい。記憶から消してくれるかしら。
「え? じゃあ別にこの国の王を狙っている訳じゃないのか……?」
「なんだ、恋人同士のただの戯れだったのか」
「それにしてもヴィンセント様の様子、おかしくないか? 振る舞いがまるで子供の様だが……?」
「いや、ヴィンセント様だけじゃなくて、婚約者の方もちょっとおかしくないか?」
とりあえずは、ヴィンセント様が国王の座を狙っている疑惑は晴れたらしい。
代わりに私が変人扱いされる事になったみたいだけど。
「何あれ? やっぱりあの噂は本当だったのね。ヴィンセント様が子供返りしてしまったという……」
「あんなにお美しい方なのに勿体ないわ……。でもさすがに、婚約者としてはないわね」
「あの婚約者も、よくあんな男と一緒にいられるわね。恥ずかしくないのかしら?」
もはや女性達の間でヴィンセント様に好意の目を向ける人は一人も残っていない。
こうやって彼は今までもずっと、女性達を避け続けてきたのだろう。
それにしても、なるべく彼の醜態を見せないようにと思っていたものの、こうなってはもはや手遅れ。
彼の醜態どころか私まで醜態を晒す羽目になってしまった。先行きが不安すぎる。
私は一度目を閉じ、これからの長い夜の戦いへ思いを馳せながらも、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
……よし。国王陛下に挨拶済ませたらさっさと帰ろう。
そう心に固く誓う。
「では、ヴィンセント様! 参りますよ!」
私はヴィンセント様の腕を半ば強引に引っ張り、王宮へと続く階段へと歩いていく。
「あ! 待って!」
いざ、階段を登ろうとした時に、ヴィンセント様が慌てた様子で声を掛けて来た。
(階段か……それならばあれをやらねばならない)
え、なんだろう。もしかして、男らしくエスコートでもしてくれるのかしら……?
「レイナちゃん! じゃんけんして勝った方が階段を登れるやつ――」
「致しません」
一瞬でも期待した私が馬鹿だった。
ヴィンセント様がその事を言い終わるよりも先に返事を返し、彼を引きずる様に階段を登り始める。
そんな私の耳にはクスクスと笑う声と面白そうに話す声が聞こえてくる。
「あら? あの子って確か、北の辺境伯の娘だわ。あの貧乏伯の……まさかあの子がヴィンセント様の婚約者になったの?」
「え、鍬ばっかり振り回して、頭まで脳筋になってるっていう?」
「まあ。曲者同士でお似合いね」
あら、私って意外と名が知れていたのね。別に嬉しくもないけど。
自分の地獄耳が恨めしいわね。
それとも、みんなの心の声まで聞こえてくるようになったのかしら?
「何という事だ……。確かにヴィンセント様も王族の血を継いでいるが……本気なのか?」
「だが王太子は既に決まっているんだぞ!? 戦争でも始める気か!?」
野次馬達がとんでもない事を言い出した。王宮の目の前で。
お願いだから、そんな物騒な事は心の中に留めておいてほしい。
王宮前に立ってる警備の騎士さん達が物凄い目でこちらを凝視している。
もちろん、ヴィンセント様にそんなつもりはこれっぽっちもない。
公爵の爵位すらも嫌がる人間が、国王になりたいと思うはずが無い。
純粋にお城へ憧れを抱く子供のイメージでそんな事を言い放ったのだろうが、残念ながら君は大人だ。
それに公爵様は国王陛下の兄でもある。その息子が王様になりたいなんて事は絶対に言ってはいけない。
(ふっ……王宮前でこんな恥晒す様な男、すぐにでも見捨てたくなるだろう。いいんだぞ。ここで婚約破棄を申し立ててもらっても)
ええ、そうね。ちょっと見捨てたくなったわ。
まだ王宮の中にすら入っていないというのに、いきなり首が飛んでもおかしくないイベントを引き起こさないでほしい。
すでに私の心境的には、今すぐこの男の首根っこ掴んで馬車に投げ込み、回れ右して帰りたい。
だけどこのままでは明日の新聞に『公爵令息の宣戦布告か!?』とかいう見出しが出されてそうで怖い。
そんな事になれば、ヴィンセント様の弟が爵位を引き継ぐ前に公爵様がショック死してしまうかもしれない。
そしたらヴィンセント様が爵位を継いで公爵に……え、何その恐怖のシナリオは。
とりあえずこのままにしておく訳にはいかない。
この状況をなんとか打破しなければ……!
あまり使う事の無い頭を必死にフル回転させた私は、ヴィンセント様の腕に手を絡ませ、体を出来る限り密着させた。
上目遣いでヴィンセント様を見上げ、ぷくっと口を膨らませて、少しだけ眉尻を吊り上げた。
「もう……ヴィンセント様は私の王子様なんですからね! みんなの王様なんて私は嫌です!」
そう言い放つと、ヴィンセント様はキョトンとした顔でぱちくりと瞬きしてこちらを見ている。
さらに私は眉尻を下げて瞳を潤ませる。
「これからもずっと、私だけの王子様でいてください。そしていつか、こんなに素敵なお城の様な二人の愛の巣を作って、そこで一緒に暮らして幸せになれたら……なぁーんて。てへ」
……自分で言っておいてなんだけど。これは無いわ。最後らへん恥ずかしくなって誤魔化そうとして一言放った言葉も余計すぎた……。
目の前のヴィンセント様も、どういう顔をすれば良いのか分からないように戸惑っている。ってちょっと待って。全部あなたのせいなのよ……? あなたが私にこんなセリフを言わせてるのよ……? それなのに「何言ってんだこいつ」みたいな顔は私に対する深刻な裏切りだわ。
(……)
心の声も黙ってないで何か言って。
「……あっはは! レイナちゃんったら、冗談だよー! 僕はずっとレイナちゃんの王子様だからねー!」
「まあ、ヴィンセント様ったら! うふふ!」
(……王子様ってどういう事だ?)
知らないわよ。あまりぶり返さないでほしい。記憶から消してくれるかしら。
「え? じゃあ別にこの国の王を狙っている訳じゃないのか……?」
「なんだ、恋人同士のただの戯れだったのか」
「それにしてもヴィンセント様の様子、おかしくないか? 振る舞いがまるで子供の様だが……?」
「いや、ヴィンセント様だけじゃなくて、婚約者の方もちょっとおかしくないか?」
とりあえずは、ヴィンセント様が国王の座を狙っている疑惑は晴れたらしい。
代わりに私が変人扱いされる事になったみたいだけど。
「何あれ? やっぱりあの噂は本当だったのね。ヴィンセント様が子供返りしてしまったという……」
「あんなにお美しい方なのに勿体ないわ……。でもさすがに、婚約者としてはないわね」
「あの婚約者も、よくあんな男と一緒にいられるわね。恥ずかしくないのかしら?」
もはや女性達の間でヴィンセント様に好意の目を向ける人は一人も残っていない。
こうやって彼は今までもずっと、女性達を避け続けてきたのだろう。
それにしても、なるべく彼の醜態を見せないようにと思っていたものの、こうなってはもはや手遅れ。
彼の醜態どころか私まで醜態を晒す羽目になってしまった。先行きが不安すぎる。
私は一度目を閉じ、これからの長い夜の戦いへ思いを馳せながらも、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
……よし。国王陛下に挨拶済ませたらさっさと帰ろう。
そう心に固く誓う。
「では、ヴィンセント様! 参りますよ!」
私はヴィンセント様の腕を半ば強引に引っ張り、王宮へと続く階段へと歩いていく。
「あ! 待って!」
いざ、階段を登ろうとした時に、ヴィンセント様が慌てた様子で声を掛けて来た。
(階段か……それならばあれをやらねばならない)
え、なんだろう。もしかして、男らしくエスコートでもしてくれるのかしら……?
「レイナちゃん! じゃんけんして勝った方が階段を登れるやつ――」
「致しません」
一瞬でも期待した私が馬鹿だった。
ヴィンセント様がその事を言い終わるよりも先に返事を返し、彼を引きずる様に階段を登り始める。
そんな私の耳にはクスクスと笑う声と面白そうに話す声が聞こえてくる。
「あら? あの子って確か、北の辺境伯の娘だわ。あの貧乏伯の……まさかあの子がヴィンセント様の婚約者になったの?」
「え、鍬ばっかり振り回して、頭まで脳筋になってるっていう?」
「まあ。曲者同士でお似合いね」
あら、私って意外と名が知れていたのね。別に嬉しくもないけど。
自分の地獄耳が恨めしいわね。
それとも、みんなの心の声まで聞こえてくるようになったのかしら?
10
お気に入りに追加
931
あなたにおすすめの小説
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

【短編】ショボい癒やし魔法の使い方
犬野きらり
恋愛
悪役令嬢のその後、それぞれある一つの話
アリスは悪役令嬢として断罪→国外追放
何もできない令嬢だけどショボい地味な癒し魔法は使えます。
平民ならヒロイン扱い?
今更、お願いされても…私、国を出て行けって言われたので、私の物もそちらの国には入れられません。
ごめんなさい、元婚約者に普通の聖女
『頑張って』ください。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる