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ACT.3
3-1
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次の日、パーズたち三人は村の中を歩いていた。アイラに教わったルードの家を目指しているのだ。
曇りがちな天気だが、ときおり見せる雲の切れ間に空の青さを覗かせていた。村では農夫たちが仕事に精を出している。決して豊かとはいえない小さな村だった。森を開墾して作った畑と僅かばかりの家畜の群れ。
大国と呼ばれるティスターナであっても、こうした貧しい村は国の各地に点在している。
案内を申し出たアイラを、イェルラは丁重に断った。自分から話はしなかったが、彼女は恐らくルードの死体の第一発見者だ。昨夜の彼女の話しぶりから、それは推測できる。できれば近寄りたくないだろうし、イェルラもそこまで無神経ではなかった。
それにイェルラは、アイラへの疑いを完全に晴らしたわけではなかった。行けば家を見るだけではすまない。色々と調べなければならないのに、ルードと交流のあった人間がその場にいるのは好ましくない。
「傭兵に化け物。魔導書を盗んだ魔術師は死んじゃってる。なんだか、ややこしいことになってるわねぇ」
アートゥラが言う。その表情はどこか愉しげだ。
「ルードが死んだのはひと月と半前。魔導院が最初の魔術師を送った直後くらいね」
「でもそのルードって人は、アンタのお仲間じゃなくて化け物に殺されたんでしょ?」
「そうね。魔導院からこの村まで来る時間を考えれば、おそらく魔術師たちがここに着く前に殺されているわね」
魔導院はティスターナの王都ティスタリアにある。この村に一番近いクランまで徒歩で三日。クランからティスタリアまでは更に十日以上かかる。
「でも、生き残った魔術師は虫の息で魔導院に帰って来た。誰かが手を下したってわけよね」とアートゥラ。
「それこそ、化け物じゃないのか」とパーズ。
「ないわ。殺されたのは村人が五人。ルードは例外として、魔術師は含まれていない。つまり、村人以外の死体は発見されていないの。それどころか、わたしとルード以外の魔術師を、あの娘は見ていない」
ルードが死んだ前後に魔術師が三人来なかったかという問いに、アイラは来ていないと答えた。
「こんな小さな村、魔術師が三人も来ればすぐ分かる。ルードを襲うつもりで来たわけじゃないから、白昼堂々と村へ来たはずよ」
あの娘が嘘をついていなければだけど。イェルラは声に出さずに呟く。
「んじゃさ、化け物じゃないとすれば魔術師を殺したのは……」
「〝一ッ目〟だな」パーズの声に力がこもる。
「帰って来た魔術師の言葉を信じるなら、だけどね」
「アンタは自分の仕事と化け物が関係してると思ってんの?」
「どうかしら」イェルラは考え込むように言う。「ただ、あなたたちの出番は確実にありそうよ」
「なに? もしかして化け物退治? それはあいつらの仕事でしょ」
そう言ってアートゥラは視線を進行方向へ向けた。そこには目的地がある。
村の外れにある家。それほど大きなものではないが、一部が石造りになっている。木造ばかりのこの村では目立つ建物といえた。アイラに教えてもらった通りの建物だ。
化け物の最初の犠牲者の家。今は無人ととなうち捨てられたはずのその家に、動く人影があった。入り口に一つと、窓から数人の人影が見える。
入り口に立っているのはスキンヘッドの男――テンだった。ならば中にいるのは残りの傭兵たちだろう。
「お願いしたいのは、化け物より傭兵の相手ね。こちらとしては事を構える気はないけど、縁だけはあるようだし」
三人は歩みを止めることなく、家の方へと近づいていく。パーズたちに気づいたテンが、入り口を隠すような形で三人を出迎えた。
「ケッ。さすがギルドの賞金稼ぎだな。もう嗅ぎつけてやがる」
「何があったのよ?」
「手前ぇらには関係ねぇ。ンなことより、俺たちの周りをうろつくなって言ったハズだぜ」
アートゥラの問いに答える気はないらしい。テンは警戒心の塊となって立ちつくしている。三人がこの場から去る以外の状況の変化を、彼は認めないだろう。
「ホント頭悪いわね、このハゲは。アタシたちはこの家に用があるから来たの。アンタのハゲ頭を見るためじゃないわ」
「ンだとォ」
「テン、邪魔だ」
スキンヘッドの背後から、低く力強い声がした。テンは渋々とその場を退く。
コエンと、それに続いてゼルとビーゲイトが現れた。後ろの二人は即席の担架で何かを運ぼうとしている。担架の上にかけられた布から、腕が一本はみ出していた。太い、鍛えられた男の腕だ。
「村人か?」
パーズが訊く。その目は鋭く担架を見つめている。問うてはいるが乗っているのが何なのか、予測できているのだろう。
「いいや。テッドだ」コエンが答える。「この家の中で殺られた」
ゼルとビーゲイトは黙ってテッドの死体を運び出していた。二人ともパーズの横をすれ違うときに、睨めつけるような視線を浴びせる。
「例の、化け物にか?」
「コエン。こんなヤツらに教えてやるこたァねぇヨ」
パーズの声に割り込むようにテンが言った。
「そうだ。今までの死体と少し違うが、間違いないだろう」
だがコエンはテンの言葉に取り合わない。そんなコエンの様子にテンは舌打ちをする。
「何のために来たのかは知らんが、お前たちも気をつけることだ」
「忠告は感謝するよ、〝赤い風〟」
二つ名で呼んだパーズを一瞥すると、コエンはテンを引き連れて去っていった。
「ハゲはムカツクけど、あの渋いオジサマはなかなかいいわね」
アートゥラとパーズは傭兵たちが去っていくのを見ていた。イェルラは先に家の入り口へと向かう。
雲が動いて一瞬、太陽が覗く。日差しが力強く三人を照らした。火季のように暑くはないが、すべてを攻撃的に照らし出す陽月の日光はパーズたちの影を浮き上がらせる。
イェルラは動かない二人に声をかけるべく、入り口から振り返った。背を向けて立つ二人。目の端にパーズの影が写る。その影に違和感を覚え、イェルラは視線を向けた。
よく見るとパーズの影には左腕がなかった。ちょうど籠手に覆われた部分。二の腕の半ばから先の影が見あたらない。
その横にはアートゥラの影が色濃く、地面に描き出されている。その影がまるでパーズの影を隠すように重なった。アートゥラが振り向いて、パーズとイェルラの間に入ったのだ。
アートゥラがイェルラを真っ直ぐに見つめる。
「どうしたの?」
「なんでもないわ」イェルラもアートゥラを真っ直ぐに見返す。「さぁ、わたしたちもお仕事しましょうか」
イェルラは一瞬だけ二人の影に視線を向ける。しかし雲は再び太陽を覆い隠し、影そのものを消してしまった。
イェルラは何事もなかったかのように家の中へと入っていく。その後ろをアートゥラとパーズが続く。
「あの女。アンタの影を見てたわよ」
意地の悪い笑みを浮かべて、アートゥラはパーズに囁いた。
「……別に見られても問題はない。隠してるわけじゃないからな。それよりお前の方がボロを出したんじゃないのか?」
「ありゃ。もしかして心配してくれてる?」
「それはない」パーズは即答する。
「……否定するの、早っ」
アートゥラは魔術師の後ろ姿を見る。
「〝翡翠の魔女〟だっけ? この仕事は美味しそうな人間が多くていいわ」
そう言った瞬間、アートゥラの影が色濃く現れてすぐに消えた。イェルラの後ろ姿を見つめるアートゥラの顔には、薄い笑みが浮かんでいた。
☆
「ホントにムカツクぜ。特にあの黒髪の女。あいつ何者なンだよ、偉そうに」
テンが悪態をついた。
「さぁな。おおかた賞金稼ぎだろ。〝左利き〟のパーズに魔導院の魔術師。一人だけ部外者ってことなないはずだ。魔導院と賞金稼ぎギルドはよくつるむからな」
ビーゲイトが答える。大男の足元にはテッドの死体が乗った担架があった。
「確かに生意気だが、なかなかいい体してやがったぜ。あの魔術師も上玉だ」
ゼルがにやけた笑いを浮かべて言った。
傭兵たちはいま、村長の家の前に立っていた。この場にコエンの姿はない。彼は家の中で村長と話しているはずだった。
「ケッ。あの魔術師だってお高くとまった感じでムカツクよ」
「なに言ってんだよ。ああいうのをベッドで屈服させるのがいいんじゃねぇか。なぁ、ビーゲイト?」
「俺はお前ほど節操なしじゃねぇよ、ゼル。魔導院の魔術師なんざごめんだ」
「魔術で呪い殺されるってか? 体がでけぇくせに臆病だな」
「うるせぇ」
ビーゲイトはゼルを睨んでみせる。ゼルは肩を竦めてそれに応える。
村長の家の扉が開いて、中からコエンが出て来た。三人の前まで歩いてくると、視線でテッドの死体を示す。
「許可はもらった。共同墓地にテッドを埋めていいそうだ」
「いちいち面倒くせぇな。森にでも勝手に埋めときゃいいだろ」
吐き捨てるようにテンが呟く。それを聞き咎めたコエンがテンを一瞥する。
「ナ、ナンだよ。今まで戦場じゃ、そうしてたじゃねぇか」
「いつも戦場にるという心構えなのは感心するが、最低限の筋は通せ。俺たちは傭兵であってならず者じゃない」
それだけ言うと、コエンはゼルとビーゲイトに指示を出して担架を運ばせる。共同墓地に向かう三人を、テンは慌てて追いかけた。
「昨日、テッドと一緒に見回りをしていたのはお前だな、ビーゲイト」
「あ、ああ。俺たちがあの場所を通った時には異常はなかった。戻る途中にあいつが小便したいって言いやがったから、先に戻ったんだ」
「家の中は見たのか?」
「……見てねぇよ」答える大男の声に力はない。
「責めているわけではない。テッドを一人にしたのは少々軽率だが、あいつはなにも合図をよこさなかった。不意を突かれたか、あるいは……」
「でも、家ん中に不用意に入るほど、抜けた奴じゃねーはずだがよ?」
「ああ。口は悪いが腕は悪くなかった」
ゼルの言葉にビーゲイトが応える。この中では一番、テッドと付き合いが長い。
「これから、どうすンだよ?」テンがコエンに向かって問う。
「あの周囲を重点的に調べる。特に森の中だ」
「森よりもあの家が怪しいんじゃねーのか? あの家で殺されたのはテッドで二人目だ」ゼルが言う。
「でもよ。テッドの死体の状況からして、相手はおれたちと同じか、それ以上の大きさだぜ。家ン中に隠れるような場所はなかったろ?」
テッドは頭を潰されて死んでいた。仰向けの状態で上からの一撃。それもほとんど原型を留めていないありさまで。殺された方法からして相手はかなりの怪力の持ち主だ。それは今までに殺された村人たちの情報からも推測できた。
「そう言えば、賞金稼ぎたちもあの家に用があるって言ってやがったな」
続けてテンが言葉を継いだ。それを聞いてコエンは何か考え始めたようだった。
「……ゼルはあの家とあいつらを見張れ。最初に殺されたもの確か魔術師だった。偶然かもしれんがこの時期に何をしに来たのか気になる。
残りは森の方を探索だ」
コエンの言葉に全員が頷いた。
曇りがちな天気だが、ときおり見せる雲の切れ間に空の青さを覗かせていた。村では農夫たちが仕事に精を出している。決して豊かとはいえない小さな村だった。森を開墾して作った畑と僅かばかりの家畜の群れ。
大国と呼ばれるティスターナであっても、こうした貧しい村は国の各地に点在している。
案内を申し出たアイラを、イェルラは丁重に断った。自分から話はしなかったが、彼女は恐らくルードの死体の第一発見者だ。昨夜の彼女の話しぶりから、それは推測できる。できれば近寄りたくないだろうし、イェルラもそこまで無神経ではなかった。
それにイェルラは、アイラへの疑いを完全に晴らしたわけではなかった。行けば家を見るだけではすまない。色々と調べなければならないのに、ルードと交流のあった人間がその場にいるのは好ましくない。
「傭兵に化け物。魔導書を盗んだ魔術師は死んじゃってる。なんだか、ややこしいことになってるわねぇ」
アートゥラが言う。その表情はどこか愉しげだ。
「ルードが死んだのはひと月と半前。魔導院が最初の魔術師を送った直後くらいね」
「でもそのルードって人は、アンタのお仲間じゃなくて化け物に殺されたんでしょ?」
「そうね。魔導院からこの村まで来る時間を考えれば、おそらく魔術師たちがここに着く前に殺されているわね」
魔導院はティスターナの王都ティスタリアにある。この村に一番近いクランまで徒歩で三日。クランからティスタリアまでは更に十日以上かかる。
「でも、生き残った魔術師は虫の息で魔導院に帰って来た。誰かが手を下したってわけよね」とアートゥラ。
「それこそ、化け物じゃないのか」とパーズ。
「ないわ。殺されたのは村人が五人。ルードは例外として、魔術師は含まれていない。つまり、村人以外の死体は発見されていないの。それどころか、わたしとルード以外の魔術師を、あの娘は見ていない」
ルードが死んだ前後に魔術師が三人来なかったかという問いに、アイラは来ていないと答えた。
「こんな小さな村、魔術師が三人も来ればすぐ分かる。ルードを襲うつもりで来たわけじゃないから、白昼堂々と村へ来たはずよ」
あの娘が嘘をついていなければだけど。イェルラは声に出さずに呟く。
「んじゃさ、化け物じゃないとすれば魔術師を殺したのは……」
「〝一ッ目〟だな」パーズの声に力がこもる。
「帰って来た魔術師の言葉を信じるなら、だけどね」
「アンタは自分の仕事と化け物が関係してると思ってんの?」
「どうかしら」イェルラは考え込むように言う。「ただ、あなたたちの出番は確実にありそうよ」
「なに? もしかして化け物退治? それはあいつらの仕事でしょ」
そう言ってアートゥラは視線を進行方向へ向けた。そこには目的地がある。
村の外れにある家。それほど大きなものではないが、一部が石造りになっている。木造ばかりのこの村では目立つ建物といえた。アイラに教えてもらった通りの建物だ。
化け物の最初の犠牲者の家。今は無人ととなうち捨てられたはずのその家に、動く人影があった。入り口に一つと、窓から数人の人影が見える。
入り口に立っているのはスキンヘッドの男――テンだった。ならば中にいるのは残りの傭兵たちだろう。
「お願いしたいのは、化け物より傭兵の相手ね。こちらとしては事を構える気はないけど、縁だけはあるようだし」
三人は歩みを止めることなく、家の方へと近づいていく。パーズたちに気づいたテンが、入り口を隠すような形で三人を出迎えた。
「ケッ。さすがギルドの賞金稼ぎだな。もう嗅ぎつけてやがる」
「何があったのよ?」
「手前ぇらには関係ねぇ。ンなことより、俺たちの周りをうろつくなって言ったハズだぜ」
アートゥラの問いに答える気はないらしい。テンは警戒心の塊となって立ちつくしている。三人がこの場から去る以外の状況の変化を、彼は認めないだろう。
「ホント頭悪いわね、このハゲは。アタシたちはこの家に用があるから来たの。アンタのハゲ頭を見るためじゃないわ」
「ンだとォ」
「テン、邪魔だ」
スキンヘッドの背後から、低く力強い声がした。テンは渋々とその場を退く。
コエンと、それに続いてゼルとビーゲイトが現れた。後ろの二人は即席の担架で何かを運ぼうとしている。担架の上にかけられた布から、腕が一本はみ出していた。太い、鍛えられた男の腕だ。
「村人か?」
パーズが訊く。その目は鋭く担架を見つめている。問うてはいるが乗っているのが何なのか、予測できているのだろう。
「いいや。テッドだ」コエンが答える。「この家の中で殺られた」
ゼルとビーゲイトは黙ってテッドの死体を運び出していた。二人ともパーズの横をすれ違うときに、睨めつけるような視線を浴びせる。
「例の、化け物にか?」
「コエン。こんなヤツらに教えてやるこたァねぇヨ」
パーズの声に割り込むようにテンが言った。
「そうだ。今までの死体と少し違うが、間違いないだろう」
だがコエンはテンの言葉に取り合わない。そんなコエンの様子にテンは舌打ちをする。
「何のために来たのかは知らんが、お前たちも気をつけることだ」
「忠告は感謝するよ、〝赤い風〟」
二つ名で呼んだパーズを一瞥すると、コエンはテンを引き連れて去っていった。
「ハゲはムカツクけど、あの渋いオジサマはなかなかいいわね」
アートゥラとパーズは傭兵たちが去っていくのを見ていた。イェルラは先に家の入り口へと向かう。
雲が動いて一瞬、太陽が覗く。日差しが力強く三人を照らした。火季のように暑くはないが、すべてを攻撃的に照らし出す陽月の日光はパーズたちの影を浮き上がらせる。
イェルラは動かない二人に声をかけるべく、入り口から振り返った。背を向けて立つ二人。目の端にパーズの影が写る。その影に違和感を覚え、イェルラは視線を向けた。
よく見るとパーズの影には左腕がなかった。ちょうど籠手に覆われた部分。二の腕の半ばから先の影が見あたらない。
その横にはアートゥラの影が色濃く、地面に描き出されている。その影がまるでパーズの影を隠すように重なった。アートゥラが振り向いて、パーズとイェルラの間に入ったのだ。
アートゥラがイェルラを真っ直ぐに見つめる。
「どうしたの?」
「なんでもないわ」イェルラもアートゥラを真っ直ぐに見返す。「さぁ、わたしたちもお仕事しましょうか」
イェルラは一瞬だけ二人の影に視線を向ける。しかし雲は再び太陽を覆い隠し、影そのものを消してしまった。
イェルラは何事もなかったかのように家の中へと入っていく。その後ろをアートゥラとパーズが続く。
「あの女。アンタの影を見てたわよ」
意地の悪い笑みを浮かべて、アートゥラはパーズに囁いた。
「……別に見られても問題はない。隠してるわけじゃないからな。それよりお前の方がボロを出したんじゃないのか?」
「ありゃ。もしかして心配してくれてる?」
「それはない」パーズは即答する。
「……否定するの、早っ」
アートゥラは魔術師の後ろ姿を見る。
「〝翡翠の魔女〟だっけ? この仕事は美味しそうな人間が多くていいわ」
そう言った瞬間、アートゥラの影が色濃く現れてすぐに消えた。イェルラの後ろ姿を見つめるアートゥラの顔には、薄い笑みが浮かんでいた。
☆
「ホントにムカツクぜ。特にあの黒髪の女。あいつ何者なンだよ、偉そうに」
テンが悪態をついた。
「さぁな。おおかた賞金稼ぎだろ。〝左利き〟のパーズに魔導院の魔術師。一人だけ部外者ってことなないはずだ。魔導院と賞金稼ぎギルドはよくつるむからな」
ビーゲイトが答える。大男の足元にはテッドの死体が乗った担架があった。
「確かに生意気だが、なかなかいい体してやがったぜ。あの魔術師も上玉だ」
ゼルがにやけた笑いを浮かべて言った。
傭兵たちはいま、村長の家の前に立っていた。この場にコエンの姿はない。彼は家の中で村長と話しているはずだった。
「ケッ。あの魔術師だってお高くとまった感じでムカツクよ」
「なに言ってんだよ。ああいうのをベッドで屈服させるのがいいんじゃねぇか。なぁ、ビーゲイト?」
「俺はお前ほど節操なしじゃねぇよ、ゼル。魔導院の魔術師なんざごめんだ」
「魔術で呪い殺されるってか? 体がでけぇくせに臆病だな」
「うるせぇ」
ビーゲイトはゼルを睨んでみせる。ゼルは肩を竦めてそれに応える。
村長の家の扉が開いて、中からコエンが出て来た。三人の前まで歩いてくると、視線でテッドの死体を示す。
「許可はもらった。共同墓地にテッドを埋めていいそうだ」
「いちいち面倒くせぇな。森にでも勝手に埋めときゃいいだろ」
吐き捨てるようにテンが呟く。それを聞き咎めたコエンがテンを一瞥する。
「ナ、ナンだよ。今まで戦場じゃ、そうしてたじゃねぇか」
「いつも戦場にるという心構えなのは感心するが、最低限の筋は通せ。俺たちは傭兵であってならず者じゃない」
それだけ言うと、コエンはゼルとビーゲイトに指示を出して担架を運ばせる。共同墓地に向かう三人を、テンは慌てて追いかけた。
「昨日、テッドと一緒に見回りをしていたのはお前だな、ビーゲイト」
「あ、ああ。俺たちがあの場所を通った時には異常はなかった。戻る途中にあいつが小便したいって言いやがったから、先に戻ったんだ」
「家の中は見たのか?」
「……見てねぇよ」答える大男の声に力はない。
「責めているわけではない。テッドを一人にしたのは少々軽率だが、あいつはなにも合図をよこさなかった。不意を突かれたか、あるいは……」
「でも、家ん中に不用意に入るほど、抜けた奴じゃねーはずだがよ?」
「ああ。口は悪いが腕は悪くなかった」
ゼルの言葉にビーゲイトが応える。この中では一番、テッドと付き合いが長い。
「これから、どうすンだよ?」テンがコエンに向かって問う。
「あの周囲を重点的に調べる。特に森の中だ」
「森よりもあの家が怪しいんじゃねーのか? あの家で殺されたのはテッドで二人目だ」ゼルが言う。
「でもよ。テッドの死体の状況からして、相手はおれたちと同じか、それ以上の大きさだぜ。家ン中に隠れるような場所はなかったろ?」
テッドは頭を潰されて死んでいた。仰向けの状態で上からの一撃。それもほとんど原型を留めていないありさまで。殺された方法からして相手はかなりの怪力の持ち主だ。それは今までに殺された村人たちの情報からも推測できた。
「そう言えば、賞金稼ぎたちもあの家に用があるって言ってやがったな」
続けてテンが言葉を継いだ。それを聞いてコエンは何か考え始めたようだった。
「……ゼルはあの家とあいつらを見張れ。最初に殺されたもの確か魔術師だった。偶然かもしれんがこの時期に何をしに来たのか気になる。
残りは森の方を探索だ」
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