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ACT.2

2-4

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「なんか申し訳ないわね」

 アートゥラがアイラを見て言う。彼女は椅子に座って、胸の前で両手を組んでいる。

「やっぱり宿なんてないのね」
「この村に外から人が来ることなんて滅多にないですから」そう言ってアイラは苦笑する。「助けてもらったお礼もありますし、うちに泊まってください。何もおもてなしできませんが……」
「それはありがいたいけど……いいの? わたしたちみたいなのを泊めて」

 アートゥラの横に座っている、イェルラが言った。その後ろにはやや離れてパーズが立っている。

「はい。どうせこの家には、わたしとケインしかいませんし。部屋も空いてますから」

 そう言ってアイラは少し寂しそうな顔をした。三年前に両親を流行病で亡くしてから、アイラの家族はケインだけになった。

「……そう。じゃあ、お願いするわ」

 そんなアイラの表情の変化を、イェルラは見逃さなかった。そっけいない言い方だが、アイラを見る瞳には柔らかい光を浮かべている。

「ただ、空き部屋は一つしかなくて……」

 申し訳なさそうにアイラが言う。彼女はアートゥラ、イェルラと順に見つめ、最後にパーズを見た。パーズもアイラを見つめ返す。

「……俺は納屋でもかまわない」

 やや遅れて、パーズが言った。そしてすぐにアイラから視線を外す。向いた先にはケインの姿があった。
 ケインを見つめる瞳には、いつものような翳りはない。その代わり心はここではないどこか遠くを彷徨っているようだった。
 ケインの方は滅多にない訪問客を、好奇心に満ちた眼差しで見続けていた。だがパーズと目が合った途端、慌てたようにそっぽを向いた。

「どうしたの? 暗い顔をますます暗くして」

 アートゥラの問いかけにパーズは我に返った。振り向いて自分を見つめるアートゥラの顔には、意地の悪い笑みが浮かんでいる。

「……なんでもない」

 左腕に視線を落としながら、無愛想にパーズは答えた。それはアートゥラの視線を言葉で遮ろうとしているようにもみえた。

「まっ、いいけど」

 アートゥラはあっさり引き下がると、視線をアイラに戻す。

「ねぇ、アイラちゃん。化け物ってなに?」
「え?」

 突然向けられた質問に、アイラは戸惑ったような表情を浮かべる。

「傭兵が来てるのと関係があるんでしょ?」
「ああ。すみません」アイラはアートゥラの質問の意味を理解する。「村人が襲われたんです。ひと月と半の間に五人ほど」
「それが化け物のしわざ?」

 イェルラが会話に入り込んでくる。彼女にとってもこの話題は興味深いようだった。

「多分、あの……殺され方が……普通じゃなかったので」

 答えたアイラの言葉は歯切れが悪かった。死体のありさまを聞いたか、もしくは死体を直接見たのか。アイラの体は小刻みに震えていた。

「その退治に傭兵を雇ったってことは、まだ倒されてないんだ?」
「当たり前だよ!」

 アートゥラの言葉に反発するように、突如ケインが割って入った。その場の誰もが驚いたようにケインを見る。

「アベルがやられるもんかっ」
「ケイン!」

 その台詞を聞いた途端、アイラの表情が厳しくなる。

「……ケイン」

 アイラは弟の側まで行くと、視線を合わせるようにしゃがんだ。そして弟の顔を正面から覗き込む。
 ケインは姉の表情が固いのを見て俯いてしまった。

「いつまでもそんなことを言ってるから、みんなと仲良くできないのよ」
「…………」
「アベルは死んじゃったの」
「……死んでない」

 穏やかな調子で、言い聞かせるように言うアイラ。対するケインは声は小さい声で反論する。
 アイラはため息を一つついた。そしてケインの頭にそっと手を置く。

「いい、ケイン――」

 アイラの言葉を遮るように、ケインはその手をはねのけた。

「アベルは死んでない! 姉ちゃんまでなんだよ!」

 そして姉弟が寝室として使っている部屋へと入って行ってしまった。驚いたアイラの見つめる先で扉が閉まる。

「ケイン!」

 走り寄りアイラが扉を開けようするが、僅かに動くのみで中々開かない。ケインが必死になって開かないようにしているのだろう。しばらくしてアイラは諦めたようにため息をついた。

「すみません」アイラがアートゥラたちの方を見る。「ケイン、最近ずっとこうなんです」

 姉というよりは母親が我が子を心配するよう顔で、アイラは言う。

「アベルって?」アートゥラが問う。
「ケインと仲良かった男の子なんです。でも体が弱い子で……。一年前に死んじゃったんです」
「ふぅん。あの様子だと、随分仲良かったのね」
「ケインより年下でしたけど、いつも一緒に遊んでました。まるで兄弟みたいに」

 その時の二人を思い浮かべているのか、アイラが笑う。明るく笑う娘だった。
 パーズはその笑顔を眩しそうに見つめた。そしてケインの去った扉を見る。

「両親を亡くしてから、ケインはずっと塞ぎ込んでたんです。そのあとルードさんがこの村に来て、アベルと仲良くなって。やっと元気になってくれたと思ってたんですが……」
「ルード? 今、あなたルードって言ったわね?」

 思いがけず知った名前が出て、イェルラが驚いた表情で問うた。アートゥラとパーズも互いに目で合図を交わす。

「え? あ、ごめんなさい。ルードさんって、アベルのお父さんなんです。……それが何か?」

 イェルラは真剣な眼差しでアイラを見ていた。アイラはその雰囲気に気圧されるよう答える。

「そのルードって人は、もしかして魔術師じゃない?」
「ええ。よくご存じですね。もしかしてお知り合いだったんですか? そういえばローブの色も似てますね」

 アイラは今更ながら、イェルラの服装に目をとめた。色々と手が加えてあるが、基本の形はローブのままだ。ローブ自体は珍しくないが、藍色を基調としたローブを着るのは魔術師、それも魔導院の魔術師に限られる。

「知り合いってほどではないけど……でもこの村に来たのは、そのルードって魔術師に会うためよ」
「……そうなんですか」

 それきり、アイラは少し俯いて黙ってしまった。そんな少女の表情をイェルラは注意深く見つめる。この少女は何か知っているのかもしれない。知っていて自分たちをこの家に招いたのかもしれない。そんなことをイェルラは考える。

「アイラちゃんの知り合いなら好都合ね。明日にでも会わせて貰えないかしら?」

 ルードの名を呼ぶ時のアイラの声には、信頼の情が込められていた。ならばルードがこの少女を利用している可能性もある。一度は感じたアイラへの好意を、イェルラは凍結した。情に流されては判断が鈍る。
 しかしそんなイェルラの気負いは、次の瞬間に無駄なものになった。

「だめなんです」
「え?」
「ルードさんには会えないんです。ルードさん……ころ……殺されたんです」

 アイラの声は震えていた。それは身近な人間を失った者がみせる感情の表れだ。彼女の様子は、ルードに会えないという事実を物語っていた。
 予想外の展開に、イェルラたち三人の誰もが言葉を失った。だがイェルラは意志の力を振り絞り、ひと言だけ言葉を発する。

「……誰に?」
「多分、化け物に」

 続くアイラの言葉は、イェルラを途方に暮れさせるにのに充分な威力を持っていた。

「最初の犠牲者が、ルードさんなんです」
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