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ACT.1
1-1
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満月の夜に血煙が上がった。
焚き火の炎に照らされて、血は赤黒く背景の中に浮かび上がる。時が止まったかのように一瞬の静けさが辺りを支配した。
うち捨てられた砦の広場。そこにはすでに七人の男たちが死体となって倒れていた。死体はどれもこの砦を根城とする山賊たちだ。
ひと呼吸おいて濡れたような重い音を立てながら、さらに四人の男たちが崩れ落ちた。
そして時が動き出す。
山賊たちの死体の中心にはフード付きの古びたマントを着た人物が立っていた。マントにすっぽりと覆われ、中に隠れた姿は分からない。殺気もなくただ静かに立っている。
それはまるで息を潜めて獲物を狩る、熟練の狩人のようだった。
突如、狩人は次の獲物へと走った。この場で唯一の、山賊の生き残りへと。
たった一人で十一人を倒した狩人を前にしても、獲物である男が恐れを抱いた様子はなかった。むしろ不敵な笑みを浮かべている。
男を中心に空気がざわついた。俯き、低く唸るような声を出し、男の体が小刻みに震える。刹那、変化が訪れた。
男の体を銀色の体毛が覆った。鼻を中心に顔の下半分がせり出し、口が裂ける。指が膨らみ、その先からは鋭い鉤爪が生えた。体の各部の筋肉が膨張する。男の体は元の二倍近くの大きさになり、着ていた服がすべて破れ落ちた。
犬に似て、だがそれよりも峻烈で気高く思える容貌。頭髪、体毛の区別なく生えそろった銀色の毛並み。
人間の持つ五体の基本構造を維持したまま、しかし男は別の生物へと変化した。狼頭の獣人へと……。
獣人が吠えた。
走り寄る狩人を見ると、鋭い犬歯をむき出しにして口元を歪ませた。人間には読み取りづらいその表情は、自分へ刃向かう狩人を嘲笑ったのかもしれない。
対する狩人は、目の前で起こった出来事を気にしたふうもなかった。微塵の動揺も感じられない足取りで、速度を上げ風のごとく獲物へと向かう。
大柄な体躯をたわめ、獣人は跳んだ。向かい来る狩人目がけて空中から右腕を振り下ろす。研ぎ澄まされた刃物のように鋭い鉤爪が狩人を襲った。
それに合わせるようにマントが跳ね上がった。狩人の左腕が現れる。二の腕の半ばまでが黒い籠手に覆われていた。籠手は人間の手を精巧に真似て華奢な造りをしており、防具としての用をなさないように見えた。
だがその籠手は、あっけないほど簡単に獣人の一撃をはねのけた。
獣人の目が大きく見開かれる。巨木に穴を穿てるだけの力を込めた一撃を、目の前の敵は弾いたのだ。爪に感じだ固い感触は驚くほどではないが、一撃を弾いた力強さは驚嘆に値する。
腕を覆う籠手の大きさから見て、左腕そのものも華奢であるはずだ。そんな腕で、狩人は人間の何倍もの膂力を持つ獣人の一撃を凌いだのだ。
思いがけない反撃に獣人は空中でバランスを崩した。
再びマントが跳ね上がる。今度は右腕が現れた。こちらは籠手に覆われていない普通の腕だ。同時に白光が獣人を貫いた。
自らの足で着地することなく獣人は無様に落下した。強く地面に叩きつけられ、仰向けのまま動かない。
その横へ狩人は静かに立った。マントから覗く鈍い黒色の籠手が獣人の瞳に映り込む。
籠手の表面には傷ひとつ見あたらなかった。
何かを思い出したかのように獣人が口を開いた。血の混じった耳障りが声が漏れる。だがその声はだたの音でしかなく、言葉として聞き取れるものではなかった。
狩人の右腕が振り上げられる。その手には緩やかに湾曲した細身の剣身を持つ剣があった。白い片刃の剣は剣先から柄頭までが一体になっており、鉄以外の何かを削りだしたもののように見えた。作りがやや無骨ではあったが、丁寧に磨き上げられている。
炎の赤を照り返す刃が、獣人の頭を胴を永遠に別けた。
☆
「〝首〟を持ってきた。見てくれないか?」
張りのある若い男の声が室内に響いた。
あまり大きくない部屋の中にはカウンターとその後ろに並ぶたくさんの棚。そして男が入って来たのとは別の扉が見える。
棚のある側に座っている人物が、声のした方へと顔を向けた。初老の男性だ。気難しそうな表情をして、入って来た男を鋭く見据えている。
細い糸のような陸地で繋がった、東西に別れた二つの大陸。西方大陸の南に位置する大国ティスターナ。その主要都市の一つである商業都市クランの繁華街から路地を一本外れた通りに、賞金稼ぎギルドの支部はあった。
老人に声をかけたのは古びたフード付きのマントに身を包んだ長身の男だった。フードを外し、その容貌を晒す。薄い褐色の肌に黒髪と茶色の瞳。西方、東方を問わず大陸中に見られる人間の特徴だ。
男の面差しは少年のそれを残していた。いや、引きずっていると言った方が正しいのか。若いといっても見た目通りの歳ではないだろう。瞳に浮かぶ光はあまりに暗く鋭い。
男はカウンターに辿り着くと、懐から小さめの革袋を出して置いた。袋の中身が木製のカウンターに当たり、コツンと音を立てた。中には固いものが入っているようだ。
男が袋の口を縛る紐に手をかけた。マントから伸びた両腕――細身だが鍛えられた右腕と、二の腕の半ばまでが籠手に覆われた左腕――の対比が印象的だった。
籠手は左手の指先までをすっぽりと覆っていた。それでいて指を動かすことができるように、五本の指と関節を持つ手の形をしていた。
精巧な作りをした籠手だった。こういった防具にありがちな無骨な印象はなく、全体的に華奢だった。装飾もなく鈍い黒色でさえなければ、装飾品と言っても通用するかもしれない。また男が籠手以外、防具の類を体に身につけいないことも、その籠手が装飾品のように思える要因だった。
紐をほどく際の左指の動きは、驚くほど滑らかだ。さすがに何もつけていない右手ほど細かい動きはできないようだが、それでも良く馴染んでいるのが外から見ても分かる。
袋の中から現れたのは、大人の拳大ほどの透明な球体だった。
「ほう」
老人の気難しそうな表情が崩れた。顔には驚きが浮かんでいる。
どういう理屈なのか、球体の中には狼の頭が浮かんでいた。球体は〝封球〟と呼ばれる魔導具だ。
銀色の毛並みはあくまで艶やか。カッと見開かれた瞳は獣のそれではない。大きく避けた口からだらしなく舌を垂らしてはいるが、明らかに知性を持つものが見せる死に顔だ。
「〝銀狼〟ガランじゃな。よく仕留めたお若いの」老人が言う。「賞金が懸けられてから二年と少し。存外早かったの」
老人は立ち上がると背後の棚に向かい、何かを探し始めた。しばらくして帳簿らしきものを持って戻ってくる。
「懸賞主はディダ侯爵……隣国の貴族じゃな。賞金は金貨千枚。ギルドの取り分を差し引いて金貨七百枚の支払いじゃな」
ギルドは登録している賞金稼ぎが持ち込んだ〝首〟に対し、懸賞主の代わりに賞金を払ってくれる。その際、賞金稼ぎはギルドに対し賞金の三割を納める。
そうやってギルドは登録している賞金稼ぎから〝首〟を懸賞金の七割で買い取り、懸賞主に引き渡す。もちろん懸賞主の懸けた賞金全額と引き替えに、だ。
それが賞金稼ぎギルドのルールだった。
ギルドメンバーの賞金稼ぎは懸賞金の三割を納める代わりに、ギルドの本部や支部を問わずどこに持ち込んでも賞金の支払いを受けることができる。懸賞主のいる場所からどんなに遠く離れていようともだ。
これは西方大陸全土に広がる、広大なギルドネットワークの成せる技だ。またこのネットワークを利用してもたらされる賞金首の情報やギルドのサポートは、メンバーに多くの恩恵を与えていた。
「さて、登録確認をしたいんじゃが……お前さん自分の名前は書けるかね? 無理なら登録印章だけでもいいんじゃが」
「署名は公用文字でもよかったよな?」
「充分じゃ」
男は羽根ペンを右手で受け取ると、カウンターに置いてあるインク壺に浸す。それから差さし出された羊皮紙に慣れた様子で名前を書いた。書き終わると男は懐から手のひらより僅かに小さい大きさのペンダントを取り出す。
剣と弓が重なる様を図案化したペンダントはギルドメンバーの証だ。特殊鋼でできたペンダントトップの裏には、登録時に与えられた個別の印章が浮き彫りにされている。
男はその印章を署名した横に強く押しつけた。
仕上げに羽根ペンで押しつけた辺りを何度もこする。雑に書かれた線の中に印章が浮かび上がった。
老人は男が作業している間に棚から名簿を取り出した。羊皮紙を受け取り、印章から登録名を探し出し署名と照合する。
「ほうほう。お前さんがパーズか」
物珍しそうな目で、老人は男――パーズの顔を見た。次に視線は籠手に覆われた左腕へ向けられる。
「なるほどの。〝左利き〟のパーズが相手では、〝銀狼〟ガランも形無しじゃろうて」
老人はそう言って笑った。
「お前さん、ここは初めてかね? 少なくともワシはお前さんを見たことがない」
「ああ。換金でクランの支部に立ち寄ったのは初めてだ」
「有名じゃよ、お前さん」
その言葉にパーズは苦笑する。賞金稼ぎギルドで有名ということは、大陸中の賞金首と賞金稼ぎがパーズの名を知っているということだ。
「そりゃどうも」
「それ支払い札じゃ。換金所の三番で受け取ってくれ」
老人が木札を差し出した。大人の手のひらくらいの長方形の木札には、符丁が透かし彫りされている。この札と引き替えに賞金を受け取るのだ。
パーズは札を手に取った。
「おう、そうじゃ。そう言えばお前さん、情報を探しておるらしいの」
思い出したように老人が言う。老人は名簿にあるパーズの名前の書かれたページを指さし、なにやら確認を始めた。
「えっと……確か、そうそう〝一ッ目〟じゃ」
支払い札を持って去ろうとしたパーズの動きが止まった。振り返り老人を見つめる。その視線は獲物を目にした時のように鋭かった。
焚き火の炎に照らされて、血は赤黒く背景の中に浮かび上がる。時が止まったかのように一瞬の静けさが辺りを支配した。
うち捨てられた砦の広場。そこにはすでに七人の男たちが死体となって倒れていた。死体はどれもこの砦を根城とする山賊たちだ。
ひと呼吸おいて濡れたような重い音を立てながら、さらに四人の男たちが崩れ落ちた。
そして時が動き出す。
山賊たちの死体の中心にはフード付きの古びたマントを着た人物が立っていた。マントにすっぽりと覆われ、中に隠れた姿は分からない。殺気もなくただ静かに立っている。
それはまるで息を潜めて獲物を狩る、熟練の狩人のようだった。
突如、狩人は次の獲物へと走った。この場で唯一の、山賊の生き残りへと。
たった一人で十一人を倒した狩人を前にしても、獲物である男が恐れを抱いた様子はなかった。むしろ不敵な笑みを浮かべている。
男を中心に空気がざわついた。俯き、低く唸るような声を出し、男の体が小刻みに震える。刹那、変化が訪れた。
男の体を銀色の体毛が覆った。鼻を中心に顔の下半分がせり出し、口が裂ける。指が膨らみ、その先からは鋭い鉤爪が生えた。体の各部の筋肉が膨張する。男の体は元の二倍近くの大きさになり、着ていた服がすべて破れ落ちた。
犬に似て、だがそれよりも峻烈で気高く思える容貌。頭髪、体毛の区別なく生えそろった銀色の毛並み。
人間の持つ五体の基本構造を維持したまま、しかし男は別の生物へと変化した。狼頭の獣人へと……。
獣人が吠えた。
走り寄る狩人を見ると、鋭い犬歯をむき出しにして口元を歪ませた。人間には読み取りづらいその表情は、自分へ刃向かう狩人を嘲笑ったのかもしれない。
対する狩人は、目の前で起こった出来事を気にしたふうもなかった。微塵の動揺も感じられない足取りで、速度を上げ風のごとく獲物へと向かう。
大柄な体躯をたわめ、獣人は跳んだ。向かい来る狩人目がけて空中から右腕を振り下ろす。研ぎ澄まされた刃物のように鋭い鉤爪が狩人を襲った。
それに合わせるようにマントが跳ね上がった。狩人の左腕が現れる。二の腕の半ばまでが黒い籠手に覆われていた。籠手は人間の手を精巧に真似て華奢な造りをしており、防具としての用をなさないように見えた。
だがその籠手は、あっけないほど簡単に獣人の一撃をはねのけた。
獣人の目が大きく見開かれる。巨木に穴を穿てるだけの力を込めた一撃を、目の前の敵は弾いたのだ。爪に感じだ固い感触は驚くほどではないが、一撃を弾いた力強さは驚嘆に値する。
腕を覆う籠手の大きさから見て、左腕そのものも華奢であるはずだ。そんな腕で、狩人は人間の何倍もの膂力を持つ獣人の一撃を凌いだのだ。
思いがけない反撃に獣人は空中でバランスを崩した。
再びマントが跳ね上がる。今度は右腕が現れた。こちらは籠手に覆われていない普通の腕だ。同時に白光が獣人を貫いた。
自らの足で着地することなく獣人は無様に落下した。強く地面に叩きつけられ、仰向けのまま動かない。
その横へ狩人は静かに立った。マントから覗く鈍い黒色の籠手が獣人の瞳に映り込む。
籠手の表面には傷ひとつ見あたらなかった。
何かを思い出したかのように獣人が口を開いた。血の混じった耳障りが声が漏れる。だがその声はだたの音でしかなく、言葉として聞き取れるものではなかった。
狩人の右腕が振り上げられる。その手には緩やかに湾曲した細身の剣身を持つ剣があった。白い片刃の剣は剣先から柄頭までが一体になっており、鉄以外の何かを削りだしたもののように見えた。作りがやや無骨ではあったが、丁寧に磨き上げられている。
炎の赤を照り返す刃が、獣人の頭を胴を永遠に別けた。
☆
「〝首〟を持ってきた。見てくれないか?」
張りのある若い男の声が室内に響いた。
あまり大きくない部屋の中にはカウンターとその後ろに並ぶたくさんの棚。そして男が入って来たのとは別の扉が見える。
棚のある側に座っている人物が、声のした方へと顔を向けた。初老の男性だ。気難しそうな表情をして、入って来た男を鋭く見据えている。
細い糸のような陸地で繋がった、東西に別れた二つの大陸。西方大陸の南に位置する大国ティスターナ。その主要都市の一つである商業都市クランの繁華街から路地を一本外れた通りに、賞金稼ぎギルドの支部はあった。
老人に声をかけたのは古びたフード付きのマントに身を包んだ長身の男だった。フードを外し、その容貌を晒す。薄い褐色の肌に黒髪と茶色の瞳。西方、東方を問わず大陸中に見られる人間の特徴だ。
男の面差しは少年のそれを残していた。いや、引きずっていると言った方が正しいのか。若いといっても見た目通りの歳ではないだろう。瞳に浮かぶ光はあまりに暗く鋭い。
男はカウンターに辿り着くと、懐から小さめの革袋を出して置いた。袋の中身が木製のカウンターに当たり、コツンと音を立てた。中には固いものが入っているようだ。
男が袋の口を縛る紐に手をかけた。マントから伸びた両腕――細身だが鍛えられた右腕と、二の腕の半ばまでが籠手に覆われた左腕――の対比が印象的だった。
籠手は左手の指先までをすっぽりと覆っていた。それでいて指を動かすことができるように、五本の指と関節を持つ手の形をしていた。
精巧な作りをした籠手だった。こういった防具にありがちな無骨な印象はなく、全体的に華奢だった。装飾もなく鈍い黒色でさえなければ、装飾品と言っても通用するかもしれない。また男が籠手以外、防具の類を体に身につけいないことも、その籠手が装飾品のように思える要因だった。
紐をほどく際の左指の動きは、驚くほど滑らかだ。さすがに何もつけていない右手ほど細かい動きはできないようだが、それでも良く馴染んでいるのが外から見ても分かる。
袋の中から現れたのは、大人の拳大ほどの透明な球体だった。
「ほう」
老人の気難しそうな表情が崩れた。顔には驚きが浮かんでいる。
どういう理屈なのか、球体の中には狼の頭が浮かんでいた。球体は〝封球〟と呼ばれる魔導具だ。
銀色の毛並みはあくまで艶やか。カッと見開かれた瞳は獣のそれではない。大きく避けた口からだらしなく舌を垂らしてはいるが、明らかに知性を持つものが見せる死に顔だ。
「〝銀狼〟ガランじゃな。よく仕留めたお若いの」老人が言う。「賞金が懸けられてから二年と少し。存外早かったの」
老人は立ち上がると背後の棚に向かい、何かを探し始めた。しばらくして帳簿らしきものを持って戻ってくる。
「懸賞主はディダ侯爵……隣国の貴族じゃな。賞金は金貨千枚。ギルドの取り分を差し引いて金貨七百枚の支払いじゃな」
ギルドは登録している賞金稼ぎが持ち込んだ〝首〟に対し、懸賞主の代わりに賞金を払ってくれる。その際、賞金稼ぎはギルドに対し賞金の三割を納める。
そうやってギルドは登録している賞金稼ぎから〝首〟を懸賞金の七割で買い取り、懸賞主に引き渡す。もちろん懸賞主の懸けた賞金全額と引き替えに、だ。
それが賞金稼ぎギルドのルールだった。
ギルドメンバーの賞金稼ぎは懸賞金の三割を納める代わりに、ギルドの本部や支部を問わずどこに持ち込んでも賞金の支払いを受けることができる。懸賞主のいる場所からどんなに遠く離れていようともだ。
これは西方大陸全土に広がる、広大なギルドネットワークの成せる技だ。またこのネットワークを利用してもたらされる賞金首の情報やギルドのサポートは、メンバーに多くの恩恵を与えていた。
「さて、登録確認をしたいんじゃが……お前さん自分の名前は書けるかね? 無理なら登録印章だけでもいいんじゃが」
「署名は公用文字でもよかったよな?」
「充分じゃ」
男は羽根ペンを右手で受け取ると、カウンターに置いてあるインク壺に浸す。それから差さし出された羊皮紙に慣れた様子で名前を書いた。書き終わると男は懐から手のひらより僅かに小さい大きさのペンダントを取り出す。
剣と弓が重なる様を図案化したペンダントはギルドメンバーの証だ。特殊鋼でできたペンダントトップの裏には、登録時に与えられた個別の印章が浮き彫りにされている。
男はその印章を署名した横に強く押しつけた。
仕上げに羽根ペンで押しつけた辺りを何度もこする。雑に書かれた線の中に印章が浮かび上がった。
老人は男が作業している間に棚から名簿を取り出した。羊皮紙を受け取り、印章から登録名を探し出し署名と照合する。
「ほうほう。お前さんがパーズか」
物珍しそうな目で、老人は男――パーズの顔を見た。次に視線は籠手に覆われた左腕へ向けられる。
「なるほどの。〝左利き〟のパーズが相手では、〝銀狼〟ガランも形無しじゃろうて」
老人はそう言って笑った。
「お前さん、ここは初めてかね? 少なくともワシはお前さんを見たことがない」
「ああ。換金でクランの支部に立ち寄ったのは初めてだ」
「有名じゃよ、お前さん」
その言葉にパーズは苦笑する。賞金稼ぎギルドで有名ということは、大陸中の賞金首と賞金稼ぎがパーズの名を知っているということだ。
「そりゃどうも」
「それ支払い札じゃ。換金所の三番で受け取ってくれ」
老人が木札を差し出した。大人の手のひらくらいの長方形の木札には、符丁が透かし彫りされている。この札と引き替えに賞金を受け取るのだ。
パーズは札を手に取った。
「おう、そうじゃ。そう言えばお前さん、情報を探しておるらしいの」
思い出したように老人が言う。老人は名簿にあるパーズの名前の書かれたページを指さし、なにやら確認を始めた。
「えっと……確か、そうそう〝一ッ目〟じゃ」
支払い札を持って去ろうとしたパーズの動きが止まった。振り返り老人を見つめる。その視線は獲物を目にした時のように鋭かった。
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