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カークウッド

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「オフィーリア様、少しよろしいですか?」

 部屋で寛いでいると、バシェルが訪ねて来た。ハリエットが扉を開けて初老の執事を通す。彼の後ろには一人、若い男性が付き従っていた。男はバシェルと同じ黒いスーツに身を包んでいる。
 オフィーリアよりは頭一つ分高いだろうか。黒髪で整った顔立ちをしており、右目には片眼鏡モノクルをつけていた。片眼鏡のレンズは赤みがかった色が付いている。左の瞳の色はグレーだったが、片眼鏡のせいか右の瞳は微妙に違う色に見えた。

「先日の件もありましたので、警備の他に人を増やすことに致しました」

 そう言ってバシェルが後ろの男性を手で示した。

「新しく配属されましたカークウッドです」

 片眼鏡の男性――カークウッドがオフィーリアを見て一礼する。頭を上げて目があった瞬間、オフィーリアは思わず手で顔を隠した。

「?」

 不思議そうにカークウッドがオフィーリアを見る。
 彼女自身、なぜ顔を隠したのか分からなかった。いや、理由は分かっている。自分の顔に傷跡があることを恥ずかしいと思ったのだ。しかしハリエットやバシェル、その他この離宮にいる人間と顔を合わせても恥ずかしいとは思わなかった。
 なのに初めて会った若い男性と目を合わせた時、なぜかオフィーリアは自分の顔に傷跡があることを恥ずかしいと思ってしまった。

「私に不手際がありましたようで申し訳ございません」

 カークウッドは慇懃な様子で謝罪してくる。オフィーリアはハッとして顔を隠していた手を外した。

「いえ。貴方は悪くないわ。気にしないで」

 なるべく皇女としての威厳を損なわないようにオフィーリアは澄ました顔をしてみせる。

「離宮の家務は引き続き私めが取り仕切りますが、オフィーリア様のご用に関しましてはハリエットとこのカークウッドに任せようと思います」

 バシェルの言葉に、皇女は鷹揚に頷いてみせた。老執事は扉の側に立っていたハリエットに顔を向ける。

「というわけだ、ハリエット。これからはこのカークウッドと一緒に、オフィーリア様の世話を頼む」
「任せてください!」ハリエットがカークウッドに近づく。「カークウッドさん。あなたはバシェルさんの部下ですが、オフィーリア様のお世話に関してはハティの方が先輩です。だからあなたはハティの部下なのです!」

 得意気に話すハリエットの横でバシェルがため息をつく。

「承知致しましたハリエット様」

 カークウッドはハリエットの言葉に気分を害した様子はなかった。にっこりと微笑んで返事をする。それを見たハリエットの頬が赤くなった。

「あ、あなたには特別にハティをハティと呼ぶことを許すのです。これはオフィーリア様にしか許していないことです」
「光栄です。ハティ」
「では早速ハティが――」
「やれやれ。すまないがカークウッドを他の者にも紹介しないといけない」バシェルがハリエットの言葉を遮った。「色々と教えるのは後にしてくれないか?」
「わ、わかりました」

 張り切った様子だったハリエットがしゅんとなった。
 バシェルはカークウッドに目で合図する。そしてオフィーリアに一礼すると部屋を出て行った。

「ではまた後ほど伺います」

 カークウッドはハリエットに向かって言う。それからオフィーリアに頭を下げてから老執事の後を追った。

「オフィーリア様。イケメンですよイケメン」

 二人が出て行ったのを確かめた後、ハリエットが好奇に溢れた表情で言う。オフィーリアは苦笑してみせる。

「そうね」

 確かにカークウッドの見た目は良かった。だが皇族であるオフィーリアは、彼よりも美形の男性を何人も見ている。ハリエットのように微笑まれただけで鼓動を早めるほど、異性に対して免疫がないわけではない。
 ならなぜあの時、自分の顔を恥ずかしいと思ったのか。
(それは多分、〝あたし〟だからだ)
 オフィーリアとしての記憶もあり経験もある。だが莉愛りあとしての記憶と経験――もっと言えば人格がいまのオフィーリアに大きな影響を与えているのだ。それは自分の顔や体に出来た傷跡を見た時に、少なからずショックを受けていることからも伺えた。
 それは多分、オフィーリアにとって良いことなのだ。だっていまの彼女は生きることを望んでいるのだから。

 だが同時に、悪いことでもあるかもしれない。莉愛であった時は他人に命を奪われるということはなかった。病に倒れるまで平和に生きてきたのだ。しかしこの世界は違う。オフィーリアは命を狙われる存在だ。
 この前のように命を奪われる行為に晒された時、自分はちゃんと行動できるだろうか。
 不安がオフィーリアの心に忍び込んで来た。

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